編集B
主人公は、高校生の女の子。クラスでいじめを受けていますね。
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第189回
魔女の視線
山田砌志郎
25点
主人公は、高校生の女の子。クラスでいじめを受けていますね。
元々は、安達さんという、別の子がターゲットだったんだよね。高1のとき、ある日急に、主人公の一番の仲良し・秋乃が、安達さんを無視し始めた。主人公は「秋乃グループ」の一員だったから、最初のうちは、心ならずも黙って見ているしかできなかった。でもそのうち、どうにもいたたまれなくなり、孤立している安達さんに自分から声をかけてしまう。
当然いじめの矛先は、「裏切った」主人公にも向かいますよね。
それでも、安達さんとクラスメイトでいられた間は、二人で楽しく学校生活を過ごせたんだけど、二年に進級したときにクラスが分かれてしまい、今度は主人公一人だけが、秋乃たちからいじめを受けるようになる。
以前はとても仲の良かった友人から、手のひらを返すように露骨な悪意を向けられるというのは、ものすごく辛いでしょうね。
ひどい話だよね。だから、ラストで秋乃が手ひどい報復を受ける展開になっているのは、私はすごくよかったなと思う。主人公も恐ろしい妄想の世界に取り憑かれてしまっているので、バッドエンドではあるのですが、いじめっ子に鉄槌が下されるのには爽快感がありますよね。それに、主人公が心を蝕まれてどんどんダークサイドに踏み込んでいく様には、読みごたえがありました。円満な解決は望めそうにない状況だっただけに、「このお話に、一体どういう結末をつけるんだろう?」と思いながら読んでいたのですが、ラストは割合ちゃんとオチがついていたと思います。私はとにかくオチがきれいにキマっている話が好きなので、そこは高く評価しました。
題材そのものは悪くないと思うのですが、描き方がまだ浅いように感じます。主人公は最後には、完全に恐ろしい妄想の世界に行ってしまいますよね。そこに至るまでの過程を、もっとじっくり描写してほしかった。今のままでは、主人公の追い詰められ方が足りないと思います。
主人公をいじめているのは、秋乃たち数人だけのようですね。クラス全体がいじめに加担しているわけではない。
逃げ場はまだ、いろいろありそうな気もしますね。確かに、主人公の追い詰められ度は不足気味に感じられます。
主人公の心がさいなまれていく辺りの流れも、今ひとつ理解できなかった。『ヘンゼルとグレーテル』の本をたまたま目にし、「そういえば、魔女を倒すシーンが好きだったな」と思っていたところへ、いきなり本の中の鳥に話しかけられ、「魔女のような秋乃たちと戦ったら?」とそそのかされる。そのときの鳥は、「さながら、魔女のような」と、たとえで言っただけなのですが、なぜか主人公は、「そうか、魔女が秋乃に憑りついているんだ」と勝手に思い込んでしまう。
しかも、鳥の方もすぐさまその考えに乗っかって、「あなたの友人を変えたのは魔女なのよ」と、話をスライドさせています。
「魔女を倒そう」という、一種ファンタジーな展開になった後に、「じゃあ、まず図書館へ」と、現実的な調べものを始めるのも、なんだか妙ですよね。
童話の中のキャラクターとしての「魔女」と、中世の「魔女狩り」という史実においての「魔女」とが、あっさり一緒くたにされてしまっているのも引っかかります。
主人公の思考の流れにも、物語の流れにも脈絡がなくて、どうにもついて行けない。「え、どうしてそういう展開になるの?」という不可解さばかりが先に立ってしまいます。主人公がいつ歪んだ思いを持ったのかも、読者にはよくわからないですよね。読み進んで、ふと気づいたときには、主人公はもう妄想に取り憑かれてしまっている。
鳥に話しかけられた翌日の昼過ぎにはもう、秋乃を刺してますよね。ものすごい急展開です。
毎日必死で耐えていたはずの主人公の心が、いつ、どんなふうに歪んでしまったのかを、もっと読者にわかるように描いてほしかった。何の説明もなく話がポンと跳ぶ感じで、読者が物語を呑み込みにくい。
確かに。最終的に主人公が思い詰めて凶行に及んでしまうという話なら、冒頭辺りで、すでに主人公は相当切羽詰まった状況にいるのだということを、もっと読者に伝えておいた方がよかったと思います。必ずしも、具体的ないじめの描写でなくていい。匂わせるだけでも構いませんから、とにかく主人公の辛い状況を、一刻も早く読者に理解してもらうこと。それが重要ですよね。
中盤までの主人公は、ちょっと淡々と描かれ過ぎているような気がします。現状では、彼女がいじめていた友人を刺してしまうほど追い詰められているとは、読者は気づけませんよね。
