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選評付き 短編小説新人賞 選評

血の絆

飛松利菜

30

  • 編集D

    まず、三十枚という限られた枚数の中で、ファンタジー世界を構築している点を評価したいです。被征服民が離散していく話を、短い中でうまくまとめているなと思いました。短編として書かれたファンタジーって、物語の背景がよくわからないことがあったりするのですが、この作品世界にはちゃんと輪郭があるというか、納得感のある話にできていたと思います。アーレスの民は優秀な調薬技術を持っていたのに、征服民に地を追われ、逃げ惑い、その中でせっかくの知識や技術も失われていく。実際の歴史においても、似たようなことは起こっていたはずで、読んでいるとつい、「インディオの文明崩壊も、こんな感じだったのかな……?」などと想像が巡り、すごく楽しかった(笑)。僕はこういう話が大好きなので、とてものめり込んで読めました。イメージを補完しやすい作品ですよね。

  • 編集E

    作品の背景はすごく壮大なんだろうけど、ギュッとまとめて、うまく短編に仕上げてますよね。

  • 三浦

    「互いの血を交わらせた夫婦は、たとえ離れていても傷や痛みを共有し、生死までも共にする」という設定も、面白かったですよね。設定自体は、もしかしたら目新しくはないのかもしれないけど、その「血の絆」がどういう仕組みになっているのか、冒頭から段階を経て徐々に読者に明かしていく書き方が、とてもうまいなと思いました。

  • 編集G

    設定の細かい点まで、ちゃんと考えられていたよね。「体がつながっている夫婦は、片割れと同じところに傷や痛みを受ける」ということらしいけど、男女差だってあるしなあ……と思っていたら、そこもしっかり書いてあった(笑)。

  • 編集A

    「(妻が凌辱された場合)男に女性器はないにせよそれなりの感覚を共有するだろうから」ってね。

  • 編集G

    もやっとしていた疑問が晴れて、すっきりしました(笑)。ここまでちゃんと書いてあるのはいいよね。だって、大半の読者が、「男と女では、身体に違いがあるし……」って思ったはずだから。

  • 三浦

    読者の、「そこ、もっと詳しく知りたいんだけど……」というツボが、ちゃんと押さえられていましたね。そういうところをうやむやにしていないのは、すごくよかった。作品に妙な色気がにじんでいて、そこも魅力の一つになっていると思います。でも、血の絆を結んだ夫婦は、浮気とかしたら、即バレちゃいますね(笑)。出産の痛みを、男性も味わうことになるし。耐えられるのかなあ。

  • 編集G

    作中でも、なんだかみんな、痛い思いばかりしてますよね。僕は正直、こういう絆は遠慮したい(笑)。男性側には、ほとんどメリットがないですね。

  • 三浦

    いや、男性は生理痛とかちょっとは味わったほうがいい(笑)。しかし女性だって、血の絆を結びたい人ばかりじゃないでしょう。「なんで夫の怪我の痛みをあたしも味わわなきゃなんないのよ!」という妻だって、相当数いるはずです(笑)。

  • 編集G

    よほど愛し合っている男女でしか、この儀式はしないでしょうね。

  • 編集B

    でも、恋愛が最高に盛り上がっているときが結婚するときだろうから、つい勢いで「血の交わり」をしちゃうんだろうね。人間なんだから、時間が経てば心変わりすることは十分あり得ると思うんだけど。

  • 編集F

    十年くらい経って、後悔する人は、けっこういそうですよね。「うわー、バカなことしちゃった~~!」って(笑)。

  • 編集A

    気持ちが冷めてしまった後でも、夫に何かあれば、同じ傷や痛みを妻も負わされるわけですよね。そういうの、ほんと迷惑だなと思います。

  • 編集E

    あの、みなさん、あまり結婚の夢を壊さないでください(笑)。

  • 編集B

    まあ、感情的な部分は脇に置くとしても、実際問題として、夫婦が共倒れになってしまうというのは、システムとしてあまりに非効率じゃない? 特に、子供がいた場合、どちらか一人でも生き延びたほうが絶対にいいよね。

