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選評付き 短編小説新人賞 選評

春の娘

詩野ふじの

33

  • 編集H

    イチ推しがとても多い作品です。

  • 編集C

    すごくうまくまとまってますよね。

  • 編集F

    そして、意外に斬新な話でもあると思います。「私こそが村一番、ひいては国一番の美人のはずだわ」みたいに思っている子が主人公という設定は、珍しいですよね。おとなしい性格の長年の親友が、主人公にとって急に強力なライバルになってしまうとか、でもその親友が恋している男の子は、実は主人公のほうを好きであり――とか、人間関係に波風を立てるような設定が、非常にうまいなと思います。これ、褒めてますからね(笑)。すごく読者が引き込まれる設定・展開だなと思いました。

  • 三浦

    設定が本当にいいですよね。心の機微が浮き彫りになる人間関係とか背景設定を非常にうまく作り、なおかつその中で、人の心の動きをリアルに描いている。登場人物一人ひとりの心の動きが、それぞれちゃんと理解できるものになっています。

  • 編集B

    私はちょっと、よくわからないと感じるところもありました。例えば6枚目でイリヤが、「(わたしの心の)半分は嫉妬の炎で焼け焦げた。ユリアが去ったあの日から」と言ってますよね。なぜ「ユリア」なの? イリヤがオルガにライバル心を持つのならわかるのですが、なぜ嫉妬の矛先にユリアが絡んでくるのでしょう?

  • 三浦

    この「嫉妬」は、特定の人物に向かっているというよりは、「自分以外の人間が、華やかな地位を得て都会へ行った」ということに対してではないでしょうか。

  • 編集F

    うらやましいってことですよね。それも、もう身悶えするほどにうらやましい。

  • 三浦

    同じ村で暮らしていたユリアが公太子妃に選ばれたのを見て、イリヤは初めて、「そうか! 顔さえ綺麗なら、都会で楽しく遊び暮らせるんだ」ということに気づいた。そういう可能性が存在するということ自体に気がついたんです。だから、そこで実際に選ばれて都会へ行ったユリアのことは、もちろん妬ましい。と同時に、「そうだ。公太子様には弟がいて、わたしと同い年だ。てことは、チャンスがまた絶対に来る。でもそのためには、ユリアの妹である美しいオルガが邪魔だ」ということにも気づいて、オルガに対しても嫉妬が芽生えたんじゃないでしょうか。それに、公太子妃の妹という立ち位置は、弟公子の妃候補として、有利かもしれないですからね。だからイリヤの心には、ユリアへの嫉妬もオルガへの嫉妬もあるんだと思います。

  • 編集B

    なんだかそのあたりがよくわからなかったんです。イリヤは、オルガに「嫉妬」はしないんじゃないかな。ライバルだから「蹴落としてやる」みたいな気持ちはあるだろうけど、それは「嫉妬」ではないですよね?

  • 三浦

    嫉妬もしてるんです。なぜなら、ユリアが公太子妃になったことによって、オルガの家が急に裕福になったから。王宮からは日々金品が届けられ、家も豪華な屋敷へと建て直された。オルガは高級な服を着て、おいしいものを食べ、もはや農作業などしなくていい。なのに、イリヤはいまだにぼろを着て、家の軒先でビーツを剥いているんです。

  • 編集F

    「プリャーニキの味が、ユリアが嫁いでからガラッと変わった」というエピソードは、とても印象的でした。「砂糖漬けのイチジクに杏、ときには異国のカカオ豆。高級食材をこれでもかと詰め込んで」みたいな具体性がすごくいい。お菓子のことを話しながら、主人公の状況とか気持ちが読み手に伝わる描写になっています。上手いですよね。

  • 三浦

    〝鵞鳥ばあさん〟が、「ガラクタ市のような味」って言ってますよね。これももちろんわかるんです。「高い材料を何でもかんでも詰め込めばいいってものじゃない。大したものは入ってなくても、素朴で温かいお母さんの味が一番だ」みたいな考えも、確かにその通りです。でも、おすそ分けを食べたイリヤは、「違う」と思うわけです。「ここにはすべてが詰まっている。わたしが欲しい物すべてが」って。このイリヤの気持ちも、非常によくわかる。

  • 編集F

    姉のおかげで裕福になったオルガは、お城のような屋敷で優雅に暮らしている。なのに自分はいまだに荒れた手でビーツを剥いていて、明日も早起きして畑を耕さなきゃならない。6年前までは同じような貧しい暮らしをしていたのに、いまは天地ほども差がついてしまった。「こんなの嫌だ。貧乏なんてまっぴらだ。わたしだって贅沢に暮らしたい」と思うイリヤの気持ちは、私はすごく理解できます。

