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ルールの押し付けや窮屈さが苦手で学校に馴染めず、保健室登校をしている女子中学生のお話です。入学以来、ひと月近くも無為の時間を過ごしてきたのですが、愼二という近所の子との交流を通して、気持ちが前向きに変化するまでが描かれていました。好感の持てるお話ですね。
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第195回
約束の場所
黛惣介
33点
ルールの押し付けや窮屈さが苦手で学校に馴染めず、保健室登校をしている女子中学生のお話です。入学以来、ひと月近くも無為の時間を過ごしてきたのですが、愼二という近所の子との交流を通して、気持ちが前向きに変化するまでが描かれていました。好感の持てるお話ですね。
ただ、主人公がなんだか醒めている感じなのが少々気になりました。小学生の愼二への対応がちょっと冷たいというか。3、4歳しか年齢が違わないのに、まるで大人が子供を突き放しているように見えます。主人公の目線ではなく、大人である作者の目線で愼二を見てしまっているのかも、と感じました。
でもまあ、不用意なひと言で愼二を傷つけてしまうあたりは、やっぱりまだまだ子供だなという気がします。「ヤバい、傷つけちゃった!」と焦っている様子には、リアリティがあったと思いますし。
愼二がひどく落ち込んだかと思って、私はちょっと心配だったのですが、翌日にはあっけらかんと「ぼく、虫歯ないんだって!」と立ち直っていて、安心しました。とても素直でかわいい少年ですね。
ただ愼二は、小学4年生にしては若干幼いかなという気がします。
4年生だったら、虫歯になったことがあるかどうかくらい、自分でわかっていていいですよね。
それに、本気で宇宙飛行士になりたいなら、いろいろな分野の勉強が必要だということも、わかっていい年齢だと思います。宇宙だけにしか興味がなくてクラスメイトと話が合わず、学校に通えなくなっているという状況は、ちょっと気になりますね。勉強が遅れること自体も問題ですが、空気を読んでその場にふさわしく振る舞うことも、宇宙飛行士には重要な資質だと思いますので。
主人公がラストで急に、「私もがんばろう!」みたいな、前向きないい子になっているのも、違和感があったように思う。前半と後半で、人が変わっているみたいに見えますよね。
主人公が教室に行けない理由が、今ひとつ曖昧なのも気になりました。「こうしなさい」と人から強制されるのが私は苦手な性格だから……みたいに書かれているけど、これでは説得力に欠けます。ちゃんとした理由付けになっていない。
確かに、設定や展開が作者の都合になっているところはありますね。冒頭では主人公が問題を抱えていないと話が始まらないから、「とにかく私は、そういう困った性格なんです」ということで押し通している。ラストでは主人公の気持ちに変化があったことにしたいから、「とにかく私、やる気満々になりました!」という展開にして締めくくっている。ちょっと強引というか、無理やりな感じがあることは否めないです。
ラストで主人公が、急に「私も宇宙飛行士になろう!」と思うようになった動機も、よくわからないです。べつに今まで、さほど宇宙好きだったわけではないですよね。中学生の真千が、小学生の男の子の子供っぽい夢に、なぜいきなり乗っかろうとするのか、どうにも不可解だった。これでは、主人公の成長ぶりが読者に伝わらないし、感動もしにくい。自分の夢は、自分自身で見つけてほしかったです。
29枚目で、「自分も――こんなふうになりたい」と地の文で断言させているのが、やりすぎなのではないでしょうか。これだと「本心」になってしまいますから。「私も、宇宙飛行士目指そうかな」と口では言っているけど、それほど本気ではないということが、読者に伝わるような書き方になっていたらよかったのにと思います。無理に、「二人で宇宙飛行士を目指すんだ!」みたいな終わり方にしないほうがいいんじゃないかな。
「自分も彼みたいに熱中できるものを探そう」、くらいでとどめておけばよかったよね。
