編集B
この作者は、過去に二度ほど、最終選考に残られている方です。そのときの作品と比べたら、文章がとてもこなれてきているなと思います。
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第192回
新月の鬼
飛松利菜
30点
この作者は、過去に二度ほど、最終選考に残られている方です。そのときの作品と比べたら、文章がとてもこなれてきているなと思います。
はい。格段にうまくなっていますね。
ただ、そのせいなのかどうなのか、この方独自の良さが影をひそめてしまった気がして、非常に残念です。
前回の投稿作には、独特のパワーがありましたよね。でも今回の作品は、描写に専念するあまり、肝心のお話からアクが抜けてしまった感じです。ストーリーを要約すれば、単に「鬼を殺した主人公が、その鬼の嫁から復讐された」というだけのこと。
『雨月物語』とかに、よく似た話が収められていそうですよね。それくらい、古典的なパターンのお話です。
その上、設定の粗がものすごく目について、話に入り込みにくかった。例えば冒頭の場面。主人公の益雄は、夜道を家へと帰る途中、鬼と遭遇します。そのとき瞬時に、「この鬼を倒して帝に奏上すれば、家名か将位を賜れるかも」などと考えていますが、でも益雄って、ただの平民ですよね? こんなとっさの瞬間に、「帝に奏上すれば――」なんて思考が働くのはものすごく不自然だと思います。
半人前の刀工でしかない益雄にとって、帝は雲の上の人というか、むしろ無関係な存在です。普段の生活の中では、ほとんど意識にものぼらないはず。
そもそもこの話、時代設定が全く分かりません。雰囲気からすると「平安時代あたりかな?」と思うのですが、それにしては、益雄の家に「卓袱台」があったりする。「卓袱台」って、明治時代にならないと登場しませんよね。
そこは私も、すごく気になりました。さらに益雄の家には、「居間」もあるらしい。これも引っかかりますよね。
作品舞台は、「なんちゃって日本」なのかな。平安時代の日本っぽいファンタジー、みたいな。
たとえそうであったとしても、「平安時代とか室町時代とかなのかな?」と思わせるような雰囲気で描く以上、時代感にそぐわないアイテムを登場させるのはよくないと思います。読者が混乱するというか、話に入り込みにくくなるので。作品世界を細部まで創り込むということが、まだあまりできていないのかなという気がします。
益雄を訪ねて朔名がやって来たとき、携えている土産が「器に盛られた御浸しや漬物」というのにも、ものすごい違和感がありました。
確かに。勇者を讃えるための美女からの贈り物としては、ちょっと所帯じみてますよね(笑)。
しかも「様々な種類の御浸し」というのがまた、変な感じ。いや、もちろん作者の意図はわかります、鳥兜を他の青菜に紛れ込ませて、カムフラージュしてるんですよね。だけど、すごく不自然な言い回しだし、なんだかおかしい(笑)。
場面を想像したら、どうしても笑えてしまうんだよね。「あなたに一目お会いしたくて……」とか言いながら美女が差し出てくるのが、皿に乗った御浸しと漬物かと思うと(笑)。
普通こういうときは、お酒を持って行くものじゃないでしょうか。「武勇伝をお聞かせください」とか言いながらどんどん酒を飲ませれば、酔っぱらって動きが鈍くなったところを襲えます。朔名にとっても都合がいいはずですよね。あるいは頃合いを見て、盃に毒を盛ってもいい。
そういうやり方の方がよっぽど確実ですよね。どうしてそうしなかったんだろう? 初対面の人への手土産に菜っ葉の御浸しを持って行くというのはどうにも妙な感じだし、毒殺方法としてもうまくない。現に失敗してますよね。
益雄を殺そうとわざわざやってきたにしては、朔名の行動はどうにも中途半端ですよね。毒殺するにしろ寝込みを襲うにしろ、本気で殺すつもりだったなら、方法もチャンスもいくらでもあったと思うのに。
