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選評付き 短編小説新人賞 選評

文化祭の女王様

菱田敏貴

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  • 編集A

    一種のボーイミーツガールもの、でしょうか。まじめだけど口うるさくて我が強くて、クラスで浮いている孤高の女子高生、水沢さん。嫌われても気にする様子はない。空気は全く読まず、我が道を行く人。誰もやりたがらない文化祭の実行委員にも、真っ先に立候補します。一人やる気に燃えて、テンションの低いクラスメイトに不満と怒りを抱えているらしい。周囲に推されて仕方なく相方になった主人公ですが、あるとき、彼女の隠れたけなげさを知り、ぐっと気持ちをつかまれます。はっきり描かれてはいないけど、これは恋が芽生えたと思ってもいいんじゃないかな。「この子の良さに、俺だけは気づいてるんだ」みたいなのって、わりと大きなときめきポイントですよね。男子目線の萌えを描いた話なのかなと思えて、楽しく読めました。

  • 編集E

    でもこの主人公は、実は最初から、水沢さんのことをけっこう好きなんじゃないでしょうか。主人公の一人称で書かれている話ですが、地の文の中で描写されている水沢さんて、なんだか「ちょっと気になる女の子」っぽい感じがする。主人公の目線は初めから、水沢さんをただのクラスメイトではなく、特別な女の子扱いしているように思います。実際、「黙ってればかわいい子なのに」みたいに思ってますよね。

  • 編集A

    でもまあこういう、自分に素直になれないあたり、「べつに好きじゃねえし」って思ってるあたりが、思春期男子ってことじゃない?

  • 編集E

    それはいいのですが、女の子の描き方が、ちょっと類型的すぎるのは気になりました。小首をかしげるとか、顎に手を添えて考え込むとか、バインダーを両手で胸に抱え込んでいるとか。男の子目線で見た典型的な「女の子っぽさ」という感じで、「水沢さん」という固有のキャラクターの描写にはなっていないように思える。だから、主人公の恋の芽生えに、読み手としてうまく気持ちを乗せられなかった。

  • 編集B

    水沢さんの描き方には、私も疑問を感じました。今のままでは、ちょっと独善的すぎますよね。自分の価値観だけで物事を決めて、賛同が得られないと、「みんなわかってくれないのね。じゃあ私一人でやります」って感じ。これでは、クラスのみんなが彼女を苦手に思うのも無理はない。もう少し普段の彼女に、優しさとか思いやり感があった方がいいのではと思います。水沢さんが必要以上に自分勝手なキャラとして描かれているような気がして、引っかかりました。

  • 編集E

    主人公がここまで気持ちを揺さぶられるほど、水沢さんが魅力的な女の子だとは、正直あまり思えないですよね。

  • 編集B

    例えば、みんなが嫌がる仕事に一人黙々と取り組んでいたとかなら、「ああ、ほんとはすごくいい子なのね」と思えたでしょう。でも、今回の文化祭の準備に関しては、クラス全員が「そこまで力入れる必要ないじゃん」って思ってるわけですよね。なのに、水沢さんは一人で勝手に、「文化祭は頑張らなきゃいけないの! ハイレベルなものを作らなきゃいけないの!」と決めつけている。これでは、どんなに彼女が必死に頑張っていても、「他人の意見はまるで聞かないひとりよがりな人」に見えてしまう。全体に、彼女の人柄の良さがもう少し感じられる描き方をしたほうがよかったように思います。