  • 三浦

    もしかして、古代ギリシアのスパルタみたいな社会構造だったのでしょうか? 生まれた子どもは、親が面倒をみるのではなく、社会全体で育てる、みたいな。

  • 編集F

    なんにせよ、どんな夫婦でも血の絆を結べるわけではなく、重要な役割を背負っている人たち限定、という設定にしたほうがよかったのでは、という気がします。

  • 編集C

    例えば、族長、指導者層、あるいは戦場に赴く兵士とかね。そうでないとどうしても、「この設定、果たして成立するのかな?」という疑問が湧いてしまう。

  • 編集G

    夫婦が同時に死んでばかりいては、この一族、他国に追われなくても自然消滅しちゃいそうだよね(笑)。

  • 三浦

    あと、私は、ラストの二行がすごく引っかかりました。「岸だ!」と叫ぶ男がいきなり登場して、びっくりします。「え、これ誰?」って思ったところで、ぷつっと話が終わってしまった。一瞬、意味が分からなかった。

  • 編集C

    この男性も、亡くなった人なんでしょう。

  • 編集A

    「あの世」に向かってるんですね。

  • 編集B

    えっ、違いますよね? これは、新天地を目指している、アーレスの民が乗っている舟だと思いますが。

  • 三浦

    はい。進軍してくるヴァレン軍に追われ、大陸の北端から、東へ向けて出港したんですよね。

  • 編集C

    えっ? じゃあこれは、本物の舟なんですか?

  • 三浦

    十九枚目に「(敵軍の舟を一隻奪い)アーレス女や子どもを乗せ、東に出航した。」とあります。それがこの舟なんでしょう。

  • 編集B

    そして、二十九枚目のイラの独白で、「愛する人と出会い、子までなせたことは幸せだった」みたいなことが書かれているので――

  • 編集A

    そうか。自分の子供が乗り込んでいる舟に、魂だけになったイラが吸い寄せられていった、ということなんですね。

  • 編集F

    別れを告げたいとか、見守りたいとかってことなんでしょうね。で、子供たちは、その魂の気配を感じ取った。

  • 編集C

    ああ……! そういうことだったんですか……すみません、まったく気づきませんでした。私はこれは、亡くなった人を乗せて「あの世」へ渡る舟なんだとばかり思っていたので。

  • 三浦

    確かにこれは、わかりにくいですよね。誤解する読者がいても仕方がないと思います。

  • 編集B

    なにしろ、イラに子供がいることがわかったのは、ラスト直前ですからね。しかも、性別も人数も書かれていない。ラストシーンの「少女と弟」が、イラの子供だと気づかない読者はけっこういると思います。もうちょっと早く、「イラには子供がいる」ことを教えておいてほしかった。亡くなった母親の魂が、愛する子供たちの元へ向かうという感動的なシーンになるはずだったのに、現状では場面の状況すら正確に伝わっていない。

  • 編集F

    ただこれは、単に「子供がいる」という情報を早く出せばよかったという問題ではないと思います。ラストで「子供がいる」ことが判明するまで、イラにはまったく「母親感」がありませんよね。子供に思いをはせるようなところが、ほんとに一切ない。

  • 編集C

    イラの心の中には、夫への想いしかないですよね。子供を持つ母親の心理としては、かなり不自然だなと思います。

  • 編集F

    だから、ラストでイラの魂が子供のところへ向かうという展開が、どうにもしっくりこない。

  • 編集B

    それまでは、子供のことはチラッとも考えてないですからね。子供たちの登場が、すごく唐突だった。

  • 三浦

    そして、「岸だ!」と叫ぶ男の登場も唐突でした。「アーレス女や子どもを乗せ」とあったので、私はこの船には、女子供しか乗っていないのかと思っていました。

  • 編集D

    護衛も兼ねて、男たちも数人は乗っているということなのかな?

  • 三浦

    そうならそうと、十九枚目のところにちゃんと書いておいてほしかったですね。とても大事な、物語の締めの部分なのに、読者に「え……これってどういうこと?」と思われてしまっては、感動も余韻もない。

  • 編集B

    書き方が引っかかるところは、他にもいろいろありました。例えば、二十枚目、「男の風情はヴァレン人そのものであったし、アーレスの言葉を話してはいるが奇妙な訛りがあった。アーレス語は母国語ではないだろう。」とありますが、これ要するに、「この男はヴァレン人である」ってだけの話ですよね。ここは、「そのヴァレン人の男は、片言のアーレス語で話しかけてきた。」でいいんじゃないのかな。

