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選評付き 短編小説新人賞 選評

水に流せば

安納未知

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  • 編集F

    トリッキーな作品で、とても面白く読みました。「忘れたいことを書いて流せば、本当に忘れられるトイレットペーパー」というアイテムが、まず面白いですよね。

  • 三浦

    「自分の手で」流さなければ機能しないというカラクリにも、「なるほどなあ」と思いました。

  • 編集F

    このトイレットペーパー、一見、ダジャレの宣伝文句がついているだけの面白グッズかと思えたんですが、なんと広告に偽りなしだった(笑)。効果は絶大。そして、その効果の素晴らしさにハマッた友人・奈月が、どんどんそれに依存していってしまう。

  • 編集B

    一週間で六十メートルの紙を使い切ってしまうって、相当だよね(笑)。

  • 編集A

    しかも、一回に使う長さはほんの切れ端程度、小さな文字で几帳面に書いているのに。いったいどれほど大量の「忘れたいこと」を流してしまったのか。

  • 編集F

    あっという間に、「それなしでは生活できない」ほどになってしまうんですよね。深く考えもせず、何でもかんでも躊躇なく流して、忘れていってしまう。あっけらかんと依存していく様には、うすら怖いものさえ感じます。でも、嫌なことをどんどん忘れていってるから、当人はいたって上機嫌。いつもにこにこ笑顔の、優しい女の子へと変貌していく。人間関係も改善されて、友達も増えている様子。状況だけを見ると、「良い」方向へ変わっていっているはずなのですが、主人公はどうにも気がかりで仕方がない。だって全部、「不思議グッズに頼って記憶を消去した」せいですからね。「本来の奈月らしさ」とか「本当は忘れるべきではなかったこと」まで失ってしまっているのではないかという危機感を覚え、奈月を元に戻そうとする。主人公が友人を本気で心配してあげているところが、とてもよかったなと思います。「ぶっきらぼうで神経質で怒りっぽいのが本来の奈月なんだから、そのままでいいよ。そのままでいてよ」と思っている主人公は、本当に友だち思いですよね。

  • 編集B

    今までは、「奈月って、どうでもいいことで怒るよな~」と思っていたのに、どんどん変わっていく奈月を見て、「私から見たらささいなことでも、奈月にとっては重要なことだったのかも。もっとちゃんと気持ちを聞いて、受け止めてあげればよかった」と考えるようになる。友だちを、深く思いやってあげることができるようになっていますね。この気づきの場面は、すごくいいなと思いました。

  • 編集F

    ただ、ラストの展開は、かなり引っかかる。

  • 編集B

    腑に落ちないですよね。

  • 編集F

    はい。「また最初に戻る」という、ループ・タイプのオチですよね。でも、「あーあ、またしても奈月を怒らせちゃった。まあ、とりあえずまたやり直そうっと」を無限に繰り返すというのでは、この話の締めくくり方としてまとまっていないように思える。

  • 編集B

    うまくオチがついていないよね。この作品をループ展開にするなら、ラストは「そしてまた最初に戻ったのでした」というだけにとどめたほうが、まだしも納得感のある話になったと思います。

  • 編集H

    それに、「奈月にとっては、どうでもいいことじゃなかったのかも。彼女の気持ちを、ちゃんと汲み取ってあげなきゃ」という気づきと、「どうでもいいことで怒る奈月こそが、本来の奈月。そのままでいい」という思いは矛盾していると思う。これ、そもそも話の構成が、うまくいっていないのではないでしょうか? 私は、無限ループになって終わる話は結構好きなんですけど、この作品のループ展開は、ちょっと的を外してしまっているように感じます。

  • 編集D

    基本的に、こういう「便利な不思議アイテム」が出てくる話というのは、最初のうちは楽していい思いをするんだけど、そのうち予想外の困った事態が起こってきて、最後は散々な目に遭う。で、「やっぱり、こんなものに頼るのはよくないな」という結論に辿りつくものだと思うのですが。

