編集F
イチ推しが非常に多い作品ですね。
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第199回
秘密
蒼キるり
39点
イチ推しが非常に多い作品ですね。
端的に言えば、「中学生女子が、中学生男子にリップクリームを塗る話」。まあ、これだけでは伝わらないよね(笑)。でもこれは、あらすじがどうとかいう小説ではないです。とにかく読んでもらわないと。
でも、こういう話が小説になるのかと思いきや、ちゃんとなっているんだから驚きですよね。
女の子はリップクリームを塗ることに、男の子はリップクリームを塗られることに、お互い快感を味わっている。こういう話を書こうと思ったことが、まずすごい。
その快感にハマってしまって、秘密の関係をもう3年も続けている、中学生の男女。なかなかない発想だと思います。やっていることはリップクリームを塗るだけなのに、不思議なくらい心惹かれるものがある作品です。
はっきり言ってしまいますけど、なんともいえないエロさが漂ってますよね。そこが好きです。
え、これ、エロいですか?
直接的なエロスがあるわけではないです。そういう類の話でもないし、主人公たちはまだ中学生だし。でも、何かがある。
これは、ちょっと幼いからこそのエロさなんだと思います。成熟した性関係になる手前の、未成熟なエロティシズムみたいなものを感じました。
私はむしろ、エロさが足りないなと感じました。もっとねっちり書いてほしかったなと。現状ではまだ、ねっちりさが足りなくて、エロスに届いていないように思ったのですが。
私もです。描写もちょっと、踏み込みが足りませんよね。
いや、作者は別に、エロさを出そうとしてこの話を書いているのではないと思います。でも結果的に、期せずして、すごくエロティックな雰囲気が醸し出されたということなんだと思う。そして、そこがすごくいいんです。
男の子と女の子の秘密の関係が、「性的」ではまったくないのに、何とも言い難いエロスをまとってますよね。
なるほど。微妙な年代の男女の、性的とは言えない、これまた微妙な関係を描いたら、思いがけず、とても淫靡なものが立ち上ってきたということですね。いい意味で、絶妙な変態くささがあるというか。ただ、そのほのかな感じが、私にはちょっと平板かなというふうに感じられました。というのも私は、「性的ではない、言語化し得ぬ関係性に漂うエロス」を、作者は明確に意図して書こうとしていると感じたからです。しかしそのわりに、エロスの醸しだしかたが弱い、と。編集Aさんは、「期せずして」とおっしゃいましたが、私はそうは受け取らず、作者はエロスを醸しだすことを意図して書こうとしている、と思った。その認識の違いが、作品の受け止めかたの差違となって表れたのでしょう。
私もちょっと、この話の空気感には、うまく乗り切れなかったです。作者が書こうとしていることはわかるのですが、登場人物たちが秘密の行為にのめり込めばのめり込むほど、読んでいるこちらが冷静になってしまう感じでした。
個人的に物足りなく感じられた原因には、作中で描写される中学生の感覚についていけなかったという理由もあります。例えば終盤の、「『さん』や『くん』をつけずに呼ぶのが、大人への第一歩なのだ」みたいなところ。滝野君との関係性を主人公は変えたくなかったんだけど、「でも今はそれではダメなのだ。この人たち(※先生をはじめとする『大人』)に立ち向かおうと思えば、子どものままではいられない」と思い、思いきって「滝野」と呼び捨てにしたんですよね。この主人公の気持ちはよく分かるのですが、「さん」や「くん」をつけるつけないということを、こうも正面から大ごとのように語られると、なんだかこちらが気恥ずかしくなってしまって。しかもこれがこの話のクライマックスのエピソードなので、なおさら「え、そこ!?」と(笑)。
でも、こういうことってあると思う。何かが変わる一瞬ですよね。
子供にとっては、すごく大きな通過儀礼なんでしょうね。「私、初めて『くん』をつけずに呼んだんだ!」って。
はい。私もすごく可愛いなと思いました。ただ、どうにもこそばゆくて、すごく盛りあがるシーンだと感じながらも、つい笑ってしまったというか。まあ、私が年齢的に、中学生の気持ちになり切れないせいなのですが。
いえ、むしろ逆でしょう。私なんかもう年上すぎるから、はるか遠くから、「いいぞ、青少年たち。頑張れ」って、余裕で微笑ましく読めるんです(笑)。そしてだからこそ、未成熟なエロスに反応して、「この幼いエロスは、すごくいい!」と感じたんだと思う。
そうか……じゃあ私はまだ、中途半端に照れてるんですかね(笑)。ただ、二人の密会が先生たちに見つかった場面は、先生のわからんちんぶりをやや誇張しすぎかなと思います。特に、生活指導の先生のヒステリックぶりは、すごく古典的な感じですよね。『小公女』のミンチン先生とかを思い出しました。
確かに(笑)。「不純異性交遊です!」なんて、二世代くらい昔の感じですよね。それも、二人が同じ部屋に入っただけで、「いかがわしい」と決めつけている。
単に資料室に入っただけなのにね。本当に用事があったのかもしれないのに。それに、せいぜい「月に1、2度」しかないことなのに、この先生たちは、その間ずっと見張り続けていたのでしょうか?
