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選評付き 短編小説新人賞 選評

本読みの人

中崎嘉子

31

  • 編集F

    主人公は、雪野という高校二年の女の子です。交通事故に遭ってしまい、植物状態で入院中。雪野本人にはちゃんと意識があり、耳もよく聞こえているのですが、身体は全く動かせず、瞼を開けることすらできません。何の反応も示さずただベッドに寝ているだけなので、医者も家族も、雪野に意識があるとは気づいていない。みんなが「早く目を覚まして」と願ってくれているのがわかるのに、雪野自身にはどうしようもない。そういう状況にいる主人公の気持ちが一人称で描かれている作品です。私を含めほとんどの読者は、植物状態になった経験って、まずないですよね。だから共感しようにも、想像するしかないわけですが、私はこの作品を読んで、主人公の気持ちのありようにとても納得できました。「こういう状況だと、なるほど、こういう気持ちになるのね」と思えて、すごくしっくりきた。意識のある植物状態という、「自分の体の中に閉じ込められている人」の内面が、経験したことのない読者にも、ちゃんと伝わるように描けていたと思います。私は高評価をつけました。

  • 編集B

    自分のまわりで誰が何を言っているのかは全部わかるのに、身体はぴくりとも動かせない。本人としては、もどかしいですよね。「ずっとこのままなんだろうか」「もう死んだほうがいいのかも」なんて、不安や諦めの気持ちにも襲われる。現代の普通の女子高生が主人公のお話ですが、設定にひとひねりあって、面白かったです。

  • 編集F

    「体が動かない。何も見えない。声しか聞こえない」という状況がきちんと説明されているから、「本読みの人」が誰なのかがなかなか分からないという展開も自然ですよね。読み進むにつれて、この謎の青年は、どうやら主人公をバイクではねた加害者の弟らしいとわかってくるのですが、そういうあたりを、あからさまな説明をしないで読者に伝えることができていたと思います。また、ラストで主人公と彼は偶然出会うんだけど、あくまで顔見知り程度の仲にとどまっていますよね。今後二人が大接近しそうな、明確な恋愛フラグは、今のところ立っていない。個人的には、この塩梅が非常にいいなと思いました。

  • 編集C

    「主人公は今、聞くことしかできない」というシチュエーションが、とてもよかったと思います。「本読みの人」の声には聞き覚えがなくて、誰だか分からない。謎めいた、でも優しい声の持ち主だからこそ、主人公の心に残っていくわけですよね。家族や友人が、入れ代わり立ち代わりやって来ては、なんの反応も見せない雪野に、諦めずに話しかけ続けてくれるのにも、なんだかじんと来ます。みんなすごくいい人たちですよね。友人の明の遠慮のない言動も、楽しいし微笑ましい。ちょっと悪ノリが過ぎるようなところも、主人公に早くよくなってもらいたいと思っているがゆえの、彼女なりの熱い友情なんだなということが伝わってきます。

  • 編集B

    「彼女」なのかな? 明って、男の子のような気もするんだけど。読んでてよくわからなかったです。

  • 編集C

    「明ちゃん」と呼ばれてるところがあるから、女の子かなと思ったのですが。

  • 編集F

    私は口調から判断して、男の子だと思って読みました。高校生の女の子の病室に堂々と日参できるんだから、幼馴染なのかなと。

  • 編集A

    「明ちゃん」と言っているのが誰なのか、そこもよく分からないですね。友人の環は「明」と呼び捨てだから除外するとして、もしこれが主人公の母親の台詞だとしたら、娘の幼馴染の男の子に「明ちゃん」と呼びかけてもおかしくはない。

  • 編集E

    でも15枚目で、「あたし、環の標的だよ」と言っています。一人称が「あたし」だから、明は女の子だと思いますね。

  • 編集B

    そうか、なるほど。でも、これはちょっと情報提示が遅いですよね。読者としては、読んでいて気になります。どっちかわからないから。

  • 編集D

    本筋とは関係ないところで、読者を立ち止まらせてしまうのはよくないと思います。「明」みたいな、男女どちらにでも使える名前をキャラクターにつけるときは、もう少し注意してほしい。そういえば、「環」も男女共通の名前ですね。

