編集A
強い精神的負荷がかかると、本人の意志には関係なく時空移動してしまうという、「解離性時間跳躍症」という病気、通称「スキップ症候群」を抱えている青年のお話です。
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第188回
のしかかる時の十字架
葉咲透織
29点
強い精神的負荷がかかると、本人の意志には関係なく時空移動してしまうという、「解離性時間跳躍症」という病気、通称「スキップ症候群」を抱えている青年のお話です。
一応、SFになるのかな。その中でも、いわゆる「タイムリープもの」ですね。
この作品では、「タイムスキップ」とか「スキップ」という言い方をしています。作者なりの工夫なのでしょうね。
うん、独自性を出そうとしたんだろうね。そこはすごくいいと思った。ただ、SF作品としては、矛盾や疑問点が山ほどあります。例えば主人公の秋生は、弓絵が消滅することを知っていながらタイムスキップに巻き込んだのですが、その結果さらに、弓絵の子孫たちまでもが消滅してしまうということに気づき、「俺は多くの人の運命を変えてしまった……!」と懊悩します。でもほんとは、秋生が弓絵一家を関東大震災から救った時点ですでに、たくさんの人の運命が大きく変わってしまっているよね。
本当なら、弓絵たちは死んでいたかもしれないわけですからね。
そう。死ぬはずだった人間が生き残った時点で、歴史は大きく変わっているはず。なのに、弓絵が消えてから急に、「どうしよう、歴史を変えてしまった……!」と苦悩し始めるのは、どうにも間が抜けてますよね。
それに秋生は、もう何度もスキップを繰り返しているんだよね。そのたび、その時代の誰かといろいろ関わりを持ったんだろうから、人の運命なんか、これまでにいくらも変えてきているはず。今になって、「俺は何ということを……!」みたいに思っているのが、ちょっと大げさすぎると感じる。今の今までそのことに気がつかなかったというのも、おかしな話だと思います。だって、患者仲間のネット掲示板で、情報交換とかしているんだよね? なら当然、そういう話題もよく出るはずだろうし。
スキップ先から帰ってこない人もいるんですよね。で、それはおそらく、その人が本来いるべき場所、「安住の地」に行けたということではないかと言われている。そういう人達は、スキップ先で結婚して子供を生す可能性も十分あるわけで、それこそ歴史を変えてしまうよね。存在しないはずの人間を、この世に生み出してしまうわけだから。
スキップ症候群の人達は、「もし自分が安住の地へスキップできたら、どんな風に生きていこうか」とか、「そもそもスキップ先では、どれくらい人と関わっていいのだろうか」とか、「もういっそ開き直って、人の運命を変えてしまうことは気にしなくてもいいのでは」みたいなことを、常に自分でも考えつつ、同病の仲間と意見交換してたりするんじゃないかな。だからラストの主人公の苦悩ぶりは、どうにも大げさで今さらな気がする。
関東大震災が迫っていることに気づく場面も、すごく不自然な気がしました。スキップしてきてすぐ、その時代の年月日を教えてもらっているのに、その時はまったく気づかず、その後一カ月以上も経って、年号を西暦に換算してみて初めて、「はっ、思い出した!」みたいな反応になっていますよね。もうちょっと早く気づいてもいいんじゃないかな。
スキップ症候群の人は、いつ急にスキップするかわからないんだから、ポケットに歴史年表くらい常に入れておくべきですよね(笑)。
あと、ラストのところで、「秋生はスキップを繰り返し、弓絵から生まれたはずの人々が消えるのをまざまざと見せつけられていた」とありますが、これも引っかかります。タイムラグがありすぎると思う。弓絵が消滅したことによって弓絵の子孫が消えるのなら、弓絵が消えた瞬間に、その子孫たちもすべて消えてしまうはずだよね。
それに、「存在の消滅」というものは、本来証明できない。人間の記憶も含め、その人に関係するすべての事象が、「そもそも最初からなかった」状態に変化するわけですからね。「存在が消える」のではなく、「消えたことすらわからなくなる」のが、「存在の消滅」です。「目の前で今、姿がパッと消えた」というような描き方は、おかしいと思う。
タイムスキップに関する設定も、よくわからないところがありました。スキップは、「ストレスを感じる」ことが引き金になって起こるらしい。でも、今回秋生がリターン・スキップさせられたときは、特別ストレスは感じてなさそうでしたよね。むしろ精神的には、これ以上ないくらい安定していた。なのに、スキップ現象が起きた。これは一体どういうことなんでしょう?
