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選評付き 短編小説新人賞 選評

イメージの裏切り

真沢綾

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  • 編集H

    SF作品ですね。このジャンルにおいて、大きな破たんなく話を作るというのは結構難しいことだと思うのですが、割合うまくまとまっていたと思います。お話としてもとても面白かった。僕はイチ推しにしました。

  • 編集E

    30枚の中で、きっちりとオチが作れていますよね。うまいなと思います。

  • 編集C

    一人称でありながら、感情を排除した描き方になっていますね。52歳の男性である主人公が、ラストで自滅する話で、ある意味自業自得です。このあと逮捕は免れないだろうと思うのですが、この期に及んでもまだ「とにかく絵を描きたいんだ!」と勝手なことを言っているダメっぷりが、とてもよかったです(笑)。「この主人公、腐ってる……」と思えるところが逆に、読者にとっては非常に面白い。私もイチ推しにしています。

  • 編集G

    それにしてもナツコたちは、32年も、よく待ったよね。

  • 編集C

    コールドスリープ中に殺すこともできたのにね。

  • 編集B

    「簡単には殺せない」くらい、恨みが深かったのでしょう。本人を「病気も治せるし、これから思う存分絵を描くぞー!」とめいっぱい喜ばせた後で絶望に突き落とすほうが、より大きなダメージを与えることができますから。

  • 編集G

    ただその衝撃度が、今の書き方ではちょっと弱い気がする。ここはもっと効果的に盛り上げられたんじゃないかな。

  • 編集B

    あと、マグリットが祖父の担当コンシェルジュになるというのは、偶然とは考えられないですよね。これはやはり、彼は意図的に祖父が契約しているコールドスリープ会社に就職し、何らかの手を使って祖父の担当になったということなのでしょう。そしてそれは、母親の指示だった、あるいは、母親の意を汲んで、ということなのだろうと思います。

  • 編集E

    そうでしょうね。そもそも彼は、イセザキがコールドスリープに入った後に生まれている。祖父のことは何も知らなかったわけですから、彼の復讐心は母親に植え付けられたものですよね。

  • 編集B

    自分の息子を道具として利用してまで、「父さんに復讐してやる」と思っているナツコは、ものすごく恐ろしい。私はマグリットがかわいそうな気がしてならないです。彼の人生はこんなことでいいのかと、非常に疑問に思いました。母親に洗脳されて、いいように使われている。

  • 編集C

    まあ、トリッキーな短編だから、これくらいの極端さはアリかなと私は思いました。でもマグリットのことは、無理に孫に設定しなくてもよかったかもですね。コンシェルジュは金で雇った協力者だということでも、この話は成立すると思います。

  • 編集B

    もしかしたら作者は、「孫にまで憎まれている」ということで、イセザキの突き落とされ感をさらに盛り上げようとしたのかもしれませんね

  • 編集G

    でも、イセザキは孫のことなんかさほど気にしていないように思える。そもそも、娘のこともどうでもよかったんだから。

  • 編集H

    確かに。娘のことはほったらかしで、自分のことだけ考えて、さっさとコールドスリープに入ってますからね。かなりひどい親です。

  • 編集A

    マグリットも実は母親のことを憎んでいた、という展開はどうでしょう?主人公がナツコに復讐されたラストシーンの後、今度はマグリットの母への復讐が始まるんです。

  • 編集C

    「僕の人生を、よくも捻じ曲げてくれたね、母さん」、とかね。そういうのも面白いね。

  • 三浦

    「猫のサチを使って、イセザキを引っかけてやりましょう」とナツコが言っているのを録音とかしておいて、マグリットが母を告発するんですね。

  • 編集A

    復讐が連鎖していくわけです。

  • 編集B

    そこまで描けていたら、さらに読み応えが増したかもですね。それにしても、コールドスリープのコンシェルジュには、「身内NG」とかのルールはないのかな?実の祖父の担当になんて、なかなかなれないと思うのですが。

  • 編集G

    コールドスリープが実用化されている世界なら、当然、それに関する法律も整備されていないとおかしいよね。それに考えてみたら、死亡保険金程度の金額でコールドスリープは利用できるのかな?億単位の金が必要になりそうに思えるけど。しかも、期間は決まってないらしい。「病気の治療法が確立したら、覚醒させる」という条件は、とても魅力的だよね。これなら僕もぜひ利用したい(笑)。