  • 三浦

    そうですね、そういう意見もわかります。ただ、私の正直な印象は、むしろ逆でしたね。「水沢さんて、『女王様』の割に協調性がありすぎでは?」と思いました。文化祭の出し物に関して、彼女はやる気満々なわけですよね。でも、クラス全体が「もう適当でいいよ。簡単な展示で」って流れになったら、割とすんなり引き下がっています。内心不満ではあっても、クラスの意向をちゃんと受け入れている。そしてその、自分の意には沿わない案に従って、黙って一人で準備を整えている。恐怖政治なんか全くしてませんよね。私は、「『女王様』と呼ばれているからには、権力を使ってクラスメイトを追いこんだり、駆け引きして操ったりするのかな」と思っていたのですが、そういうこともまるでなかった。むしろ水沢さんは、クラスの中で孤立していて、ほとんど力を持っていないように見えます。なのに、「恐怖にあてられて何も発言できなくなった」人が大勢いるとか、主人公に「悪魔」呼ばわりされていたりとか、どうにも不可解でした。

  • 編集D

    水沢さんて、部には友人がいるらしいし、後輩にも慕われてるらしいですよね。なのに、クラスには誰一人友人がいないというのも妙な話です。「女王様」と呼んで腫れもの扱いしなければならないほど恐い存在には、全く思えない。

  • 編集H

    さらに言えば、冒頭の水沢さんは、正論を吠えまくる高圧的な人物として描かれているのに、ラストではいつの間にか、「誰も見ていないところで、一人で頑張っている健気な女の子」という役どころになっている。物語の最初と最後で、水沢さんのキャラクターがあまりにも変化し過ぎてますよね。同じ人物のようには思えない。最初のあたりの水沢さんって、理由なく、周り全てに噛みついている感じです。それをラストで急に「実はいい子」みたいに描かれても、読み手としてはちょっと納得できない。「誰かがやる気を出してくれたときのために、私だけでも下準備を進めておかなければ」という考えは確かに素晴らしいですが、でも、そんな考え方ができる子なら、そもそも高飛車な態度でクラスを敵に回すようなことはしないと思います。

  • 三浦

    水沢さんがどういう性格なのかとか、クラスでどんな立ち位置や関係性を築いているのかといったことが、作者の中でうまく固まっていないということかもしれませんね。もしくは、固まってはいるのだけど、それを読者に十全に伝えきれていないところがある。

  • 編集H

    他人には「奇抜なアイディアを出せ」と命令しておきながら、自分で考えてきたのはあまりにもありふれた案でしかない。なのに、それを恥じる様子もなく、他人のやる気のなさばかりを責めている。水沢さんという人間が、僕にはほんとによく分からなかったです。能力値が高い故に、平凡なクラスメイトにイラついているのか。それとも、ダメダメな自分をごまかそうとして偉そうに振る舞っているのか。作者が彼女をどういう人物として描こうとしているのかすら、よく分からなかった。
    あと、冒頭に「我が校の文化祭は1年で最も盛り上がるイベントで、多くの来場者が訪れる」とありますよね。実際、全校をあげて、文化祭の準備に熱く取り組んでいるらしい。なのに、唯一主人公のクラスだけが、担任も含めてやる気ゼロなのはどうしてなのか、そこもさっぱり分からない。

  • 編集E

    主人公の描き方にもブレがあるように思います。「イエスマン」の立ち位置を死守しているような子なのに、「アイディア出しの命令をすっかり忘れて遊びほうける」なんて、全然らしくない。そんなチャラついた男の子には見えないです。

  • 編集D

    話のあちこちに、矛盾点や引っかかる点がありますね。

  • 編集B

    細部まできちんと考えた上で書かれた物語のようには感じられなかったです。その場その場の思いつきや、作者の都合で書かれているところが多いように見える。水沢さんが嫌なだけの子ではないことを伝えようとして、水泳部の友人とか後輩とかの話を持ち出しながらも、でも、クラスに味方がいると物語がうまく進まないから、「クラスでは孤立している」ことにしていたり。

  • 編集H

    状況をうまく呑み込めないから、読者は引っかかりますよね。多少無理やりでもいいから、最低限のつじつま合わせや理屈付けはしておいてほしかった。例えば、水沢さんは大財閥のお嬢様という設定にするとか(笑)。それなら、自分だって大したことはできていないくせに、高慢で居丈高なのも、まだ説明がつく。友人の一人もいなくてクラスで孤立しているのに、みんなが「女王様」と恐れて遠巻きにしているのも納得がいきます。

