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選評付き 短編小説新人賞 選評

高原にさす光

伊藤影踏

30

  • 編集C

    主人公が、獣人ですね。

  • 編集G

    人間の国に隣り合わせて、狼族だけが暮らす国も存在している、という設定のようですね。人間と獣人が同じ世界に住んでいる、という世界観のお話。

  • 三浦

    ルイグンたちは、二足歩行する狼である、と解釈していいのでしょうか?

  • 編集A

    おそらくそうだと思います。と言いつつ、実は私は最初、「狼」というのは、蛮族の呼称のようなものかと思っていたんです。この話に描かれている二つの国家の関係は、例えるなら、中国と騎馬民族みたいな感じですよね。勇壮な小国が、果敢に闘ってそれなりに戦果は挙げたんだけど、しょせん大国には勝てず、属国にさせられてしまった。大国側から見れば、相手は「野蛮な少数民族」なわけで、貶める意味で「狼」と呼んでいるのかなと。でも、読んでいくと、どうやら本当に「動物の狼」であるらしいということがわかってきて、かなり混乱しました。

  • 編集D

    僕も、「狼」というのは、イメージを象徴させた呼び名なんだろうと思って読んでましたね。大国側が使う場合は、同じ人間とは見ていないぞという、格下の相手を嘲る言葉になるし、小国側が自身に使う場合には、自分たちは強くて誇り高い一族なのだという思いのこもった言葉になる。確かに、「毛皮」とか「尻尾」とかって単語は出てきているんだけど、疑問を感じつつも、最初はついスルーしてしまった。

  • 編集B

    まさか本物の狼のことだなんて、読んでる側には思いもよらないですからね。

  • 三浦

    その辺りに関する描写がほとんどなかったですね。これでは読者は、ちょっと気づけないと思います。あまりにも情報が足りないですよね。

  • 編集A

    やはりこれは、冒頭辺りできちんと、読者に伝えるべきですよね。ルイグンの一族は、獣人であると。

  • 編集C

    加えて、一言で「獣人」と言っても、詳細はいろいろですよね。作者がどういう設定で描いているのかを、詳しく、でもさりげなく、描写なり説明なりする必要がある。

  • 編集A

    実は、読み終わった今でも、設定の細かい部分はよくわからないです。「顔だけ狼」ってわけではないんだよね? 「袖からのぞくこわい灰色の毛皮」とあるから、ほぼ全身、狼の姿なんだろうと思う。それでも二本の後ろ脚で立ち、人間のように直立した姿勢で暮らしている。「狼の手は少しばかり不器用」ではあるものの、一応、人間と大差ない生活様式ではあるのでしょう。でももしかして、普段は服とか着てないのかな? 冒頭で礼装をしているマルクンが、「我々には美しい毛皮があるのにその上にてかてかの絹を重ねるなんて正気じゃない」とか言ってますよね。

  • 編集B

    「(香詠は)ルイグンのもふもふの毛皮にしがみついて一晩ぐっすり眠った」なんて箇所もありますから、服を着ないで過ごしていることもあるのかもしれませんね。

  • 編集C

    「狼の手は少しばかり不器用」と言っても、どの程度なんだろう? 「狼はいまだ文字を持たない」とありますが、筆を持つのが難しかったりするのかな? お箸やコップは持てるんでしょうか?

  • 三浦

    そもそも、どういう食生活を送っているのかすら、よくわからないですよね。狼ならやはり、生肉しか食べないのかな?

  • 編集C

    十分ありえますね。彼らは元から「獣人」という種族だったわけではないように思えます。ラストでルイグンが、「狩りだけで生きていたころに戻ることもかなわぬ」と言っていまから、彼らの祖先は普通の狼だったのでしょう。人間のように直立し、道具を使って暮らすようになってからの歴史は、まだ浅いのかもしれない。野菜料理を食べる文化そのものを、持っていないとも考えられる。それに、狼は顔も長いし、口の位置も人間とは違うのですから、食器の形状や、食事の仕方も、人間とは違うものになるんじゃないかな。

  • 編集G

    そういう、ルイグンたちが日頃どういう生活を送っているかという詳細の部分が、文章からほとんど読み取れなかったですね。設定が、どうにもふんわりしている。細かい設定だけでなく、世界観そのものも、ものすごく曖昧な感じですよね。

