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選評付き 短編小説新人賞 選評

秋の露に開く華

皇理乃

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  • 編集H

    ちょっとラブコメ風味の、平安ものです。家族を早くに亡くして天涯孤独の主人公は、似たような境遇の年下のお姫様に、一心に仕えてきた。が、めでたく縁談がまとまった姫様から、「閨の作法を教えてほしい」と頼まれ、困り果てる。何しろ、経験値はほぼゼロですから(笑)。初心な女の子である主人公が、色事の手ほどきをしなければというプレッシャーを抱えて思い悩む姿が、おかしくも微笑ましかったです。中盤以降、展開がだんだんロマンティックになっていくのも良かった。とても楽しく読めました。

  • 編集A

    「夜のお作法」なんて色っぽい要素が絡んでいる割に、可愛らしいお話だよね。私は、普通に好きでした。

  • 編集B

    嫌な感じは全くしないですよね。すんなりと面白く読めます。

  • 編集C

    予想通りのハッピーエンドになるのも、安心感がある。ただ、ストーリー自体は不足気味だと思います。もう少し読み応えのある話にしてほしかった。

  • 編集E

    主人公の涼音は、年齢のわりに、あまり異性に関心がないですね。頭の中を占めるのは、お仕えしている姫様のことばかり。平安時代の十七歳の女性の描き方としては、ちょっと違和感があるように思います。

  • 編集A

    この時代の十七歳は、もう立派な大人だよね。もう少し色恋沙汰に興味があってもいいのにとは思います。

  • 編集E

    涼音が泊まる宿の描写も、まったく平安時代らしくなかったです。「本日は団体様が多く」って、こんなこと、この時代の人は言いませんよね。

  • 編集A

    ここは、ごめんなさい、読んでて吹き出しちゃった(笑)。

  • 編集G

    これでは、現代の旅館かホテルみたいですね。

  • 編集E

    それにこの時代、妙齢の女性、それも高貴な方に仕える立場にいる女性が、たった一人で泊りがけの旅をするなんてこと、ほぼないと思います。お供の一人くらいは付くはずですよね。

  • 編集A

    宿の人も、いくらなんでも、姫様付きの女房という身分の女性を、一面識もない男と相部屋にしたりはしないですよね。

  • 編集G

    あと、涼音は「祖父母まで辿れば皇族の血筋」なんですよね。これって、十分「皇族」のうちだと思うのですが。

  • 編集I

    涼音自体、お姫様ですよね。

  • 編集G

    「祖父母が皇族」なのに涼音は天涯孤独、という設定は、ちょっと腑に落ちない。「涼音が生まれたころには暮らしぶりはすっかり傾いていた」とありますが、「自分が元皇族」だと知っているなら、涼音にはもう少し、姫としての矜持があってしかるべきなんじゃないかな。現状では涼音の自意識は、今の普通の女の子たちと大差ない。とにかく、作品全体に、現代の感覚で描かれているところがあまりにも多いなと感じます。

  • 編集A

    読んでいて、すごく引っかかりますよね。

  • 編集G

    時代設定は「平安」なんだけど、描写にも展開にも、「平安時代らしさ」がない。言ってみれば、「なんちゃって平安」「雰囲気平安」みたいな感じです。おそらく作者は、歴史上の「平安時代」を描くつもりはあまりなくて、素敵な雰囲気だけを借りて書きたかったのだろうと思います。でも、その割には、「なんちゃって平安」にもなりきれていない。書き方のスタンスが、どうにも中途半端だなと感じます。「平安もの」を書くのであれば、もうちょっとちゃんと調べてから書いてほしいし、「なんちゃって平安」にするのであれば、もっとはっちゃけた書き方に明確に振り切ったほうがいい。今回のお話であれば、書き方しだいで、どちらの方向にも仕上げることは可能だと思います。なんにせよ、もう少しテイストははっきりさせておいてほしかったですね。そのほうが、読者も安心して作品世界に浸ることができますから。

