編集B
イチ推ししている人が、とても多い作品です。
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第192回
入選作品
夢の中の、あの子の魔法
山咲あや
38点
イチ推ししている人が、とても多い作品です。
評価が非常に高いですよね。実は私もイチ推しにしています。
学校にも家にも居場所がない女の子の気持ちを、丁寧に追った作品です。繊細で微妙な感情を、よく掬い上げて描けていました。といって、変に深刻ぶっているわけでもない。主人公は、自分がどう振る舞うべきかに常に気を配っている人物です。その自己抑制の利いた語り口が、とてもよかった。文章もうまいなと思います。リズムが良くて、スラスラ読めました。
ただ、改行があまりに少ないのは、非常に引っかかりました。読みづらくはないんだけど、それにしても少なすぎる。
文字がびっしり詰まっていて、紙面から受ける圧がものすごいですよね(笑)。夢の中の世界と現実世界がどんどん近づいて影響し合う話ですから、改行し過ぎて場面がブツ切れになっては雰囲気が壊れてしまいますが、やっぱりもう少し改行したほうがいいですね。
一行空きを増やして、ブロックで分けるなら、これでもいいのですが。読者がそこで、ひと息つけますからね。でも現状では、読者の息の抜きどころがない。
そうですね。一行空きもほとんどないですからね。探してみたら、十六枚目に、一ヶ所あるだけでした。三十枚の中でたった一ヶ所というのは、やはり少ないように思います。しかもその一ヶ所も、「なぜここだけ例外的に、一行空きを入れるのか」が、よくわかりませんでした。まあ、どこに一行空きを入れるかとか、どれほどの頻度で入れるかということについては、書き手の好みの問題でもあるとは思いますけど。
台詞の後で改行しているところと、していないところが混在しています。しかもその理由が、よくわからない。意図的な演出ではないように思えます。こういうあたりは、やっぱり統一した方がいいんじゃないかな。
もしかしたら、枚数オーバーを懸念して、詰めぎみに書いたのかもしれませんね。
一応、まだ一枚半ほど、余ってはいますけど……
でも、どんどん改行していったら、枚数って結構あっという間に増えてしまいますから。前半だけ改行が多くて後半はびっしり詰まっている、なんてことになってもアンバランスだし、等分に配置したら、結果的にこのくらいの改行頻度になってしまったのかもですね。
この詰まった文章の羅列が、独特のグルーブ感を醸し出してるところはあると思う。それはそれで魅力的でもあるから、欠点とまでは思わないんだけど、やっぱりもうちょっと、意識的に改行したほうがいいでしょうね。あと私は、話の内容とか作品そのものが、ちょっと地味な感じがするのが気になりました。とりあえず、目新しさはないですよね。
確かに、インパクトがやや弱いかなという気はします。
一言で言えば、ありきたりな題材ですよね。
かつ、最近の投稿作に多い題材でもあります。
同感です。既視感がありすぎるので、私だったらこの題材は避けます(笑)。
親の離婚。いじめ。仲間外れ。クラスや友達グループの中での、立ち位置問題。
親の離婚とかいじめなんて、それこそ何十年も前から使われてきているテーマです。
手垢がつきまくってますよね。なにもわざわざ、こんなテーマを選ばなくても。
どうして今さらこういう話を書こうと思ったのかな?
学校生活がうまくいっていなくて、心に傷を抱えている女の子の一人称。苦しさを隠し、かろうじて普通の毎日を送っている。「辛いけど、でもしょうがないよね」と諦めかけていたところ、何かしらの出来事がきっかけとなり、ちょっと気持ちが救われる。沈んでいた心が少しだけ浮上し、新たな一歩を踏み出すことができた――みたいな構図の作品が、このところすごく多いですよね。
この作品も、とても丁寧に作られたものではあるんだけど、新鮮さは感じられないですね。
もちろん、普遍的なテーマというのは、何かしら多くの人の気持ちを揺さぶるものを孕んでいるのだろうとは思います。中高生の女の子の微妙な心の揺れというのは、誰もが経験した、あるいは経験中だったりして、それなりに引き込まれる題材ではあると思う。でもやっぱり、もうちょっと新しい何かがほしいよね。
文章はうまいし、よくまとまっているとは思うのですが、これが果たして、この作者が心から書きたかった話だったのかなということが、すごく気になりました。
「これこそが、私の描きたい物語なのだ」という熱が、あまり感じられなかったですよね。無理に中学生を主人公にしなくても、自分が情熱を注げる話を書いてほしいです。
ところでこの主人公は、今どきの子供にしては、ちょっとナイーブすぎるんじゃないかな。中学三年生ですよね。親の離婚で、こんなに傷ついたり悩んだりするものでしょうか?