  • 編集A

    獣人が出てくる既成作品はいろいろありますから、それらに触れた経験を基に、一応脳内補完はできるんです。でも、それはあくまで勝手な想像でしかない。作者の中に具体的なイメージがあるのなら、ちゃんと言葉で伝えてほしかったです。

  • 編集G

    私は、「主人公が獣人だ」ということはすんなり呑み込めたのですが、それにしても、情報や説明が足りなさすぎると思います。「獣人の狼」というだけでは、作者が思い描いているイメージの詳細は、読者に正確に伝わりきらない。例えば、単に「魔法使い」と書いただけでは、イケメンなのか、魔女っ子なのか、おばあさんなのか、全く分からないですよね。読者にとっては、書かれている文章だけが、作品世界を理解するための手掛かりです。だから書き手は、自分の脳内の映像を、きちんと言葉にして読み手に伝える必要がある。ファンタジーなら、なおさらです。読者は、作品世界のことを一切知らないわけですからね。書き手が文章で明確に表現しない限り、読者に共通認識を持ってもらうことはできないということを、どうか肝に銘じてほしいと思います。

  • 三浦

    他にもいろいろ、引っかかるところがありました。例えば、十一枚目からの、寝所のシーン。二人きりになったルイグンと香詠は、話し合いの末、「互いのことをよく知るまで身体はつながないが、寝所はこのまま共に」という合意に至りますが、これ、輿入れした最初の夜のことではないですよね? 婚礼の宴の次の場面で、「香詠は王宮の一角に落ち着き、/楽を奏でて過ごしているようだった。」とありますから、この時点ですでに、婚礼の日から何日かは経過しているのだろうと思います。こんなに日数が経った後で、「寝所を共にするかどうか」を話し合うのは不自然ではないでしょうか? 香詠が「ルイグン様がそうおっしゃるなら、寝所は別にいたしましょう」と言っているということは、それまでは一緒だったということですよね。何も話し合うことなく、二人ですやすや寝ていたのかな? でも、その言葉を受けてルイグンは、「たまには共寝も悪くなかろう」と言っている。ということは、それまで「共寝」はしていなかったことになる。どうにもよくわからないです。

  • 編集A

    香詠が輿入れしてくるということ自体、理解しづらいです。「和睦の証として、公主が輿入れする」ということは、通常、「敗戦国が、人質として姫を差し出す」ということですよね。だから私は、人間の国の方が負けたのかと思って読んでいたのですが、四枚目でルイグンが、「我らは、負けたのだ」と言っている。実際は、人間国が勝ち、狼国は負けているんです。なのにどうして、勝った国のお姫様が、属国となった国にわざわざ嫁入りするのでしょう? 普通、逆ですよね。

  • 三浦

    そこは私も、すごく気になりました。「勝った国から嫁が来る」というこの展開は、どうにも呑み込みづらいですよね。

  • 編集E

    もしかして香詠は、マッカーサーみたいな役目を担って、嫁入りしてきたのかな?

  • 三浦

    それは……すごく斬新な解釈ですね(笑)。でも、言われてみれば、なるほどという気もします。

  • 編集C

    これは、同化政策を進めてるんですよね。

  • 三浦

    そうとも受け取れますね。そして、そういう見方をするなら、この物語の持つ意味合いも、ちょっと変わってくるように思います。ルイグンは、香詠のもたらす文化や技術を疑念なく受け入れていますが、本当にそれでいいのでしょうか?

  • 編集B

    狼国の人たちには、彼らなりの生き方や幸せがあるはずですよね。

  • 編集E

    他国の文化を押しつけられるって、本当なら、すごく屈辱的なことだと思います。

  • 編集A

    そう考えると、マルクンの反逆は、必ずしも悪行とは言えない。「俺たちにとって何が本当にいいことなのかは、俺たち自身が決める。よその国の人間が、勝手なことをするな」と思うのは、無理もない話です。

  • 編集C

    ラストでマルクンが捕らえられる展開も、すごく急でしたよね。途中が全部すっぽ抜けている感じ。ルイグンは、大した証拠固めもしないまま彼を捕縛し、言い分にもまったく耳を貸そうとしない。