  • 編集B

    この話の中で、友人の名前や性別はそれほど大きな問題というわけではないんだけど、何の作為もないんだったら、脇キャラの名前はもう少しわかりやすいものにしてほしかった。

  • 三浦

    まあ、最近は性別の分からない名前の人も多いし、そもそも性別でどうこう考えるような世の中じゃなくなってきていますから、もしかしたら若い読者はさほど気にしないのかな、とも思います。ただこの作品は、「男の子かと思えた友人が、実は女の子で……」みたいな仕掛けがある話ではないわけですから、読者に無用な引っかかりを与えないためにも、さりげなく性別を示しておいたほうが良かったかもしれませんね。

  • 編集C

    明が男口調だから、余計に紛らわしいんですよね。

  • 編集E

    この口調は、作者が意図的にやっていることだと思います。耳しか聞こえない主人公の一人称で書く話だから、台詞だけで読者が話し手を特定できるよう、わかりやすい特徴をつけたのでしょう。ただ、中性っぽい名前と相まって、思いがけずこんなにも「性別問題」を引き起こしてしまった。香織ちゃんとか綾乃ちゃんとか、明らかな女の子の名前で男口調、ということなら、ここまで引っかからなかったのですが。

  • 編集B

    もう一人、スミレちゃんという女の子も登場してくるから、作者はべつに「女の子らしい名前は嫌」とかってことではないですよね。

  • 三浦

    小説のテクニックとして、スミレちゃんは登場させる必要がなかったんじゃないかなと思います。頻繁に見舞いにやってくる仲の良い友人は、二人で充分だったのではないかと。なぜなら、主人公の聴覚からの情報しかない状況で、三人を書き分けるのは難しいからです。二人だけなら、「一方は男勝りで乱暴な喋り方をする子で、もう一方はそれをたしなめる役の子」という、わかりやすい図式にできます。

  • 編集F

    見舞いに来た友人たちの会話部分も、ちょっと多すぎるように思います。楽しい掛け合いだし、するすると読みやすくてよかったんですけど、何回も出てくるとさすがにちょっと飽きる。30枚しかないのですから、似たような場面は減らして、もう少し話のオチ的な部分に枚数を割いてほしかった。「本読みの人」が実は加害者の弟で……という種明かしの部分も、もっと効果的に盛り上げる書き方があったのではと思えて、残念でした。何かしらもう少し、読者を強く引きつける演出のようなものがあればと思います。

  • 三浦

    そうですね。いい話だと思ったし、書き方もすごくうまいと思うのですが、私も終盤の盛り上がりがやや弱いように感じました。何より、今回の事故の加害者、「本読みの人」のお兄さんがどうなったのかということが、とても気になります。本編には全く出てこないですよね。謝罪や見舞いに来られないほどの大怪我をしたのか、もしくは亡くなってしまったのでしょうか? あるいは刑務所に入っているとか。

  • 編集B

    そうですね。被害者が植物状態にまでなっているのですから、怪我や死亡ということでなければ、ひとまず留置場とかに入れられるんじゃないかなと思います。ただ、その後どういう刑が下ったのかとか、そういうあたりのことは一切分からない。ラストの時点では、事故から何ヵ月も経過しているのですから、何らかの進展はあったと思うのですが。

  • 編集F

    主人公だって、自分をはねた加害者がどうなったのかは気になるだろうと思うのに、加害者への雪野の思いは、作中には書かれていないですね。

  • 編集E

    とにかく、事故後に加害者がどうなったのかがまったく分からないので、加害者の弟である「本読みの人」が、どういう気持ちでこっそり「本読み」をしてるのかもよくわからない。そこは非常に気になりました。彼は一体、何を思ってこんなことを始めたんだろう?