  • 三浦

    だってイリヤは、農作業も針仕事も苦手なんですものね。もともと労働には向いていないんです。でも容姿なら、生まれつき飛びぬけて美しい。そりゃあ、不満も募りますよね。「農婦なんて、わたしに全然合ってないのに」って。「これほど美人のわたしが、なんでこんな田舎に埋もれてなきゃならないの」って。

  • 編集F

    「上流階級の暮らしこそ、わたしにぴったりだわ」と思うのに、現実はそうなっていない。その上、自分のすぐ横で、オルガの裕福ぶりを見せつけられる。「春の娘」候補のために作らされている髪飾りも、なぜかオルガの髪に似合う色になっていて、不愉快で手が進まない。書かれてはいないけど、「なんでわたしがこんなことを」と思っていたはずです。そして、ラストで春の娘候補となったイリヤは、自分に似合う空色のカチューシャをつけています。こういう細かい描写も、すごくうまいですよね。よく考えられていると思います。

  • 編集C

    同じような境遇で育ってきた仲の良い友人だからこそ、イリヤはオルガに、暗い気持ちをくすぶらせていったんでしょうね。オルガが優しいいい子だからこそ、イリヤは逆に、ひどくみじめな思いをすることになる。オルガよりイリヤのほうが贅沢に憧れているのでしょうに、そのイリヤの前にオルガは高級な服を着てやってきて、無邪気にお土産のおすそ分けをしてくれたりする。そのまったく悪気のない行為が、イリヤには無神経な施しに感じられて、心がどんどん黒くなっていく。

  • 編集E

    でもオルガって、本当にそんないい子なんでしょうか? 私は終盤のオルガの「(春の娘候補の座を)あなたに譲ってあげる」という発言が、すごく引っかかりました。善意100%の子が、こんな台詞を言うだろうかと思えて。

  • 編集F

    作者はどういうつもりでこの台詞を書いたのでしょう?

  • 編集B

    オルガは、本気で「春の娘」にはなりたくないわけですよね。だから、「辞退したい」ということを言おうとして、「譲る」という言葉が出ちゃったのかな? 作者が言葉選びをちょっと間違えたということでしょうか?

  • 三浦

    いえ、むしろこの台詞こそ、オルガの一面を如実に表しているのだと思います。優しくて無邪気ですごくいい子、それもオルガの本当の姿です。でも、「私はイリヤより美しいわ」と心の底で思っていたことも、また事実だと思います。だってオルガだって幼い頃からずっと、「なんて美しい子だ」と言われて育ってきたんです。それに、「姉妹そろって美しい」と言われてきたその姉は、実際に公太子妃になっている。なら、「姉同様に美しい自分が『春の娘』に選ばれても、何の不思議もないわ」と思っていても当然なんです。

  • 編集G

    作者は意図的に、この「譲ってあげる」という台詞を使っているということですね。

  • 三浦

    はい。でもこれは、「オルガは実は、こんなにも嫌な子だったんです」ということを表現しているのでないと思います。だってこんなこと、人間ならごく当たり前の心理ですから。オルガの境遇なら、「私は美しいし、イリヤも美しい。でも私のほうが、美しさはちょっと上かな」と思っていてもおかしくない。誰だって、心の中ではこれぐらいのことを考えるものだと思います。むしろオルガは優しくていい子だからこそ、隠しまくっていたわけでもないのに、こういう本音を持っていることを今までイリヤに気づかれずに来たのでしょう。ポロッと出た一言が、事態や人間関係を決定的に損なってしまうことはある。そこがとてもうまく描かれていると思いました。

  • 編集G

    イリヤはイリヤで、「私のほうが美しさは上じゃないかな」と思っている感じですよね。それにオルガは田舎暮らしが好きみたいだから、「『春の娘』なんて華やかな地位は、オルガじゃなくて私向き。オルガもそれは分かってるんじゃないの?」とも思っていたんじゃないかな。

  • 三浦

    そうですね。で、そういうことを思っているイリヤもまた、悪い子ではないんです。「ものすごく美しい容姿を持っている」ことは客観的事実なのですから、本人にその自負があるのは自然なことですよね。「春の娘」になりたいから、「オルガが邪魔だ」と思っているのも事実だけど、優しいオルガを大好きであることもまた事実で、相反する感情の間で常に揺れている。むしろイリヤはごく普通の人間であり、そのごく普通の人間の感情が、とてもリアルに描けていると思います。