ただ、もしかしたら作者は、真千の夢が本当に「宇宙飛行士になること」だと書いているつもりはないのかもしれません。30枚目に、「例えるなら」とか「宇宙のように広がる世界」という言葉がありますので。だからこのラストは、どんなに狭き門であっても宇宙飛行士になることを諦めない愼二の姿に心を動かされた主人公が、「私も彼みたいに、夢を追って輝く人になりたい。そのためには、まず目の前の壁を越えなければ」と決心して動き始めた、ということなのではないでしょうか。「いつまでも宇宙馬鹿を待たせるわけにはいかない」というのも、「次に会ったとき、私も彼に負けないくらい、夢中で夢を追いかけている人間になっていたい」という意味合いなのかもしれない。そういう解釈も、一応は可能かなと思います。
なるほど。「宇宙飛行士」というのは一種の比喩表現かもしれない、ということですね。
ただ、ほとんどの読者は、そうは受け取らないだろうと思います。ラストに、「強制ではない、自分が抱いた目標に向かって真千は走り出した」とありますよね。この「目標」は、やはり「宇宙飛行士」としか読めないです。他に何の要素も出てきていないので。
だから読み手の多くが、「えっ、なぜ急に宇宙飛行士に?」と感じると思う。お話の最後を、「宇宙」でまとめすぎなのではないでしょうか。私は、「真千は本気で宇宙飛行士を目指しているわけではない説」で読んでいたのですが、ラストの数ブロックで急に宇宙色が濃くなっているので、「……意外に本気なのかな?」と受け取らざるを得なかった感じです。
作者がいったいどちらのつもりで書いているのかは、ちょっと読み切れないですね。でもこのラストは、作者も真千もつい、「宇宙」という要素で気分がすごく盛り上がっちゃったんだろうなと思います。その気持ちは、私はわかる気がする。広大な宇宙……、とってもロマンがありますもの。それに、ラストの盛り上がり部分を「宇宙」つながりでまとめるのは、表現として綺麗ですよね。作品にとって悪いことではないと思います。ただ、ちょっと書き方がうまくいっていない。ここはもう少し工夫がほしかったですね。「宇宙」で話をまとめつつ、「でも、違うんだよ。本気で宇宙飛行士を目指そうってことではないんだよ。これは、いわゆる一つの例えなんだよ」ということを匂わせる書き方はできたはずだと思います
ただ愼二のほうは、「比喩」だとは思っていないでしょうね。「真千お姉ちゃんと宇宙で会うんだ!」と思って日々がんばり続けていたのに、数年後に真千から、「え、まさか本気にしてたの? あれはたとえ話だよ」なんて言われたら、どんなに失望することか。とか考えると、この主人公の言動は、僕にはちょっと残念感が強いです。
まあでも、愼二は「宇宙馬鹿」だから、そんなに傷つかないんじゃないかな(笑)。周りの誰が宇宙飛行士を目指そうが目指すまいが、気にしないと思います。中学生になって天文部にでも入れば、仲間もできるだろうし。
この話、「真千は宇宙飛行士を目指そうと、その時は本気で思った。ただ、長くは続かなかった」ということでもよかったんじゃないかな。
そうですよね。その一瞬だけは確かに本気だった、ということでないと、「約束」にならない。愼二が本気で「お姉ちゃんも宇宙飛行士を目指すんだな」と受け取ることを、真千はわかっているはずですから、適当な気持ちで「私も宇宙飛行士に」と言ったのでは、愼二をだましたことになる。
タイトルにもなっている「約束の場所」とは、やっぱり「宇宙」なのだろうと思えます。だったら、たとえ瞬間的ではあっても、真千は「本気だった」ことにしないと、タイトルの意味がなくなってしまう。
一瞬の「本気」であっても、全く構いませんよね。物語の終盤で主人公が何かを決心したとしても、そこに永続性はなくていい。「この日、主人公の人生は劇的に変わったのだった」みたいな、大げさなものである必要はないと思います。「宇宙飛行士になろうと、一時は本気で思ったけど、やがて諦めた」となってもいいし、「『がんばるぞ!』とその時は真剣に誓ったんだけど、そのうちやる気がしぼんでしまった」となってもいい。
そうだよね。一時は前向きになれても、また投げやりな気持ちになったりもする。人生は、そんなことの繰り返しだと思います。根本の問題なんて、そんな簡単に解決するものではない。
