編集F
今回、イチ推しする人が一番多かった作品ですね。
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第189回
入選作品
少年夏色タイムリープ
雪町子
36点
今回、イチ推しする人が一番多かった作品ですね。
すごく書き慣れている感じで、非常にうまいですよね。僕もイチ推ししています。
とにかくもう、一読しただけで、「この話、いい! 好き!」と思ってしまいました(笑)。キャラクター造形も、キャラ同士の距離感も、作品の雰囲気も、全部いいなと思います。一言で言うなら、ハマりました。
僕もイチ推しです。小説としてものすごく優れているというわけではないのですが、何気にクスッと笑えたりして、とても楽しく読めました。
たとえば、どんなところで笑いました?
やっぱり、佐木君の言動ですね。ちょっとおバカな感じが、何とも言えずおかしい(笑)。まあ、高校生にもなって、本気でタイムリープしようとしているのは、「ちょっとヤバいな」とは思うんですけど(笑)。
高校生にもなって本気でタイムリープしようとしているからこそ、佐木君のピュアさが伝わってくるよね。「こいつ、バカだな」と思いつつも、なんだか心をつかまれる感じ(笑)。
一応毎日引き出しは開けてるんですけど」なんてところ、すごく好きです(笑)。
佐木君は、いいキャラですよね。嫌う人はいないんじゃないかな。ちょっと呆れはしても(笑)。
かわいいですよね。
主人公のキャラも、すごくいいと思いました。タイムリープの実験なんてバカバカしいことに、「バカバカしいな」と思いながらも、つき合ってあげている。いろいろツッコミは入れながらも、佐木君の気の済むようにさせてあげている。この先輩と後輩の関係が、おかしくも微笑ましいですよね。
この二人、いいコンビだよね。
私も、なんと言っても会話の軽妙さが、すごく魅力的だなと思いました。
キャラクターがきちんと確立されていますよね。
はい。どういう性格の登場人物が、どんな口調でどういう言葉を使って話すのかということが、とてもうまく書き分けられている。作者は台詞に関する感覚が非常にいいかただなと感じました。生き生きとした台詞を書けるかどうかは、「ふだんから、いろいろな世代や立場の人たちの話し方を観察しているか」「話し言葉をうまく文章化できる『耳のよさ(いわゆる聴力や音感とは別の感度です)』があるか」にかかっているところがあります。話も端正にまとまっていて、よかったですね。ただ、登場人物の性格がとてもよく伝わってくるわりに、作品そのものはなんとなく地味な印象があるように思います。ちょっとメリハリに欠けるというか。
展開が予定調和になり過ぎている感じは、確かにありますね。
メイン要素であるタイムリープの実験が、ちょっと当たり障りがなさすぎるのかもしれません。せっかく二人で、「よし、やってみるか!」となったのなら、もっとあれこれ試しまくって、必死になってタイムリープを実現させようとしてほしかったですね。現状では彼らが、どこまで真剣に「タイムリープするぞ!」と思っているのか、今ひとつつかめない感じでした。
確かに。タイムリープ実験に関する具体的な描写は、けっこう少ないですよね。さらっと簡単に済まされている。
彼らの切実さみたいなものが、あまり伝わってこなかったですね。もう少し思い詰めている感じ、後には引けないギリギリ感みたいなものがあった方がいいんじゃないかなと思います。本人たちが真剣であればあるほど、読者としてはより笑ってしまう、ということもあるはずなので。まあ、佐木君はピントのズレた方向に突進していて、それを見守る主人公はのほほんと緊張感がなくて……という取り合わせこそが微笑ましい、とも言えますけれど、それにしてもちょっと物足りなさを感じるところはありましたね。
私は、作者が野球に関してどこまで知識があるのかに疑問を感じて、すごく引っかかりました。八枚目に、「強豪と言われるうちの、まさかの予選リーグ初戦敗退。」とありますが、夏の高校野球地方大会は「リーグ戦」ではありませんよね。
勝ち抜き方式なので、「トーナメント戦」ですね。
野球に通じているはずの主人公の語りの中に、こういう初歩的な間違いがあると、読んでいて非常に興醒めな気分になってしまいます。「この人物が、こんなことを言うわけがない」と思えて、物語世界に浸れませんよね。他にも、「スピードも球種も極めて優秀なピッチャー。」とありますが、この言い回しもちょっと引っかかります。
確かに。本当なら、「球にスピードがあるし、球種も極めて豊富」、みたいな言い方になるんじゃないかな。
