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選評付き 短編小説新人賞 選評

クロムの空

杉宮詩乃

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  • 編集B

    閉鎖空間における、少女と男の、微妙な心の交流を描いた作品です。主人公の「私」は、目覚めるとなぜか、地下牢のような場所にいた。鉄格子の向こうには知らない男がいて、どうやら自分は、彼によってここに閉じ込められたらしい。彼は危害は加えないし、最低限の物資は差し入れてくれるが、解放してくれそうな様子もまったくない。そのうえ「私」は記憶を失っていて、どうしてこんなことになったのか思い出せない。先の見えない日々がただ過ぎるばかりだったが、ある日突然、その生活は終わりを告げた。そして「私」は、彼の口から真相を聞かされることになる――というお話です。結局この男・モノは、監禁することによって、少女・クロムを保護していたんですね。

  • 編集F

    すごく読みやすい作品でした。一読するだけで、すんなりと話を理解できるのはよかった。

  • 編集B

    どこだかわからない場所、名前もないキャラクターたち、しかも主人公は記憶を失っていて……という、漠然とした不安感の漂う中で、鉄格子に分かたれた少女と男が、じわじわと会話だけで交流を深めていく。そして、最後にふいに、この世界の姿が明らかになる、という構成が、うまくできていたなと思います。「いったいどういうことなんだろう? 何が起こっているんだろう?」という興味に引っ張られて、最後まで面白く読めました。私はイチ推しにしています。

  • 三浦

    男が少女を監禁しているけど、その理由がよくわからない……という話が、まさかこういうオチになるとは思いませんでした。

  • 編集B

    私は、モノがかっこいいなと思いました。角刈りのおっさんなので、女性受けするかどうかはちょっと微妙ですが(笑)、「男が惚れる男」みたいな感じで、けっこう好きでしたね。

  • 編集D

    うーん、私は監禁されるなら、やっぱり美少年かイケメンでお願いしたいですね(笑)。

  • 三浦

    いや、私はそもそも、監禁されたくないです(笑)。

  • 編集A

    モノのキャラクターは、私はよくわからなかった。やたらと持って回った喋り方をしますよね。「おもしれぇ、お前おもしれぇよ」と言ってるところも、何が面白いのかさっぱりわからなかったです。

  • 三浦

    真相をひた隠しにしておいて、ラストの死に際で一気に説明するというのも、ちょっとフィクション感が強いですよね。

  • 編集G

    死にかけてから、けっこう長くしゃべるんですよね(笑)。

  • 三浦

    あと、十枚目に「炒めた穀物」とありますが、これも違和感があるというか、不可思議な表現ですよね。なんだかちょっと、おかしかった(笑)。

  • 編集A

    「チャーハン」ではないってことなのかな?

  • 編集C

    米だか麦だかよくわからないものしか手に入らないくらい、世界が荒廃しているということでしょうか?

  • 三浦

    でも、「世界が荒廃している」ことを、記憶喪失状態の少女は知らないはずですから、「得体の知れない炒め物を出された」みたいに思うんじゃないかな。少なくとも、「ああ、これは炒めた穀物だ」という認識にはならないでしょう。ここはちょっと、作者がまだ主人公目線で世界を見られていないなと感じます。

  • 編集E

    主人公が、監禁される直前に記憶喪失になり、真相を明かされて解放された途端に記憶を取り戻すというのは、ちょっと都合の良い展開に思えました。あと、「狂人病」に関する設定も、あまり詰められていないですよね。「変異した狂犬病ウイルス」が原因ということですが、「狂人病」は狂犬病と違って、人間にしか感染しないということなのでしょうか? それに、狂犬病は致死ウイルスですが、「狂人病」の場合、ゾンビ化・凶暴化するだけで、死なないのでしょうか? 増える一方なのかな?

  • 編集B

    なんだかもう、日本中がゾンビだらけ、みたいな描かれ方になってるよね(笑)。

  • 編集E

    このゾンビたちは、正常な人間しか襲わないのかな? ゾンビ同士が襲い合うことはないの? なんだか、いろいろ疑問が湧いてしまいます。また、モノが発症したのは、もう一人監禁していた子供が実はすでに狂人病にかかっていて、その子に噛まれたからですよね。噛まれてほどなく、彼は「おぼつかない足取り」になり、「顔色が悪く、浅い息を繰り返し」ている。そして、クロムと話をしている途中から、血を吐き、呂律が回らなくなり、動けなくなったかと思えたところで、ついに〝発症〟して襲いかかってくる。感染してから「発症・ゾンビ化」までが、とても早いですよね。でもクロムは、すでに一週間以上を鉄格子の中で過ごしています。モノがクロムを監禁したのは、感染しているかどうかを見極めるためだと思うのですが、それにしては観察期間が長すぎる。感染から発症までの期間は、定まっていないのでしょうか?