  • 編集F

    でも、実際はオルガのほうは、「私のほうがより美しいから、私が選ばれるのは当然なんだけど、でもイリヤだって悪くはないから、譲ってあげよう」と思っていたわけですよね。おとなしい親友のオルガが、今までずっと「美しさは私のほうが上だけどね」と思っていたことを、イリヤは知ってしまった。そりゃあもう、思わず手が出ちゃいますよね。「このやろう……!」って思って突き落としちゃう。

  • 編集G

    このあたりの描き方は、本当に絶妙ですね。

  • 三浦

    絶妙です。イリヤもオルガも、全然悪い人間じゃない。でも、人間だからこそ、当然いろんな面を持っている。優しいだけの人間も、いい人だけの人間もいない。そういうことが、本当にうまく描けていると思います。イリヤとオルガ以外のキャラクターの描き方もうまかったですよね。例えばイリヤのお母さんが、「お妃に選ばれることは、幸せではないかもしれない。お前のことが心配だよ」みたいに言う場面があります。ちょっとした台詞なんだけど、娘への愛情がにじみ出ていて、すごくいいシーンになっていると思いますね。イヴァンの描写も、またうまい。人の良さそうな顔はしてるんだけど、マッチ棒みたいにひょろっとしてて、赤い帽子かぶってるとか。

  • 編集F

    この垢ぬけない感じは、これまた絶妙ですよね。同年代にこんな男の子しかいないなら、イリヤが「都会に行きたい」と思うのも無理はない。華やかな生活に憧れる美少女のイリヤにとって、イヴァンは到底、恋愛対象にはならないです。

  • 編集E

    ただ、ラストの展開はなんだか引っかかりました。イヴァンが本当にイリヤのことを好きなら、こんな密告はしないんじゃないでしょうか? イヴァンの気持ちが、今ひとつよくわからなかったです。

  • 編集B

    この展開は、作者が「因果応報」ということを意識したのではないでしょうか? 「殺人を犯したイリヤが幸せになる話はよくない」と思って、勧善懲悪みたいなラストにしたのかと思ったのですが。

  • 三浦

    もしそうなら、この作品においては、そういう気づかいは要らなかったですね。ただ私は、ラストの展開は、作者がイヴァンという脇キャラの内面をも、ちゃんと深く描こうとした結果なのかなと思います。というのも、その前のシーンで、イヴァンはひどく狡い一面を見せていますよね。「春の娘」を決める協議の場で、強力にオルガを推した。それが決め手となり、「春の娘」はオルガに決まった。イヴァンがオルガを推したのは、オルガのほうがきれいだと思ったからではない。イリヤが好きで、自分の近くに留めたかったからです。ものすごく自分勝手な都合で、イヴァンは自分を慕ってくれているオルガを売った。この場面のイヴァンは、非常に利己的で残酷ですよね。で、そうまでして引き止めようとした好きな相手が、なんと目の前で殺人を犯した。この状況で、心が揺れない人間はいないでしょう。一生口をつぐむか、あるいは告発するかというのは、相当な決断になります。そして、ここで「告発」を選んでしまうのが、これまたイヴァンの、人間としての器の小ささが現れているところなんです。だって、自分だってものすごく狡いことをしたんですよ。見方によっては、彼の裏切りのせいで、めぐりめぐってオルガは死ぬ羽目になったとも言えますよね。なのに、自分ではそれに気づいてもいない。自分のしたことは棚に上げて、「やっぱり殺人は見過ごせない」という社会規範に囚われて、最後には好きな相手をも売ってしまう。しょせん、常識にとらわれた小さな人間でしかない。でも、こういう気持ちの流れも、私はすごく理解できると思いました。人間って、こういうところ、ありますよね。

  • 編集F

    私は、イヴァンがイリヤを告発したのは、自分の想いを拒否したことへの意趣返しかな、と思ったのですが。

  • 三浦

    愛情を拒まれたことへの復讐もあるかもしれないけど、それよりむしろ、「絶望」が強かったのではと思います。「オルガを殺したのか?」とイヴァンが問いかけようとしたら、イリヤは「気の毒だったわ」って、さらっとかわしますよね。他人事のように、全く心のこもってない言葉で返されてしまった。だからイヴァンは、「告発してやる」って気持ちになったんじゃないかな。ここでもしイリヤが、「誰にも言わないで」とすがってきたり、「あんたにだけ本当のことを言うけど」みたいにすべてを打ち明けてくれたりしたら、イヴァンはイリヤがこのまま都会に行っても、誰にも何も言わなかったのではと思います。でもイリヤは、イヴァンのことなど信頼していないし、歯牙にもかけていなかった。それがはっきりとわかったから、彼は絶望して、告発に踏み切ったのだと思います。