せっかく美女なんだから、色仕掛けでぐいぐい迫って寝首を掻くこともできるだろうと思うのですが、そういう素振りも見られない。朔名の本気度が、今ひとつ伝わってこないよね。
最終的には朔名は、命を賭してまで復讐を果たすわけだけど、その最初の行動が「御浸し作戦」だというのが、なんだかすごく間が抜けている(笑)。もうちょっと違う書きようがあったんじゃないかな。現状では、彼女の悲愴な思いが、あまりうまく描き出されていない。
「鳥兜」の、地の文での扱いにもミスがありました。二十一枚目に「朔名も鳥兜には手をつけなかった」とありますが、この時点ではまだ、御浸しの中に鳥兜が混ざっているかどうかは、はっきりしていない。益雄もまだ、朔名を疑ってはいませんよね。なのに、真相を知っている作者がうっかり筆を滑らせて、地の文でバラしてしまっている。
まあ、その直前の朔名の台詞で、気づく読者は多いでしょうけどね。人に食べさせるために持ってきて、何度も「食べろ」と勧めた御浸しに、「鳥兜が混ざっているかもしれないから、私は食べません」なんて(笑)。
これはあまりに苦しい言い訳ですよね(笑)。ここももうちょっと、うまい逃れ方があった気がする。例えば、うっかり手が滑ったふりで、土間に皿ごとガシャンと落としてしまうとか。
この時点では、作者もまだ、朔名が益雄を殺そうとしていることは伏せておきたいはずですよね。でないと、ラストで明かされる真相で、読者を驚かせられない。
どの情報を読者から隠すのか、どの段階でどこまで明かすのかといったことが、作者の中できちんと整理されていないですね。
「鬼には臍がない」ということも、この作品世界の中では周知の事実であるという描き方にしたほうがよかったと思います。現状では、今回益雄が殺した鬼を神主が調べたところ、そういう新発見があったということになっていますよね。ということは、ラストシーンに出てくる町人たちは、その情報をまだ知らないわけです。知っているのは、益雄と神主など、ほんの数人だけ。でもそれだと、ラストのオチが効いてこない。鬼女を討ち取ったと思っていたのに、衣を剥ぐと、そこにはなんと臍がある。でも、「しまった! 衆人環視の中で人を殺してしまった……!」と衝撃を受けているのは、益雄だけです。町人たちは、目の前で起こっていることの真相が、まだよくわかっていない。「ああ、益雄が鬼女を倒したのね」としか思っていないでしょう。これではせっかくのラストが盛り上がりません。
益雄の追い詰められ感が伝わってこないですよね。
「殺人は斬首の刑である」ということも、ラストで急に出てきますが、これももっと早くに出すべき情報だと思います。益雄が人を殺した後でこんな説明をされても、なんだか取ってつけた感じに見えてしまう。
この作品は、ラストの「どちらが鬼でしょう」という一言にたどりつくために描かれた物語だと思えます。だとすれば、どういう描き方をしたらそこが最大限に盛り上がるのかを、もっとよく考えたほうがいいですね。
そうだね。「鬼は無益な殺生はしないけど、人間は私欲や憎しみのためにいたずらに命を奪うじゃないか」、というのがこの作品のテーマなんだろうけど、それをうまく描けているとは言い難かった。
だって益雄はべつに、いたずらに鬼を殺したわけではありませんからね。ある日、夜道でばったり、鬼と出くわしてしまった。逃げるにはもう、近づき過ぎていた。しかも相手はこん棒を持ち、血の匂いを振り撒いている。腕に覚えがある人間だったら、「仕方ない。ここは一か八か、戦ってみるか!」となるのは自然なことだと思う。
でもまあ、「鬼を倒せば、出世できるかも」とも思ってはいますけどね。