確かにちょっと、一昔前の価値観のような印象がある。
まあ、人それぞれでしょうけれど、主人公にとっては、初めて直面する人生の大事件ですからね。傷つき、平静ではいられない気持ちもわからなくはないです。
それにしたって、かなり以前から、両親の仲は険悪なんですよね。「離婚」の文字がちらつき始めてからだって、もう三年ほどが経っている。父親もすでに家を出て行っている。「そろそろ、正式に離婚するかもしれないな」というのは、主人公だって充分わかっていたでしょう。むしろ、「いつまで揉めてんだよ。別れるならさっさと別れろよ」と思っていても不思議はないと思います。なのに今さら、「次の春には正式に離婚しましょう」みたいな会話を耳にしたからって、ものすごいショックを受けて、病院に担ぎ込まれるほど深く眠り込んでしまうというのは、ちょっと腑に落ちないものがありました。
でも、別居してたのがいよいよ本当に離婚するとなったので、にわかに現実味を帯びてきて、主人公は改めてショックを受けたのではないでしょうか。
やっぱり離婚というのは、子供にとってはものすごく衝撃的なことなのだろうと思います。時代が変わっても、そこは同じなんじゃないかな。
主人公が、親の離婚を具体的にどう感じているのかは、今ひとつ伝わってこなかったです。辛い思いを抱えているのは確かなんだけど、何が一番の問題なのかがよくわからない。「お父さんのことが大好きだから、離れたくない!」というわけでもなさそうですよね。経済的にものすごく困窮するわけでもない。お母さんに当たり散らされているわけでもない。家事負担が増えてる感じでもない。別居生活が正式な離婚へと進んでも、生活はほぼ変わりませんよね。なのに、どうしてここまでショックを受けるのかな?
両親がいつまでも喧嘩しているより、離婚するならしてもらって、心機一転、新たな生活を始めるほうがいいんじゃないでしょうか。
そのあたりに関しては、本人の中でも曖昧なのかもしれませんね。
なんとなく、気持ち的に割り切れないのかもしれないですね。「できれば、離婚だけはしないで」と思いつつ、「どっちつかずはもうたくさん。いい加減はっきりさせてほしい」という気持ちもあるのかも。
子供にしてみれば、どちらがよりいいとも言えないことですしね。
とはいえ、主人公が小学生のときから親は離婚しかかっているのですから、その頃からずっと変わらず、何年も同じように傷つき続けているというのは、ちょっと無理を感じます。成長期の子供ならなおさら、もう少し内面の変化があるものだと思う。ラストの母親も、「ごめんね」と泣きながら抱きしめるとか、中三にもなった娘に「もっと側に居るようにするね。あなたが大事だよ」みたいなことを何度も言うとかって描写が、どうにも作り物っぽい感じがしてしまう。
わかります。なんだかちょっと、いかにもなお芝居みたい。
「親が離婚して、子供がショックを受ける」というのが、図式っぽい書き方になってしまっているように思えます。一種のフォーマットというか、ありがちなイメージとしての「離婚」というか。
「離婚劇って、大体こういう展開になるよね」というテンプレートで描かれている感じは、確かにありますね。
主人公の悩みも、ちょっと論点が整理されていないと思った。親が離婚しそうで不安なのか、それとも、親友に裏切られたことのほうがショックだったのか。もっと他人に心を開きたいのか、それとも、気を遣いまくる人間関係が煩わしいのか。親に構ってもらえなくて寂しいのか、友達がいないことが辛いのか。あるいは、いい子じゃないのに愛されたがっている自分を受け入れられないのか。
うーん、その全部なんじゃない?(笑) 主人公は今、「何もかもがうまくいかない」「もう、何もかもが嫌!」、みたいなところにいるんだと思う。
八方塞がりなんですよね。そうなってしまうのも、主人公が中学生だからです。世界が狭くて、家と学校しかない。だから、その家と学校に居場所がないと、もう、「何もかもがダメだ」となってしまう。
その、思春期特有の感じは、私は「わかるな」と思います。
ある意味普遍的な、「女子中学生」をきちんと書けているなという気がします。そこは好印象ですよね。
この年代の子にとって一番大事なのは、やっぱり家族とか友達とか学校とかなんですよね。そういうの、すごくよくわかります。まだそれくらいしか世界を持っていなくて、だからこそ、その中でうまく生きられないと、ものすごく大変なんだなあというのは。
あと私は、真倉木さんがいいなと思った。面白いというか、ちょっと間が抜けているようなところがあって、なんだか可愛いですよね。
真倉木さんのおかげで、この話に救いが生まれてますよね。
つい自己卑下してばかりの主人公に、「そんなことない。あなたの見る夢、とっても綺麗だよ。そしてそれは、あなたが優しい人だからだよ」みたいなことを言ってくれますよね。あのシーンは、すごくよかったと思います。ちょっとユーモアを感じるキャラクターなのも、いいですよね。私も真倉木さん、好きでした。