  • 編集D

    僕は、最終的に涼音の夫になるだろう男、藤原高明の描き方に引っかかりを感じました。宿屋で相部屋になったときの彼は、ものすごくいけすかない男に見える。「行きずりで女を抱くほど、私は困ってはいない」「その気も萎える」「君は可愛げがないな。/通う男もいないだろう」「そんなに恋人がほしいのか?」って、あまりにもひどい発言の連発じゃない? 初対面の女性に向かってこんなことを言うなんて、失礼千万だよね。

  • 編集A

    高明のほうは、実は涼音のことを知っていたわけですけどね。

  • 編集D

    でも、初対面は初対面だよ。

  • 三浦

    そうですね。一応「初めて会うという設定」であるのは、高明も承知しているわけですから。それに、初対面であろうとなかろうと、やっぱりこの態度はあまりにひどすぎる。そもそも最初から、「風が冷たいから、早く入るように」とか「私が/宿直を務めますから、安心しなさい」とか、なんだか上から目線ですよね。それに対して、こちらがちょっと冷たく「結構です」とか応えたら、とたんに手のひらを返して言いたい放題。で、ちょっと気を緩めて身の上話でもしようものなら、今度はすぐさま、弱った心につけこんで口説いてくる(笑)。いくらイケメンでも、これはいただけない。

  • 編集A

    悪い男ですよね(笑)。まあでも、そこが魅力的と感じる女性も、多いだろうとは思います。ロマンス小説には、こういうタイプの男性がよく登場してきますよね。

  • 三浦

    はい。恋に免疫がない涼音としては、こういう強引で、でも優しくもある女慣れした男に、ついコロッと参っちゃうんですよね(笑)。それもわかります。作者が、ロマンス感を盛り上げようとしているのは、すごく伝わってくる。そこはとてもいいですよね。

  • 編集E

    高明は、女性を口説いているときが、一番いきいきしてるように見えますね(笑)。

  • 三浦

    歯の浮くような台詞を平気で言えちゃう感じは、悪くなかったです。ただ、主人公の恋の相手となる人物なら、もう少し誠実で魅力的な男性であってほしかったかなという気はしますね。

  • 編集D

    高明は、結婚後も、平気で浮気しそうですよね。そこはかなり引っかかる。やっぱり主人公とその恋人は、「かけがえのない一対」であってほしい。

  • 三浦

    愛し合う二人がどれほど「運命的な恋人たち」であるのかを描くために、渾身の力で状況と心情を組み上げていくのが、ロマンス小説を書くということだと思います。高明は、「永遠の恋人」という点ではちょっと役不足で、読者がうっとりしきれない。高明と結婚した涼音が、果たして幸せになれるのか、少々疑問に思えます。ロマンス小説としては、穴があるように感じましたね。あと私は、涼音の女主人である姫様のことも、すごく引っかかりました。というのも、今回の事の顛末って、結局全部、この姫様が画策したことですよね。

  • 編集B

    そうですね。姫が、結婚相手の宮様に、「私に仕える女房が願ほどきに出かけるから、警護を付けてあげて」とお願いしたのが発端ですよね。なぜこっそり警護させたのかは、よくわからないですけど。

  • 編集G

    秘密にする理由は、何もないですよね。最初から、「この人に、おまえの警護を頼んであるからね」と、堂々と二人を引き合わせ、送り出せばよかったのに。あるいは、何らかの理由で「こっそり警護」が必要だったのなら、高明は、自分の存在を涼音に気づかせてはいけませんよね。誰かが尾行しているなんて気づいたら、涼音は怯えてしまいます。ましてや、宿で相部屋になるなんて、とんでもない。

  • 三浦

    むしろ高明は、涼音が支障なく宿に泊まれるようこっそり取り計らい、自分は庇の下で野宿でもすればよかったんです。それこそが、女性を陰から守る男性の、あるべき姿だと思います。