  • 編集B

    まあ、謝罪の気持ちなのかなとは思います。「うちの兄がとんでもないことしてしまって、本当にすみません」みたいな。

  • 編集E

    私も一応はそう推測したのですが、それにしても彼はべつに、昏睡状態にある(と思える)雪野に謝るでも呼びかけるでもないですよね。不意にやって来ては、何の前置きもなしに朗読を始め、終わればただ帰っていく。どうにも意味不明な行動で、彼の真意を測りかねます。

  • 編集G

    それに、このシチュエーションはけっこう怖いと思います。だって、身動き一つできない少女が横たわっている病室へ、見知らぬ青年がこっそり忍び込んでくるんですよ? 他の見舞客や看護師たちの目を盗んで、そーっとやって来るんです。

  • 編集B

    実際主人公も、最初は恐怖を感じていましたね。そのうえ彼は、わけの分からない物語を勝手に朗読して、黙って去っていく。

  • 三浦

    言われてみれば、確かに怖い(笑)。ちょっと変質者感がありますよね。

  • 編集B

    そりゃお父さんも怒りますよね。加害者側の人間というだけでも不快なのに、年頃の娘が寝てる部屋に勝手に入り込まれて。

  • 編集G

    いくら謝罪の気持ちがあろうと、何の危害も加えていなかろうと、本来こういうことはすべきではない。あまりに非常識な行動です。彼も高校生なら、そのくらいのことはわかっていていいと思います。

  • 編集D

    しかも、彼が朗読する物語のチョイスが、また変なんですよね。作中では「有名な絵本」という設定になっていますが、これといって思い当たる作品がない。おそらく、作者のオリジナルなのでしょうね。

  • 編集C

    含みがあるようなないような、なんだか奇妙な話が多い印象です。主人公も最初、「シュールな話」「病人に聞かせるにしては、デリカシーに欠ける選択だ」と思ってますよね。

  • 三浦

    初回の「白熊の話」には、もしかしたら意味があるのかもしれない。結ばれないはずの運命を乗り越えた白熊と娘のストーリーには、主人公と本読みの青年の今後の関係が象徴されているようにも思えます。

  • 編集F

    ただ、この「白熊の話」、物語としてさほどうまく作れているようには感じられない。ここは、無理してオリジナルストーリーを作らなくても、有名な既成作品を使ってもよかったんじゃないでしょうか。

  • 三浦

    そうですね。作中作というのは、作るのがなかなか大変ですから、うまく思いつかなかったときは、実在の作品とか古典とかを持ってくるのはアリだと思います。しかも本作において、「本読みの人」が朗読する物語は、けっこう重要な要素ですよね。本編のストーリーと、作中で朗読される本の内容は、もっと有機的に絡むものであってほしかった。そこがうまくいっていないのはかなり気になりました。

  • 編集E

    「本読みの人」が本を選ぶのではなく、彼が病室に来たとき、雪野の枕元に読みかけの本が供えられていたので、謝罪の気持ちを込めて続きを少しずつ朗読していった――みたいな展開のほうが、違和感が少なかったのではないでしょうか。

  • 三浦

    そのアイディアはいいですね。さらに言えば、彼が朗読するお話の進展とともに雪野の内心にも変化が起こり、目覚めた後の雪野と彼との関係にも影響を与えるという展開にできたら、もっとよかったと思います。朗読を通して、朗読する人とされる人の関係が変化するとか、人物の内心が変化する。そういう話の流れにしたほうが、小説の造りとして基本パターンに沿っているし、「朗読」という要素もちゃんと活きますよね。

  • 編集C

    ただ、「本読みの人」が選択する物語の訳の分からなさ、脈絡のなさに、主人公が救われた面もあるように思います。主人公は、植物状態から抜け出せないことへの不安に押しつぶされそうになっていた。でもそこへ「本読みの人」が現れて、毎回微妙なチョイスの話を読んで聞かせてくれる。「変なの~」と思いながらも不安が和らぎ、彼の来訪が心のよりどころにすらなっていく。

  • 編集B

    それに、昏睡状態の少女を元気づけるにしては的を外している感じに、「本読みの人」の不器用な誠実さが窺える気がする。主人公の語り口にはとぼけたようなユーモア感がありますし、私は、話をシリアスにさせ過ぎないために、作者がわざと彼におかしな本を読ませているのかなと思いました。

  • 編集G

    そういう面もあるとは思います。ただ、彼が「加害者の弟」だと判明すると、「細心の注意を払って接しなければいけない相手に、どうして変な物語ばかり、こっそり読んで聞かせてたの?」と思えてしまう。変質者感がさらに増しますよね。