  • 三浦

    文化祭に消極的なのも、例えば、このクラスは特進クラスだから、毎年手抜きをしているという設定にしたらどうでしょう? それなら、二、三行で説明できます。枚数には、まだ一枚半ほど余裕がありますから、充分書けると思います。

  • 編集B

    加えて、水沢さんは最近、普通クラスから特進クラスに移ってきた、みたいなひねりがあってもいいかもしれない。だから、特進クラス特有の空気感が、まだよくわかっていないとか。

  • 三浦

    ああ、だから「文化祭は盛り上げなくっちゃ! それが我が校の伝統じゃない!」って、一人がんばっちゃってるんですね。その設定だと、もう五行くらい必要かな(笑)。いずれにしても、枚数内で充分フォローできますよね。

  • 編集A

    手直しはしやすいですね。

  • 三浦

    細かくひとつひとつ、具体的な手直しは後からでもできるでしょう。ただ、ここまで述べてきたような、登場人物の性格とか関係性のブレや矛盾に、作者があまり気づけないまま書いているようにも見受けられて、そこはちょっと懸念を感じます。

  • 編集A

    そうですね。自分で書いている物語なのに、その内容をピンポイントでしか見ることができていないのでは、という印象を受ける。主人公の気持ちの流れはしっかり書けていると思うのですが、それ以外の部分が今ひとつ明確ではない。

  • 編集D

    確かに。作品全体が、なんだかぼんやりしてますよね。

  • 編集A

    一人称作品だからでもあるだろうけど、主人公のカメラアイの中のスポットライトが当たっている部分しか書かれていない。主人公が見ていないこと、気づいていないことは話に出てこないから、読者も知りようがなくて、話を把握しにくいんですよね。

  • 三浦

    水沢さんがどんな人なのか、読者にはよくわからないままなので、小説の最初と最後とで水沢さんの人格が豹変してるように見えてしまうのでしょう。

  • 編集A

    水沢さんに関する説明が、もう少し必要ですよね。神視点を持つ作者にとっては説明するまでもないことだから、書き忘れたのかな? あるいは作者自身も知らないというか、あいまいな設定のままで書いてしまったのでしょうか。

  • 三浦

    どちらなのかは、ちょっとよく分からないですね。いずれにせよ、こういう話を書く以上、作者は当然、水沢さんの過去や性格に関する設定をきちんと考えておくべきだし、それをさりげなく読者に伝える必要がある。一人称の小説ではありますが、露骨な説明ではなくエピソードとして描けば、不自然ではない情報提示は充分可能です。彼女がどういう人なのか、どういう生き方をしてきたのかということを匂わせるエピソードを、もっと入れておいてほしかったですね。現状でもあるにはあるのですが、水泳部の友人や後輩とお弁当を食べている姿を遠景で見る、というシーンだけでは、ちょっと足りない。別のクラスで水沢さんの噂を小耳にはさむとか、水泳部でどんなに頑張っていたかを偶然知るとか、「あ、水沢さんて、そういう一面もある人なんだ」と読者が思えるような具体的なエピソードをもっと盛り込んだほうがいいと思います。

  • 編集E

    あと、時間経過についても、よくわからなかったです。今がいつなのか、日付がいつ変わったのか、そういうことが非常にわかりにくい。例えば6枚目。水沢さんに睨まれたすぐ後に、「では、出し物を決めようという話になるが」とありますが、これって翌日の話ですよね。行と行の間に、実は丸一日が経過しているのですが、今の書き方ではそれがよくわからない。最初に読んだときは戸惑ってしまった。

