編集H
禁断の愛が、切ない幕切れを迎えるお話でした。とても雰囲気のある作品ですよね。
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第194回
悪魔の棲む森
花村葉月
29点
禁断の愛が、切ない幕切れを迎えるお話でした。とても雰囲気のある作品ですよね。
お話を作ろうと、すごくがんばっていることが窺えて、よかったと思います。終盤で明かされる真相で読者を驚かせようとしていて、サービス精神も感じられますよね。ちょっと陶酔感のあるような文章も、とてもいい。私はイチ推しにしました。
悲劇的な話を作りたかったのだろうなとは思いますが、この作品の陶酔感には、私はちょっとうまくノレなかったです。
僕もです。それに、文章にはあちこち変なところがあって、読んでいて引っかかりました。例えば十一枚目に「厚い絨毯のような雪の林床」とありますが、「林床」と「積雪」は別です。「林床」の上に雪が降り積もるわけですから。しかもこの描写、林ではなく、林が途切れて大きく開けた場所の地面に対して使われていました。細かいことですが、気をつけてほしいです。
場面描写も、あまりうまくできていませんでしたね。七枚目で突然「地表に降り積もった雪」が登場して、ちょっとびっくりします。それ以降の描写でようやく、「どうやら雪深い地域の話なんだな」とわかってきますが、最初はそういうイメージは全くなかったので。
冒頭の「森へ行きましょう」の場面も、実はあたりには雪が積もっていたということですよね。雪の描写が全然ないから、作者が意図しているだろう映像が読者に伝わりません。こういうところは、もう少し気を配ったほうがいいですね。あと、「ミルク色の髪」というのも、よくわからなかった。白髪みたいな色ってことなのでしょうか?
たぶんそうなんでしょうね。ロシアとか北欧みたいな場所が作品舞台なのかなと思います。髪や肌の色素が薄い感じ。でも、「ミルク色の髪」と言われても、ちょっとイメージしづらいですよね。あと、「極端に木々が密生」とか「密林」なんて言葉が出てきたりして、雪国のイメージが一定しないのも気になります。
「密林」では熱帯とか亜熱帯を連想してしまいますよね。ツンドラ地帯のような雰囲気なのに。どうも作者の中でまだ、映像がはっきり見えていないのかなという気がします。頭で考えたなんとなくのイメージで文章を書いている印象がある。
あと私は、ラストがよくわからなかったです。最後の一文の中で主人公が唐突に、「白い小さな頭蓋骨を抱いて」いますが、この頭蓋骨はどこから出てきたのでしょうか?
二人で手をつないで森の出口までやってきたら、ソーニャの姿がふいに消えて、「彼女の手を握っていたはずの右手をほどくと、幾つもの小さな白い欠片が零れ落ちた」とあります。だから、すでに亡くなっているソーニャの身体は、森から出ると骨だけになってしまったということではないでしょうか。この「悪魔の棲む森」の中でだけ、ソーニャは幻の姿をサーシャに見せることができていたんだと思います。
では、森から出た瞬間にソーニャの身体は白骨に戻り、全身の骨格がバラバラっと崩れ、頭蓋骨もポーンと地に落ちる。その頭蓋骨をサーシャは拾って抱き締めた、ということですか?