ちょっととぼけたような感じが、なんともいい味を出していますよね。
主人公の台詞も面白かったです。「何か変なマントとか着てる設定にしちゃってるし。何でだろ、ごめんね?」なんて、いかにも中学生の女の子が言いそうな感じ(笑)。そのうえ、自分が見てる夢の世界の中なのに、相手にものすごく気を遣ってますよね。
「あたしの夢に勝手に登場させちゃって、ごめんね」って(笑)。
真倉木さんも、「毎度来ちゃってすみません」とか「お邪魔しましたー」とか(笑)。
この二人のやり取りは、すごくかわいいですよね。
お互い、「相手に失礼のないように」って気遣い合ってるんですよね。
この二人のキャラには、ほのぼのさせられました。
地の文の語り口もよかった。「(クラスでは平気な振りして過ごさなきゃいけないから)受験生と女優の二足のわらじで/あー忙しい」とか、「(マッチ売りの少女と違って)こっちはまだまだ生きなきゃだし」とか、中学生の主人公がどういう思いで日々暮らしているのかということが、よく伝わってきました。
主人公は、「辛いけど、へとへとだけど、卒業まではなんとか頑張り続けなきゃ」みたいに思ってますよね。大人になってから振り返れば、卒業までの数か月なんてあっという間なんだけど、主人公にとってみれば、ため息が出るほど長い時間に感じるんだろうなと思います。そういう中で、真倉木さんの存在や言動は、本当に主人公の気持ちを救い上げてくれましたよね。読んでいて、素直に「よかったね」と思えました。
それに、現実の真倉木さんが、夢の中のことを覚えてるかどうかよくわからないのが、すごくいいところだと思います。これ、翌日に真倉木さんが、「あなたと昨日、夢の中で会ったよね」なんて言ってしまったら、興醒めですよね。そこは曖昧なままそっとしておいて、主人公は現実の真倉木さんと、一から仲良くなろうとしている。そこがいいですよね。
私は、真倉木さん、やっぱりわかってるんじゃないかなと思います。「他人の夢の中に入ってしまえる家系なの」って言ってますから。「そのことで、悩んだりもするんだよ」って。
でも、そこは明らかにされていないので、真偽はわからないですよね。それさえも、主人公が夢の中で勝手に作った「設定」なのかもしれない。そのあたりの塩梅が、非常にいいなと思います。
いろいろ想像させられますよね。
主人公も、「もう、絶対に明日、真倉木さんに聞こう」「ほんとに私の夢に入ってきてるのか、はっきりさせよう」みたいには思ってないですよね。夢の中の真倉木さんが本物かどうかなんてことにはこだわらず、救いを与えてくれたことにただ感謝して、前に進もうとしている。そこがとてもいいと思いました。押しつけがましくないというか、わきまえがあって。この主人公は、すごく品性のある子ですよね。それは作者ご自身の資質でもあるのかなと思います。好感の持てる作品になっているのは、そのせいもあるのかもしれません。
改行も段落分けもない割に、文章も読みやすいですよね。短く切っているし、まわりくどい表現もないし。「水彩画の上に一点だけ油絵の具を落としたように」なんて描写も、うまいなと思います。
夢の中の描写が、すごく鮮やかでしたよね。
きらめき感がありますよね。
クラスの中で、日々どんな風にふるまっているのか、そしてそのことに、どれだけ神経をすり減らしているかというような描写も、非常に丁寧で、うまかったと思います。
空気を読んで、距離感を計って、自分を殺して、または演出して。本当に大変ですよね。
グループの中の一人だけが、私のことを切り捨てきれずにいるとか、でもだからこそ、その子が困らないように、近づき過ぎないようにしてるとか。リアルな空気感が伝わってくる描写ですよね。
クラス内の人間関係って、ちょっとしたことでいろんな方向へ変わるから、主人公は細心の注意を払って毎日を過ごしてますよね。その微妙なところを、よく描けていたと思います。
人間関係の微妙な塩梅は、観察力や描写力がなければ書けないですよね。
ラストも、主人公が倒れたと聞いて父親が駆けつけ、「やっぱり家族一緒に暮らそう」と、夫婦がよりを戻す――なんて展開にならないのはよかった。状況はほとんど変わらないままで、主人公の心が救われていますよね。「私」の内面が、ちゃんと変化と成長を遂げています。
ただ、タイトルだけは再考したほうがいいと思いますね。
確かに。これではちょっと、説明しすぎですよね。でも、文章はすごくうまいし、繊細な心情をよく描き出せていたと思います。中学生の女の子の一人称の割に、適度に抑制が利いていて、ユーモアが感じられるのも好印象でしたね。希望の持てるラストで、読後感もいい。心温まる作品に仕上がっていて、とてもよかったと思います。
書く力は十分持っている方だと思いますので、今後はぜひ、ご自身が最も書きたい題材にも挑戦してほしいですね。