  • 編集A

    実際は、陰から守るどころか、遠慮なく手を出してますよね(笑)。涼音と一線を越えることに、あまり葛藤を抱いていないみたい。

  • 編集B

    いろいろ考えていくと、姫様が涼音に内緒でこっそり警護を付けたのは、偶然を装って二人を出逢わせるため、のように思えてきますね。

  • 三浦

    そうなんです。やはりこれは、最初から姫様が裏で糸を引いていたようにしか、私には思えない。想像するに、たぶんこんな感じではないでしょうか。まず姫様が宮様に、「私に仕えている女房の涼音は、十七歳にもなるのに、文を交わす男一人いないし、男性経験すらないの。あまりに不憫だから、良さそうな殿方を見繕ってあげたいのだけど、どなたかお心当たり、ないかしら?」と持ちかける。姫様を大好きな宮様は、当然役に立ちたいですから、「それなら、ぴったりの男がいますよ。私の従者で乳兄弟でもある、藤原高明はどうでしょう? イケメンだし、女性の扱いも上手いですよ」と、すぐさま話を通してくれた。高明としては、主の命令には逆らえないですし、もし女好きだったりするなら、むしろこんな楽しい「仕事」はない。「承知しました。おまかせください」と胸を叩き、涼音の旅にこっそり同道し、同じ宿屋に部屋を取る……あとは、このお話の通りです。高明の手にかかれば、初心な涼音など、ひとたまりもない。実際、一夜であっさりと心を奪われてしまっている。でもこれは、「素敵な人と出会って、恋に落ちた」ということとは、明らかに違いますよね。言葉は悪いですが、涼音は姫様から、「手頃な男をあてがわれた」ようなものだと思います。これって、けっこうひどい話ではないでしょうか?

  • 編集B

    そうですね。「男性を紹介された」とかってこととは、わけが違いますよね。涼音が恋に落ちるよう、運命的な出逢いが演出されているように思える。

  • 編集G

    たとえ姫様の気持ちは善意であったとしても、だまして罠にかけているようなものですよね。

  • 三浦

    もし私がこんなことをされて、真相を知ったなら、もう、ものすごく傷つくと思います。プライドはずたずただし、立ち直れないくらいのショックを受けるでしょうね。「姫様が、私のために取り計らってくれたんだ。おかげで素敵な恋人ができた。姫様ありがとう」なんて風には、到底思えません。むしろ、二度と姫様のことを信じられなくなると思う。高明への気持ちも冷めますよね。「この人、私のことを好きなわけじゃなかったのね。主に言われて、口説いてきただけなんだわ」って、どうしても思ってしまう。とにかく、種明かしをされた段階で、ものすごい衝撃を受けるはずだと思います。

  • 編集I

    うーん、でも姫様は本当に、涼音と高明がいい仲になるように、最初から企んでいたのでしょうか? 私は単に、高明に旅の警護を任じたところ、ハプニングで二人は相部屋となり、結果、偶然にも運命的な恋が芽生えたのかなと思ったのですが。少なくとも、作者はそのつもりで書いているのかなと。

  • 編集A

    私もそう思っていたんだけど、皆さんの意見を聞いていると、確かに不自然な点が多いなと感じるようになりました。結局のところ、姫様が涼音にこっそり警護を付けた理由がわからないのが、一番の元凶ではないでしょうか。だから、「内緒にしたのは、何か企みがあったからじゃない?」という疑念が読み手に生じてしまった。

  • 編集G

    涼音と高明が互いに想いを寄せていて、でも言い出せずにいる、ということならよかったのに。見かねた姫様が、仲を取り持ってくれるわけです。それなら、涼音に内緒で事を進める筋書きであっても、引っかかりは感じなかったでしょう。まあ、両想いまでは無理でも、せめてどちらかが片想いしていたという設定にしておいてほしかった。それなら、もう少しすんなり呑み込めたかなと思います。

  • 編集A

    実は高明は以前から涼音のことを秘かに想っていて、それに気づいた姫様が協力してくれるわけですね。「今度、涼音が一人で願ほどきに出かけるの。チャンスよ」って(笑)。

  • 編集G

    それならまだしも、理解できなくはない。いえ、それでもまだ、「涼音の気持ちは考慮しないの?」とは思いますけどね。

  • 三浦

    そうですね。姫様が本当に涼音のことを大切に思っているなら、たとえ高明や宮様から仲立ちを頼まれても、あくまで涼音の立場に立って考えるはず。旅先での恋愛ハプニング、なんて計画には、絶対に加担しないでしょう。だって涼音は、高明と相部屋にされたとき、ものすごく怖い思いをしましたよね。初対面の男と、夜更けの宿で二人きり。しかも相手は、乱暴で失礼な態度を見せたりするし、女性に手を出すことにためらいがない様子だし。姫様が、本当に涼音が慕う通りのお人柄なら、涼音をそんな目に遭わせるわけがありません。作者としては、登場人物の誰にも悪意はないつもりでしょうし、ハッピーエンドへ向けてロマンスを盛り上げているのはよくわかるのですが、今の書き方では、ちょっと読み手が受け入れにくいと思います。