そうですね。作者が書こうとしているのも、そういうことなのだろうと思います。決定的な救いとかではないんだけど、でも、この瞬間の気持ちの高まりを感じられたか否かで、人生は変わってくる。周囲の人々や社会との向き合い方なんかが、全然違ってくると思うんです。小さいけれどすごく大事な体験をしたという話を、作者は描こうとしているのだろうし、それはちゃんと表現できていると思います。
気持ちがググッと盛り上がったところは、描けていたと思う。ラストの真千は、確実に前向きになっていますよね。ただそれを、ちょっと単純に、かつ強引に、「主人公の成長」にしすぎているかなという印象がある。
「明日になれば、また気持ちは変わるかもしれないけど」というような、もう一段上の目線が加わっていたらよかったですね。それなら、ラストの展開にもっと説得力が生まれたかもしれない。
何か惜しい感じですよね。すごくいいところまで行っているのに、ちょっと物足りない。若干エピソードが弱い気がします。14枚目に、「自分は――きっかけそのものが見当たらない」とありますよね。だから多分この話は、その「きっかけ」を描いたものなんだろうと思います。エピソードとしては小ぶりなんだけど、主人公に気づきが生じた話として、わりとまとまっているとは思う。ただ、どうにも薄味に感じられる。
エピソードが薄く感じられるとしたら、それはやはり、主人公の気持ちの盛り上がり方が若干ぎくしゃくしているからでしょうね。心情の流れに飛躍があるというか、今ひとつ自然な感じになっていない。主人公の気持ちとその変化について、作者が自分の中でもう少しじっくり咀嚼して、どう描くべきかをよく考えたほうがいいと思います。
そもそも、主人公がどういう人物なのかということが、よくわかりませんね。脇キャラの有間先生にさえ、「サッカー選手になりたかったけど、怪我で断念した」という過去が用意されているのに、主人公のことはほとんど書かれていない。「同じ本をひたすら読み返しては、暇つぶしをしている」ということ以外に、主人公の人となりを探る手がかりが見当たらないです。だから、「宇宙飛行士を目指す」という展開にも、すごく唐突感がある。せめて、愼二から宇宙の話を聞いていたらどんどん興味が湧いてきて、あれこれ調べているうちに本気になってきて――みたいな描写があったらよかったのにと思います。あとこのお話は、主人公が「私は人間不信だ。だから夢が持てない」と思っているところから始まりますよね。だったら、何らかの出来事を通してその「人間不信」が治るとか和らぐ、という展開にしないと、物語が着地したとは言えないんじゃないかな。そういう造りになっていないせいか、ラストの展開にちょっと放り投げ感があるように感じる。
そもそも真千が、学校に行けなくなっている自分の状態を、「これではダメだ」と思っているのかどうかも、私にはよくわからなかった。
そうですね。真剣に悩んで焦っているという感じではないですね。
14枚目に「自己嫌悪、自分を嫌いになってからの日々は」とあるのですが、主人公が自分を嫌いになった具体的なエピソードは語られていない。主人公のことがよくわからないので、読者は彼女に寄り添えないです。
前半と後半が、話としてうまく繋がっていないような印象がありました。後半の盛り上がりは、よく描けていたと僕は思うんだけど。
作者が、登場人物を摑みきれないままに書き始めてしまったのかもしれませんね。書き進むうちにだんだんわかってきたので、キャラクターの輪郭がはっきりして、後半は読み応えがアップしたということなのかも。冒頭のあたりは、こなれていない文章がけっこう目につきますので、そのせいで読者が物語に入り切れなかったという面もあると思います。例えば冒頭3文目に、「どうして素性も知らない『ただ年齢が同じ』という理由だけで隣り合わせに席を並べて座らなければならないのか、仲親し気にならなければいけないのか」という一文があります。文章の呼応が若干おかしいためか、この一文を読むのに息切れするし、文意がスムーズに頭に入ってきにくいです。「仲親し気」というのも、あまり見慣れず、引っかかる言葉です。