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選評付き 短編小説新人賞 選評

月明かりの王子様

水月心乙

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  • 編集E

    両親が死んで、伯父さんの家でひどい待遇を受けながら暮らしている女の子が主人公です。どんな扱いをされても耐え続けていたんだけど、過酷な労働で体調を崩してさらに迷惑がられ、とうとうその家からも追い出されてしまう。その後、行き倒れていたところを魔女に拾われるのですが、今度はその魔女にこき使われることになる(笑)。

  • 編集B

    どうも主人公は、どこへ行ってもひどい目に遭う運命みたい(笑)。

  • 編集E

    でも、この魔女には秘密があった。とある王子様を好きになった魔女は、彼をさらって「月夜以外は石像になる」術をかけ、自宅近くの東屋みたいな場所に、いわば幽閉している。

  • 編集B

    そして、月の光を受けて人間に戻る王子に、夜な夜な会いに行っている。王子は、魔女の気持ちに応える気は全くないのですが、魔女の方はそれを気にする様子はない。いずれ強引に自分のものにするつもりでいる。

  • 編集A

    しかも、そんな日々を、もう何千年も続けているらしい。

  • 編集E

    それを知った主人公は、なんとかしてこの王子を救おうとするのだが……というお話です。虐げられ、辛い目にばかり遭うみなしごの主人公、囚われの王子様、そして悪い魔女――定番なのでちょっとありきたりですが、それなりに魅力的な要素ではあります。そういうものを使ってファンタジー作品を書きたいという、作者の気持ちは伝わってきました。ただ、「物語」としては、どうにもまとまりがない。

  • 編集B

    そうだよね。例えば最初の辺りでは、薔薇の香水作りを生業にしている伯父さんの家での生活が描かれているんだけど、その後の魔女の家での暮らしを書いた部分には、その「香水作り」という要素が全く絡んでこない。まあ、王子様に野薔薇を贈るという辺りが、かろうじて「薔薇」つながりになるのかもしれないけど、これはちょっと、要素がつながっているとは言えないほどの程度でしかないよね。

  • 編集A

    伏線とかが一つもないですよね。だから、思いつくままにただ書いた話のように見えてしまう。

  • 編集E

    練りに練ったストーリー展開だとは感じられないです。

  • 編集B

    主人公と王子様との間で、恋愛気分が盛り上がっているわけでもないから、恋愛ものにもなっていない。結局、作者がこの作品で描きたいことが何なのかということが、どうにも伝わってこなかったです。すべてが曖昧なまま、ただ話が進んでいく。

  • 編集E

    なんとなくの雰囲気だけで書いてしまっている印象ですね。

  • 編集B

    この作品、固有名詞がまったく出てこないんだよね。主人公にさえ、名前がない。だからよけいにイメージが湧きにくい、というところもあると思います。世界観も、すごくぼんやりしてますよね。主人公が生きているこの世界がどういうところなのか、よくわからないです。なんとなく中世ヨーロッパっぽい雰囲気だなとは思うんだけど……

  • 編集C

    この王子様は、何千年も昔の人なんですよね。なら、西暦以前になるわけですから――エジプト時代とか? ちょっと考えにくいですね。

  • 編集A

    これ、「何十年」とか「何百年」くらいの設定にしておけばよかったんじゃないでしょうか。それでも充分、話は成立しますよね。「何千年」というような壮大な設定を、安易に持ってくるのはやめた方がいいと思う。

  • 編集B

    あと、「魔女」とかが出てくるファンタジー作品なら、「これは、『魔法』とか『魔女』とかが存在する世界のお話です」ということを、もっと早いうちに読者に伝えておいてほしかった。最初の辺りは、薔薇農園で香水作りをするという、現実にもありそうな世界の話だったのに、途中で急に「魔女」が登場してきて、読者としては面食らう感じがあります。

  • 三浦

    やはり物語の背景は、書き始める前にきっちり決めておいた方がいいですね。それを内容に直接盛り込むかどうかは、また別の話ですけれど。設定自体はきちんと作ってあるけど、それをことさら説明はしない、というケースは、小説を書く上でよくあることだと思います。でも、明確に文章化はしていなくても、設定や背景をきちんと作った上で書かれた小説には、世界観が自然ににじみ出てくるものです。だから、作品に盛り込むか否かに関わらず、まず大前提として、少なくとも作者自身はその作品世界を隅々まで把握しているということが、とても重要だと思います。