静かな物語進行の中に突然、破滅的かつ衝動的な展開をバン! とぶつけることで、効果的に話を盛り上げようとしたのかなと思います。メリハリが利いているのはすごくいいと思うのですが、そこに至るまでに、「もしかしたら主人公は、心情的にも立場的にも相当追い詰められているのかもしれないぞ。何か危険な予感がする」と、もう少し読者に悟らせておいたほうが、読んでいてはらはらするし、主人公に思い入れを抱くこともできるのではないでしょうか。
ただ私は、この淡々とした書きぶりは、悪くないようにも思います。読者が気づかない間に淡々と危険な妄想の中に踏み込んでしまっている主人公、というのが、この話の怖さを逆に強めている気がしました。秋乃に報復した後もなお、主人公は妄想の世界から戻ってこないというところが、怖くて逆に良かったなと。
主人公が静かに歪んだ妄想の世界に入っていって、そのまま静かに終わるというお話自体は、確かに悪くないと思う。ただ、そういうテイストの話にするなら、中盤でいきなり絵本の鳥が話しかけてくるという展開は、ちょっと違和感が強いと思います。しかも、主人公はそれをすんなり受け入れていますよね。「えっ、どうして本の中の鳥が喋るの!?」「そんなバカな!」みたいな動揺を見せることもなく、ごく普通に鳥と会話して、「悪いのは魔女」「魔女を倒そう」という方向にすぐさま話が動いていく。こういう辺りの展開も唐突で強引で、私はノリ切れなかった。
この鳥は、主人公の内心の声なのかな? 復讐したい気持ちが高まるあまり、絵の中の鳥にその思いを代弁させ、自分で自分をそそのかしているの? それとも、心の均衡を崩して、遂に幻聴が聞こえ始めたということでしょうか?
うーん、主人公だけに見える「喋る鳥」が本当にいる、ということなのかもしれない。その辺りはよくわからないですね。
いずれにせよ、「絵の中の鳥が話しかけてきた」ところが、おそらく、主人公の心が本当に限界に達した瞬間、ということなのでしょうね。けれど、「ここが主人公の臨界点だったんだな」とは、初めてこの作品を読む際にはちょっと気づけないです。私は、「二次元の鳥が話しかけてきた!? てことは、この話、ファンタジーだったの?」と思ってしまいました。「じゃあ、この鳥さんが、いじめから助けてくれるのかな?」と。かわいい鳥さんが出現して、ほのぼのとした展開になるのかと思いきや、まったくそうじゃなくて面食らうというか。
喋る鳥の出現は、確かに、無理やりな感じの強い展開でしたね。
何の前振りもないまま、急に絵の中の鳥が喋りだしたりしたら、やっぱり読者は面食らってしまいます。ここはもうちょっと工夫が欲しかったですね。
話のトーンとか色合いみたいなものを、書き手がまだうまく御しきれていない印象がありました。
主人公のことも、もう少し描く必要があると思う。最後まで読んでも、彼女がどういう人となりなのか、よくわからないよね。だから感情移入もしにくい。僕はどうにも、うまく入り込んで読めなかった。
そうですね。現状では、主人公にあまり共感できない書き方になってしまっていて、もったいないなと感じます。元友人によるいじめを受け、ものすごく辛い状況にいる主人公が、何らかの方法でその状況を変えた、一矢報いたという話にするなら、やはり読者が主人公に感情移入できるような書き方にした方がいいのではないでしょうか。バッドエンドにするにしても、主人公は精一杯の抵抗を見せ、彼女なりに何らかの救いを得たのだということを、読者の共感を得られる形で描いた方がよかったと思います。
私は、いじめに関する主人公の心の動きが、今ひとつ納得できませんでした。無視されている安達さんを見るに見かねて、つい声をかけてしまったというのは、まあわからなくもない。でも、そんなことをしたら自分もターゲットにされてしまうのは、わかりきっていますよね。案の定、主人公は秋乃たちからいじめを受けることになる。普通こういう場合、「ああ、やっぱり、声なんてかけなければよかった」と後悔したり、「いや、私は正しいことをしたんだから」と思い直したりと、ぐるぐる苦悩しそうなものですが、主人公にはそういうところが全くないですよね。苦しい思いをしている割に、「今日もいじめられて辛かった」という平板な思いしかないように見える。そこはかなり引っかかります。人間の自然な感情が描かれていない気がして。
主人公の辛さも、実はあまりうまく伝わってこない。いじめられても淡々とやり過ごしているかと思えば、家では急に本棚を蹴飛ばしたりしている。主人公が、このいじめをどういう風に受け止めているのかが、よくわからないですね。
だからなんだか、「いじめ」がアイテムっぽく見えてしまうんだよね。「辛い目に遭っている子が、思い詰めて報復する話」を書こうとして、「いじめを受けている主人公」を設定したように感じられるところがある。「安達さんを助ける」という展開も、主人公が理不尽にいじめられる理由作りのため。「進級したら安達さんとクラスが分かれた」のも、主人公をさらに辛い状況に追い込むため――描かれているエピソードが、ストーリー展開のために都合よく作られたもののように思えてしまう。