すぐになんでも「不純異性交遊」に結びつけるなんて、先生たちのほうこそ、ちょっとどうかしてるように見えますよね(笑)。ところで、5枚目にある、「ここは資料室。」のところ。こういう書き方は、絶対にやめたほうがいいと思います。「ここは資料室。」というのは、ほんとにただの説明ですよね。シナリオのト書きと変わらない。しかも、一人称の地の文でこう書いてしまったら、「あ、私たちが今どこにいるか、みなさまに教えときますね」って、主人公が急に読者を意識しはじめたような感じがしてしまいます。これでは、うっすらと淫靡さが漂い始めていた、せっかくの作品世界が台無しです。
読者が話に入り込みかけていたところだったのに、急に「ここで場所情報入れときます」というのでは、雰囲気がぶち壊しですよね。すごくもったいなかった。
ここは、「資料室は薄暗く、小さな蛍光灯が時折消えながら光っている。」と、あくまで描写で読者に伝えるべきでした。
あるいは、その4行後の、「この部屋は」を「資料室は」としてもよかったかもしれませんね。やりようは、いろいろあります。
これこそまさに、「説明と描写の違い」の好例だと思います。文章から伝わる情報自体(=「登場人物たちは今、資料室にいる」)に違いはないのですが、伝わりかたや読者が受け取る印象は全く違ってきます。せっかく行間を読ませるような、緊密な空気感で紡がれている作品なのですから、その世界観に沿った描写を心掛けてほしいですね。
あと、18枚目の、「始まるのが唐突なら、終わるのも唐突だということを」という、終わりを予告する一文も、いらなかったんじゃないかな。
そうですね。先の展開がわかる分、驚きと衝撃が弱まってしまいます。
終わりを予告することで、読者に切ない予感を抱かせようという演出かもしれないけど、この話なら、未来が分からないまま展開していくほうが、勢いがあっていいと思います。
あと、ちょっとよくわからなかったのですが、19枚目の「そう思う自分をひたすらに嫌悪しながら」というのは、どういうことなんでしょう? 「滝野くんがリップを塗っている時でなくてよかった」と思う自分を、どうして主人公は嫌悪するの?
「隠さなきゃ」って思った自分への嫌悪なんだと思います。一般常識的には、やっぱりちょっと変態チックな行為だから「見られなくて良かった」と思いつつ、でも、そう思うということは、自分もまたこういう行為を「変態っぽい」と思っているということでもあるから、そこが後ろめたい。
二人にとってはとても大事で崇高な行いだったんだけど、それを隠さなきゃいけないかのように思っちゃう自分が嫌だ、ということでしょうね。
私は15枚目の、「私は笑いが込み上げるのを堪えるのに必死だった」のところの意味がよく分からなかった。これ、リップクリームを塗るのが嬉しくて楽しくて、それで笑えてきちゃったの? それとも、滝野君に優位を感じているということでしょうか? 「辱められている人を見て喜んでいる、ちょっと変態な私」みたいなことなのかな? 主人公の正確な気持ちが、今ひとつ読み取れなかった。
ドロドロした、単純ではない気持ちが渦巻いている感じだから、「滝野くんを貶めたい」みたいな気持ちも、ひょっとしたらあるのかもしれませんね。
独占欲みたいなものが含まれた笑いなのかもしれない。「私だけが滝野くんをこんなに綺麗にできるんだ」と思ったら、もうニヤニヤが止まらないとか。そうやって彼を手に入れてるんだと思うと、「も~~、たまらん!」みたいな(笑)。
「滝野くんには綺麗でいてほしい」というのは、すごく面白い発想ですよね。女の子が男の子に、本気でそう思っているというのは斬新でした。しかも、滝野君がリップクリームを塗った顔は、本当にとても美しいらしい。でも、その肝心の滝野君の顔が、文章からはまったく浮かんでこないですよね。ここはすごく残念でした。こういう話なら、滝野君がどういう顔立ちの男の子なのか、そして、主人公がリップクリームを塗ることによって、彼の顔がさらにどういうふうに美しく輝きを増したのかということを、ちゃんと描くべきだったと思う。そうでなければ、滝野君の綺麗さに恍惚となっている主人公の気持ちが、読者にうまく伝わらないです。
同感です。文章を読んでも、滝野君のビジュアルが見えてこないですよね。だから、主人公の気持ちにもちょっと乗りにくい。体温とか、肌や唇の質感があまり描写されていない気がして、そういうところが、エロスとねっちり感が足りない、と私が思ってしまった理由かもしれません。
特に、リップクリームの色が書かれていないのは、明らかなマイナス点だと思います。これでは全くイメージが湧かない。「リップクリーム」は、この話において、ものすごく重要なアイテムなのに。
そう! そこはぜひ知りたかった! 「仄かに色付けられたリップ」が一体どんな色なのか、比喩や描写を通してもっと表現してほしかったです。