  • 三浦

    文章がちょっと、まどろっこしくてわかりにくいですよね。

  • 編集D

    二十枚目に、「謀反でも起こすための回し者ではなかろうな?」とありますが、他国と戦争しているんだから、「謀反」という言葉は当てはまらないですね。

  • 編集G

    前半の、移動している間の描写も、すごくわかりにくかったです。主人公たちをごく近くから描写した文章ばかりが続く中に、急に「川にさしかかった」とか「屍を薮に隠した」みたいなことが出てくる。どういう状況なのかが、うまく見えなかったです。例えば九枚目に、「(川を越え、馬を疾走させていたら)石畳の道を見つけ、道に沿って南下していくと、日が高く昇るころに森が開けて畑が現れた。」とあるんだけど、そもそもいつ森に入ったの? 森の中に石畳の道があるの? 「川をこえればすぐ都」と言っていたはずなのに、かなりの距離を馬で走ってるよね? そういった疑問を、作品のあちこちで感じました。とにかく、場面の映像が浮かんでこないし、距離感とかもさっぱりわからない。

  • 三浦

    遠景の描写がないんですよね。だから、全体像を捉えにくい。

  • 編集D

    三枚目にも、気になる文章がありました。「北の故郷を出発してから二十日が過ぎていた。男なら半分で済む道のりが、女三人の旅ではその倍かかっている。」とありますが、なんだか回りくどくて、パッと呑み込めない。最初に「二十日」と出てくるから、読者は「二十日か」と思い、次に「男なら半分」とあるから、「……てことは十日か」と思い、さらに次に「女はその倍で」とあるので、「……てことは二十日か」と思うことになる。結局、元に戻っただけなんですが(笑)。必要もないのに、やたらとややこしい書き方になっていますね。

  • 編集B

    そのあとすぐ、「今日には都に着く」って書いてあって、さらにこんがらかる(笑)。つまるところ、「男なら十日で行ける距離を、女だから二十日かかった。でも、いよいよ今日、都に到着する。」ってことだよね。

  • 編集D

    いちいち考えないと内容を把握できないのは、読者にとって負担が大きい。すんなりと理解できる文章を書くことに、もうちょっと意識的になったほうがいいと思います。

  • 編集F

    全体に、文章が大仰ですよね。やたらと持って回った言い回しになっている。

  • 編集D

    それが一番顕著なのは、冒頭です。ムード溢れる場面を描こうとして、空回っていますよね。かっこいい文章のようでいて、内容がどうにも読み取れない。

  • 編集C

    冒頭から読みにくいのでは、読者が作品世界にうまく入り込めませんよね。

  • 三浦

    そうですね。気合いを入れて、すごくノリノリで書いているのが分かるだけに、もったいないですよね。例えば、最初の一文には、動詞が三つも入っています。「歌う」「揺れる」「染まる」。それぞれの主語は何なのか、全体として何を言っている文章なのかが、一読してわかりにくい。

  • 編集D

    その次の文章も、意味を取りづらいです。「鏡のように」「青く澄みきった」「湖が映し出す」と形容し続け、さらにそこから文章が続く。どの部分がどの語句にかかっているのかわからなくて、読んでいて混乱します。で、結局主語が、長い文章の一番最後に置かれていたりする。

  • 三浦

    文末に辿りつくまで、読み手が文章の意味を取れないですよね。読者が理解しやすいよう、主語はできるだけ、文頭ではっきりさせたほうがいいと思います。冒頭の一文なら、「新緑が」から書き始めるとか。長い文章は、二つに分けるとかね。他にも、視点のブレは多いし、読点(、)の位置も的確な場所に入っていない。助詞の使い方が不適切な箇所もありました。だから読みにくいし、内容を把握しづらい。差しでがましいですが、例として冒頭の一段落を私なりに書き直してみましょうか。もちろん、文章に「これが正解」というものはありません。あくまでも、「私だったらこういうふうに書くかな」という一例です。

    【原文】
     風の調べを歌うように揺れる宵闇に染まる新緑。鏡のように青く澄みきった湖が映し出す果てしなく広がる天空に集い戯れる星々。己が君臨する時分を待ち焦がれる光を宿しかけた月。それらは自然が語る婚礼の祝詞のようであった。

    【三浦案】
     宵闇に染まる新緑は、風の調べを歌うかのごとく揺れている。果てしなく広がる天空に集い戯れる星々を、青く澄みきった湖が鏡のように映し出す。己が君臨する時分を待ち焦がれ、ほのかな光を宿す月。それらすべてが、この婚礼のために読みあげられた祝詞のように二人を見守り、包みこむ。

    ――こんな感じで、どうでしょうか?