これくらいの功名心は、あっても構わないでしょう。だってこの話に出てくる「鬼」は、「人間を喰う」んだよ? すごく危険な存在だよね。退治できるならしたほうがいいというか、少なくとも、人間側がそう考えるのは無理のないことだと思います。
それに益雄は、正々堂々と一騎打ちで戦って、勝ったんですよね。べつに策を弄して、ものすごく卑怯な罠にかけて、いたぶりながら殺したわけではない。
朔名に至っては、明らかに殺意を持って襲いかかってくるのですから、益雄が返り討ちにするのは、むしろ当然ですよね。
確かに。ラストの攻防に関しては、私も「これは正当防衛なのでは?」と感じました。
この経緯の後で「どちらが鬼でしょう? 人間のほうがよっぽど残虐ではないですか?」みたいに言われても、ちょっと的外れな問いかけに思える。
益雄は、くだらない男ではあるけど、べつに鬼ではないよね。
それに、こういうオチにするなら、鬼が死ぬときに朔名のことを想うシーンが必要ではないでしょうか。朔名と鬼が互いに深く愛し合っていることがきちんと読者に伝わっていないと、ラストで、命を投げ出してまで愛する人の復讐を果たした朔名の思いが、読み手の心に響いてこないですよね。
うーん、益雄視点の話だから、鬼の心情を入れるのはちょっと難しいかな……
でも書きようはあると思う。例えば鬼が絶命するとき、誰かの名を呟いていたとか。あるいは、櫛とか髪飾りみたいな、何か女性用の小物を握りしめていたとか。
そうですね。読者が朔名や鬼の気持ちに近づいて、ラストの朔名の言葉に感じ入るためには、朔名と鬼の「人間性」が窺える描写がもう少しあったほうがいいと思います。
でも、そもそも鬼と人間って、愛し合えるのでしょうか? 鬼から見たら、人間は捕食対象ですよね。それに、「鬼には臍がない」ということは、鬼たちは母親から生まれるわけではないということで――
卵から生まれるのかもしれませんね。あるいは、生殖とセックスはべつなのかもしれない。朔名は、殺された鬼と夫婦だったと言っていますが、人間社会での用語に翻訳すると「夫婦」に近い関係だった、という意味なのかも。
まあ、性的なつながりはなくても、「愛し合う二人」だったのかもね。そのあたりは、よくわからないですね。
やはり、作品世界の構築が、まだ不十分だなと感じます。各種設定やストーリー展開、それに、作品内で使用しているアイテムや語句に関しても、疑問を感じる点が多い。何より僕は、作品内の価値観が現代日本のままであることが、非常に気になりました。例えば、「食べるためでもないのに無益な殺生をするなんて、人間ってひどい」というのは、あくまで現代の感覚ですよね。物の怪が跋扈する世界の、片田舎の夜の森で、偶然出会った鬼を誰かが殺したからって、そこに暮らす人々は「鬼であっても、かけがえのない命。それを奪うなんてひどい」などと考えるでしょうか?
鬼は人に害をなす存在なのですから、殺したところで、それを「悪いこと」とはまず思わないでしょうね。中世っぽい世界ならなおさら、そういう認識そのものがない。
「すべての命を大切に」とか「人を殺したら死刑だ」なんていうのは、平和な時代に生きている人間の発想だよね。
刀を振り回して斬り合いをする時代って、人間の命すら、あんまり重くはないですよね。しかもこの話の中では、「近々戦がはじまる」らしい。そんな不穏な世情においては、「殺人は斬首の刑」というのもあり得ないと思います。身元も定かではない女を正当防衛で殺した程度のことで、悠長に裁きを執り行っている余裕はないでしょう。さらに言えばそんなご時世に、田舎の男が鬼を一匹退治したところで、役人たちが報奨金を与えにわざわざやってくるとは思えない。
自分の作品世界の中の人々がどういう価値観で日々暮らしているのかということを、書き手がまだあまり想像できていないなと感じます。
益雄が「いつも外で食事を済ませる」というのにも、引っかかった。それって、毎日外食してるってこと?