  • 編集D

    もう少し彼に何か語らせればよかったんじゃないかな。主人公の病室にやって来たときに、名乗るとか謝罪の言葉とかを呟くとか。もうちょっとだけでも彼のことがわかれば、読者もこんなに引っかからなくてすんだと思うのですが。

  • 三浦

    でも、彼の正体が謎だからこそドラマが盛り上がる、というところもありますから、最初からネタ晴らししてしまうのは、ちょっともったいないかもしれないですね。そうだ、ネタ晴らしという点では、ラストの図書館員との会話のシーンが、私はすごく引っかかりました。普通、図書館の人は、「さっきの男の子も、よく童話を借りていくのよ」なんてこと、他の利用者に言わないですよね。誰がどんな本を読んでいるかは、漏洩してはならない個人情報のはずですから。ここはあまりにも不自然というか、話を終わらせるための、作者の都合でできあがったシーンに見えてしまう。

  • 編集E

    確かに、すごく説明的でわざとらしい台詞ですよね。

  • 三浦

    図書館で出会った男の子が「本読みの人」だということは、読者には十分わかっていますから、ここまで丁寧な種明かしは必要ありません。読者を興醒めさせないためにも、もう少しさりげない書き方にしたほうがよかったですね。

  • 編集E

    「本読みの人」が、実は同じ高校の生徒だったという設定でも、よかったかもしれないですね。もともと知り合いではなかったから、声だけの存在だったときは誰だか分からなかったけど、ラストで学校の図書室で偶然すれ違って、「なぜだか懐かしい声だ」と思うとか。そういうほうが、まだしも自然な展開だったかなと思います。

  • 編集B

    それにしても、見舞いを断られ、雪野が退院してしばらく経ってさえ、彼はまだ図書館で童話を借り続けているんですね。

  • 三浦

    図書館員の口を借りて、「彼は作家になりたいのかも」とまで書いていますから、作者の中では、この青年は絵本作家志望という設定なのかもしれませんね。作者の脳内には、彼の設定や物語がちゃんとあるのだと思います。しかし、それが図書館員の推測という形で示されるのも、やっぱり説明的かなと感じますね。

  • 編集B

    それに、だとすると、彼は単に「自分が絵本を好きだから」という理由で、雪野に絵本を読んでいたようにも思えてしまう。

  • 編集E

    せっかくの彼の「本読み」が、自己満足の行動のような印象を与えるのは、もったいないですね。彼がその絵本に、どんな思いを託して読んでいたのかよく分からないのが、読者としては非常にもどかしい。

  • 三浦

    やはりもう少し、加害者側のドラマも描いておいてほしかったですね。読者の興味がすごく湧くところなのに、「図書館員の断片的な推測」という形での「説明」のみしか書かれていないから、余計に気になります。もちろん、雪野の一人称のままで加害者サイドを描くのは難しいでしょうから、後半は思いきって視点を変えて、「本読みの人」の語りとして書いてみてはどうでしょう。それなら、彼の思いを読者にしっかりと伝えることができます。

  • 編集A

    タイトルが印象的でいいなと思いながら読み始めたのですが、その肝心の「本読みの人」が、今ひとつ魅力的な人物として描き切れていなかったのが、とても残念でした。

  • 編集G

    「本読みの人」が怖いとか、絵本のチョイスが妙だとか、おそらく作者が思ってもみなかっただろうところで、いろいろと読者が引っかかってしまいましたね。

  • 編集B

    でもその分、手直しはしやすい作品だと思います。この話自体は、私はとても好きですね。設定に工夫があるし、ハートウォームだし。

  • 編集F

    「本読みの人」の贖罪の思いだとか、主人公のことを深く気にかけているのだろうことは、うまく描き切れてはいなくても、伝わってくるものがありましたよね。

  • 編集C

    私は、主人公に感情移入しながら読んだので、すごくいい話だなと思いました。登場人物すべてが、とても愛情深い優しい人たちですよね。この温かい世界観は、私は魅力的だと思います。

  • 編集F

    読後感がいい作品に仕上がっているのも、とてもよかったですね。

  • 編集B

    文章も読みやすくてよかったと思います。好感度の高い作品を書ける方かなと思いますので、今後もぜひ、がんばってほしいですね。

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