  • 編集D

    僕は何より、登場人物たちがちっとも生き生きしていないことが気になった。ひと言で言ってしまうなら、キャラたちに「やる気」があるように感じられない。

  • 編集B

    ああ。その感じ、すごくよくわかります。

  • 三浦

    「やる気が感じられない」か……なるほど(笑)。登場人物たちが、やや覇気に欠けるように感じられるのは確かですね。

  • 編集D

    例えば王子様は、何千年もずっと、魔女に捕らわれているわけだよね。彼はこのままずっと、その状態を続けていくつもりだったの? どうにかしようという気持ちは、全くなかったのかな? そこまで完全に諦めきったまま、何千年もただ過ごしているの?

  • 編集G

    半分石像だから、でしょうか。彼は、月の光の下でしか動けないんですよね。東屋の天井に穴が空いていて、そこから差し込むわずかな光の中でしか動けない。

  • 編集D

    その動けるときに、思いっきりジャンプでもして、飛び出してみればいいのに。万が一にでも、東屋の外に出られるかもしれないんだから。

  • 三浦

    もしかしたら、「月明かりの下でなら動ける」のではなく、「その東屋の天井の穴から漏れる月明かりの下」でしか動けない、ということなのでしょうか? ちょっと設定がわかりにくいですね。

  • 編集D

    もしそうであっても、もっといろいろ試行錯誤してみたらいいのにと思う。だってこの王子様、月夜に人間に戻っても、ただその場でじっとしているだけじゃない?

  • 三浦

    それに、すべてを諦めるくらいなら、いっそのこと、魔女と恋人の真似事でもしてあげればいいんですよね。だって多くの若い子たちが、魔女の若返りのために殺されているのですから。そしてそれは、王子がいつまでも魔女になびかないからでもある。まあもちろん、この魔女の恋人役を務めるのは気が進まないでしょうけど(笑)、でも彼が我慢して恋人役を演じ、なんとか言いくるめて魔法を解いてもらったのちに、魔女の隙をついて逃げるとかすればいいと思う。どうしてこの王子様は何の行動も起こさないのでしょう? たくさんの若い娘の命が奪われていくのを、目の前でずっと見せつけられてきているというのに。

  • 編集D

    魔女だって、王子に固執し続けてる割りに、恋人関係になれないままで何千年も過ごしてるわけで、ずいぶん気が長いよね(笑)。そして、主人公もまた、漫然と日々を過ごしているような印象が強い。もちろんまだ子供だから、今日明日に人生を激変させることはできないにしても、「大人になったら、ここを出て、こんなふうに暮らそう」みたいな将来の展望を、なぜかほとんど持っていない。本当なら、現状が辛ければ辛いほど、「なんとかこの生活から逃れるには……」ってことを、もっと必死に考えるものじゃないかな。

  • 編集E

    主人公は何に興味があるのか、何が好きなのか、読んでいてもまったく見えてこないですよね。彼女がいったいどういう人なのかが、読者にはよくわからない。

  • 編集B

    だから、名前もない主人公なのかもね。

  • 編集D

    この主人公には、「自分の人生を生きよう」という気持ちが、まったく感じられなかった。魔女の家で暮らしているときも、「お金なんて興味ない。特に欲しいものなんてなかった」と書いてある。でも、じゃあ主人公は、この先一生この魔女の小間使いとして暮らすつもりだったの? 「いつかはここを出て、こんなことをしたい」というようなことは何ひとつ考えなかったのかな? どうしてこの子にはこんなに、具体的な夢や願望が何もないんだろう?