  • 編集A

    マルクンにはマルクンなりの考えがあるはずなのに。

  • 編集G

    自分の国が植民地化されていくことに危機感を覚え、何とか対抗しようと画策するのは、王族ならある意味当然ともいえる。ただ、こういう読み方は、作者の意図とは全く違うでしょうね。作者としては、香詠はあくまで優しくも気高い心の持ち主であり、純粋に狼国の繁栄を願って尽力している、ということなんだと思います。

  • 編集A

    親のように慕っていた狼の宦官・黄翁を亡くした経緯により、「狼国の国力を上げて、人間国と対等にしよう。そのためなら、私の一生を費やしてもいい」と、心から思っているんだよね。

  • 三浦

    その過去エピソードも、理由付けとしては、ちょっと引っかかるものがありました。香詠は「わたくしは/黄翁を殺したあの国に、復讐したいのかもしれません」と言っていますが、黄翁が死んだのは、あくまで火事が原因ですよね。べつに、香詠の母国が殺したわけではない。なのに、聡明であるはずの香詠が、「一生かかっても復讐したい」とまで逆恨みしているというのは、どうにも腑に落ちないです。それに、「黄翁の弔いのために、狼国に尽くしたくて嫁に来た」のであれば、結婚相手は、狼なら誰でもよかったということになってしまう。ここはちょっと、がっかりポイントだなと思います。

  • 編集B

    香詠とルイグンには、確かな愛情関係があってほしいですよね。

  • 三浦

    はい。せっかく、二人の間に甘い雰囲気が生じつつあったのに、黄翁のエピソードが明かされると、読者は「なんだ、香詠は、べつにルイグンが好きなわけじゃないのね」と思ってしまいます。盛り上がりかけていた恋愛感が、ここで一気に冷めてしまう。まあこの後、二人の間に真の愛が芽生えていくのかもしれませんが、現状では、ロマンスものとして大きな欠点があるように思えます。香詠にはやはり、「ルイグンのことが好きだから、私はこの身を狼国のために捧げよう」と思っていてほしかった。

  • 編集G

    愛し合う二人は、互いに唯一無二の存在のはず。そういう、恋愛における「特別感」がなかったですよね。主役カップルには、「あなただけが、私にとって特別な存在。誰よりも何よりも、あなたが好き」と、互いに思っていてほしい。読者はそこにうっとりするわけですから。

  • 三浦

    ルイグンが香詠を好きになっているのはすごく伝わってくるのですが、黄翁のエピソードのせいで、香詠がルイグンに恋愛感情を持っているように思えない。ときめきの感じられるお話なのに、相思相愛の二人にはなりきれていなくて、とても残念でした。

  • 編集A

    すごく惜しいですよね。せっかくルイグンは、獣人のイケメンなのに(笑)。野性味のある思慮深い王様と、小さくて可愛らしくて、でも芯はしっかりしているお姫様とで、素敵なラブロマンスが繰り広げられるかと思いきや、今ひとつ明確な恋愛として描けていなかった。

  • 三浦

    恋愛感を盛り上げるエピソードを、もっといろいろ盛り込めばよかったですよね。例えば黄翁をすごく美形の狼にして、香詠は彼にほのかな想いを寄せていたことにするとか。それを知ったルイグンは、嫉妬を抑えきれない。

  • 編集B

    なるほど。不機嫌な顔で、「死んだ奴のことを、いつまで想っているつもりだ」とか、つい言っちゃうんですね(笑)。

  • 編集G

    香詠がルイグンへの想いを行動で示そうと、必死になって狼国に尽力しても、「俺のためじゃない。彼女は黄翁のためにやっているんだ」と誤解してしまう。

  • 三浦

    私の大好きな、両片想いの話が始まりそう(笑)。読んでみたかったです。

  • 編集C

    それにしてもこの二人、獣人と人間とでは、そもそも種が違いますよね。子供は作れるのでしょうか?