  • 三浦

    そこは私も気になりました。ここには一行空きを入れたほうがいいんじゃないかな。

  • 編集C

    クラス会とか委員会とか、同じような学校生活の描写が繰り返される話ですから、時間や日にちの経過が分からないと、読者は混乱してしまいます。

  • 編集A

    改めて確認してみると、この作品には行空きの箇所が全くありませんね。最初から最後までびっしり行が連なっている。

  • 三浦

    一行空きは必要以上に多用すべきではありませんが、読者の理解を助ける程度には使ったほうがいいでしょう。あと、冒頭に「各クラス男女二名の文化祭実行委員」とありますが、これってつまり計2名なのか計4名なのか、読み手が一瞬迷いますよね。細かいことですが、もう少し書き方に気を配ったほうがいいかなと思います。

  • 編集B

    書き手が、「だいたいこんな感じ」で書いたものって、その「だいたい」のところは、読者にはほぼ伝わらないと思ったほうがいいですよね。はっきりしっかり書いたつもりのところでさえ、読者は違う受け止め方をしたりするものですから。

  • 三浦

    なんといっても、小説は論理で書くものですからね。「感性で書くもの」と誤解している人もいると思いますが、言葉を使った表現である以上、作者の脳内で論理的に構築することはかなり重要です。本作はちょっと、そのあたりがふんわりしているように見える。もう少し落ち着いて、丁寧に話を創り上げるよう心がけてみてください。作品の舞台や登場人物の設定をきちんと用意した上で、どの情報をどこまで出すのか、どんなエピソードを盛り込めばキャラクターがより魅力的に見えるか、そういうことをちゃんと考えてから書き始めたほうがいいと思います。文章は悪くないし、教室内の空気感もうまく出ているし、主人公の気持ちの変遷もよく描けていると思います。あまり勢いに任せないで、じっくり考えてから書くだけで、作品の完成度はぐっと上がるように思います。「じっくり考える」とは、言い換えれば、「登場人物の感情や思考や生活を渾身で想像する」ことでもあります。

  • 編集H

    話自体は悪くない。男の子が、「みんなに嫌われてるあの子の健気さを、俺だけは知っている」と思って気持ちが高揚するのって、僕はすごくよくわかりますね。

  • 編集A

    私もわかります。というか、こういうのって、男女差はないんじゃないかな。主人公を女の子に変換したら、「不良かと思っていた男子が、雨に打たれている仔犬を拾っていたのを見て、キュンときた」みたいなことですよね(笑)。話としてはオーソドックスだけど、ベタな恋愛ものって、結局みんな大好きですよね。様式美という意味でも、この話はアリだと思う。

  • 編集B

    ただ、ちょっと共感しづらいところがあるし、インパクトも弱い。読者がすごく思い入れられるようなキャラクターになっていなかったのが、残念ですね。

  • 三浦

    そうですね。ちょっとテンプレっぽいキャラクターの描き方になってしまっていて、なんだか省エネ感がある。もう少し作者の情熱が伝わってくる作品になっていたら、なお良かったですね。大切なのは、「小説を通して、いかに情熱を伝えるか」にも、論理や戦略が必要になってくるということです。「機械の組み立てみたいに小説を構築しろってことか」と思われるかもしれませんが、そういう意味ではありません。登場人物と読者は、小説の冒頭ではじめて出会います。けれど、その小説を読むあいだに、読者は登場人物とどんどん親しくなり、理解を深め、相手を好きになったり嫌いになったりするのです。現実の人間関係となんら変わらない、出会いや理解、時には別れが、小説を通して、読者と登場人物の間に生じるのです。その感情の交流を文章だけで実現するためには、作者が誰よりも情熱を持って、登場人物に命を吹きこんであげなければなりません。また、きちんとした論理/戦略を持って、登場人物と作者自身の情熱を、小説という形で読者へと届けねばならない、ということです。

  • 編集A

    この作者は、過去何度も投稿してくださっている方です。今回ついに最終まで来たわけで、着実にレベルアップしていると言える。次なる作品が非常に楽しみです。ぜひがんばってほしいですね。

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