そもそも、「ストレスを受ける」ことによりスキップ現象が生じるなら、戦国時代とかに跳ばされた時点で、ものすごいストレスを感じて、またスキップしてしまうんじゃない? 矢傷を負ったりする前に、すぐさま戻ってこれそうな気がするけど(笑)。
二十枚目に、「多くの精神科医・心療内科医が解明しようとして、できないままでいる、スキップの原因。」とあるけど、でも、原因ははっきりしてるんだよね? この病は「解離性障害の一種」であり、「強い精神的負荷」が原因で、スキップという症状が出る。三枚目にすでに書いてありますから、ここは矛盾していますね。
スキップの解明は進んでいないのに、「二度と、まったく同じ時間へとスキップすることはない」ということだけがはっきりしているというのも、変ですよね。
それに、「生まれてくる時代を間違えた人間が、正しくあるべき場所を求めて、時を跳ぶのだ」とありますが、でもスキップ症候群の人たちは、「安住の地」ではない時代へ何度も跳んでいますよね。どうして「本来の自分の居場所」へ向かって跳ばないのかな?
どうにもいろいろ、理屈が通っていないですよね。その場その場で、新たな説明が加えられているようなところも多い。現実にはない設定を使って小説を書く際には、あらかじめルールをきっちりと決めて、それを分かりやすく読者に伝えることが必要だと思います。
SF設定やその使い方、理屈付けなど、いろいろ穴が多いですね。
タイムリープものというのは、非常に難しいジャンルですよね。もとの時代に「戻れるのか、戻れないのか」でアクションやサスペンスに持っていくことも、「戻りたいのか、戻りたくないのか」で心理的な葛藤に焦点を当てることもできるので、比較的お話を展開させやすい気はしますが、その反面、登場人物が時空を超えることによって、どうしても矛盾が生じてしまいがちなので、細かく設定を築いておく必要があるのではと思います。
話の土台になる部分にも、引っかかるものが多かった。中でも一番気になったのは、スキップ症候群の社会的扱いです。というのも、もし実際に「時空を行き来できる人間がいる」ということがわかったなら、真っ先に食いついてくるのは物理学者だと思うから。
そうですよね。医者の扱う分野ではないですよね。
うん。だって、ポンと別の時空へ跳んで行ってしまうような人を、精神科医や心療内科医に診せたところで、意味ないじゃない? ストレスが原因だということなら、なんとかストレスを減らす工夫をするくらいしかない。でも、「時空を超える」メカニズムを物理学者たちが解明できたなら、スキップ現象そのものへの対処方法がわかるだろうし、同時に物理学は大きく発展するはず。さらにもしも、このスキップ能力だか体質だかをうまくコントロールできる方法でもわかったなら、これはもう、国家レベルで奪い合いが生じるくらいの、ものすごい特殊能力になるよね。
可能性が一気に広がりますよね。例えば過去へ跳んで、歴史の改変をすることだってできる。それこそ、秀吉とか家康とかを暗殺したり。
あるいは、権力者を子供の頃に抹殺するとかね。
利用価値は無限ですね。同時に、危険な存在でもある。
政府が放っておくわけがありませんよね。誰かに悪用されるのは目に見えているし、自分たちだって都合よく使いたいし。
これはもう、国家的事業として、スキップ症候群専用の施設を作り、実験・研究・訓練を施すはず。
それでうまく能力を使いこなせるようにでもなれば、患者たちはむしろ優遇されますよね。
エリート扱いになると思います。そうなったら、「スキップ」が病気かどうかなんて、全く問題ではなくなる。
しかもスキップ能力者は、国内だけでも数千人もいるらしい。優秀な人達だけを集めても、ちょっとした組織とか、特殊部隊が作れますよね。
なのに、この作品の中では、スキップ症候群の人達はかなり迫害されている。世間の人々から冷たい目を向けられながら、社会の隅っこで身を縮めて暮らしているような描かれ方になっています。実際は、こんなことにはならないと思うのですが。
冷たい目を向けられているうえに、「タイムスキップに健常者を巻き込み、消滅させてしまう」危険があるわけですから、彼らが普通に暮らすことが許されるとは考えにくい。作中で描写される社会だったら、どうしたってスキップ症候群の人達を隔離する方向へ行ってしまうのではと思います。