  • 編集B

    王子様に再会してからの主人公には、一応、「王子様を救いたい、自由にしてあげたい」という望みがあったはずですよね。でも、いまいち行動が伴っていない。「どうしたらいいのかな……」と思いつつも、同じような毎日をただ繰り返している。やったのはせいぜい、魔女の留守中に、「魔女の心」を見つけようと家探ししたことくらい。「王子のためなら死んでもかまわない」と思っているはずなのに、これではちょっと、主人公の真剣さが伝わってこないですよね。もっと本気で、魔女と戦おうとしてほしかった。主要キャラに比べたら、主人公の伯父さんとかその家族とかの方が、よほど自分の頭で考えて、主体的に行動しているように思える。まあ主に、主人公を虐めることについて、ではありますけど(笑)。

  • 三浦

    確かに。この話の中では、なぜかサブキャラの悪人が一番いきいきしてますよね(笑)。

  • 編集B

    魔女が主人公に、あっさり「内側から食われ」て死ぬという展開も、あまりにあっけなさすぎる。何千年も生き抜いてきた魔女なのに。

  • 三浦

    何をどうやったら、「内側から食べ」られるのか、その仕組みもよくわからないですよね。

  • 編集E

    私は、終盤に出てくる、「魔女は心を、自分の体以外の場所に隠している。それを探す」というエピソードは、なかなか面白いんじゃないかと思いました。でも、「探したけど見つからなかった」ということで、このくだりはすぐさま終了してしまった。すごく肩透かしでしたね。

  • 三浦

    ここは本当に、ちょっと妙でしたよね。普通、こういうエピソードを入れるなら、探しても探しても見つからずに諦めかけていたとき、思いがけない場所で「あっ、こんなところに……!」みたいに発見して、それを使って次の展開へ……みたいなことになるのではないでしょうか。この辺りのストーリー展開は、物語のセオリーから大きく外れてしまっていると思います。外すことで作品に効果が生まれるならいいのですが、かえって肩透かしになっていて、エピソードが活きていない気がします。

  • 編集B

    せっかく出した要素を、うまく使えていないですね。先ほども言いましたが、「香水作り」に関しても同様です。というか、「主人公が、王子様を救おうと頑張る話」を書きたかったのなら、最初の辺りの、伯父さんの家で暮らしている部分は必要なかったんじゃないかな。

  • 編集E

    でも作者は、「辛い目に遭っている女の子」を主人公にしたかったんじゃないかという気がするんです。だから、「伯父さん家族に虐められていて……」という冒頭部分は、作者にとっては外せないエピソードなのかなと思います。「こんなに大変で、こんなに辛い思いをしている主人公」をこそ、書きたかったのではないかと。

  • 三浦

    私もそう思います。というのも、主人公が虐められているシーンが一番、作者の筆がノッているように感じられるんですよね。

  • 編集E

    「これでもか」というくらい、主人公を辛い目に遭わせ続けていますよね。もしかしたら、作者さんご本人は気づいていらっしゃらないかもしれませんが、これはこの作者の持っている特質だと思います。せっかく「持ち味」があるのですから、ぜひ活かすことを考えてみてほしい。次はもっと意識的に、そういう方向の話を書いてみてはどうでしょう。どこまでも主人公が不幸な目に遭う「かわいそうなお話」だとか、逆境に耐え続ける「健気萌え」系の話だとか。

  • 編集B

    確かにこの作者には、「不幸な女の子」を主人公に据えた話を書きたい気持ちが強いのかなとは感じます。ただ、今回の話の主人公は、ひどい目に遭ってはいるけど、決して「か弱くてかわいそうな子」ではないよね。だって、箒の柄で叩かれても、あえて抵抗はしないでやり過ごすんだよ? 火掻き棒でこっぴどく殴られても、泣きながらでも、夜中に自分で手当てしてる。むしろすごく強いと思う。

  • 編集D

    悲劇のヒロインという感じはしないよね。それに、「健気萌え」というには、主人公の内面はけっこう黒い気がする。伯父さんの家が経済的に苦しくなると、「ざまーみろと影で笑った」りしてるんだから。「持ち味を活かす」ということなら、むしろ、イヤミスとかの方向に行く方が面白いんじゃないかな?