  • 三浦

    そうですね。うまくいくかと思ったら、そうは問屋が卸さず、「トホホ~~」ってことになる(笑)。それが常道ですよね。

  • 編集D

    この話は、アイテムが思わぬ結果を引き起こして、「あれっ? これってマズい?」という事態にはなるんだけど、そこであっさり元に戻してしまいますよね。主人公が痛い目を見ることもなく、簡単にリセットして終わり。せっかく「不思議アイテム」を使って、面白い話になりそうだったのに、オチにパンチが効いていなかった。

  • 三浦

    たぶん作者も、「不思議アイテムを便利に使ってたんだけど、やっぱり最終的にはうまくいかなかった」という話を書こうとなさっていると思います。ただ、今の書き方では、そういう話になりきれていない。もしその方向で読者に読んでほしかったのであれば、もうちょっと書き込むべきことがあったような気がします。特に、登場人物の心理面が描写不足かな思いますね。

  • 編集F

    主人公と奈月の関係性が、実はよくわからないですよね。

  • 三浦

    はい。冒頭シーンを読んでも、この二人がどの程度仲の良い友達なのか、はっきりとはつかみきれない。「親友」と言えるほどではないようだけど、つき合いは長くて、気心は知れているみたいだし。でも、奈月は怒ってばっかりだし(笑)。奈月が主人公のことをどう思っているのか、主人公は奈月にどれぐらい思い入れをしているのか、そういうあたりが今ひとつわかりにくかったです。おそらく作者は、あえて抑制的に、登場人物を描写し過ぎないようにしているのだろうなとは思うのですが、ちょっとそのバランスがうまくいってないような気がします。

  • 編集B

    終盤で主人公は、奈月のためを思って、時間を戻したわけですよね。「以前の、本来の奈月に戻ってほしい」と。でも、ラストの場面の奈月は、主人公を「河谷さん」と呼んだりして、ちょっとよそよそしい感じがする。これ、元通りではないですよね。どういうわけか、主人公との距離が以前より開いてしまっているように思えます。主人公は特別気にはしていないみたいだけど、本当にこれでよかったのかな? これが主人公の望む状態なのでしょうか? 以前と同じように、「怒りっぽいのが本来の奈月。そして、そういう奈月と親しくつきあえるのは、私くらいしかいない」という関係に戻りたかったんじゃないの?

  • 三浦

    確かに。主人公と奈月の関係には、何かしら引っかかりを感じますよね。というのも、主人公にはなんだか、奈月以外に友達がいないように見えるんです。同じテニス部の子たちの名前をフルネームで聞いても、誰のことだかしばらく思い出せなかったりしている。通常これは、ちょっと考えにくいですよね。そういう点から、主人公には、中学からの友人で、ちょっと扱いにくい子でもある奈月ちゃんしかお友達がいないのかな、と思ったりしました。もしそうであるなら、むしろ主人公こそ奈月に依存しているわけで、それで余計に、以前の奈月に戻ってほしがっているのかなと。ただ、はっきりとそう読み取れる書き方にもなっていないので、この辺りの真相はよくわからない。なんだかいろいろ、もやっとしますね。

  • 編集F

    作者が意図しているものを、読者にしっかりと伝えられる書き方が、まだちょっとできていないですね。

  • 編集G

    やっぱりもう少し、キャラクターの内面を描いてほしかったよね。彼らがどういう人間で、何をどう感じているのかということを、読者にもっとわからせてほしかった。

  • 三浦

    そうですね。心理面に関する描写が、ちょっと不足気味だと思います。ただ、作者が書きたいのは、人間ドラマに重点を置いたものではなく、こういう「ちょっと奇妙なことが起こりまして……」という系統の話なのかなという気もするんですよね。

  • 編集F

    そういえば、この作者が以前最終選考に残ったときの作品も、「恐怖の都市伝説の『メリーさん』が、なぜか遠ざかっていく」という、「ちょっとした不思議要素」に絡んで展開していくお話でしたね。