  • 編集G

    話の流れが、作者視点になり過ぎているんですよね。神の視点を持つ作者は、涼音がラストで幸せになれることが分かっているから、さほど抵抗なく「未経験の女性が、旅先で見知らぬ男と相部屋に」なんて展開を書いてしまう。でも、涼音にしてみたら、ものすごく大変な目に遭わされているわけですよね。登場人物たちの気持ちに、書き手がまだ、実感を伴って寄り添えていないように感じます。

  • 三浦

    あと、ラストシーンは春になっているのに、高明がいまだに秋の香をつけているのが、私はすごく気になりました。平安時代にこれは、あまりにも野暮ったい(笑)。涼音に自分を気づかせるためではあるのでしょうが、せっかくの素敵キャラが台無しになっています。こういうのはやめたほうがいいですね。それから、六枚目に宮様の詠んだ和歌が出てきますが、この和歌のできばえが、今ひとつのように思えました。意味が取りづらいし、秀逸な作品だとは、あまり感じられない。なのに作中では、この和歌の素晴らしさが姫様の心を掴んで、愛が芽生えたかのように書かれている。ちょっと説得力がないですよね。ここは、既存の和歌を使ってもよかったのではないでしょうか。その和歌の出典の時代と、自分の作品の時代設定が合致するなら、ストーリーにうまく当てはめてちょっと拝借するくらいは、大きな問題はないと思います。

  • 編集G

    平安気分を盛り上げるためにも、和歌の出来は重要ですよね。

  • 三浦

    それから、冒頭がもたついているのも気になりました。描写が整理されていなくて、誰が誰に向けて話しているのかがわかりにくい。

  • 編集B

    涼音が主人公だということさえ、最初はわかりにくいですよね。

  • 編集C

    ストーリーが動き始めるのも遅いと思います。結局この話の本筋は、「『閨の作法を教えて』と頼まれて、主人公が困る」ことから始まるのに、そこに到達するまで七枚もかかっている。

  • 三浦

    もうちょっと冒頭をタイトにしたほうがいいですね。もういっそ、父親の登場も思いきってカットして、「――というわけで、結婚することになったので、閨のこと、教えて?」と姫様が言いだすところから話を始めればいいと思います。

  • 編集G

    全体に、書き方がまだこなれていない印象ですよね。例えば、冒頭の二枚の中に、「この上ない」という言葉が三回も出てきたりしている。

  • 編集A

    「乳母の君」という言葉もおかしいと思う。「君」って、男性に使う言葉ですよね。単に「乳母」でいいのに。

  • 三浦

    タイトルも、あまり興味をそそられる感じではありませんでした。話の内容をうまく象徴しているとも思えないですし。

  • 編集H

    改善すべき点が、どうもいろいろと目につきますね。でも、魅力的なビジュアルが浮かぶ作品ではあったと思います。例えば、二人の心が通い合い、高明が涼音を抱きしめたあたりで、タイミングよく雲が晴れて月光が注ぎ、イケメンの顔がアップになるとか(笑)。ベタですけど、やっぱりときめくシーンだと思いますので。

  • 三浦

    わかります。ロマンティックな話を描こうという意気込みが、この作品からは感じられる。そこはすごくいいなと思います。

  • 編集A

    ロマンスものとかラブコメなら、多少のベタや都合のいい展開は、魅力になりえますからね。おそらくこの作者は、歴史小説ではなく、「なんちゃって平安」を書きたい方ではないかなと思いますので、もっと思いきってポップな方向へ振り切ってみたらどうかと思います。

  • 三浦

    同感です。二十五枚目で、「言っていることが違う!」とツッコミを入れているところなんて、すごく楽しいですよね。こんな感じで、全体にもっとテンポよく軽妙に書いてみたら、作品の魅力度がぐっとアップするかもしれません。ぜひ、試してみてほしいですね。

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