  • 編集B

    耐え続けた挙句の、復讐譚にするのもいいですよね。あるいは、最後まで救いのない話にしてもいい。とにかく、今のままでは、話の主眼がわからなくて、中途半端過ぎる。

  • 三浦

    そうですね。どういう路線に向かうにしろ、やはりもう少し、物語全体の流れを把握する力をつける必要があると思います。例えば「健気萌え」の話にするのであれば、主人公が辛くても健気に耐えているシーンをこそ最大限に際立たせるストーリーを作るべきですよね。作品の中で一番描きたいところはどこなのか、それを効果的に盛り上げるためには、どういうストーリー展開にするべきかということを、全体のバランスを見ながら考えてほしいです。 
    そして、そのためには、物語のセオリーについて、もう少し勉強してほしい。過去の選評で何度も申し上げたことですが、物語の展開の仕方には、ある程度パターンが存在します。多くの人が自然に受け入れやすい基本的なパターンに、ある程度沿って展開する物語だからこそ、読者は物語を物語として楽しめるのです。今は、解説本などもたくさんありますから、そういうものを使って勉強しつつ、新しい作品をどんどん書いていきましょう。そういうことを続けていくうちに、ストーリー展開の勘所のようなものがわかってくるんじゃないかなと思います。勘所がわかれば、「ここは物語のセオリーからあえて外そう」とか、いろんなアイディアが湧いてくるはずです。すると、肩透かしではなく、「こう来たか!」と読者を驚かせるような方向で、エピソードを活かすことができるようになります。
    それと並行して、描写力も磨いていってほしい。現状では、場面の映像が見えないところが多かったです。例えば四枚目の、夢の中で王子様と出会うシーン。「太く短い柱の上に、青年が座っていた。/周囲を円柱で囲まれ、屋根が乗っている。でも、その青年の上は穴が空いているようで」と説明がありますが、これがよくわからない。建物の大きさとかも、まったくイメージできないですよね。

  • 編集E

    私も、何度読み返しても、映像を思い描けませんでした。まあ結局、「ドーナッツ型の屋根が載った、東屋みたいなもの……?」と、無理やり想像して読んだのですが、それにしても、「柱の周囲を円柱が囲んでいる」とは……?

  • 編集A

    おそらく青年は、美術館に飾ってある石像みたいに、台座の上に乗っている、ということなんでしょう。「短い柱」ではなく、単に「台座」と書けばよかったのにと思います。とっさに、単語が思いつかなかったのかな。

  • 編集E

    もしそうなら、ちゃんと調べて、手直ししてから原稿を送ってほしいですね。投稿作品には締め切りもないのですから、手間暇を惜しまず、できる限り完成度を高めてください。

  • 三浦

    それから、主人公が魔女に取り込まれた後のシーンだけ、一人称から三人称へと変わってしまっていますね。こういうのも、気になるところです。

  • 編集B

    文章自体は読みやすくて良かったのですが、描写には難があるし、語彙力にも不安がある。まだまだ勉強の余地がありますね。

  • 編集E

    これはもう、読んでは書き、読んでは書きを繰り返して、少しずつ力をつけていくしかないと思います。でも、描写力に関しては、日常生活の中でも、トレーニングはできますからね。例えば、街を歩いているとき、電車に乗っているとき、目に映る景色を脳内で描写してみるとか。

  • 三浦

    それはとてもいい訓練方法ですね。作者の脳内には、映像はちゃんとあるのだと思います。ただ、それを文章でうまく描き出すことができていない。描写力を上げる訓練を、ぜひ地道に続けていってほしいですね。

  • 編集A

    そして、各種設定をきちんと作ること。どういう世界で、どういう背景を持った人物が、何を思い、何をやろうとしているのか。

  • 三浦

    はい。そこに登場人物の「やる気」が生まれます。そして、「やる気」のあるキャラなら、読者も応援したくなる。感情移入できますよね。だから、まず作者が、もっとキャラクターに思い入れして、そのキャラがどんな人物なのかをとことん考えてあげてほしいです。

  • 編集E

    書きたいもののイメージは、すでに持っている方だと思います。面白そうな要素は、作品内にたくさん散りばめられていました。ただ、それが「物語」の形に整っていないので、散漫な印象になっているんですよね。

  • 三浦

    一番描きたいものを一つ決め、それを最も活かすためのストーリーラインを考えてほしい。そして何よりも、物語のセオリーを意識すること。まずはこの点から、勉強を始めてみてください。

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