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選評付き 短編小説新人賞 選評

思い出マーケット

天野琴羽

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  • 編集H

    ラストにどんでん返しのある作品です。ここから後はネタバレを含みますので、本編を未読の方は、どうかそちらを先に読んでくださいね。物語は、主人公の青年・拓哉の一人称で進んでいきます。その大半は、恋人の七海とのデートシーン。終盤に来るまで、拓哉は「短期記憶しか持てない人物」であるかのように描かれています。主人公が何度も「この楽しい記憶も、数日で消えていく」と地の文で語ったり、恋人と記憶を共有できない七海が寂しさをこらえている様子だったり。ところがラストで、実は主人公は、記憶を売り飛ばして金にするためにデートをしていたのだということが判明する。それまで、切ない恋愛を描いているのかと思えた物語が、ラストでいきなりの転調を見せています。この落差の激しさは、僕は面白いと思った。おそらく作者は仕掛けのある作品が好きで、そういう話を作ろうとして、あれこれ頭をひねったり妄想をたくましくしたりしているんじゃないかな。そういう創作姿勢はとてもいいなと思います。

  • 編集B

    確かに。企みのある話を書こうとしているのは、すごく伝わってきますよね。

  • 編集H

    ただこのラストは、物語にきちんとオチがついているとは言えないと思う。投げっぱなしになっていて、話がきれいに閉じていません。こういう話なら、因果応報になるのが常道だと思う。恋愛詐欺師のような主人公の一人勝ちで話が終わってしまっているのは、マイナスポイントだなと感じます。

  • 三浦

    それは、女性を騙している主人公がぎゃふんと言わされる展開にならないと、オチにはならないということですか?

  • 編集H

    必ずしもぎゃふんと言わされなくていいのですが、例えば、主人公の記憶を買った誰かが何かを企んでいるとか、記憶を売って「儲けた」つもりでいる主人公を見て、誰かが陰でほくそ笑んでいるとか、とにかく何かもうひとひねり欲しかった。現状では、ラストで明かされる真相にそれなりの驚きはあるのですが、「話にきちんとオチがついたな」という着地感があまりないように思います。

  • 三浦

    なるほどね。私はこのラストは、作者が主人公に思い入れているためかなと推測しました。ラストの一文は、冒頭の一文にリンクしていますよね。何か意味ありげです。だから、「思い出を売り飛ばす」ことについて、実は主人公は何らかの深い思いを抱えている、というふうに見えなくもない。ここはちょっと感傷的なムードになっているというか、書き方が情緒に流れている感じです。作者は主人公を、単なる「悪い奴」として描きたくないのではと思えます。だから、拓哉が「思い出には価値がない」とまで思うようになったのには、ほんとは何らかの理由なりきっかけなりがあるんじゃないかなと。でも、本作ではそこは書かれていない。そこまで書くには、三十枚だと枚数的に難しいでしょうしね。そのため、「話がきれいに閉じていない」という読後感を抱く人も出てくるのだろうと考えます。

  • 編集B

    私も、このラストにはモヤッとさせられました。「思い出には価値がないと信じた」と、主人公が意味深なことを二度も語っているので、「いったい過去に何があったの?」と主人公に興味が湧いたのに、そこに関しては全く描かれていない。「そこをこそ読ませてほしかったのに」と、物足りなさを感じます。

  • 三浦

    三十枚の中でこの物語をまとめることを考えるなら、現状の感傷的な感じは取り除いて、「実は七海のほうも主人公とのデートの記憶を売っていた」みたいな、さらなる真相を用意するのも手だった気はしますね。

  • 編集H

    その展開はいいですね。そこまでのひねりが入っていれば、読み終わったときにスッキリ感があっただろうと思います。

  • 編集F

    デートの記憶を売っていたことが七海にバレる、という展開があってもよかったですよね。

  • 編集B

    あるいは、デートシーンをもっと短くして、主人公の過去を入れてもよかったんじゃないかな。作品の三分の二以上が、二人のデートシーンで占められていますが、これはちょっと長すぎます。ここをもう少し短くまとめれば、枚数には余裕ができると思う。また、視点や構成に関して工夫することもできますよね。例えば、前半は七海視点で、楽しくも切ないデートシーンを描き、後半はガラッと転調して、デートの記憶をとっとと売り払って金にする男の側から描くんです。その中で、「思い出には価値がない」と拓哉が信じるに至ったいきさつも語る。

  • 三浦

    確かに、その書き方のほうがいろいろな意味で効果的かもしれませんね。話にメリハリがつくし、主人公と七海、二人の内面がより深く描けます。何より、主人公の過去に触れることができますしね。

  • 編集B

    この話の肝は、「思い出には価値がない」と信じるまでに至った男の気持ちだと思うので、そこはぜひ入れてほしかった。単に、「実は、男は女を騙していました」というだけの真相では、驚きはあっても、読み手の心に響いてくるものがないですから。

  • 編集D

    この主人公は、100%「思い出に価値はない」と信じているわけではないように、私は感じます。本当は、七海との恋愛の記憶に価値を見出しているんだけど、あえてその気持ちに気づかないふりをして、「思い出に価値なんてないんだ。女なんて金稼ぎの道具だ」と自分に言いきかせているのかなと。作者は、そういう男性の話を書きたかったのかなと考えたりしました。