全体的な文章レベルが低ければ、むしろこうまで気にならなかっただろうと思うのですが、この作者は文章力のある方なので、おかしな部分が逆にひどく目立ってしまっている。すごくもったいないなと感じます。
もしかして作者は、あまり野球に詳しくないのかもしれませんね。
もしそうであっても、こういう作品を書く以上は、きちんと下調べをしてほしい。夏の高校野球に予選リーグはないということくらい、ちょっと調べれば簡単にわかることですから。
全く野球を知らないというわけではないでしょうけど、過去に聞きかじった知識や、おぼろげな記憶だけを元に書いてしまったのでは、という印象を受けてしまう。
現状では、主人公が守備のとき、どこを守っていたのかすら、わからないですよね。
そこは私も、とても気になりました。具体的な描写が出てこないせいで、「登場人物たちは長年野球に打ち込んでいる」ということに、今ひとつ実感がありませんよね。
さらに言えば、彼らが本当に野球に打ち込んでいるのなら、このストーリー展開もあり得ないと思う。三年生が部活を引退した少し後ですから、時節は九月頃かなと思うのですが、いくら佐木君が才能のある選手でも、こんな時期に練習もせず、DVD鑑賞やら河原でジャンプやらのおかしな実験に熱中していたら、とっくにエースから外されていると思います。
確かに……。野球の強豪校ならなおさら、血反吐を吐くような猛練習に明け暮れているはず。こんなサボりは許されそうにないですね。読者としても、「タイムリープ実験なんてしてる暇があるなら、野球の練習しようよ」と思えてしまう(笑)。こういう辺りも、彼らの切実さが伝わってこない原因かなと感じます。「絶対に甲子園に行くんだ」と強く思っていたからこそ、その夢が潰えてしまっても、なかなか現実を受け止めきれずにいるというお話なのに、最も肝心な、彼らが野球に懸けてきた思いというものが、今ひとつ読み手に伝わってこない。
非常に重要なものが、いつの間にか抜け落ちてしまっていますね。「野球」という題材で、「甲子園に行く夢が破れて辛い」というキャラクターたちの物語を描いているのに。
もしかしたら、作者にとっては、「野球」はこの話のメインではないのかもしれませんね。「タイムリープ」の話を書く中に、「高校球児」という要素を持ち込んだだけなのかも。だから、「野球」に関する部分にリアリティを持たせることに、あまりエネルギーが注がれていないのかなと思います。
「野球」ではない、べつの話にすればよかったのかな。
「過去の出来事に強い後悔を抱えていて、どうしてもタイムリープしたい」という筋立てにしたいなら、「野球」以外を題材にしても、いくらでも話は作れると思います。例えば、「登校途中、交差点で立ち往生しているおばあさんを見かけたが、急いでいたので放っておいた。後日、その人が亡くなったことを知り、後悔の念にさいなまれる。どうしても過去に戻って、あのおばあさんを助けたい」、なんてストーリーにしてもいい。
なるほど。そういう話の方が、より切実さは出ますね。
うーん、でもやっぱりこれは、高校野球の話だからいいんだと思う。
はい。それは私もよくわかります。この青春感がいいんですよね。
「高校野球」とか「甲子園」とかって要素が描かれていると、それだけで「青春もの」の作品世界にスッと入れてしまうところはあると思います。
「高校野球」ってだけで、簡単に感動してしまうってこと、あるよね。
この作品のような、「甲子園に行けなかった高校球児」という話も、切なくて爽やかな青春ものとして、すでに一つのパターンだと思います。
非常にイメージしやすいですよね。汗だくのユニフォーム。陽炎の揺れるマウンドと、見上げる青い空。叶わなかった願い。だからこそ永遠に終わらない、俺たちの特別な夏――みたいな。
世界観を捉えやすい。だから読者はつい、脳内補完して読んでしまう。
私も、無意識に脳内補完しながら読んで、三割増しで「いい」と思ってしまったところは、確かにあると思います。でも、こういう話、好きなんですけどね。
おそらく、作者もまた、こういう雰囲気の話が好きなんでしょうね。しかし、高校野球を「青春」「さわやか」の象徴として使うなら、なおさらその描写に説得力を持たせてほしい。今のままでは、万人受けするイメージのためだけに高校野球という題材を取り上げたように見えてしまいます。
魅力的な物語のパターンとか、バリエーションといったものを、よく心得ている書き手さんなのでしょうね。話の創り方が非常に手馴れているなと思います。
