編集A
クラスでいじめを受けている、高校一年生の女の子・深花(みか)のお話です。ものすごく悪質ないじめというわけではないんだけど、みんなが彼女を避けていて、完璧な「ぼっち」になっている。友達の一人さえいない。
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第189回
入選作品
海底に降る
月原たぬき
35点
クラスでいじめを受けている、高校一年生の女の子・深花(みか)のお話です。ものすごく悪質ないじめというわけではないんだけど、みんなが彼女を避けていて、完璧な「ぼっち」になっている。友達の一人さえいない。
これは厳密には、いじめ……ではないですよね。
まあね。でも、居場所が全くなくて、疎外感を抱えて辛い思いをしている、という点では、似たようなものだと思う。実際主人公は、死のうとまでしているわけだし。
いじめというより、「孤独」とか「寂しさ」の話なんだなと思って、僕は読みました。
今回の投稿作の中で、一番感情移入して読めましたね。
私も、すごくいい作品だなと思って拝読したのですが、意外と評価が低い方も多くて、逆にびっくりしました。好き嫌いが分かれる作品なのかな。
私は、高評価した側です。これ、現実世界に暮らすごく普通の女の子が、拾ったイヤホンを通じて、ひととき異世界と交信するというお話ですよね。こういう、現実世界にほんの少しファンタジー要素が混ざるタイプのお話は、オチのつけ方がとても重要だと思うのですが、この作品は、そこが非常にいい塩梅になっていたと思います。海に飛び込んだ雪乃との、イヤホン越しの会話が、本当にあったことなのか、主人公が思っている通り「自分に都合のいい幻聴」だったのか、明確にはされていませんよね。でも、雪乃と話をしたことで、主人公が救われたことは間違いない。そこにそれ以上の解説はいらないし、もしそんなものをつけたら、かえって興醒めになったと思う。だから、はっきりした説明はあえてせず、「水死体のニュース」だけでスパッと話を終わらせているところが、非常にいいセンスだなと私は思いました。全てを説明してしまわないところがいい。
うーん、実は私は、ラストの描き方だけは、ちょっと残念だなと思っていまして。
あれ? 高評価同士なのに、意見が違いますね(笑)。
話を現実へ引き戻したところですかさず切って終わる、という書き方が小気味よいというのは、私もすごく理解できるんです。でもちょっと、理に落ちすぎだなという気が、どうしてもしてしまった。説明しすぎていないオチがいいというご意見でしたが、「水死体が見つかった」というニュースで終わるのは、むしろ説明しすぎではないかと私は思います。
話のトーンが、一気に変わってしまっていますよね。マリンスノーが降りしきる海底で、友達になれたかもしれない雪乃さんと、つかの間の邂逅を果たすという、幻想的で美しいファンタジーシーンだったのが、いきなり「水死体のニュース」で味気ない現実へ引き戻されてしまう。ちょっと台無しだなという気がします。
私もラストが引っかかりました。不思議ちゃんっぽい主人公の独白で話が進んでいたのに、最後にいきなり水死体が上がったり、主人公が「あれは幻聴だったのかも」と冷静に自己分析したりして、現実的な理屈がつけられている。深花が「普通の人」になってしまったみたいで、ガクッと評価が落ちました。「このラストは、何か違う」という違和感が強かったですね。最後の最後に、頭から水をかけられたような気分になりました。
雪乃さんと話をすることで、主人公は確実に救われましたよね。物語としては、これでもう十分だろうと思います。イヤホンを外し、「たぶん今のは、自分に都合のいい幻聴だったんだろうな」と思いながらも、心が軽くなったので一歩前に踏み出せそう、ということで終わればよかったのではないでしょうか。「水死体」まで書く必要はなかったと思う。
確かにこれは、シビア過ぎる現実ですよね。