大事な冒頭に、こういう読みにくい文章を置くのは避けたほうがいいですね。ここはたとえば文章を割って、「どうして、素性も知らない人たちと席を並べて座らなければならないのか。親し気にしなければいけないのか。ただ『年齢が同じ』という理由だけで。」などとするのはどうでしょう。他にも、3枚目に「近所の小学生」とあるのに、4枚目にもまた、「真千の家の近所に住む小学生だ」と書いていたり。「笑っているところしか見たことが無いような、いつも笑顔を絶やさない愼二は」というのも、明らかに形容が重複してますよね。こういうあたりは、もう少し文章を洗練させる必要があると思います。
そうか。今気づきましたが、私が「真千は愼二に冷淡すぎるのでは?」と感じたのも、3枚目で「記憶の隅っこに転がっていた近所の小学生」と言っているのに、4枚目では「誰よりも印象的なガキンチョ」と書いてあって、「え? 印象的なの? 忘れかけてたの? どっち?」と混乱したせいだと思います。遠慮のない物言いが、親しいからなのか、親しくないからなのか、よくわからなくて。
確かに、ここは矛盾がありますね。作者の脳内でもまだ、設定や人物造形がぼんやりしていたのかもしれない。冒頭はとても大事なところですから、もう少しイメージを固めてから書いたほうがいいと思います。あと、もう一つ私が気になったのは、ちょっと語りすぎているところがあることです。例えば21枚目に、「この息苦しさは罪悪感だ」とありますよね。でもこれは、書く必要のないことです。真千が「余計なこと言っちゃったな」と後悔して罪悪感を抱いていることは、前後の流れを読めば、読者にはわかります。22枚目の「逃げたのだ、愼二から」というのも不要だと思います。もう少し、読者の読みに委ねたほうがいい気がします。
ちょっと全体に、くどいところはありますよね。説明のしすぎというか。「学校に行きたくない理由」も、言葉だけで説明している感じ。
ちょっと理屈っぽいかなという印象ですよね。主人公が「醒めてる」とか「人を突き放しているように見える」というのは、そういうところにも原因があるのかもしれない。ただ、理屈っぽい感じの文章であっても、それ自体は全然かまわないんです。そういう文章でも、必要な描写はできますから。ただ、たとえ三人称の作品であっても、登場人物の気持ちになって考えたり感じたりして、それを読者に伝えていくことはとても重要です。この作品は、そこがちょっと弱いかなという気がする。
読者に対して説明しようとするのではなく、キャラクターの立場で見えたものを描写していく、ということですね。
はい。キャラクターになりきることができれば、矛盾したことを書くこともなくなりますし、描かれる心情の変化もおのずと自然なものになるはずです。
この作品において、主人公の気持ちが一番動いた場面は、「しまった、愼二を傷つけちゃった!」というところだと思います。でも、その事態の解決の仕方に、あまりカタルシスがない。結局虫歯はなかったし、愼二は真千を恨んでもいなかった。主人公が何もしないうちに、事態が勝手に収まっていますよね。
しかも、「宇宙飛行士になるには」とか「虫歯があったとしても、治療済みならOK」というのも、有間先生が調べてくれたことです。主人公は、愼二を傷つけてしまった自覚があるのに、何ひとつアクションを起こしていない。ここが、この話の一番気になる点だと思います。「宇宙飛行士と虫歯」について真千が徹夜で調べまくるとか、愼二を無理やりにでも歯医者に引きずっていくとか、そういう行動が描かれていたらよかったのに。真千が愼二のために必死になる場面が、ぜひとも必要だったと思います。今のままでは、主人公が他力本願すぎるように見えてしまう。
主人公には、もうちょっと自力で頑張ってほしかったですよね。その頑張りがあれば、ラストの展開にもうちょっと説得力が生まれたかも。
でも、きらきらした瞳で夢を語る子供に感化され、自分もそうなりたいと思って前を向く主人公という話自体は、私はけっこう好きでした。
わかります。作者が描こうとしていること自体は、私もすごくいいなと思います。今後はもう少しだけ、人物の気持ちに寄り添って書くということを意識してみてほしいですね。