  • 編集B

    ホラーとは言えないくらいの、ものすごくゆるいホラー作品でした(笑)。むしろ、ユーモラスな印象の方が強かったですね。そのテイストは、この作品にも共通しています。

  • 三浦

    おそらく、こういうタイプのお話を書くのがお好きで、得意でもある、ということかなと思います。それは素晴らしいことなのですが、心理描写が少なすぎるから、ストーリーを披露することにばかり、作者が力を入れているように見えてしまう。登場人物が二の次にされてしまっている感じで、読者は物語に入り込みにくいです。そこがもったいないですね。もう少しキャラクターの心情を丁寧に描写した方が、作者が意図している読み筋に、読者を導きやすいのではないかと思います。

  • 編集G

    作者がキャラの心情にもっとアプローチすれば、展開の仕方やオチのつけ方も、また変わってくるんじゃないかなという気がするよね。

  • 三浦

    そうですね。明確なストーリー展開で読者を驚かせようという作品なら、そこにプラスアルファとして、人間心理の綾みたいなものが描き込まれていたほうが、読者はより共感して、のめり込んで読めると思います。

  • 編集F

    もう少し何かしら、人間の内側からにじみ出てくるものを描いた部分があったらよかったのに、という気がしてなりませんね。

  • 三浦

    はい。たぶん、シナリオだったら、この塩梅のままでもOKだと思うんです。生身の役者さんが演技することで、表情とか声のトーンとかがプラスされて、そのキャラクターがどういう人物なのかということが、観ている側に伝わってきますから。でも、小説として書くのなら、今のままではちょっと物足りない気がする。筋立て重視の作品であっても、小説としての読みどころを、何かしら盛り込んだほうがいいと思います。

  • 編集F

    枚数には、まだかなり余裕があるので、十分書き込めますよね。もう少しキャラクターの掘り下げがなどあれば、もっと読み応えのある作品になったはず。また、もしもあくまで、「不思議アイテムを使ったトリッキーな話」に徹したいということであるなら、ラストで読者が思わず「やられた!」とか「そうきたか!」と感心するくらいの、鮮やかなオチを用意する必要があると思います。

  • 編集D

    個人的には、ラストの展開は、「実は、不思議アイテムなんかじゃなかった」というほうが好みですね。奈月は思い込みが激しそうな子だし、プラシーボ効果で「すごい! 効いた!」と思っていただけだったとか。

  • 編集A

    暗示がかかりすぎちゃったんだね(笑)。本当は何の変哲もない、ごく普通のトイレットペーパーだったのに。

  • 編集F

    奈月があっさり信じ込んでしまったので、その思い込みを主人公が必死になって解こうとする話、とかにしても、よかったですよね。展開は、いろいろ考えられると思います。

  • 編集A

    この便利すぎるトイレットペーパー、ネットで普通に買えるんですよね。こんなの売って、大丈夫なのかな?(笑) なんだか心配です。高価でもないらしいし、悪用されない? そもそも、誰がどうやって作ってるの?

  • 三浦

    ネットで、とっくに大反響になっていてもおかしくないですよね(笑)。

  • 編集D

    こういう不思議アイテムを使って小説を書く場合、「制限」が必要だと思います。いつでも簡単に手に入れられる、というのでは、話の面白さが薄れてしまう。

  • 三浦

    確かに、アイテムの設定には、何か「限定」を設けた方がいいですね。数に限りがあれば、奪い合いが生じたりもするだろうし、貴重な品であればあるほど、どう使うかをものすごく真剣に考えるはず。なんらかのリミットを設けることによって、葛藤やドラマが生じ、ストーリーがより面白くなったり、うねりを帯びてきたりする。これは作劇術の基本なので、ぜひ活用してみてほしいです。

  • 編集D

    「不思議なトイレットペーパー」は、最初に福引でもらった一個しか存在しないことにするとかね。会社名も書いてなくて、ネットとかでいくら探しても見つからない。

  • 編集B

    便利だから、最初はじゃんじゃん使って上機嫌なんだけど、そのうち不安になるよね。「どうしよう。あと1mしか残ってない」って。「あと50㎝」「10㎝」「3㎝」――こういうほうが、登場人物がより追い詰められる話になる。

