編集B
AI物ですね。ストーリー的に、すごく面白かったです。終盤にどんでん返しがあるのですが、そこに至るまでの間も、「この後、どうなっちゃうんだろう?」と興味をそそられて、引き込まれて読むことができました。
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第197回
便利な世の中
菊池あきら
31点
AI物ですね。ストーリー的に、すごく面白かったです。終盤にどんでん返しがあるのですが、そこに至るまでの間も、「この後、どうなっちゃうんだろう?」と興味をそそられて、引き込まれて読むことができました。
真相が明かされたときも、素直に「ああ、そういうオチか。納得」と思えました。
作者が描きたかったことが、ストレートに伝わってきますよね。
テーマがある作品で、しかもそれをちゃんと描けていて、よかったと思います。
私も面白く読みました。話がすんなりと頭に入ってくるし、ラストのオチも「なるほど」と思える感じ。ストーリー展開も、うまくまとまっています。作者は、自分が書きたかった物語を、読者に伝わるように描けているなと思いました。
ラストのどんでん返しには、普通にびっくりさせられました。こういうオチは予想してなかったです。私はてっきり、「ミガワル」が主人公に成り代わり、知らない間にどんどん勝手なことをしまくっていて……みたいな話かと思いながら読んでいましたので。AIの「ミガワル」君に、スマホを乗っ取られる話かと。
あるいは、「これは便利だ」と、こっそりミガワルを使い続けていたら、実は「友達全員が同じようにミガワルを使っていた」ことが判明するとかね。そういうオチですよね、読者が想定するのは。
はい。で、そのミガワルたちが、それぞれの主人たちを差し置いて、勝手に関係を構築していったりとか。
で、そのうち、誰か一人を標的にし始めたりとか。
そうそう。「AIの暴走」的なものを想定してたんだけど、ラストは、「あ、そういうオチで来たか」と思わせる予想外の結末になっていた。そこはすごく面白いと思いました。私はイチ推しにしています。ただ、こういうオチにするなら、このタイトルはちょっとズレている気がする。主人公はちっとも「便利」な存在ではないですから。
まあでも、これはこれで、ちゃんと考えてつけられたタイトルだと思います。作中で、お母さん役をしている女性が、「便利な世の中になったわよね」と言う場面がありますよね。タイトルとリンクしているし、含みが感じられる台詞なんだけど、その含みの内容が、この段階では読者には分からない。真相が明かされて読み直して初めて、「そういうことだったのか」と腑に落ちるという仕掛けです。だから、このタイトルも悪くはないんじゃないかな。
そうですね。確かに欲を言えば、タイトルが最後のオチと響き合ったほうが理想的なんでしょうけど、この作品はラストのどんでん返しを味わう話だと思うので、私はタイトルはこのままでいいと思います。このラストの驚きの展開は、すごく効果的で、うまいですよね。どんでん返しが非常にきれいにキマっている作品だなと思いました。
念のためにこれだけは申し上げておきたいのですが、どんでん返しが描かれていれば高評価を受けるということではまったくありません。あくまで、この作品においては、とても効果的に使えていたということです。そこは誤解しないでくださいね。
ただこの作品、真相が判明してからの説明が、あまりにも長かったですよね。ここは大きなマイナスポイントだと思います。
真相が明かされ始めるのが、21枚目くらいなのですが、そこから10枚くらい、ひたすら話の背景説明が続く。これは長すぎます。僕は正直、ここで評価が落ちてしまった。それまでは、すごく面白く読んでいたのですが。
せっかくいいオチがついたというのに、そこから話が終わるまでが長いんですよね。
主人公の両親、もとい、博士と片桐さんの、読者へ説明するための台詞が延々と続きます。これはさすがにやりすぎだと思う。
「そんなこと、お互い当然わかってるよね」と思えることを、わざわざ口に出して喋っている。あまりに不自然でわざとらしいです。会話ですべて説明するというやり方自体、うまくないですよね。
種明かしの部分をすべて台詞で説明するのでは、小説らしさがないですよね。それに、ここまで長く書く必要もなかったと思います。「主人公自身がAIだった」という真相については、両親のちょっとしたやりとりだけで、読者は十分気づけますよね。
