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小学生の「僕」が、銀行強盗の現場に遭遇するお話です。派手な事件が起こって興味を引かれますし、ただ解決するだけでなく、意外な真相が隠されていたのも面白かった。叙述トリックを使った意欲作ですよね。私はイチ推しにしました。
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第192回
カーテンの影から
文月なつ
32点
小学生の「僕」が、銀行強盗の現場に遭遇するお話です。派手な事件が起こって興味を引かれますし、ただ解決するだけでなく、意外な真相が隠されていたのも面白かった。叙述トリックを使った意欲作ですよね。私はイチ推しにしました。
私も、途中までは面白く読みました。でも、何がどうなっているのか、だんだんわからなくなってきちゃって。結局、読み終わっても、真相が今ひとつ理解できていない感じ。
私もこの話、よくわかりませんでした。今も疑問だらけです(笑)。
ちょっと話を整理しましょう。「僕」とお母さんが銀行にいると、そこへ強盗が押し入ってきた。「僕」はカーテンとガラスの間に隠れ、こっそり助けを求めます。その方法が、読者は「メール」かと思っていたら、実は「筆談」だったと。ノートに「銀行強盗だよ! 助けて!」みたいなことを書いてガラスに押しつけて外に見せたら、それに気づいた中学生が警察に連絡してくれて、事件は解決した。ただしその中学生は、警察に知らせる前に仲間たちと連絡を取り、連携プレーで、強盗が奪うはずだった金の中から百万円をこっそりかすめ取っていた。そして事件後、彼らは「僕」にも十万円をおすそ分けしてくれた――というストーリーですよね。
子供たちが大活躍する話です。しかも、こっそり大人を出し抜いている。
中学生たちは、事件の解決に一役買いつつ、まんまと百万円もゲットしたわけですね。
ただ、「僕」が最初に外の人間とやり取りするとき、『お前今どこ?』と聞くのは変じゃないですか? 相手は目の前にいるはずなのに。
いや、これは「僕」ではなく、助けを求められた中学生が、仲間とメールのやり取りをしているんです。
え、そうなの? 私は、ここが筆談のやり取りなのかと思ってた。
この『』(二重鍵カッコ)でのやり取りの部分は、誰が誰と話しているのか、非常に不明瞭ですよね。どう読んだらいいのか、理解に苦しみます。
まさにそここそが、この小説のポイントなんです。読者がこの話を初めて読むとき、『』のやり取りは、「僕」が友人とメールだかLINEだかで話をしているのかと、当然思いますよね。そう思わせる書き方になっている。でも、実はそうではなかった。少年が筆談で助けを求めた場面は意図的に省かれています。「僕」と友人とのやり取りかと思われた部分は、実は、中学生が仲間同士でやり取りしている場面だった。終盤でそこを種明かしし、「そういうことだったのか!」と読者を驚かせようというのが、この小説の仕掛けです。
そうか。私、まさにミスリードされてました(笑)。というか、ほんとはよくわからなかったんだけど、終盤で「僕」が「筆談しかしてない。僕はメールはできない」みたいなことを言っていたので、そう読むしかないのかと思ったわけで。
種明かしを読んでから、もう一度戻って、作者の引っかけに乗ってあげたんだね(笑)。
企みがあることがこの話の肝なのに、その企みが万全に成功しているとは言い難い。ここが、この作品のものすごく残念なところです。私は、一番最初の『』のやり取りの時点で、「話がおかしい」と気づいてしまいました。
ここは違和感がすごく強かったですね。すんなりと作者の目論見に引っかかることができなかった。
というのも、「僕」が手にしているケータイは、「僕」のものではないですよね。銀行員の青年のケータイです。他人のケータイから、自分の友人とメールやLINEでやり取りするというのは、どうにも無理のある話です。メールアドレスなんて、とっさに思い出せませんよね。それに、ケータイにはロックだってかかっているでしょうし。