  • 編集F

    あと、ラストでこのトイレットペーパーが「実は、時間さえ戻す力がある」と明かされるのは、ちょっと都合が良すぎるように思える。やはり、いろいろな制約がある中で展開してこそ、物語の面白さがより増すのではないかと思います。

  • 三浦

    そうですね。なんらかの「制限」を設けると(制限とはつまり、「不思議アイテムは一度しか使えない」とか、「このミッションを夕方までに完遂しないと、だれかが死んでしまう」といったような、設定上のルールのことです)、それに対して登場人物たちがどう対処していくのか、作者がいろいろ想像をめぐらさなければなりません。そういう作業が、登場人物の内面を掘り下げることにも繋がっていくのだろうと思います。この作者は、物語の「型」については、おそらくもう理解しておられるように感じます。だから今度は、心情面から物語にアプローチしてみてはどうかと思いますね。心情を過剰に書き込めということではなく、ご自身が思いつかれた設定・ストーリーに放りこまれた登場人物たちは、なにを感じ、どういう行動を取るのかを、まずは想像してみる。そうすれば、登場人物たちが「どんな人なのか」「どんな思いを抱えているのか」ということが、ご自身のなかでより見えてくるでしょう。それによって、当初考えていたストーリーとはまたちがう展開やエピソードを備えた作品になるかもしれない。登場人物の心情や思考を、すべて文章に盛りこむ必要はまったくないですが、「こういうとき、彼または彼女はなにを感じ、どういう行動を取る人なのか」を、あらかじめちゃんと想像しておくことで、小説がより生き生きし、書いている本人も予想していなかったような、物語が躍動する瞬間が訪れるのだと思います。

  • 編集G

    目のつけどころとかは、よかったですよね。「水に流したい」ことは誰しも持っているだろうから、読んで共感しやすい。面白い話になりそうだったんだけど、読み終えると今一歩だった。もう一息なんだけどな、惜しいな、って感じがする。

  • 編集D

    何かもう一つ、突き抜けたところが欲しかったですね。

  • 編集B

    ワンアイディアの作品ですが、途中までは面白く書けていたと思う。短編向きのアイディアではあるので、もうちょっとうまく練り込んで作れていたらな、と思います。でも私、この作者の書く、ちょっととぼけたようなユーモアのある文章、すごく好きですね。例えば、「自信作のからあげに、目の前でソースをドバドバかけられたことに対するいきどおり」なんてところ、思わず「くすっ」ってなっちゃいます(笑)。

  • 三浦

    私は、「軟弱すぎる合宿所の床」のくだりが笑えましたね(笑)。

  • 編集B

    「中濃ソース」について語るところも面白かったし、「シングル派とダブル派」についての考察も笑えます(笑)。

  • 三浦

    「あるある!」って思っちゃいますよね(笑)。「トイレットペーパーを前にしたとき、人は大きく三種類に分かれる。」なんて、厳かな言い回しが、またおかしい(笑)。作者の文章には、すごくいい味わいがありますよね。

  • 編集B

    そして、そういうちょっととぼけたテイストの文章で話を進めながらも、実は主人公は真剣に友だちを心配しているのだということを、ちゃんと描けている。そういう辺りもよかったなと思います。

  • 編集A

    好感の持てる作品ですよね。

  • 編集F

    文章も、すごくテンポよく読めるし。

  • 編集B

    前作への講評の中で、「行空き」に関する問題を指摘したのですが、今回ちゃんと直ってますよね。キャラクターの内面への踏み込みも、前作に比べれば、より深くなっていると思います。

  • 三浦

    そうですね。今回の作品のほうが断然読みやすいし、文章も上手くなっていると思います。格段の進歩を遂げていることは間違いないので、ぜひまた、再挑戦していただきたいですね。

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