  • 編集A

    うーん、ちょっと難しそうだよね。後継ぎは産まれないかも。

  • 編集G

    もしかしたら、人間国側には、そういう狙いもあるのかもしれないですね。狼族の王家の血筋を根絶やしにはできないまでも、純血種を減らすくらいのことはできそう。

  • 三浦

    「香詠=マッカーサー説」で考えたら、そういう真相もありえますね(笑)。私は、人間と獣人とのハーフが生まれるという展開にしても、いいのかなと思います。人間っぽい身体にモフモフの尻尾がついた赤ちゃんたちがコロコロじゃれあっている図とか、想像するとすごく可愛いですし。

  • 編集A

    せっかくの獣人設定なんだから、ルイグンたちに、もっと獣らしさを出したらよかったですよね。「人間とは明らかに違う」という要素を、もっと盛り込んでほしかった。

  • 三浦

    それなら、なんといっても「発情期」でしょう(笑)。

  • 編集G

    香詠を大事にしたいと思っているのに、ルイグンも本能には抗えなくて、つい強引に押し倒してしまうとか。

  • 三浦

    その展開は絶対に欲しい(笑)。激萌えです。

  • 編集A

    で、「香詠を傷つけてしまった」とルイグンが落ちこむと、彼の尻尾もシュンとして丸くなるとか。

  • 編集E

    うわあ、かわいい(笑)。

  • 編集B

    そういうのも、すごく萌えますね。

  • 編集A

    それに、たしか狼って、パートナーに一途で浮気しない動物ですよね。そういった要素も話に活かせていたら、ときめきポイントにできたのにと思います。

  • 編集G

    話をどう盛り上げるか、書きようはいくらでもあると思います。いろいろ想像をめぐらして、工夫してみてほしいですね。ただ、そうやって話を膨らませるには、どうしたって枚数が足りませんよね。

  • 三浦

    はい。もともとこれは、短編向きの題材ではなかったと思います。狼族と文明国がともに存在している世界を描くのなら、それぞれの国の文化や風習だとか、その世界で暮らす人々がどういう認識を持って生きているのかとか、そういうところをきちんと構築して描き出す必要がありますよね。国が違えば、人々の服装も、習慣も、考え方も違う。その両者の差異を描いたうえで、そこからどういうふうに互いを理解していくようになるのかを描くのが、異世界ファンタジーの面白さだと思います。これは明らかに、三十枚では描けません。だからどうにも、世界観がふわっと曖昧で、お話もあらすじみたいに感じられてしまう。話の内容と枚数が合っていなかったのが、この作品の一番の問題点だなと思います。せっかく胸キュンの話になりそうだったのに、非常にもったいないですよね。もっと長い枚数で、丁寧に描いてほしかったです。

  • 編集A

    まったく同感です。話自体は、私はとても好きなんです。もうちょっとですごくロマンチックな恋愛ものになりそうだし、キャラクターも非常に魅力的ですよね。ルイグンのイケメン感もいいし、香詠の、ちっちゃいのに賢いお姫様ぶりもよかった。この二人の恋模様とか、この作品世界のこととか、もう少しじっくり読ませてほしかったのですが。

  • 編集C

    現状では、まだ一枚半も余裕があるのに、早々に書き終わっていますね。

  • 編集G

    ものすごくもったいないと感じます。作品世界について、そしてキャラクターたちの内面やエピソードについて、もっと溢れるほどに描きたいと思ってほしかった。そして、「これは短編では描き切れないな」ということに気づいてほしかったです。

  • 三浦

    タイトルも、再考が必要だと思います。最大の要素である「狼」のイメージが、全く感じられないので。

  • 編集C

    ただ、大きな話を書こうとしている姿勢自体は、僕は評価したい。世界観をきちんと構築したうえで設定を整えれば、いくらでも、話を面白く膨らませることができると思います。

  • 三浦

    作者の頭の中には、すでに世界観はできているような気がしますね。すごく素敵な世界が、作者の脳内には広がっているのだろうと思います。あとはそれを、文章を通して読者に伝えることを意識してほしい。

  • 編集B

    でも、作者が楽しみながら書いていることは、すごく伝わってきました。そこはとてもよかったと思います。書き手自身の持つ「萌え心」は、非常に重要ですからね。

  • 三浦

    その「萌え」を存分に盛り込んで、この作品はぜひ、長編にして読ませていただきたいですね。期待して待っています。

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