せっかく切なさの滲む話なのに、説明し過ぎて、余韻がなくなってしまっています。
説明台詞は、すでに冒頭から出てきています。この話は、「あー、またLINE来てる。なんかいちいちレスするの、めんどくさくなってきた」という主人公の台詞で始まるのですが、ここからして不自然ですよね。こんなこと、思っても普通、わざわざ口に出しては言わない。そもそもこれは一人称小説なんだから、こんな説明的な独り言を言わせなくても、地の文に書けばいいだけですよね。なのに、全編にわたってこういう書き方になっている。だから私はもう、「これはそういう、お芝居的な作風なのかな」と思いながら読みました。
ただ、今のままではやはり、小説として洗練されているとは言い難いですよね。そこに引っかかる読者も多いと思うので、もう少し、説明臭くならないように工夫したほうがいいと思います。
これ、一人称小説だから、終盤で主人公が倒れた後、他の人物に真相説明をさせなきゃならなかったんですよね。だから、わざとらしい不自然な台詞を、長々語らせることになってしまった。
もったいないですよね。せっかく、ストーリー的には、とても面白い作品なのに。
一人称の割に、主人公の心情が、あまり読者の胸に迫って来ないですよね。ストーリーや状況を読者に伝えるので手一杯になっている感じ。
この話、三人称で書いてもよかったのではないでしょうか。そのほうが、いろいろな説明をもっとスマートに処理できるでしょうし。
でも、作者はあえて一人称を選んでいるのではないでしょうか。「主人公の『私』は、人間の女の子である」なんていう、読者が疑いもしない大前提を覆すというオチを、より効果的に見せるために。
読者に与える効果という点で考えても、私は三人称のほうがよかったのではと思います。私がこの小説で一番いいなと感じたのは、ラストの、「脳にあたる部分に、本当にAIが入っているというのなら、せめてこの叫びが、データのどこかにこびりついてしまえばいい。」というところです。主人公の声にならない魂の叫びが、読者の胸に切なく響いてくる、とてもいい場面ですよね。でもここは、三人称でも問題なく描けます。主人公寄りの三人称で書けば、地の文は主人公の一人称としても機能しますからね。先ほどのモノローグも、「と、思ったのを最後に、里佳子の頭の中の音が止んだ」というふうに続ければ、そのまま活かせる。三人称であっても主人公の感情の吐露は描けるし、むしろそのほうが、より切ない感じが際立つのではないかと思います。さらに三人称なら、説明台詞のオンパレードにならずにすむという利点もありますし。
状況説明や背景説明などは、三人称のほうがずっと書きやすいと思います。
あと、一枚目の「現役女子高生であるあたし、草薙里佳子」という自己紹介も、ちょっと古い書き方だなという印象を受けますよね。こういう辺りも、三人称でなら、もっとうまく書けると思います。
「ミガワル」が、スマホに外付けする機械だというのも、なんだか懐かしい印象でした。
アプリとかではなく……
アナログな感じですよね。でも、こういうセンス、個人的には嫌いじゃないです。
ラストで博士は、「里佳子は転校手続きを取って学校を辞めさせ、我々も引っ越そう」みたいなことを言ってますよね。ということは、今回の実験は学校側にも内緒だったらしい。なにも隠さなくたって、真っ当な実験なら、申請すれば協力してもらえたと思うのですが。
里佳子がAIだということを誰にも知られていない状態で、データを取りたかったんじゃないでしょうか。だから、まったくの秘密裡に事を進めた。
なんだか、闇の組織の匂いがするような……(笑)。
考えられますね。それに、主人公も言ってますが、もしかしたら、この博士と片桐さんもAIなのかもしれない。学校の友人たちだって、みんなAIなのかもしれませんね。
そして、本人たちはそのことにまったく気づいていない。自分が人間であることを、かけらも疑うことのないまま生きている。それは、読者にも問いかけられているテーマですね。