  • 編集F

    そうか。深く傷ついた結果なんですね。

  • 三浦

    はい。怒りよりも何よりも、絶望したんだと思います。自分がイリヤに、本当になんとも思われていないということを痛感したから。

  • 編集B

    ただ、イヴァンの告発を、衛兵が真に受けているらしいのは解せない。田舎者まるだしという感じの少年が、「俺、実は知ってるんだけど……」みたいなことをこそこそ言いに来たって、普通、衛兵は取り合いませんよね。

  • 編集G

    この後イリヤは、オルガを殺した罪で捕まるのでは、ということを匂わせるラストになっていますね。でも私は、無理に「悪が裁かれる」ラストにしなくていいと思います。この話なら、「こうしてイリヤは、どこまでものし上がっていくのでした」という終わり方のほうが良かったのではないでしょうか。

  • 三浦

    うーん、そこは微妙ですね。私も好みとしては、この話は勧善懲悪ではなく、「どこまでものし上がっていくのでした」がいいような気がするのですが、いま述べたとおり、実際は単純な勧善懲悪ではなく、イヴァンの葛藤と機微もきちんと含めたうえでの「告発→今後イリヤは裁かれるらしい」というラストになっています。そこを重視し、評価するのであれば、現状のままで充分いいのではないか、とも思います。それにしてもこの作品は、人間の描き方がつくづくうまいですね。登場人物の誰もが、そのとき自分にとってベストだと思ったことを、必死に選択して行動しているんだけど、それがいい結果を生むとは限らない。生きるって、そういうことですよね。そこを描けているのはすごいなと思います。

  • 編集F

    誰の心の中にもあるドロドロとした感情を、本当にうまく描き出せていましたよね。

  • 編集D

    ただ、人間心理を描きたいなら、この舞台装置は余計だったんじゃないかという気もします。「お妃選び」みたいな大きな設定に遮られて、「人間心理を描いた作品である」ということが、僕にはあまり響いてこなかった。そういうテーマなら、現代の女子高生とか、もっと身近なところを舞台にしたほうが、よりくっきりと描けたのではないでしょうか。食べるにも事欠く貧しい村だったのが、娘が一人お妃に選ばれたことで、いきなり一軒だけ大理石の御殿が建つとか、ちょっといかにもな作り物感があって、話に入り込めませんでした。

  • 編集B

    わかります。そもそも私は、「春の娘」という制度に引っかかりました。未来の王妃という国家を背負って立つ人間を「美しさのみで選ぶ」という設定は、いくらファンタジーとはいえ、ちょっと納得しにくいものがある。「この国は大丈夫か?」と思えて、ノリきれませんでした。ボルシチとかウォッカとかというディテールから、「舞台はロシアだな」と明確にわかる書き方になっていたのはよかったのですが。

  • 編集A

    私は逆にそういうのが、「ロシアっぽさ」のよくあるパターンのように思えて、ちょっとありきたりに感じました。だからさらっと読めてしまって、あまり心に引っかからなかった。貧しさにあえいでいる主人公が一発逆転を狙ったり、互いに足を引っ張り合ったりみたいなストーリーも、ロシア文学にありがちな感じに思えました。だから、「女同士のドロドロを描くなら、現代を舞台にしては?」という意見には、頷くところがあります。

  • 編集E

    でも、これはやっぱり、「お妃選び」という設定に、華やかな魅力があるんだと思います。そういう世界の中で描かれる人間関係だからこそ引き込まれる、という読者もいますよね。

  • 編集A

    それもわかります。要するに、読み手の好みで評価が分かれる話なのでしょうね。

  • 編集F

    響かない人には、全く響かないわけですね。

  • 三浦

    なるほど……。私としては、これはすごく心理の綾の描き方のうまい、非常に見事な作品であると思ったのですが、別の受け取り方をする読者もまたいるということですね。もちろん、いろんな読み方をするひとがいて当然です。

  • 編集F

    ただ、低評価をつけた人は一人もいない。今回は得点が僅差で、非常に競り合っていたのですが、その中でこの作品が一歩飛び抜けていたのも間違いないです。人間心理を深く掘り下げた、素晴らしい作品だったと思います。

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