  • 編集B

    それに、ここまで感染が広まるまでに、誰も対処しなかったのかな?

  • 編集E

    現在日本では、長らく狂犬病の発生報告がない。なのに、その日本でなぜ「変異した狂犬病ウイルス」が突如猛威をふるうのかも、よくわからないです。「狂人病」は、この話において重要な要素だと思うのですが、どうにも設定が曖昧だと感じます。

  • 編集B

    突然変異したウイルスにより、多くの人がゾンビ化する中で、危うく難を逃れているわずかな人間たちが、今日も戦い、逃げ惑い――というような既成作品は、いろいろありますよね。小説とか映画とかゲームとかで。そういうものから、雰囲気だけ借りて書いたような印象があります。

  • 三浦

    私は、「クロムは実は、親に虐待されていた」という設定が、ちょっと気になりました。この作品の中で浮いているというか、なんだか取ってつけたような感じに見えてしまって。

  • 編集B

    終末世界のようなこの作品の雰囲気と、「家庭の事情」みたいな要素が、どうにもマッチしていませんね。

  • 三浦

    それに、いくら体に傷痕を見つけたからって、どうして「私は親に虐待されていた」と思うのでしょう? 記憶がないなら、その傷がどうやってできたものか、わからないですよね。直感したということなのかもしれないけれど、ここはちょっと、腑に落ちなかった。

  • 編集B

    それに、世界がこんな状態になってしまっていたら、「親に虐待されていた」という心の傷を引きずっている余裕はないと思う。今日をどう生き延びるかに必死にならざるを得ないですよね。

  • 編集C

    クロムはひどく虚無的というか、早く死にたいとさえ思っているようなのですが、その理由がよくわからないです。虐待されても監禁されても、その現状を変えようとは一切せず、ただ受け入れるだけ。どうしてクロムは、こんなに最初から、何もかも諦めているんでしょう? 「『私』はそういう人間だった」と言われても、今ひとつ納得できない。

  • 編集B

    クロムは、読者が共感しづらいキャラクターですね。感情の起伏がほとんどなくて。知らない男に監禁されているという、一種の極限状態にいるというのに、妙に冷静で淡々としている。

  • 三浦

    クロムには、もう少し人間味がほしいですね。でないと読者が、この主人公に興味を持ったり、応援したりできない。せっかく緊迫感のある設定なのに、読んでいてハラハラドキドキできませんでした。キャラクターの感情の動きを、もっと描いてほしかったですね。今の書き方だと、あまり切迫感がない気がします。

  • 編集B

    クロムの台詞が「~だわ」「~かしら」と、いかにもなお嬢さま口調になっているのも気になりました。もしかしたら本当に「お嬢さま」という設定なのかもしれないけど、ちょっと紋切り型すぎると思います。クロムに、生きた女の子という感じがない。これではまるで、お人形さんみたいに見える。

  • 三浦

    この少女は日本人ですよね? いくら仮の名前であっても、どうして「クロム」なんて日本人らしくない名前を自分につけたのでしょう?

  • 編集E

    「クロム」が、メッキに使われる金属だからじゃないでしょうか。「今の自分は、本当の自分ではない」という意味合いが込められているんだと思います。二十二枚目に、「クロムの皮が剥がれたら、私は、名前も知らない『私』に向き合わなければならない。手ひどい虐待を受けていた、救われない哀れな少女に。」とありますよね。少女は傷だらけの自分の身体を見て、本当の自分は親から虐待されるような子供だと知った。記憶はないけれど、おそらくそうなんだろうと。でも、せめて今、ここで鉄格子の中に囚われている間だけは、そんな可哀想な子供ではない自分でいたい。ただしそれが、皮一枚かぶったメッキ状態なのは、自分でもちゃんと承知していますよということなんだろうと思います。それを、「クロム」という名前で象徴的に表しているんじゃないかな。

  • 三浦

    なるほど。しかしなんだか、編集Eさんのものすごい深読みのような気も……(笑)。

  • 編集D

    本当にとっさにそこまでの意味を込めて自分に名前を付けたのなら、すごいですけどね(笑)。

  • 編集E

    少なくとも、作者の意図はそういうことなんじゃないかなと思います。でも、確かにちょっと、「作り物」感が強くて不自然ですよね。

  • 編集D

    日本人の女の子が、「あたしをクロムと呼んで」なんて言ったら、言われた方は面食らうよね。「日本人が、なんで『クロム』なんだ?」って。

  • 編集B

    モノにはそこで、ちゃんとツッコんでほしかったよね(笑)。

  • 編集H

    一応言ってはいますよね。「あ? 何だそりゃ」って。

  • 編集D

    でも、横文字っぽい名前に対するツッコミかどうかは、明確じゃない。

  • 編集B

    これは、わざとこういう台詞にしているのでしょう。作者は、舞台が日本だということをラストまで伏せていますよね。だから、ここで「おまえ日本人のくせに、なんでそんな名前なんだ?」と言わせることは避けたかった。そのせいで、ツッコミ方も曖昧なんだと思います。