で、それならそこに物理学者も集めて、いろいろ研究させる。うまくいけば、この特殊能力を実用化できるかも――となるのが、むしろ自然な流れだと思います。
もちろん日本だけではない。各国が研究にしのぎを削るでしょうね。
一方、平和利用だって可能ですよね。過去へ跳んで、歴史の謎を解明するとか。戦争回避のために暗躍するとか。
あるいは未来へ跳んで、新技術や病気の治療法などの情報を取ってくるとか。
世界のありようそのものが、大きく変わりますよね。
だから本当は、ものすごく壮大な話が展開されるはずだったと思うんです、この「スキップ症候群」という設定は。でも、そういうことに作者は全く思い至っていないように見える。すごくもったいないですよね。
アイディアの練り込みが足らないと思います。自分の思いついた設定の持っている可能性を、もっといろいろ考えてみてほしい。
ただ、作者が最も描きたかったのは、SF設定とかではなく、ラストの主人公の悲愴さではないかと思います。時を超え、やっと愛し愛される人を得たというのに、自分のせいでその人を死なせ、さらにその罪の深さを残酷な形で思い知らされ続けるという苦しみ。そういうものをこそ描きたかったのではないかと。
同感です。特にラストの盛り上げ方には、力が入っていますよね。断腸の思いで別れようとした運命の相手が、「死んでもいいから、あなたと一緒にいたい」と言ってくれた。だから、覚悟を決めて共に時を超えた。「俺だけは彼女を覚えている。彼女が消滅したら、その罪を一生背負って生きる。それはなんと甘美なことだろうか」などと考えていたのに、戻ってみれば、地獄の苦しみに苛まれる日々が待ち受けていた。心が壊れそうになりながらも、彼女への想いを胸に、今日も必死で耐え続けている。
うん、理不尽で大きな運命に翻弄されている感じは、すごくドラマチックだよね。
哀しい運命に必死で抗おうとしたのに、結局は打ちのめされて終わる。そういう悲劇的なお話の中に入り込んで酔うことを、「心地よい」と感じる読者は結構多いと思います。こういう陶酔感のある話は、それなりに需要は大きい気がする。
ただ、主人公の言動には、気になる点が多かったです。例えば、目の見えない弓絵に向かって、「最初から見えないのと、途中で見えなくなるのと、どっちがマシかな?」なんて訊ねたりしていますが、これはかなり無神経な質問ではないでしょうか。しかも、それに対して弓絵が、「顔を想像できる分、私は中途失明で良かったと思う」というような返事をしていますね。でも、もしこのくだりを、先天的に失明されている方が読まれたとしたら、どうお感じになるでしょう? こういう辺りの書き方には、もう少し配慮があったほうがいいのではないかと思います。
秋生はスキップ症候群のせいで差別を受けているように描かれていますが、秋生自身もまた、妙な差別意識を持っているように感じますね。
そうかもしれませんね。例えば二十八枚目に、「盲目の女でも愛してくれるという優しい男」とありますが、なぜ、目が見えない女性を愛すると「優しい男」ということになるのか、私にはピンと来ませんでした。また、「弓絵の目が見えなくてよかったと思った」「(盲目である弓絵は)見た目の美醜には捕らわれない」とありますが、こういう表現も、ちょっとどうかと思います。
これではまるで、「自分の容姿を気にせずに恋愛するには、相手の目は見えない方が都合がいい」とでも思っているように感じられてしまう。
それに、「純粋に内面だけを見てもらえたなら、俺の良さは十分わかってもらえるはずだ」と不遜にも思っているようにも受け取れますよね。秋生が連発する無神経発言の数々から、「いや、お前は内面もたいした男じゃない気がするがな」と私は思ってしまいましたが。
秋生って、そんなに不細工なの? そういう描写は特になかったと思うけど。なぜか本人は、自分の外見に、不思議なほど強い劣等感を持っているよね。
秋生は、なんだか卑屈なところのあるキャラクターですよね。その割に、スキップしてすぐに出会った女性を「値踏み」したりしている。すごく上から目線に感じます。そして、お嬢さまらしき人が馬車に乗っていると分かったとたん、「チャンス!」とばかり、強引に助けてもらおうとする。現代ではおどおどびくびく暮らしている秋生と、なんだか一貫性が感じられない。