ピンク系かオレンジ系か、それともストレートに赤いのか。それによって、読者の思い描く映像はだいぶ違ってきますよね。
しかも、3年経っても、いまだに「リップクリーム」なんですよね? 色付きリップって、「それを塗ることで、一気に綺麗になる」というほどのものではないですから、そういうあたりも少し引っかかる。でも、滝野君が塗っているのがもし「口紅」だったら、女の子から見て、ちょっと抵抗感の強いビジュアルになりそうだし。
そうですね。ただ、これはあくまでこの作品においての話なのですが、主人公のカメラアイを通した狭い世界しか描かれていないところは、逆にいい面も多かったんじゃないかと思う。主人公の未熟さみたいなものが窺えるからこそ、作品に妙にビビッドなエロスが感じられるのだと思います。
わかります。作者はすごくのめり込んで、この話を書いてますよね。文章の意味を汲み取りにくいところも少々あるんだけど、そういう部分も含めて、主人公の視野狭窄感みたいなものが、この作品においてはプラスに作用していると思います。
ただ、その「主人公の目に映っている映像」がどのようなものか、読者が思い描けなければ、この話は成立しない。「リップを塗ったあとの滝野くんの綺麗さ」が読者に伝わるような具体的な描写は、ぜひとも欲しかったです。非常に惜しいなと思いました。
あと、誤字脱字がけっこうあちこちで目につきました。推敲は必ずしてほしい。
でも、中学生の男女なのに恋愛が絡む関係でないところは良かったと思います。新鮮ですよね。セクシャルな雰囲気は確かにあるんだけど、それは滝野君を見つめる女の子側の目線上にしかない。瀧野君のほうは、主人公を性的に意識している感じがあまりないですよね。むしろ、ちょっとトランスジェンダーっぽい印象も受ける。この二人はこれから先も、恋愛関係にはならない気がします。だから、エロティックな雰囲気はありながらも、あくまで若々しいというか清々しいというか、あまりベタベタした感じじゃないところがいいなと思いました。
確かに、滝野君のセクシュアリティははっきりしませんね。けっこう女子っぽい感じもするのですが、この話の中では曖昧なまま。
そこは、はっきりさせなくていいんじゃないかと思います。滝野君だって、まだ自分でもよくわかってないのかもしれない。作者が決めつけることなく、滝野君の今後を滝野君自身に委ねている感じ、それによって、読者も滝野君を応援したいと思えるところが、とてもいいなと思いました。
二人の関係は、どこまでも微妙なまま。でもこの、秘密を共有する「共犯」みたいな関係性は、なんだか魅力的ですよね。
加えて、二人の関係が微妙に変化しているのもいいと思います。今までは、滝野君は目をつぶってリップを塗られるのを待ち受けるという、完全に「受け身」の状態でしたよね。主人公も、自分が上位にいるような気がちょっとしていた。「滝野君のためにしてあげてる=自分が滝野君を所有/支配している」という感じでした。ところが、ラストでそれが逆転しますよね。逆転というか、滝野君がいよいよ本性をのぞかせ始める。まさかの悪女感を出してきて、「で、今後は、どっちの家でリップ塗る?」みたいなことを言ってる(笑)。支配=被支配の関係が変化を見せています。主人公も、滝野君の新たな一面に驚き、うろたえつつ、でも嬉しくもある。秘密の関係、それも、これからどう変化するかわからないスリリングな関係が、今後もさらに続いていくんだということに、期待と興奮を感じてゾクゾクしている。こういう展開にしてしめくくるあたり、非常にうまいなと思います。
人間の心の中の微妙な部分が、とてもうまく捉えられていますよね。滝野君はリップを塗った自分の姿を絶対見ようとしないというくだりも、よかったと思う。ほんとは見たいんだけど、実際に見てしまったら何かが壊れるようで怖いというような、彼の複雑な気持ちを想像させてくれます。
中学生ならではの、繊細で青い感情も、よく伝わってきました。主人公たちにとっては、「リップクリームを塗る/塗られる」という行為はとても神聖なものなんですよね。恋愛的な意味合いではなく、二人きりで過ごす秘密の時間をとても大事にしていた。なのに、そういうことが全然分からない大人たちは、ゲスな勘繰りをして、二人の大切なものをぶち壊してしまった。無神経で想像力のない大人たちに対する憤りのようなものが、よく描けていたと思います。
作者の「書きたい」という気持ちが、強く伝わってくる作品でしたね。
この、ひそやかな「秘密」についての話だけで、30枚を描き切ったのはすごいなと思います。
普通、「リップクリームを塗る」だけの話なんて、思いつきませんよね。しかもそれを、不思議と引き込まれる作品に仕上げている。独特の感性を持った書き手だなと感じます。
作者と主人公の気持ちのほとばしり、陶酔感のようなものが、いい方向で実を結んでいますよね。とても魅力的な作品だったと思います。