  • 編集H

    男のほうも、あっさり話に乗ってきますよね。「なら、俺のことはモノと呼べ」って。

  • 編集C

    どうして「なら」なのかな? 相手が「クロム」と名乗ると、どうして「なら、俺はモノ」になるのでしょうか?

  • 三浦

    二人合わせて「モノクローム」ってことではないでしょうか。私は、「クロム」に深い含意があるとは汲み取れていなくて、作者はまず「モノクローム」を発想し、そこから「モノ」と「クロム」と、登場人物に名前を振りわけたのだろうと推測していました。

  • 編集F

    おそらく「モノクローム」でしょうね。虚無と諦めの中で生きてきて、もはや死さえ望むようになっている主人公の世界には、色がなかった。無味乾燥な「生」を生きてきた。そういうことを表しているのだろうと思います。

  • 三浦

    作者がキャラクターの名前に、かなりの意味合いを込めているのだろうということは、なんとなく伝わってきますね。

  • 編集B

    クロムって金属だし、銀色とか鼠色をイメージさせますよね。そういう灰色っぽい世界に住んでいた少女が、たった一つ望んでいたのは、「空を見る」ことだった。そしてラストでクロムは、安全な地下牢から外の世界へと足を踏み出し、本物の空を見上げます。色のない死んだような世界から、危険で残酷ではあっても色鮮やかな光の世界へ、という対比を際立たせるためにも、「モノクローム」というのは、作者にとって重要なキーワードだったのではないでしょうか。ちょっと詩的でもありますよね。

  • 編集C

    でも、主人公をどうしても「クロム」にしたかったなら、舞台は外国にするか、いっそ異世界のほうが良かったのではないでしょうか? それなら、読み手も特に引っかかりは感じなかっただろうし。

  • 編集B

    そうだよね。べつにこれ、日本である必要はないと思う。このディストピアっぽい作品世界は、むしろ異世界だったほうがしっくりくるかも。

  • 編集C

    そのほうが、よりロマンを感じやすいですしね。

  • 三浦

    ただ、ファンタジー世界でゾンビが大発生していても、読み手は大した危機感を持ちませんよね。舞台が日本であるからこそ、「本当に、ある日突然ゾンビだらけになったりしたら、どうしよう」「そんなことが、明日我が身にも起こるかも」と思えて、衝撃度が大きくなるんじゃないかな。

  • 編集A

    でも、地下から地上に出たとき、クロムが目にしたのは「白く燃ゆる地平線」だった。こんな場所、日本にあるのかな?

  • 三浦

    確かに。「舞台は日本だ」と明かされた割に、これはちょっと、日本ぽくないですね(笑)。

  • 編集B

    日本中がすでに、ボコボコにされて壊滅状態ってことなのかなあ……でも、人間が凶暴化したからって、全てのビルや建物が、地平線が見えるまでに破壊されるとは、考えにくいですよね。

  • 編集E

    こういうあたりも、ゾンビものとかパンデミックものの既成作品のイメージを、そのまま持ってきている感じですね。

  • 編集B

    ラストは、もっと日本感を出したほうがよかったかもですね。でも、この作品世界の、無機質で乾いた空気感は、破滅しかかっている世界の雰囲気がよく出ていたと思う。作り物っぽい台詞の応酬も、悪くはないと思います。かっこよさげな形而上的な会話で進んでいく話は、個人的には嫌いじゃないです(笑)。

  • 三浦

    わかります(笑)。中二病的な感じと言うと、言葉が悪いかもしれませんが、そこが魅力的で私も好きです。中二感がまるでない創作物なんて、つまんないですからね。

  • 編集B

    ただ、この作品の一番の問題点は、モノが意味ありげなことを言うばかりで、ラストに来るまで真相を明かさないということですよね。どうして隠すんだろう? 少女が目覚めたとき、普通に言えばいいのに。「おまえは気を失って道端に倒れていたので、俺が一時的に保護・隔離した。狂人病にかかっていないかどうか、しばらく様子を見させてもらう。必要なものはできる限り差し入れるから、不自由かもしれないけど我慢してくれ」って。