女の子が崖から飛び降りる場面を目撃し、残されていたイヤホンをつけたら彼女と交信できたという筋立ては、素晴らしいと思います。ただラストは、例えば、「やっぱり私の都合のいい幻聴なのかな」と思えてきたのでイヤホンを外し、雪乃が飛び込んだ崖から海に投げ入れるとか、そういう感じの終わり方でいいように思います。「雪乃さんが海の中でも好きな音楽を聴けるように、イヤホンを返そうと思った。」とかね。雪乃さんと本当に交信できていたのか否かは、あくまでも深花の主観というか心の中の問題だし、それを深花自身も自覚しています。だからこそ、水死体は上がらなくていいと思う。ラストで深花が、「だって、死者と交信するなんてありえないことだし」と思っているところも、いらないのではないでしょうか。この主人公がそんな考え方のできる子だったら、雪乃さんと交信なんかしなくても、もうとっくに現実社会でうまくやっていけていたはずだと思えますので。
深花はこの後も、クラスメイトから引かれてしまう、ちょっと不思議な感性を持った子のままでいいですよね。
はい。今のままの主人公をこそ、雪乃さんは理解し、共感してくれた。「あなたとなら気が合いそう。もっと話したかったなあ」と言ってくれたのですから。「自分は、自分のままでいいんだ。私は一人じゃない、この世界のどこかに、雪乃さんみたいに私と似た感性を持つひとがいるはずだ」と主人公の気持ちが救われたところで終われば、それでよかったのではないでしょうか。「雪乃さんらしき水死体が上がりました。雪乃さんとの交信はやっぱり私の幻聴でした」みたいな現実的なつじつま合わせは、かえって蛇足だと思います。たとえ雪乃さんとの交信が、深花の心の中だけの「都合のいい幻聴」だったとしても、それによって深花が救われたのは、深花にとっての揺るぎない「真実」であり「現実の出来事」だと私は思うからです。
なるほど。確かに、「水死体」までは必要なかったですね。
もしかして、読後感の悪い話にしたかったのでしょうか?
いや、これは単に、オチをつけたのだろうと思います。
つい、話に整合性をつけようとしたのでしょうね。でもこの作品には、そういう「普通の価値観」みたいなものを持ち込む必要はないと思います。「悪いところは反省し、社会に適合すべく努力して自分を変える」とか「いい加減、不思議ちゃんを卒業する」とか、そういう常識的な方向にまとめなくていい。この話は、世間一般の「普通」では救われない心みたいなものを書いているのだと思います。そしてそれは、主人公だけでなく、実は誰の中にもあるものですよね。だから、主人公が現在の自分を肯定できたことにこそ、意味があるのではないかと思います。
雪乃と話をしただけで、主人公には希望が生まれましたよね。
はい。深花は、「雪乃さん以外にも、同じような視点と感覚と言葉で世界を認識している人に、いつか巡りあえるかもしれない」、と思えるようになりましたよね。
いい意味で、「自分を無理に変えなくていい」という話なんだと思います。
世間的な常識に迎合する必要はない、ということですよね。実際、この主人公の感性は、すごくいいなと思います。彼女の目を通して描写される世界は、とてもきらめいていますよね。マリンスノーが降る海底の光景も美しかった。「(風が激しくて)髪にばささばささと往復ビンタされつつ」なんてところも、よくこんな描写を思いつくなあと感心しました。
私は、「(クラスメイトの女の子たちが)花のようにお弁当を広げる」というところがすごく好きでした。描写はものすごくうまいですよね。
これは、主人公=作者の感性が素晴らしいということですよね。
はい。特に冒頭の一文はすごくよかった。「果てしない暗黒の世界を潜水艇は進んでいく。」。ここを読んだだけで、「いったい、何の話が始まるんだろう?」と思えて、引き込まれました。「顔色の悪い甲殻類」なんて表現も、面白いですよね。
繊細でありながら、ユーモアも感じられる描写ですよね。
まあ、「ティッシュにドレッシングをかけて食べる」というのは、ちょっとやりすぎな気がしますけど(笑)。高校生が、ほんとにこんなことするのかな?