  • 三浦

    そんな契約が保険金で手が届く金額設定なら、ちょっと混乱が生じそうですよね。みんながコールドスリープに入っちゃったりして。

  • 編集C

    起こす人が誰もいなくなったりして(笑)。

  • 編集A

    僕は、この物語の理屈そのものに、疑問を感じる点がいろいろあるように思いました。結局サチは、主人公が妻を見殺しにしたことを証言できないわけですよね。なら、いくらナツコが「サチを殺そうとしたのは、後ろ暗いところがあるからでしょう!?」と迫ったところで、イセザキに自白させることはできません。イセザキは何よりも服役したくないのですから、刑期の一番短い道を選べばいい。この状況なら、「ちょっとふざけただけ」とか「まだ本調子ではなくて」とでも言い逃れて、猫の過失傷害未遂を主張するのがいいんじゃないかな。絶望するほどの状況でもないように思えます。そもそも、せっかくサチを使ってイセザキを罠にかけたというのに、ナツコたちはイセザキが自白するより前に、なぜか「猫は証言できない」ことを自らバラしてしまっています。これも腑に落ちない。それにナツコは、「父さんに正直に話してほしかった。真実を知りたかった」と口では言ってはいますが、実際は「父さんが母さんを殺した」と固く思い込んでいる。たとえイセザキが、「本当に事故だったんだが、放置した私も悪かった」と真実を語っても、決して信じないでしょう。なら、自白をさせることに意味はありませんよね。現にラストで主人公は「真相を話す」と言っているのに、ナツコはそれを聞こうともしない。そして深い恨みを抱いている割に、復讐の仕方は非常に面倒でまどろっこしい。登場人物たちの行動やその理由づけに、もやっとするところが多かったです。「結局、何をどうしたいの?」と思えてしまう。完全な矛盾とまではいかないものの、段違いみたいな細かい矛盾がいろいろある気がして、どうにも引っかかりました。

  • 三浦

    確かに。理屈や心情面で、ちょっと呑みこみづらいところがありますよね。

  • 編集C

    もっと単純に、「主人公が妻を殺した」という設定にしたらよかったんじゃないかな。主人公の罪を中途半端にしたことで、混乱が生じてしまったのではないでしょうか。ナツコたちが主人公を追い詰めて殺人を自白させるという、わかりやすい構図にすればよかったのに。

  • 編集E

    でも、無理やりさせられた自白では、殺人の立証は難しいかもしれない。だからこそナツコたちは、殺人未遂と同じ罪になる「殺猫未遂」を主人公に犯させようとして、周到な罠を仕掛けているわけですよね。ものすごくまわりくどい方法なんだけど、とにかくナツコたちは、主人公に何らかの重い罰を与えたかった。罪状はなんでもよかった。

  • 編集A

    警察の調べでは、奥さんが亡くなったのは、すでに「事故死」で決着がついていますからね。いまさらその罪には問えない。

  • 編集C

    そうか。だから無理やりな方法で、個人的な復讐に走ったってことですね。

  • 三浦

    ただ、ナツコたちが囮として使ったサチは、下手したら死んでいたかもしれないですよね。人間と同等に大切に扱われるべき「お猫様」をそんな危険な目に遭わせたことは、罪には問われないのかな?

  • 編集C

    問われるでしょうね。けっこう重罪だと思う。

  • 編集H

    計画的な犯行ですしね。

  • 三浦

    この、「猫を殺そうとしたら、人を殺そうとしたのと同じ罪になる」というのは、この世界では「本当のこと」なんでしょうか?それとも、それさえもナツコたちの嘘なのでしょうか?

  • 編集B

    そこはよくわからないですね。ナツコたちは一度は、「今はもう、動物の言葉を読み取る技術がある。証言能力も認められている」と嘘をついてイセザキを追い詰めたのですから、今度の「動物を殺そうとしたら殺人未遂と同罪」というのも、イセザキを絶望させるための嘘なのかもしれない。

  • 編集A

    32年後の世界であっても、「動物が人間と同等の権利を有することを、憲法で保障する」というのは、かなり無理のある設定ですね。

  • 編集C

    でも作者としては、「動物虐待は人間虐待と同等の罪」という設定は「本当である」つもりで書いているのだと思います。でないと、このラストのオチが意味をなさない。

  • 三浦

    「動物が証言できる」「動物虐待は重罪」という情報は、作品の中盤で明かされますよね。でもそれを終盤になって急に、「実は片方は真実だけど、もう片方は嘘だったんです」と言われても、読者にはその正否を確認しようがありません。