  • 編集C

    そしたらクロムが「え? 狂人病って?」って答えて、「知らない? まさかおまえ、記憶喪失か?」ってことになって、お互いの事情がはっきりするのに。それで何の問題もないですよね。

  • 編集B

    最初からありのまま状況を明かしていたら、この話はそもそもあり得なかった。だから、不自然なやり方で情報を隠すことで、無理やりに物語を成立させている。設定に最初から、大きな穴があると言えます。

  • 編集C

    何かしらのちゃんとした理屈を、つけておいてほしかったですね。モノがクロムにどうしても現状説明できない理由が、何かほしかった。

  • 編集B

    そして、あくまで「ラストで真相を明かす」展開にするのなら、サスペンスっぽさをもっと盛り上げる必要があったと思う。主人公にはもっと怯えていてほしい。自分を監禁しているのは何を考えているかまったく読めない男で、今日は何とか無事に過ごせたけど、明日はどうなるかわからない。もう怖くて不安で……と思っていたら、「実はすべて、私を思いやってくれてのことだった」とラストでわかる。そういうほうがずっと、胸に沁みる話になりますよね。

  • 編集G

    あと、私は冒頭の一文に引っかかりを感じました。モノの独白で、「少女を誘拐した」とありますが、今回の件は、べつに「誘拐」ではありませんよね。

  • 編集D

    むしろ保護したんだよね。まあ、モノとしては「俺が勝手に閉じ込めてる。家族が待ってるかもしれないのに」って思ってるのかもしれないけど、クロムが記憶喪失ってことをモノは知らないんだから、クロムが目覚めたとき、普通に聞けばいいだけですよね。「俺は一時的におまえを保護してるんだが、誰か連絡を取りたい人はいるか?」って。

  • 編集E

    冒頭の二行は、書かないほうがよかったですね。ここではっきり「誘拐」と言ってしまったがために、矛盾が生じている。

  • 編集B

    雰囲気のあるかっこいいオープニングにしたくて、つい書いちゃったんだろうね(笑)。

  • 三浦

    そういう書き手のロマンについては、私も否定しきれないものがあります(笑)。でもやっぱり、最初の二行はいらなかったですね。それと、モノがどういう人なのかをいうことを、もうちょっと描いてほしい。愛する妻子と離れ離れになっているらしいのですが、その経緯が全くわからないですよね。

  • 編集B

    モノはどうして、この地下室で暮らしているんでしょう? 妻子のことが心配なら、さっさと探しに行けばいいのに。偶然出会った子供たちをいちいち保護して「観察」していては、いつまでたっても妻子に逢えないですよね。「どうしてここまで親切に?」、という疑問を感じる。

  • 編集C

    モノがいったい何者で、どういう気持ちや目的を持って日々暮らしているのかを、書いておいてほしかったですね。

  • 編集D

    例えばお医者さんで、狂人病のワクチンを開発をしてるとか。

  • 三浦

    モノはいかつい男性ですから、軍人や警察官かもしれませんね。職業的な使命感があって、一人でいる子供を見ると保護せずにいられないとか。

  • 編集C

    そういう、モノ側の事情を明かしてくれたほうが、読者は思い入れしやすいですよね。

  • 三浦

    ただ、そういうあたりを詳しく描くには、やはり三十枚では枚数が足らないと思います。この作品は、むしろ長編で書いたほうがいいんじゃないかな。モノが妻子と生き別れになるまでにどんな経緯があったのかとか、ゾンビだらけのこの世界がこれからどうなるのかとか、読者としては、知りたいことがいろいろあります。そういうことも、長編だったら十分描けると思います。

  • 編集E

    地下室から解放されても、主人公の記憶は戻らないほうがよかったんじゃないかな。クロムはこれから、記憶を取り戻しながら、モノの妻子を探す旅に出るんです。その長い旅路の、これがプロローグ部分だということなら、面白かったのに。

  • 三浦

    読み応えのある物語になりそうですよね。

  • 編集B

    でも、今回の短編も、ちゃんとオチのある話を作っているという点では、私は評価したいです。

  • 三浦

    はい。「生きたい」という気持ちを持てなかった少女が、信頼できる人、自分を案じてくれる人がこの世にはいるということを初めて知り、新しい世界に力強く踏み出していく。短編としての企みもあって、構成がちゃんと考えられてますよね。サスペンスを高めるためにも、登場人物の心の動きをどういう塩梅で描けば効果的か、もう少し練ってみてはどうでしょう。そのうえで、ぜひ長編にも挑戦してみていただきたいですね。

  • 編集B

    悲愴さや切なさが滲むとともに、新たな希望も感じられるラストになっていて、すごくよかったですね。

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