平安時代っぽいこの作品世界に、外食産業が発達しているとは考えにくいですよね。こういうあたりも、現代的だなという印象を受ける。
あと、冒頭の一騎打ちのシーンは、ちょっと詳細に描写し過ぎかなと思います。ここはもっと短くていい。短編ですし、何よりこの作品は、鬼を倒した後の話がメインなのですから。一番重要な人間ドラマへの肉付けにこそ、もっと枚数をかけてほしかったです。また、冒頭あたりの状況説明の部分は、内容がうまく整理できていませんでした。文章にも気になる点が多い。例えば、「刀がそこそこの値で売れた」ことと、「益雄は武功をあげて出世したいと思っていた」ことを、「そして」という接続詞で結ぶのはおかしいですよね。
自分の書いた文章は、何度も読み直して、推敲してほしいですね。でも、益雄のダメ男っぷりは、私はとても面白いなと思いました。
すごく残念な人だよね(笑)。
刀工としては半人前以下。本業でろくな仕事ができていないのに、「そんなことより、俺は派手に出世したい!」と思ってるなんて、ダメ男の典型です(笑)。
ツッコミどころ満載だよね(笑)。女性への接し方も、まるでなってないし。
朔名への下心がありありのくせに、「口説き方がわからない」からと、さっさと寝入ってしまう。せっかくキスできても、「これはまじないだ」と言い訳して、自ら引き下がってしまう。もう、なんとも情けない(笑)。そのくせ頭の中では、「彼女がおれの定めの女なら、互いに惹かれ合うはずだ」なんてところまで考えが飛躍している。でも二人の間には、運命を感じるようなことは何も起こってないですよね。益雄が朔名に気を引かれているのは、単に朔名が美人だったからとしか思えない。
女子目線で見ると、益雄は正直キモいですよね(笑)。
このダメさ加減には、なんだか味わい深いものがあります(笑)。この作者独特のセンスなのでしょうね。そこはとてもいいと思う。描こうとして描けるキャラクターではない。
ただ、作者が益雄をどういう男性として描いているのかは、ちょっとよくわからないですよね。もしかしたら、「ダメ男」として描いているつもりはないのかも。
確かに。「女を口説いたことはない。そうしなくても女の方から寄ってきた」というのが、益雄の思い込みではなく事実なら、作者は益雄をイケメンに設定しているのかもしれない。
この作品は、「傲慢で嫌なダメ男が、最終的に破滅する」ことにカタルシスを感じる物語なのか、それとも、「かっこいい男が、功を立て名を上げるかと思いきや、直前ですべてを失う」というどんでん返しに驚かされる話なのか。読み終わっても、作者の意図がはっきり伝わってこなかったです。
結局、何を描きたい作品なのかが、よくわからないですね。
ちょっと客観性がないというか、書き手が物語全体を見通せてない感じがします。
全体に、論理性に欠けるところが目について、読んでいてどうにも引っかかりますよね。その突拍子のなさが、この作者が持つ面白い味ではあるんだけれど、筋が通っていないところが多すぎて、ややついていきにくくもあります。もう少し丁寧に物語を構築したほうがいいと思いますね。なんだかすごく書き急いでいる印象を受けます。
パッションが込められている感じもないし、時間をかけて練り込まれた作品だとも思えないですね。
十三枚目のところなど、まったく同じ文章が数行にわたってダブっています。おそらくコピー&ペーストのミスなのでしょうが、打ち出した原稿を一度でも読み返していれば、気づくはずですよね。
原稿の見直しは必ず行ってくださいと再三お願いしているのですが、いまだに単純ミスが残されたままの投稿作は多いです。
この作者は修正力のある方だと思えるだけに、残念ですね。もう少し落ち着いて、自分の作品とじっくり向き合ってほしい。
過去作に比べれば、確実に文章力はアップしています。目に見えて成長しているのはすごいことですよね。いい意味で変わった感性をお持ちで、その不思議な手ざわりが作品の魅力にもなっています。そこは失ってほしくない。ただ、疑問を感じる点が多いと読者が物語に入り込めないので、話の展開や人物の心の動きが、もう少し自然な流れになるといいなと思います。
持ち味は活かしつつ、がんばってほしいですね。