でも、お昼ごはんに、「自分で握ったおにぎり」を食べていますよね。食事を作ってくれる家族がいないのかなと思いました。
ひもじさのあまり、ついティッシュを……ということなのかもしれません(笑)。あと、雪乃さんが大好きなテレビ番組、『スコップで掘ろう!』にも、すごく興味が湧きますよね。
こんな番組、実際にゴールデンタイムにやっていそうですよね(笑)。アイドルグループの土堀りバラエティ、ぜひ観てみたい。
私も観たいです(笑)。それにしても、男性陣の評価が、なぜか軒並み低いのが気になりますね。理由は何だったのでしょうか?
僕はやはり、ラストですね。途中までは入り込んで読めていたのですが、水死体が上がったところで、一気に気持ちが引いてしまった。短編の締めくくり方としてはあまりよくないと思えたので、評価が下がってしまいました。
僕はそもそも、話に入り込めなかった。主人公がなぜ、「死のう」とまで思い詰めているのかが、よくわからなかったです。
それはもう、「疎外感」ではないですか? 子供の頃から、新しいクラスになる度、「今年こそ友達を作ろう」と思って頑張るのに、結局いつも「ぼっち」になってしまう。学校でも一人。詳しく書かれていないけど、おそらく家庭でも一人。常に孤独で、どこにも居場所がない。これが一生続くのかと思ったら、生きる気力もなくなってしまった。
でも主人公は、テレビでマリンスノーを見て、心を奪われていますよね。「なんてきれいなんだろう」「どうしても本物を見たい」と思っている。普通、本気で「死のう」と思っている人は、何かに心を動かされたりしないと思います。自分の世界が、「辛い」「もう、何もかもどうでもいい」という思いでいっぱいになっているからこそ、「死のう」「死んでもいいや」となるのではないでしょうか。主人公には、強く心惹かれるものがある。好きなもの、大事なもの、楽しめるものが一つでもあれば、人はまだ生きていけると思います。「マリンスノー」に興味津々な主人公なのに、「死のう」という気持ちも同時に持っているというのがどうにもしっくりこなくて、僕はこの話にノリ切れなかった。
わかります。私も、主人公の本当の気持ちが、今ひとつつかみきれなかった。「マリンスノーを見たい」と思った深花は、翌日早速、ダンベルを買い込みますよね。海底へ沈む重りにするために。そんなことをすれば当然死んでしまうわけですが、「これから死ぬのだ」ということを深花がちゃんと認識しているようには、あまり感じられない。深花が、マリンスノーを口実に、本気で死ぬつもりで海に沈もうとしているのか、それとも「単にマリンスノーを見たいだけ。でもまあ、その結果死ぬとしても、べつにいいよ~」ということなのか、その辺りの気持ちがどうにも読み取れない。軽いタッチの一人称で語られているので、余計に戸惑います。もしかして何も考えていない、それこそ「海に沈んだら溺れ死ぬ」ことさえわかっていない子なのかなとも思ったのですが、その割に、雪乃さんが飛び込んだ後、「遺書はないみたい」と冷静な観察ができている。とにかく、この話をどう読めばよいのかが、よくわからなかった。
これはおそらく、主人公の照れとか、含羞とかが、こういう語り口として現れているということではないかと思います。深花は本当は、うまくいかない現実に苦しみ、死のうとまでしているのですが、それをそのまま深刻なテイストで語ることに抵抗があるんじゃないかな。本音は「死にたいほど辛くて寂しい」だったり、「もう死んじゃってもいいかなと思ってる」であったりするのに、ついすっとぼけた口調で、「マリンスノーが見たいから、ダンベル買っちゃお~~!」みたいなことを言ってしまう。苦悩を読者にさえ見せつけないというところが、ある意味慎み深い感じがして、私はとても好きでしたね。「辛いな」「寂しいな」ということをストレートに書くのではなく、こういう語り口で言外に伝えているところが、この作品のすごくいいところだなと私は思います。