図書館に行っても、「魔女」に関する本が一冊しかなかったとか、その一冊しかない本の、ほんのわずかな記述を読んだだけで、「魔女は倒さねば」と決意してさっそく学校へ向かうとか、こういう辺りも、作者の都合に合わせて強引に話が進められている感じがします。もうちょっと長いスパンで、話を展開した方がよかったんじゃないかな。例えば、いじめられて「いつか復讐してやる」と思っているうちに、主人公は徐々に黒魔術にのめり込んでいって……とか(笑)。部屋の本棚には、『黒魔術大全』みたいな本がずらりと並んでいたりする。
その魔術本に描かれている鳥が、ある日そそのかしてくるわけですね(笑)。確かに、その方が自然ですよね。私は、この「鳥」にはかなり引っかかりを感じました。童話から出てきた割に、妙に説教臭くて、なんだか嫌ですよね(笑)。なぜか途中から、意見が大きくブレだしますし。
主人公が「魔女を倒す」と本気で決意すると、急にオロオロして、止めようとしたりしますよね。散々自分がそそのかしたくせに(笑)。
ラストで出て来たカウンセラーの描き方にも、疑問を感じました。傷害事件を起こした高校生のカウンセリングを担当するにしては、あまりに簡単に動揺し過ぎていますね。プロフェッショナルな感じが全くしない。それに、このカウンセリングの場面だけ、急に三人称に変わっていますよね。こういう書き方も、特に短編では避けたほうが無難でしょう。
ずっと主人公の一人称で描かれてきた物語が、一ヵ所だけ突然三人称になってしまうのは変ですよね。
むしろ、カウンセリング場面はすべて削ってもいいんじゃないかと思います。
急に第三者が解説し始めた感じで、このくだりは話の中ですごく浮いていますよね。
はい。構成が練り切れていない気がします。
僕は、主人公が理性を失っていくというオチで話が終わるというのも、ややありきたりに思えました。
そうですね。結末のつけ方としては、ちょっと逃げているかなという印象は否めませんね。
わかります。わかるんだけど、私は個人的には、読後感がいいとは言えないこのラストが、けっこう好みでした(笑)。
それもわかります。ザラッとした後味の悪さは、魅力にもなり得ますよね。ただ、「いじめ」という深刻かつ繊細な題材を扱うからには、バッドエンドならバッドエンドなりのカタルシスが、もうちょっと欲しかった気がするのです。「主人公は辛さのあまり、心身のバランスを崩していたのでした。おしまい」では、あまりにも救いがないというか……。現実のいじめも簡単になくなることはないでしょうから、作中で安易に解決させたりしなかったのはいいのですが、主人公が思い詰めて一線を越えてしまう展開にするのなら、彼女がどんどん心の均衡を崩していき、ついに激烈な反撃へと転じた、というところで終わった方がよかったように思います。こういう話なら、最後まで一貫して、主人公の視点を貫いてほしかったですね。そのほうが読者も、より主人公に思い入れることができたと思います。
読者は、主人公が何を考え、どう行動したのかということを知りたいのですからね。もっともっと主人公の内面に、肉迫してほしかった。思考が常軌を逸していてもいいから、それをそのまま描いて見せてほしかったです。
同感です。むしろそのほうが、「それほどまでに主人公は追い詰められていたのだ」ということが、読者に強く伝わったんじゃないかな。読者を物語に引き込むために、まずは書き手自身が登場人物に強く思い入れてほしいです。もっと思いきり主人公になりきって、その内面を描いてほしかったなと思います。
あと、「いじめ」みたいなものを題材として選ぶなら、相当の覚悟と配慮が必要になりますよね。僕はその点も、ちょっと気になった。みんながいろんな意見を持っている問題だろうし、実際に辛い思いをしている人もいるわけだから、扱い方がものすごく難しいよね。
はい。「こういう深刻な問題を、小説のアイテムとして都合よく使ってしまっているのでは?」と読者に受け取られてしまうのは、得策ではありません。この作品がそういう造りになっているとは私は思いませんが、いろんな誤解が生じ得る危険性のある題材だということは、十分意識しておいた方がいいですね。
そもそもこの作品のテーマは、「私の人生の主人公は、私自身だ」ということだったと思うのですが、話の焦点が、うまくそこに向いていなかったですね。「いじめ」という要素を話に混ぜたせいで、物語自体がブレてしまったように感じます。
すごくいいテーマだと思えるだけに、もったいなかったですよね。題材選びは、非常に重要な問題です。自分が書きたいお話を書くためには、選んだ題材や舞台設定が本当にベストなのかということを、書き始める前に、ぜひ念入りに検討してみてほしいですね。