  • 編集B

    なるほど、状況がわかりますね。場面が浮かびやすくなった気がします。

  • 編集A

    作者だけでなく、投稿者の皆さんもぜひ、これを参考に、ご自分の文章を一考してみてほしいなと思います。

  • 編集B

    ただ、この作者には誤解のないように伝えたいのですが、「主語が文末にあるから、わかりにくい」と言われたからって、「今後は、すべての文章の冒頭に主語を置こう」とは考えないでくださいね。あまり額面通りにも受け取りすぎないでほしい。例えば七枚目辺りのユナの最期のシーンでは、「ユナが」「イラが」「レサが」と、現状でも細かく主語が示されています。でも、ここでは逆にそれが、うるさく感じられてしまう。

  • 編集D

    必要以上にきっちり主語を書くのも、くどいですよね。

  • 編集F

    結局、バランスなんですよね。書くときには情熱を込めていいのですが、推敲するときはまず一度落ち着いて、フラットな目線で読み返してほしい。読者にとってわかりやすい文章になっているかどうかを、客観的に見直してください。

  • 編集C

    この話には、似たような名前ばかり出てくるので、そういう点でも読みにくかったです。頭の中がごちゃごちゃしますよね。

  • 編集B

    確かに(笑)。薬の名前が、また似てるしね。

  • 編集E

    熱愛している割に、主人公たちの夫の名前は一切出てこなかったですね。そこも気になりました。

  • 編集A

    でも、これ以上名前が増えたら、それこそ覚えられない(笑)。

  • 編集B

    作品の世界観を、主人公に語らせているのも気になりました。クライマックスのあたりで主人公が、事情や設定を、すべて台詞で説明していますよね。小説の書き方としては、あまりうまくないなと思います。

  • 編集D

    しかも、敵兵に逐一話して聞かせているのも、不自然ですよね。本当なら、「情報なんて一切与えるものか」となるんじゃないかな。

  • 編集F

    作品のドラマティックな雰囲気はすごくいいと思うのですが、その割に登場人物たちの気持ちが、今ひとつ胸に迫ってこなかったですね。

  • 編集A

    そうですね。「愛している……!」「生きるも死ぬも、二人は共に……!」みたいな悲壮さはすごく盛り上がっているんだけど、ちょっとムードだけに終わっている感じで。

  • 編集F

    愛し合う二人の具体的な描写とかがないので、読み手として、今いちのめり込めなかった。大恋愛を描いているはずなのに、上滑っている印象で、惜しいなと感じます。

  • 編集B

    壮大な話の一部分だけを切り取ったみたいですよね。そこを高評価してる人もいるんだけど、私はあまり、まとまっているようには思えなかった。ストーリーも、起きたことを淡々と順に描写しているだけで、ひねりがないですよね。

  • 編集G

    もう少し、登場人物の内面を抉ったようなところがほしかったよね。心情の変化とかもなかったし。

  • 編集F

    「命がけの愛の物語」という雰囲気だけで書かれているように思える。ちょっと作者が、自分の作品に陶酔しすぎているように感じますね。

  • 三浦

    ただそこは、作者の大きな長所であり、武器でもあると思います。主人公になりきる力というか、没入力って、すごく大事な資質ですよね。

  • 編集F

    はい、それもすごくよくわかります。この作品の、ドラマティックな感じはとてもいい。ただ、小説である以上、読み手がいるということを忘れてはいけないですよね。書き手は、自分の作品にのめり込むだけでなく、一歩引いたところから冷静に物語を制御する必要がある。没入力と俯瞰力を同時に持つことが、非常に重要だと思います。そうでなければ、物語が読者の心に届かない。

  • 三浦

    確かに。そして、描きたいことを読者に確実に伝えるためには、やはり文章をもう少し洗練させる必要があるでしょうね。でも、以前最終選考に残った作品と比較しても、格段にわかりやすさは増してきていると思います。粗は多いけれど、それを上まわる魅力も感じる作品ですよね。

  • 編集F

    同感です。とてもいい持ち味を持っているので、それを失うことなく、客観性も身につけていってほしい。

  • 編集D

    せっかく壮大な設定を創ることができているのですから、ぜひ長編にも挑戦してみてほしいですね。期待して待っています。

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