  • 三浦

    わかります。そういう気配もなんとなく漂ってますよね。

  • 編集D

    ただ、明確にそういう話として書けているわけでもないので、このままでは作者の意図をちょっと読み取り切れない。

  • 三浦

    主人公がまだ、自分の気持ちを認識できる段階まで行っていないように思います。「七海のことを本当に好きになったのかも?」という気配はあるんだけど、はっきり自覚できるほどにはなっていない感じ。もし、そういうことをこの作品の中で匂わせたい意図があるのだとしたら、今の書き方ではちょっと描きようが足りないと思います。ただ、作者にそういう意図はない可能性も捨てきれないですね。つまり、「拓也はただ単に、記憶を売るためだけに女とつきあっているのである」と思って書いてらっしゃるのかもしれない。もしそうなら逆に、今の描き方では、主人公を庇いすぎかなと感じます。拓哉が女性を金づるとしてしか見ていないのであれば、単に「不愉快な男」でしかないですよね。なのに、終盤の拓哉の語りはなにやら感傷めいていて、「ひどいことをしているくせに、ずいぶん勝手だな」という印象が強くなってしまいます。

  • 編集F

    そのあたりを緩和するためにも、拓哉の過去に何があったのかを、話の中に入れておいてほしかったですね。

  • 三浦

    「記憶を売ると、忘れてしまう」という設定に関しても、いろいろ疑問を感じました。例えば七枚目に、「七海との出会いは、バイト先だった」と地の文で語っていますよね。「今までも何人か付き合った女子はいるが、七海との関係が今では一番長い」ともあります。でも、思い出を全部売ってしまっているわけですから、「七海との出会い」とか「他に誰と付き合ったか」なんてことも、まったく覚えていないはずでは?

  • 編集A

    メモでもあるんじゃないでしょうか。「七海メモ」とか「○○ちゃんメモ」とかが。二枚目で主人公は、七海との過去のデート場所を確認しようと、携帯のメモアプリを見たりしていますし。

  • 三浦

    でも、メモを見て、「覚えていないけど、そうなのか」と思うことと、自分の中にある記憶として「~である」と語ることは違いますよね。特に、地の文に書かれていることは、主人公にちゃんと記憶や認識がある上で語っているのだろうと、読者は受け取ると思います。主人公は「数日しか記憶を保てない」人物であるらしいのに、読んでいると「あれ? どうしてそんなことを覚えていられるの?」と思える箇所がいくつも出てきます。短い記憶しか持てない人物の語りには、ちょっとまだ、なり得ていないですね。設定との齟齬をなくすのはもちろんですが、記憶にちょくちょく欠落部分のある人の内面だとか、日々どんな工夫をして暮らしているのかとかが、もっと窺える書き方になっていればよかったかなと感じます。

  • 編集C

    「記憶を売買できる」という要素に関しても、引っかかる点は多かった。まず、値段設定の問題です。二十六枚目に、「記憶の値段は/平均すると数万円で、上質なものには、十数万の値段がつくこともある」とありますね。仮に、今回主人公が売ったデートの記憶が三万円の売り上げになったとして、よく考えてみれば、純利益って実はそれほどないんじゃないかな。

  • 編集H

    デートの費用が、いろいろかかってますからね。特にディズニーランドデートなんて、交通費も入場料もバカにならない。高いレストランで食事もするし、こまごました出費だってあるだろうし。

  • 編集C

    必要経費を差し引いた金額から、編集の手間賃まで引かれたら、懐に入るのは一万円に満たないかも。長時間のデートができるのは、月にせいぜい数回だろうし、同時進行で複数人と付き合ったとしても、あまり大した稼ぎにはならないように思います。

  • 編集G

    この「記憶」は、同じものを何人にも売れるんでしょうか?

  • 編集H

    無理だと思います。コピー可能であるなら、そもそも本人の記憶を奪う必要はないわけですから。

  • 編集D

    しかも、この記憶の売り買いは、おそらく非合法の商売ですよね。いろんなリスクも含めて考えたら、決して実入りのいい仕事とは言えないと思う。だって、記憶をそっくり抜かれるんですよ? 脳にダメージを受けるかもしれないし、一対一でしか売ることができないのなら、もっと何十万、何百万という高値をつけてもらわないと割に合わない。

  • 三浦

    どうなんでしょう、「遊園地で一日デートしました」なんて記憶に、そこまでのお金を払う人なんて、あまりいないんじゃないでしょうか(笑)。

  • 編集B

    脳内でリアルな疑似体験をしたいということなら、「恋人とほのぼのデート」とかより、もっとスリリングなもののほうに需要がありそうじゃないですか? 自動車に引かれそうになるとか。現実に死んだり傷ついたりする心配なく、刺激的なレア体験ができますよね。

  • 三浦

    それだと、記憶を買った人が、実際には体験していないことで、ものすごいトラウマを背負っちゃったりしそうですね(笑)。

  • 編集D

    そのあたりのルール感もよくわからないですよね。記憶を買った人は、それを「自分の体験」と思い込むのか。それとも、臨場感のある映画を観るみたいに、ただ一時味わうだけなのか。そういうあたりが、現状の書き方からは読み取れない。もし、七海とのデートの記憶を買った人が本気で「この子は俺の恋人だ」と思ったりしたら、その人が七海のストーカーになる事件とかが起こりそうじゃないですか?