そうだと思います。書かれてはいないですけど、そう補完して読みました。
私は、サーシャの右手の中の「白い小さな欠片」というのは、雪かと思っていました。ソーニャと手をつないでいたと思っていたのに、彼女の姿はふいに消え、手を開くとそこには雪しかなかった、すべては幻だったということかなと。
ここはちょっとわかりにくいですよね。もう少し丁寧に描写してほしかったです。
描写に疑問を感じてしまうせいで、せっかくの悲劇的なラストに読者が浸りきれないのは、非常にもったいないと思います。
私は、この結末そのものにも疑問を感じました。サーシャは、実の妹と愛し合っていることに、途中から腰が引けてますよね。だから、彼女に誘われて仕方なく「悪魔の棲む森」に入ったとき、「こんな関係は、もう終わりにしたい」という本心を悪魔に見抜かれ、その願いが叶ってソーニャは死んでしまった。というか、サーシャが殺してしまった。サーシャにとって、ソーニャの死は悲しいことではあるけど、ホッとすることでもあったはず。だから実はこれ、あんまり切ない話ではないと思う。「邪魔になった恋人を殺した」ってだけですから。サーシャって、はっきり言って狡い男ですよね。
狡いですね。でも私は、そこを描けているのは、すごくいいと思う。男性の正直な気持ちって、こんなものだろうなと思います。十八枚目に、「引き離せばそのうち消える感情だと。ひと月も経てば、僕もそんな考えに少しずつ親しむようになっていた」とありますね。これは、一回目に森へ行く前のことです。ほんとはもうこの時点で、「こんな面倒な恋は、もう終わりにしたい」と思ってるんですよね。この感じは、すごくリアルだと思いう。
心中物とかも、だいたい男性のほうが、「嫌だ。やっぱりやめよう」って言い出すんですよね。
サーシャの腰が引けてる感じは、私はすごくよかったと思います。そのあたりの感情の機微は、よく書けていると思う。
ただ、ラストの「これが、君の復讐なんだね」というのは腑に落ちなかったです。何が「復讐」なのか、よくわからない。ラストの時点で、サーシャは別になんの痛手も負ってないですよね。
自分のやったことをすべて思い出したことで、これから罪の意識を一生引きずっていかなければならない、ということでしょうか。
でもサーシャはあまり、罪の意識を引きずりそうには思えないですよね。だって彼は、実の妹に手を出しておきながら、面倒になったからこっそり殺し、都合よく記憶喪失になって、何もかもを忘れていたような男です。
「駆け落ちする途中、不幸な事故でソーニャは死んだ」とかならまだしも、サーシャは自分の意志で彼女を殺してますからね。
自分の犯した罪の重さを、自覚しているようには感じられないです。
なのに、真相を思い出させられたぐらいで、「ソーニャに復讐された」と思うなんて、ずいぶん勝手な話ですよね。考えれば考えるほど、サーシャはひどい男です。こんな男に殺されて、忘れ去られて、ソーニャは本当にかわいそうだと思う。サーシャも、今は泣いたりしていますが、そのうち新たな人生を普通に生きていくんだろうと思います。
ひと月後くらいには、もう忘れていそうですよね。
それこそ、また記憶喪失になったりね(笑)。
サーシャのソーニャへの愛情が、この作品からはあまり響いてこない。だから、主人公が一人で勝手に、悲劇的な気分に浸っているように感じられてしまいます。
結末のつけ方に、どうにも違和感がありましたね。これ、行方不明だったソーニャがサーシャを迎えに来て、森へ引き摺り込んだところで終わる、という話でよかったんじゃないかな。「彼は森に呑み込まれ、二度と生きては帰らなかった」みたいな。
それか、全てを思い出した時点で、改めて心中してもよかったですよね。
そうですね。何らかの形で「僕」が死なないと、物語のセオリーとしておかしいと思います。あるいは死なないまでも、森からまたしても生還したとき、もう廃人同様になっていたとかね。サーシャの狡さは、生身の人間のリアルな一面だと思うのですが、物語作品としては、彼に何らかの鉄槌が下されたほうがいいかもとは思いますね。
彼が死ぬなり、重い十字架を背負うなりしないと、読者としては納得がいかないです。妹を手にかけたサーシャがのうのうと生きながらえていて、何も「復讐」されないままなんて。
しかもそれを、「悲恋」であるかのように描いているのが、ものすごく引っかかります。
ただ、復讐したいほどソーニャがサーシャを恨んでいるのかどうかは、よくわかりませんね。最期の言葉も、「愛してるわ、サーシャ」だったし。
サーシャは狡い男かもしれませんが、僕は妹のソーニャもかなり偏執的だったと思います。
ソーニャのほうが、兄との関係に強く執着してますよね。禁断の恋に突っ走っていて、サーシャがそれに引きずられている感じは、確かにあると思います。
禁忌の恋を成就させてもらうために、ソーニャは悪魔に会いにいったんだよね。でも森の悪魔は、サーシャの願いは叶えたのに、ソーニャの願いは叶えてくれていませんね。そこも引っかかります。やっぱり、「僕」にはラストで絶命してほしかった。それなら、「ソーニャの真の願いは、サーシャと心中することだった」「六年かかったけど、願いは叶えられた」ということで、話にオチがつくと思います。
この「森の悪魔」には、存在感がほとんどないですよね。あまり重要な要素ではなかった気がします。
そうですね。むしろ、悪魔なんか実はいなかった、というオチにしてもよかったかもしれない。
「悪魔は己の裡にいた」、ということですよね。本当の悪魔はサーシャ自身の心であり、森の奥で妹を殺し、都合よくすべてを忘れたけれど、彼女の執念で思い出させられ、怨霊に取り込まれて死ぬ。彼は報いを受けたのだ、という結末でも、きれいにまとまったと思います。
現状でも、悪魔は実は、はっきりとは登場してませんよね。『 』で囁きかけてくる声も、本物の悪魔ではなく、サーシャの心の声だったのかもしれない。
自分だからこそ、抑えつけている本心を知っていたとも考えられますよね。囁きかける声も、サーシャにしか聞こえていないみたいだし。
ただ、この辺りはすごく曖昧ですので、真相はどうなのか、作者の意図はどうなのかということを、もうちょっと明確に書いたほうがいいと思います。あと私は、主人公たちの叔父さんのことも気になりました。この人、引き離された二人の間を取り持ってますよね。どうしてそんな、やけぼっくいに火がつくようなことをさせるんでしょう?