  • 編集H

    作者に「一つ、嘘をついていました」と言われたら、それ以外のところも疑わしく思えてしまう。どこまでが本当でどこからが嘘なのか、読者は判別できませんからね。

  • 三浦

    作品内で情報が明かされても、作者の胸先三寸で「それは嘘でした」ということにされてしまうと、読者は何を信じて読めばいいのか分からなくなります。こういう辺りが、ちょっと作者の都合になりすぎているかなと思えますね。うまいやり方とは言えないです。

  • 編集B

    読者を驚かせる企みというよりは、後出し感が強いですね。

  • 三浦

    ルールの設定が、非常に曖昧だと思います。作者の一存でどうにでも前提が変わるとなると、読者は物語に入り込めず、気持ちが醒めてしまう。せっかく主人公がどんどん追い詰められていく話なのに、「うわあ、ピンチだぞ、どうする!?」とハラハラできなくなるんです。

  • 編集A

    後になってまた、「やっぱりそれも嘘でした」となるかもしれませんからね。

  • 三浦

    そもそも小説というもの自体、すべて作者の虚構だと言えます。その虚構を、納得感のある世界として読者に共有してもらうためには、一定のルールが貫かれている必要があると思います。たとえば、「動物虐待は重罪」という部分は真実であるならば、最後のほうで当事者以外の人物を登場させて、その情報が真実であることを告げる展開にするとか。「これは噓で、これは本当」という線引きを、作中でもっと明確にするための手段を考えたほうがいいかなと思いました。あと、猫を使って主人公を追い詰めていくというのも、父親に自白させようとしているのか、新たな罪を犯させるための罠なのか、どっちつかずに見える。これはもう明確に、最初からナツコが「真相なんかどうでもいい。とにかく私は、あの父親を懲らしめる。痛い目を見させてやる」と思っている、という設定にしたほうが、わかりやすかったのではないでしょうか。

  • 編集C

    「たとえ母さんを殺していなくても、私はあの男に復讐する」、とナツコが思っているほうが、物語の構造がはっきりしますね。

  • 編集I

    枚数にはまだかなり余裕がありますので、ラストでナツコの口から、父親への恨みつらみを吐露させればよかったのではと思います。実の娘がこうまでして父親を陥れようとしているのですから、その気持ちの裏付けとなるエピソードなり説明なりが欲しかったです。イセザキの人間としてのダメさ加減を、読者にもっと印象づけたほうがいい。

  • 編集D

    それにしても、娘からこうまで恨まれているなんて、イセザキは本当に最低な人間なのでしょうね。過去に何があったかは詳しく書かれていないけど、娘の恨みの深さは、私には伝わってくるものがありました。だから、「とにかく絵を描きたい」父親に対して、「とにかく絵を描けなくさせてやる」という復讐をしたのは、非常に効果的だったと思う。このラストには、胸のすく思いがしました。

  • 編集C

    「この猫の瞳が描きたい」と思ってコールドスリープに同伴までしたのに、その猫によって破滅させられることになるという構図は、うまかったと思う。そしてイセザキは、まんまと娘に嵌められたというのに、まだ絵を描くことしか頭にないとか、「妻に対してしたことの方が罪は軽いはずだ」なんて思ってるとか、本当にダメダメな人(笑)。でも、だからこそ私は、この話がとても面白いと思った。こういうキャラが描けているのは、すごくいい。

  • 三浦

    冒頭のマグリットの自己紹介のところは、私はちょっと過剰かなと思いました。主人公が52歳だというのも、もう少し早く明かしたほうがいいと思います。あと、タイトルの意味がよくわからないのも気になりました。

  • 編集C

    意味は全く分からないですよね。購買欲をそそるタイトルでもない。これは再考してほしいですね。

  • 三浦

    でも、アイディアは面白いし、話にいろいろ仕掛けが施されているところも意欲的でいいですよね。種明かしされる前までは、「いったいどうなるんだろう?」と思いながら読めました。

  • 編集C

    ただ、トリッキーな話を書く以上は、つじつまはしっかりと合わせる必要がある。「矛盾があるのでは?」と読者に思われないよう、気を配ってほしかったですね。

  • 三浦

    それに、こういうタイプの話なら、読者をハラハラドキドキさせるにはどう描いたらいいかということに、もっと意識を向けたほうがいいと思う。読者をぐいぐい引っ張っていく勢いがもう少しあったなら、細かい理屈はそれほど気にならなかったかもしれないです。

  • 編集C

    もっと面白い話にできそうだったのに、非常にもったいないなと感じますね。大きな企みがあったという意味では、とても楽しめる作品でした。個人的には大好きです。問題点は割合はっきりしていると思いますので、選評をよく読んで、ぜひ今後に活かしてほしいですね。

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