行員の青年は、強盗に殴られてカーテンのそばに吹っ飛ばされた一瞬の隙に、「僕」にケータイを渡したんですよね。ロックを解除する暇なんてなかったはず。
それに、たとえロックがかかっていなかったとしても、いきなり渡された他人のケータイから自分の知り合いに連絡を取るのは、やっぱり無理ですね。
だから、「このやり取りは、主人公と友人がメールで話しているものではあり得ない」と、瞬時に思いました。「おかしい。これは不可能だ」と。書き手の仕掛けたトリックが、早くも透けて見えてしまっていました。
「何かおかしいな。妙だな」とは、私も感じたんです。でもまあ、「後で種明かしがあるんだろう」と思って、そのまま読み進めてしまった(笑)。
こういう系統の話では、読者に「あれ? 何か変じゃない?」と思わせること自体、序盤では絶対に避けるべきだと思います。大人たちの目をまんまとかいくぐって、子供たちが大金を手に入れた。そこに爽快感が生じるはずの作品です。ラストでちゃんと種明かしをするからには、相当最後のほうまで不自然さを感じさせないような書きかたにしなければ、うまい仕掛けとは言いにくいと思います。
確かに。ラストで真相が分かったときも、「そうだったのか! 鮮やかに騙された!」という印象は受けなかったですね。むしろ、なんだかよくわからなかった。
作者は、「僕」が黒幕であるかのようにミスリードしていますよね。そして、終盤の種明かしでのどんでん返しを狙っている。ただ、それにしては、『』部分のやり取りがよくわからなくて、どうにも話を呑み込みづらい。今何が起こっているのかが、把握できないから。
「ディズニーランドでデート」なんて話題も、小学四年生にはそぐわないですしね。「え? これ一体、誰と誰の会話?」「『僕』ではないんじゃない?」、と思ってしまう。
「僕」は最初から自分の携帯電話を持っていた、ただしそれはキッズ携帯だったと後でわかる、という設定にしたらどうでしょう? 読者は最初、「僕」がケータイで友人とやり取りして大人たちの裏をかいたのかと思うんだけど、終盤の銀行員と話をする場面で、「友だちにメールとかは、したくてもできないよ。僕が持ってるのはキッズ携帯だもん」と明かされ、「実は中学生たちの犯行だった」ということが明らかになるとか。
でも、キッズ携帯でも110番はかけられるよね。と言うかこれ、単に、渡された行員のケータイで110番をかければよかっただけの話じゃない? 無理に「助けて」とかは言わなくても、こちらの音声を聞かせてるだけで、警察は事態に気づいてくれると思います。
それに銀行には、強盗事件が起こったときなどに押す、警察直通の緊急通知ボタンがありますよね。それを押せばよかったのに。どちらにしろ、間もなく警察が駆けつけて、対処してくれたはず。そう考えると、どうも中学生たちが暗躍する隙はなさそうですね。私もいろいろ考えてみたのですが、今の設定を大きく変えることなくこの話を成立させるのは、かなり難しいのではないかと思います。
引っかかる点は、他にもいろいろあった。例えば、閉店間際の銀行にしては、やけにお客さんが少ないなとか。普通、午後三時前って、駆け込みのお客さんで、かえって混むよね。それに、出入り口付近には、大概ATMが設置されているはず。そちらにも人が並んでいたりするのを、実際よく見かけます。近くに人がいれば、銀行内の騒ぎに誰かは気づくと思う。発砲したりしてるんだし。
「中に残っているのは、僕たち親子とお婆さん、それから女の人。合計お客さんは三人だった。」というところも、変ですよね。計算が合わない(笑)。それを言うなら、「お客さんは四人だった」、あるいは、「お客さんは三組だった」、だと思う。
それから大抵の銀行は、ガラス壁の内側にシャッターが降りるんじゃないかな。カーテンだけでは不用心だよね。でもそうなると、ガラス越しの筆談だってできないわけで。まあ、たまたまカーテンしかない銀行だったとしても、閉店した銀行の、壁一面のガラスとカーテンのわずかな隙間に子供が入り込んでいたら、僕だったら気になりますけどね。「閉じ込められたのかな」「大丈夫かな」って。なのに、「道行く人は、誰も気づかなかった」らしい。それもあり得ないと感じます。