まあ、ソーニャの熱意にほだされたということでしょうか。「たった一人の兄妹に逢えないというのは酷なものだ」とも言ってますし。
でも、すでに近親相姦にまで関係が進んでいるのですから、そんなことを言っている場合ではないでしょう。分別ある大人なら、こんなことはしないと思う。普通、こういう問題が起こった場合、サーシャを町の靴屋に丁稚奉公に行かせるとかして、もっと物理的に遠く引き離しますよね。
この村の規模がよくわかりませんでしたが、けっこう小さいような印象を受けます。これならいくらでも、こっそり逢いに行けてしまいそう。
もしかするとここは、他の地域や人々とほとんど交流のない、辺境の村なのかもしれませんね。ただその場合、血が近しい者同士で結婚することは、割とあり得ることだと思う。兄妹で関係を持ったとしても、ここまで激しく責められたりしないんじゃないかな。
サーシャたちの関係が、この中世っぽい作品世界で激しくタブーとされていることに、ちょっと疑問を感じるところはありますね。
歴史的に見れば、親戚や、それこそ異母兄妹が結婚するくらいは珍しくもない時代だって、実際にありましたよね。血筋を重んじてとか、財産を分けたくないとかって理由で。あるいは小規模の集団で、他に相手がいないとか。
まあそういう場合でも、同母の兄妹で関係を持つのは一応禁忌だろうとは思いますけど、この作品は、ちょっと現代の感覚のまま書いてしまっているなという印象がありますね。
この村の人々がどうやって暮らしているのかも、よくわからなかったです。「悪魔の森」へは誰も入らないから、木こりは一人もいないらしい。なら、森へ狩猟・採集に行くこともないわけですよね。畑がある描写もない。そもそも積雪地帯らしいから、食物の栽培・収穫は難しいでしょう。どうもこの作品世界には現実味が乏しい。この世界の中で、本当に人が生きて暮らしているという感じが、あまりしなかったです。
あと、森の中の開けた場所に墓標が立っていましたが、これが何かもよくわからなかったです。これは、森の悪魔に関係するもの? それとも、ソーニャを殺したサーシャが作った墓標、ということなのでしょうか?
すべてが曖昧ですよね。必要な説明や描写がなされていないし、設定も詰められていない。
雰囲気だけで書いてしまったように感じられます。
ストーリーもちょっと足りないというか、中盤が抜けている感じ。「過去にこういうことがありました」と明かされるだけで話が終わってしまって、起承転結の「起」と「結」しかないみたいな印象を受けました。
ちょっとあらすじ感がありますよね。特に、「実の兄妹だった」ことをサーシャが思い出してからが、あらすじっぽくなってしまっている気がする。でも、話に企みがちゃんとあるのはいいことだと思います。しかも、「実は主人公が殺していた」なんて、衝撃の真相まで用意されていました。お話を作ろうという意志が、すごく感じられますよね。
ポエミーな文章も、とてもよかったと思います。
作品の雰囲気に合ってますよね。作者がのめり込んで書いているのが窺えます。
こういう陶酔感溢れる文章は、書こうと思って書けるものではないですよね。この作者の持っているいい特質だなと思います。
狡くて弱いサーシャの気持ちも、私はすごく理解できるなと思いました。人間のリアルな内面を描けているのはよかったですね。それだけに、ラストの展開は少々残念でした。
もう少し納得感のあるオチになっていればと思います。ムード溢れる作品だっただけに、本当に惜しかったですね。