同僚の女の子が店長に怒られている様子を目にしただけで、ストレスのあまりスキップしてしまうような繊細な人物とは、とても思えないよね。
その冒頭シーンも、ちょっと気になりました。「これだからブタは嫌なんだよ!」という店長の発言は、パワハラかつ侮辱罪で訴えていいレベルですよ。この店長、いったいどういう人なんだ。
傍観者の秋生より、このぽっちゃり女子の方が、よっぽどストレスを受けて傷ついてると思う(笑)。
好意を抱いている女の子なんだから、秋生も助けてあげればいいのに、と思うのですが。
助けるどころか、「不愉快に感じた。ストレスを受けてるってことだ……まずい!」と、その場から逃げ出している。なんだか、自分のことしか見えていない。
でもこの店長は、秋生の病気のことを知った上で雇ってくれた、親切な人でもあるんです。ここもキャラに一貫性がないように思えます。
弓絵の台詞の、「その身体と魂が、健全であれば。神様は私たちを平等に愛してくださいます」というのも引っかかりました。じゃあ、「身体が健全」でない人は、神様から愛されないということ? キリスト教がそんな教えだとは思えないのですが。
どうにもあちこち、引っかかることだらけです。とにかく、もう少しキャラクターに魅力を持たせてほしいですね。主人公には、特に。ラストで秋生は、弓絵が消滅してしまうことがわかっていながら、一緒に連れていこうとしますよね。でも、本当に彼女のことを愛していたなら、こんなことはできないと思う。しかも、「彼女が消滅したら、俺だけが彼女を覚え、永遠に愛し続けることになる」などと、うっとり考えたりしている。すごく傲慢だなと思います。弓絵は、こんな秋生のどこを、「別れるくらいなら死ぬ方がいい」ほど好きになったのか、さっぱりわからない。
ラストの秋生はまるで、「悲劇のヒーロー」みたいな描かれ方になっていますが、なんだか主人公自身が自分の悲劇に酔っているような印象がありますね。
タイムスキップすることを、数千人が罹患している「病気」ではなく、主人公しか持っていない特異体質にすればよかったのに、と思います。自分でもわからないことだらけで、経験したこと以外に情報がない。ラストも、一か八かの賭けで一緒に時空を跳んでみたんだけど、結果弓絵は消滅してしまった。そこで初めて、「普通の人間はスキップに耐えられないんだ」ということを知って、愕然とするとか。
そうだよね。跳んでいる途中で、弓絵とつないだ手の感触が消えていくのが分かるんだけど、でもどうしようもなくて。現代に戻ったときにはまた、居場所のない世界で一人ぼっち。
そういう展開の方が、ずっと切ない話になりますよね。ラストの秋生の苦しみや絶望にも共感しやすくなるし。
あと、描写の仕方が具体的でないところがあるのも気になりました。例えば十三枚目に「小動物たち」とありますが、拝読していて「はて?」と首をかしげました。パッと見ただけなので、正体がわからなかったということなのでしょうけれど、「あ、小動物だ」とは、ふつうは思いませんよね? 「リスかネズミのようなものが走っていった」などと、もうちょっと具体的に描写するのが自然ではないでしょうか。六枚目の「髪型は日本髪ではない」というのも、ではどういう髪型だったのかを書くべきだと思います。
読者が映像を思い浮かべられるような描写を、心がけてほしいですよね。
ただ、主人公が、苦悩しながらもちゃんと行動しているという点は、よかったよね。
偶然にも、今回最終選考に残った作品はどれも、「不幸に対する言い訳」をしているようなところがあるなと感じました。そしてその中では、この作品の主人公が一番、辛い思いをしながらも必死にあがき続けていたと思います。そこは評価したいです。
そうですよね。幸せを求め、現状を変えようと、彼なりに精一杯力を尽くしていることは、すごく伝わってきました。
ただ、あまりに粗が多くて、目配りも足りていない。完成度という点では今一歩で、とても残念でした。
アイディアそのものは面白いのですから、設定を十分練り込んで、長篇に仕立て直してみるのも一案だと思います。どうか想像力を駆使して、様々な展開を考えてみてください。