私もこの主人公、すごく好きですね。友だちになって、バカな話をして、いっぱい笑い合いたいななんて思ったりします。この主人公は意外に、現実がはっきり見えているのではないでしょうか。友達を作れない自分、一人ぼっちの自分というものをちゃんと認識できているんだけど、気づかないふりで無理やり楽しく暮らしている。そのせいで一人称の語りも、ちょっと不思議ちゃんっぽくなっているんじゃないかな。でも、ほんとはいろいろわかっているからつい、「遺書はないな」「幻聴かもしれないな」と、冷静な判断を下したりもする。日頃は隠しているからこそ、揺り戻しみたいに、ふとした時に素の自分が顔を出してしまう、ということではないでしょうか。だから私は、空想の海中シーンというふわふわした曖昧な雰囲気が、「水死体が上がりました」というショッキングなニュースによってキュッと引き締められるラストは、すごくいいなと思いました。冷や水をかけられるような終わり方が、逆に良かった。
なるほど。そういう感じ方もあるんですね。
確かに、本当の「不思議ちゃん」なら、「ぼっちが辛いから死のう」とは思わないでしょうしね。
私はこの主人公は、不思議ちゃんどころか、ごくごく普通の、寂しさを抱えた女の子だと思います。「感性がちょっと特殊で、常に周囲から浮いてしまう人」のように描かれていますが、「なぜだかわからないけど、このコミュニティだと、私、どうしても浮いてしまうんだよね」ということは、実際にあると思うんです。むしろ、そういう感覚をほんのわずかでも感じたことがない人というのは、めったにいないんじゃないかな。べつに誰が悪いわけではないんだけど、「どうしても私、この集団にはなじめない。輪に入れない」ということは誰しもあるわけで、これはそういうごく普通の女の子の孤独の話なのだと思いました。「寂しいな」という気持ちから、ふと、「死んでもいいかな」と思ってしまうというのは、私はものすごく理解できるし、共感できます。「水死体が上がる」というラストが現実的すぎて不必要だという意見が多かったですが、私はこの終わり方も含めて、すごくいい物語だなと思います。雪乃さんの水死体が発見されてしまったということは、主人公はもう決して、生きている彼女に会えないわけですよね。空想の中では笑って抱き合えたりしたけど、現実に死体が見つかった後では、もうイヤホン越しに話すこともできない。私はこれは、ものすごく切ないラストだなと思いました。そして、この切ない話を通じて作者は、「死んではいけない。どこかにいる、心が通い合う人と、巡り合うこともできなくなるよ」というメッセージを届けようとしているのではないかと思います。ものすごく胸に迫る作品で、私は最高点をつけました。
すみません、水を差すようですが、私は「水死体はいらなかった」派ですね。孤独の中にいた主人公が、死んでしまったかもしれない女の子との交流を通して、ほんの少し楽になれた。寂しくて切なくて、でも救いもある話、というだけでまとめた方がよかったんじゃないかな。作者の真意はわかりませんが、もしこの作品に、「死んではだめだ!」みたいなメッセージまでが盛り込まれているのだとしたら、それは過剰だと思います。
なんというか、本当に――読む人によって、見事に感じ方が分かれましたね。多様な読みと解釈ができる、奥行きのある作品だということでしょう。私は、「ラストだけは絶対変えた方がいい」と思っていたのですが、こうして皆さんのご意見をうかがううちに、「現状のままでもいいのかな」とも思えてきました。でも、この作品をぜひ推したいという気持ちだけは変わりません。抑えた切なさが滲む話だし、描写の勘所もセンスもいい。ユーモラスな語りの中に主人公の切実な気持ちがあふれた、すごくいい小説だなと思います。
以前にも最終選考に残られた方です。その時の作品もビジュアル描写にすぐれていましたが、今回はさらに、胸に響く小説として格段の進歩を遂げていますね。受賞するにふさわしい、素晴らしい作品だったと思います。