「僕」は犯人に気づかれないよう、ガラスにぺったりへばりついて立ってるんですよね。そんな不自然な様子に、通行人が誰も気づかないというのは、ちょっと考えにくいです。
ガラスのすぐそばを通る人は誰も気づかないのに、通りの向かいのビルの二階の窓際に座っている中学生だけが気づくという展開も、ものすごく苦しい。
横断歩道を挟んでいるんだから、かなりの距離がありますよね。そのうえ、「僕」と中学生は、筆談までしていたらしい。いくら「何度もなぞってマジックくらいの太さの字にした」としても、ノートにシャーペンで書いた文字で、通りを挟んだ一階と二階で、互いにガラス越しに筆談するなんて、現実には無理だと思う。
冒頭シーンでガラス越しに目が合った中学生が、たまたま向かいのビルの塾の生徒で、たまたま銀行に面した側の窓際の席に座るというのも、偶然が重なり過ぎている印象です。
中学生の犯行も、うまくいきすぎだよね。とっさに計画したにしては、すぐさま協力者が現れ、すべてが苦もなく成功している。あまりに簡単にいきすぎて、ちょっと「作り物」感が強い。
あと、銀行の裏口で、女の子が百万円入りのバッグを受け取るシーンも引っかかりました。「心配だからおまわりさんに着いてきてもらった」と言ってるけど、警官と接触した時点で、この女の子には相当のリスクが生じますよね。確実に、顔は覚えられてしまいます。バッグを受け取るときだって、「一応、中身の確認をしよう」と言われるかもしれない。それに、考えてみたら、「忘れ物を受け取りに行くんだけど、おまわりさん、ついてきて」というのは、ずいぶん奇妙な依頼ですよね。
この警官ものんびりすぎる。バッグを受け取ったら逃げるように走り去った女の子を、不審がりもしないですよね。警察官としては、かなり脇が甘い(笑)。
強盗犯も、相当生ぬるいと思います。私だったらもう、押し入ったとたんに銃を乱射しますね。やっぱり、やるならそれくらいの覚悟でやらないと(笑)。
銀行強盗をするにしては、詰めが甘いし、考えが足りない。だから、実際捕まっちゃってる(笑)。
でも、中学生たちも、捕まりそうじゃないですか?
いずれ捕まるでしょうね。銀行に電話したり、直接現れたり、大声出して注目浴びたりしてますし。紙幣番号からも、足がつくかもしれない。
むしろ、とっくに捕まっててもおかしくないよね。消えた百万円は、女の子に持ち去られたことははっきりしてるんだから。そもそも、「僕」に事情聴取したら、「中学生のお兄さんが……」ってことがすぐ判明するでしょうに、警察はなんで「僕」に何も聞かないの? 十万円をもらう前なら、「僕」には隠し事をする気持ちはなかったですよね。
周りの人が気を遣ってくれて……ということになっていますが、あまりにも不自然ですよね。
どうも全編にわたって、いろいろなことが腑に落ちなかった。
矛盾点とか、理屈が通らないことが多いですよね。
なんだかすごくもったいないと思う。話自体は、とても面白いものになりそうだったのに。
はい。本当にそう思います。発想自体はすごくよかったですよね。冒頭から派手な事件が起こるし、巻き込まれた小学生が、なんとか外部と連絡を取ろうと知恵を絞っている。しかも、裏で別の思惑が同時進行しているらしく……なんて、まるで銀行強盗ものの映画みたいです。「風が吹いたら桶屋が儲かる」式の、思いがけない顛末になるのも面白い。ただ、大本の部分で論理が破たんしているというか、設定や筋書きに大きな綻びがありました。そのせいで、話そのものが微妙に成立しておらず、読んでいて乗り切れない。非常に惜しいなと感じます。
仕掛けが利いてこそ面白くなりえる話なのに、その仕掛けの部分で、「あれ? 矛盾してない?」とか「ここ、変じゃない?」などと読者に思わせてしまってはいけないですよね。
こういう作品において、ツッコミどころを許してしまうのはよくないです。論理の穴はすべて埋めて、何度読み返されても読者を納得させられるよう、きっちりと話を構築すべきだと思います。