  • 三浦

    あり得ますね。おそらく、この話の中で売られる「記憶」というのは、「本人が見ている主観映像」みたいなものだと思います。記憶を売った人の顔は出てこないから、買い手は視点人物になりきることができる。編集ができるのなら、記憶を売った人の声を消すこともできるのかもしれません。それなら、買った記憶を「自分の実体験だ」と思い込んでしまうことは、十分考えられます。

  • 編集C

    そういうあたりを、作者がどこまで考えて書いているのか、作品から今ひとつ伝わってこなかった。せっかくSF要素を盛り込んだ世界を創っているのに、設定の詰め方がまだ甘いなと感じます。

  • 編集G

    この話を書くにあたって、作者が「単なる遊園地デート」の回を選んだのも、腑に落ちないです。「初めて身体を交えた」という三回目のデートをこそ描くべきだったのではないでしょうか。一番濃密で、盛り上がりのあるデートになったはずですからね。実際、その記憶は高値で売れたらしいですし。

  • 編集H

    同感です。もし記憶の売買が実際にできるようになったとしたら、一番需要があるのは、「ほのぼのデート」よりも、やはりセックスシーンを含んだ記憶だろうと思います。

  • 編集F

    「七海シリーズ」を気に入っている特定顧客がいたとしても、三回目を買ったあとでは、単なる遊園地デートに高値はつけてくれないでしょうね。

  • 三浦

    あと、三枚目に、「やはり女子はみんなディズニー好きなのだと実感する」と地の文で語ったすぐ後、台詞で同じことを言ってますよね。こういう書き方は、洗練されていないと思います。ここはもう少し書き方を工夫してほしい。それに実際は、「女子はみんな、ディズニーランド好き」というわけではないですからね(笑)。「女子」とか書かないで、「ホント、七海はディズニー好きだよな」という台詞にしたほうがいいと思います。今の言い方では、なんだか主人公が、「女子ってみんなこうなんだろ」と安易に決めつける人物のように見えてしまう。ちょっとしたことなのですが、読者の受け取る印象を左右しかねないので、気をつけてほしいですね。

  • 編集E

    恋人同士である主人公たちのやり取りは、なんだか芝居がかっている感じで、入り込んで読めませんでした。せっかく恋愛感のある場面を描いているのですから、もう少し読者が感情移入できる描写をしてほしい。

  • 編集H

    女の子とのデートの記憶を売りまくっているわけですから、拓哉はかっこよくてモテる男の子の設定なのかなと思うのですが、そのモテぶりとか魅力とかがあまり伝わってこないですね。

  • 三浦

    七海が今ひとつ魅力的ではないのも、気になるところです。この話のヒロインなのに、なんだか書き割りっぽい感じになってしまっている。私が、「実は七海も記憶を売ってるというオチでは?」と勘繰った理由は、そこです。どうも、七海が心から拓也を好きなようには見えないなと思ってしまって……。

  • 編集F

    この二人のデートシーンが、二十三枚目まで延々と続く。何を食べたとか、こんな乗り物に乗ったとかってことをあれこれ語られても、読者はあまり興味が持てない。そして、デートシーンが素敵で煌めいていないと、せっかくのどんでん返しが効果を上げない。

  • 編集D

    そうですよね。デートが胸キュンであればあるほど、「こんな素敵な思い出を、本当に捨て去ってもいいのか?」という葛藤が高まるわけですから。

  • 編集F

    はじめは売るつもりでいたけれど、いつのまにか、「この大切な記憶を失いたくない!」と思うようになっていた。なのに、手離さざるを得なくなる。そういう切ない展開があったほうが、このラストがより活きただろうし、オチとして機能しただろうと思います。

  • 三浦

    そういう話でもよかったですよね。「どんでん返しを活かす」という意味においては、前に出た「デート場面を女の子目線で描く」というのも、とてもいいアイディアだと思います。例えばまず、女の子側の視点から、「この楽しい記憶も彼は忘れてしまうだろうけど、それでもいい。一緒にいたい」みたいな恋心を描く。そして、視点が男側に移ったところで、そのけなげな恋心はあっさりと踏みにじられる。そういう展開だったら、明かされた真相が、より衝撃的になったと思います。

  • 編集H

    あと、細かいことですが、せっかく冒頭とラストの一文をリンクさせるなら、句読点まできっちり揃えてほしかったですね。それと、タイトルでネタバレしているところがあるので、これは再考してほしい。

  • 三浦

    アイディアは面白かったのですが、いろいろ引っかかる点があって、もったいなかったですね。

  • 編集F

    企みのある話を創ろうという姿勢は、とてもよかったと思います。今後は、キャラクターをどう魅力的に描くかという点に、もう少し力を入れてみてほしいですね。

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