ただ、オチが明かされる直前のところで、主人公が腹立ちまぎれに、スマホを投げつけようとする場面がありましたよね。ここの描き方には、ちょっと引っかかるものがありました。まず、「ばつん」という脳内の音とともに、身体が動かなくなって床に倒れた、というところがありますが、ここを、機械がオーバーヒートした描写とは受け取らない人もいるのではと思います。それこそ、興奮しすぎた人間が脳溢血でも起こしたようにも読めますよね。ほんのちょっと書き方を工夫するだけで、こういう誤解は防げると思います。それと、ミガワルの役立たずぶりに腹を立てたときの主人公の反応は、ヒステリックの度が過ぎている気がする。こうまで激昂するのは、やや不自然に感じます。
「実はAIだった」というオチを出すためには、主人公の電子回路が壊れるという展開が必要で、そのためにはさらに、主人公がものすごく腹を立てる展開が必要だった、ということでしょうね。
里佳子の「機械は所詮、機械。臨機応変な対応は、人間でなきゃ無理よ!」みたいな台詞も、かなりわざとらしいです。これはその後の博士の、「ついに己と同じ機械を嫌悪するまでに、自分を人間と思い込ませることができた」みたいな台詞に繋げるために言わせた言葉ですよね。
台詞や展開が作者都合になっているところは、けっこうありますね。こういうあたりも、もう少し滑らかな持っていき方にできていたらよかったのですが。
惜しいですよね。もうちょっとうまい書き方ができていれば、もっとずっと完成度の高い小説になったと思えるのに。
作者は、まだあまり、小説を書き慣れていらっしゃらないのかなと感じます。でも私は、ミガワルが「ご愁傷様です」というレスをしたために主人公が窮地に追い込まれる、というエピソードは、非常に秀逸だなと思いました。確かにAIなら、こういう返しをしそうですよね。間違いではないけど人間だったら絶対やらないようなことを、AIはさらっとやっちゃう。そして、「やっぱり機械はダメだな!」と思っていたら、実は自分もその機械だった……! という痛烈なオチへと繋がるエピソードでもあります。物語のターニングポイントになるところに、こういうエピソードを持ってくるなんて、とてもうまいですよね。書き慣れていないのにこういうことができるというのは、すごくセンスのいい書き手なんだろうなと思えました。今後への期待も込めて、私はイチ推しにしています。
このエピソードは、本当にうまかったと思います。LINE仲間の女子高生たちが、「なによ、そのレス」って色めき立つのも、よくわかる。自然な流れで急展開に持ち込んでいます
「これ、主人公、どう対処するんだろう?」って、読み手は引き込まれますよね。
ストーリー展開は面白かったです。だからこそ、余計にもったいないんですよね。いろんなところをもう少しうまく書けていれば、と思えて。
この作品は、もっと「AIの悲哀」を際立たせる物語にしたほうがいいんじゃないかなと思います。現状でもほのめかされてはいるのですが、まだちょっと押し出し方が弱いかなと。自分がAIだと知った里佳子のショックと悲しみを、もっとはっきり読者に見せたほうがいい気がするんです。「じゃあ今までの、温かい家庭も、あの優しさも、あの笑顔も、全部嘘だったの?」とか、「ミガワルを使っても誰も気づかなかったのは、そもそも私が人間っぽくないから? 誰も私を、本当の友達とは思ってくれてなかったってこと?」とか、使えそうな悲哀ポイントはいろいろありますよね。
24枚目に、「その手つきは、いつか見た、仕事中のパパの姿を強烈に思い出させた」とありますよね。これは、別の人生というか、このAIが「里佳子」になる前の記憶、という解釈もできると思います。主人公のAIは、作られた記憶を与えられては実験に利用され、またリセットされるということを、何度もくり返してきているのでしょう。でも、消されたはずの過去のAI人生の記憶が、回路のどこかに微かに残っている。何かの折に、遠い思い出の断片が、ふっと脳裏をかすめる。例えばそんなことを作中に盛り込めていたら、話にさらに深みが出たかもしれない。
そうですね。ラストで博士は、「もう一度、この体を使って実験だ」みたいなことを言っていますから、里佳子はこの後もまた記憶を消され、新たな実験に使われるのでしょう。想像すると、胸が痛みますよね。そういうあたりも、もっと切なく盛り上げてほしかった。そういう書き方のほうが、読者の心により響く作品になったと思います。
イチ推ししている人が、結構多かった作品です。しかも、「ラストが長すぎる」「説明台詞が多すぎる」と指摘しつつのイチ推しですから、期待値はかなり高い。まずはどんどん書いて、小説というものを書き慣れていってほしいですね。