「多くの人が好みそうなパターン」を熟知している感じですよね。ただ、パターンを安易に利用して、物語の要素が単なる「アイテム」になってしまうのはよくないと思います。「高校野球」を絡めて話を創るのであれば、そこに「絶対に高校野球でなければならなかった」という説得力がほしい。読者に、「おばあさんを助ける話でもよかったのでは?」と思われる隙を与えてはいけないと思う。
そうですね。「これだったら、野球以外の題材で同じ筋立ての話も作れるな」なんて考えもしないほど、主人公たちが野球に懸けていた思いの強さが伝わってきた、というぐらいじゃないと、「タイムリープしたい」という彼らの思いもまた、取ってつけたような印象になってしまう。せっかく台詞もテンポもいいのに、登場人物の心情が真に迫って読者の胸に届ききらない感があり、非常に惜しい気がするのです。
この話において、「野球」という要素がどれほど重要だったかということを、作者にはもう一度よく考えてみてほしいなと思います。
それに、勝手に脳内補完してくれる読者がいるのと同じように、まったく脳内補完して読んでくれない人も当然います。そういう読者には、この作品の魅力が、逆に伝わりにくくなってしまう。「こういう書き方をすると、読者はどう受け取るか」ということに、もう少し意識を向けてほしいなと思います。例えば「時かけ実験」という言葉を、何の説明もなく出していますが、読者が全員『時をかける少女』を知っているわけではないですよね。
「『時かけ』ぐらい読んだり見たりしとけよ」と言いたい気持ちもありますけど(笑)、世界中の古今の名作を堪能しつくした人は一人も存在しませんからね。実在の作品に関する情報をどの程度提示するかなどは、塩梅が難しいところです。この場合はおっしゃるとおり、「読み手がどう受け取るか」に関する配慮が、もう少し欲しいところかもしれませんね。全体に、まだ視野が狭いところがあるかなと思えます。軽妙なやり取りとか、するするとスムーズな話の展開とか、とても楽しく読めるのですが、ちょっと「二人の世界」になり過ぎていて、緩急のバランスがうまく取れていない。言ってみれば、背景や遠景は映さず、イケメンのアップばかりが続く映画のようです。もう少し、カメラをグッと後ろへ引いたり、一気にフォーカスしたりといった落差をつけた方がいいと思う。
その方が、よりメリハリのあるドラマになりますよね。
はい。でも、作者がついキャラのアップばかり描いてしまうのは、そして、読者がつい脳内補完して読んでしまうのは、それだけ、この作品の登場人物が魅力的だということでもあります。
はい。キャラクターは本当にいいですよね。可愛くて、愛嬌があって。
主人公と佐木以外の登場人物も、出番は少なめですが、印象的でとてもいい描き方をなさっていると思います。
主人公の友人の土井君、言動はそっけないのに、実は友だち思いであり、後輩思いでもあるということが、すごく伝わってきますよね。
僕は、物理教師の「谷セン」が好きでした。「生徒が物理に目覚めたか!?」と早とちりして、ぬか喜びさせられたのに、最後まで丁寧に説明してくれている。高校生相手に、タイムリープの難しさを(笑)。いい先生ですよね。それに、軽さを装っている主人公もすごくいいなと思いました。本当は、夢破れて傷ついているのに、平気な振りをしている。喪失感を抱えているのに、虚勢を張ってそれを隠しているというのが、僕はすごく好きでしたね。
この作者は、男性キャラを書き慣れているなと思います。それも、色々なタイプのイケメンが書ける人のような気がする。
魅力的な男性を描けるというのは、ものすごい強みですよね。
キャラ配置もうまいなと思います。
キャラクターたちが、最後にちゃんと変化を見せているのもいいなと思いました。主人公も佐木君も土井君も、みんながいい方向へと、ほんの少し変わっている。それも、劇的な変化ではないところに、リアリティがあってよかった。その方が、キャラクターたちに共感が持てますよね。すごく気持ちよく読み終われる、読後感のいい作品になっていて、私はとてもよかったなと思います。
僕は野球をやったこともないし、興味もないですけど、この話はすごく好きでしたね。
僕も、男の子同士の友情話とか、さして好きじゃないんですけど、この作品はいいなと思いました。
いろいろ申してしまいましたが、結局みんな、この作品が好きなんですよね(笑)。キャラクターの描き方もいいし、語り口もうまい。読者を惹きつける話を書ける方だなと感じます。素敵な男の子たちの物語を、ぜひもっと読ませていただきたいですね。