この作品、語り手が「僕」と「行員」の、二人いますよね。そのどちらも、自称が〝僕〟になっているので、非常に紛らわしい。読んでいて混乱します。しかも、各ブロックの最初に、「――僕――」「――行員――」と語り手が示されているんですが、こういう書き方も、小説としてどうかと思います。さらに言えば、「僕」と「行員」は、言葉として並列ではないですよね。どうしてもこういう書き方にしたいなら、せめて「――少年――」と「――行員――」にすべきだったと思います。
そうですね。それにやっぱり、ブロックの最初に視点人物を表示するという書き方は、小説としては洗練されていない。ちょっとシナリオっぽいですね。
「僕」と「行員」が交互に物語っていく、というのならまだいいんですが、終盤では「僕」の語りが連続してしまっている。これでは、語り手を交代させるという手法が、作者の演出ではなく、単に書く際の都合だったように思えてしまう。
しかも、三十枚の短編で、語り手が何度も入れ替わるというのは、ちょっとめまぐるしいですよね。今回のこの書き方には、再考が必要だと思います。あと、三十枚目に「一万円札の束を取り出した」とありますが、普通「一万円札の束」というと、帯封のついた百万円の束をとっさに連想するものではないでしょうか。でも、実際に「僕」に渡されたのは、たった十枚ですよね。これは「束」とは言えないでしょう。もちろん、小学生にとっては、十枚の万札は札束に思えたのかもしれないけど、それにしてもちょっと引っかかりますよね。ここは、「十枚ほどの一万円札を取り出した」でいいんじゃないかな。あるいは、「その中学生は、鞄の中をごそごそひっかきまわしていたかと思うと、『ほい、十万。ご褒美』と言いながら、僕にお札を差し出してきた。」みたいな書き方でもいい。とにかく、場面を頭に思い浮かべながら、それをどううまく文章に落とし込むか、台詞と地の文を駆使してどう描写するかということを、もう少しよく考えてみてほしいです。細かいことではありますが、こういう細かい部分で、まだちょっと神経を配りきれていないなと思える箇所が、いくつもありました。そういったことも、作品全体の構築の甘さにつながっているのではと感じます。十分注意してほしいですね。
一人称の語りも、あまりうまくはなかった。頭の中で質問しては、すぐさま自分で答えたりして、すごく説明的な感じです。芝居じみた一人語りで読者に説明するというのは、こなれた書き方とは言えないですよね。まだあまり書き慣れていないのかなと感じます。
改善すべき点が、いろいろありますね。でも、この作者の書きぶりにはユーモアが感じられるところがあって、そこはとてもいいなと思いました。例えば、十六枚目の「電話です」のくだりなんて、読んでて笑えますよね。事実しか書いてないのに、ものすごくおかしい(笑)。極限状況下で、期せずして生まれたユーモアという感じで、面白かった。他にも、「唇がプール入りすぎの色だ」なんて表現も、すごく可愛いですよね。いかにも小学生が言いそうな言葉だし、それでいて、思いつきそうで意外に思いつかない、見事な表現だと思います。あと、登場人物たちには嫌な感じの人が誰もいないですよね。そこもすごくよかった。私としては、この子たちには捕まってほしくないですね。
私もです。ラストで「僕」が十万円もらうのは、オチとして効いていると思いますし。
「そういえば新しいゲームソフトがでるなあ」ってことで終わるのが、いいですよね。「あ、この子、このお金もらっちゃう気なのね?」って(笑)。
中学生たちのお金の使い道が、寄付とか、たかがコンビニのおにぎりっていうのも微笑ましいですし。
この子たちにはこのまま、涼しい顔で完全犯罪を成し遂げたってことでいてほしいけど、まあ、ちょっとそうはいかないでしょうね。でも、こういう話を書こうと思った意気込みは、すごくいいと思います。
物語の造りが凝っていて、面白かったですよね。
はい。アイディアはとてもよかったのですが、それを活かしきれず、話を詰めきれていないところがあったのが、残念でした。今回、受賞とはなりませんでしたが、気を落とさず、ぜひ次作に取り組んでいただければと思います。
設定や展開をきっちり作り込み、細部への目配りを利かせれば、読者を引き込む作品が書ける方なのではないかと思います。指摘された点を改善しつつ、ぜひ再挑戦してみてほしいですね。