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一風変わった話でしたね。「ロンゲ」がメインテーマ。いや、「ロンゲ愛」がメインテーマなのかな?(笑)
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第200回
ロンゲと代価
石部里美
34点
一風変わった話でしたね。「ロンゲ」がメインテーマ。いや、「ロンゲ愛」がメインテーマなのかな?(笑)
強い愛で「ロンゲ」を貫いている、江場君というキャラクターに、私は魅了されました。最初はちょっと気持ち悪くて、「得体の知れない人物だな」と思っていたのですが、彼はなんともいえない不思議な魅力を放っていて、読めば読むほど、どんどん好きになってしまった。マイペースでひょうひょうとしているんだけど、主人公との会話の中で、ときに瞳を揺らしたりもするんですよね。それは彼の心が揺れている瞬間でもあるわけで、「なんて可愛らしい心を持った男の子だろう」と思ったりしていたら、いつの間にか彼の大ファンになっていました(笑)。ゲーセンでロンゲへの愛を語る場面なんて、ほんとに最高です。「自分の長い髪を愛してる」なんて言える江場君はすごいし、そういう台詞を江場君に言わせた作者もまた、すごいと思う。よくぞこんな人物を思いつきましたよね。判で押したようなキャラクターでは全くない、唯一無二の存在感がありました。まじめ女子の「私」との掛け合いも、面白くてよかった。私は断然、この作品がイチ推しです。
確かに、江場君のキャラクターは、非常に独特でいいですよね。
江場君が、「なぜ自分はロンゲが好きなのか」を語るシーンは、とても実感がこもっていたというか、作り物ではない何かを感じました。彼のロンゲへの愛が本物だということがひしひしと伝わってきて、すごく説得力がありますよね。
ただ、どのぐらいの長さなのかとか、そういうことが書かれてないんですよね。
髪型もよく分からないです。「長い髪をひっつめにして結っている」というのは、どういう状態なのかな? ポニーテールみたいなこと? それとも、お団子ヘアみたいな感じでしょうか?
そのあたり、もうちょっとビジュアルが明確に浮かぶように書いてほしかったですね。江場君の髪は、この物語の中心となる重要な要素なのですから。
「ロンゲへの愛」を滔々と語っているくらいなんだから、もう少し詳しい描写があったほうがいいですよね。髪型だけじゃなく、髪のツヤ加減とかも知りたい。
ストレートなのかくせ毛なのかによっても、江場君の雰囲気は全然違ってきます。結局、江場君の容姿は終始はっきりしないですね。
中二で身長180センチ、褐色の肌に大きな目というのは、けっこう日本人離れした外見ですね。
というか私は、日本人じゃないんだろうと思って読みましたけど。
私は、大柄で日焼けしている子なのかなと思いました。エグザイル系かなと。
江場君は、クラスメイトから疎外されていて、本人にも馴染もうという気がなくて、孤立しているんですよね。そこには「外国人だから」という理由もあるのかなと思いながら、私は読みました。でも、もし「日本人で、日焼けしてるだけ」ということなら、また違う話になってくる。そのあたりは、読者にきちんとわかるように書く必要があったと思います。
それにしても、ヘッドフォンが校則違反になるような厳しい中学校なら、ロンゲも当然校則違反になるんじゃないでしょうか?
教師が注意している様子は全然ないですよね。容認されている感じ。だから私は、「江場君はダブルか外国人なのかな」と思いながら読みました。でも、本当のところは結局最後まで分からなかった。やっぱりこういうあたりは、もうちょっとちゃんと情報を入れておいてほしいですね。
日本人であれ外国人であれ、180センチもある褐色肌の中二男子なんて、そもそもいじめる対象にならないんじゃないかな? 体格も迫力もはるかに劣るクラスメイトたちに、そんな度胸ないと思う。
むしろ女子たちは、「かっこいい!」と騒いだりしそうですよね。
一方、主人公の「私」は、なんだかちょっとオジサンっぽい感じがありますね。
二人ともに、中学生っぽい若々しさやハツラツ感がない。「中学生」という設定が、今ひとつしっくりきませんでした。
この「私」は、おそらく女の子なんでしょうけど、実は作中に性別がはっきりとは書かれていないんです。私はだいぶ読み進むまで、「男の子? 女の子? どっち?」と悩んでいました。語り口も妙にぎこちなくて、中学生の一人称には感じられない。意味がわからなかったり、イメージのとりづらい文章も多かったです。
江場君と「私」は共に学級委員なのに、江場君が転校して来てから3カ月、一度も会話をしたことがないというのはあり得ないと思います。
主人公は、「江場に髪を切らせろ」とクラスの中心人物から命じられるわけですが、この「クラスの中心人物」の名前が、最後まで出てきませんね。
読み返してみると、この話には主人公の名前すら出てきません。名前が分かるのは、江場君ただ一人。作者はわざとこういう書き方をしているのでしょうか?
ここまでくると、わざとなのかもしれませんね。でも、それがどういう意図なのかは分からないし、何らかの効果を上げているとも感じられない。
なぜかゲームセンターの名前だけは、「大樹」と具体的に書かれていて、不可解でした。登場人物の名前のほうが、よっぽど重要な情報だと思うのですが。
もしかしたら、一人称小説なので、情報をさりげなく入れることがうまくできなかったのかもしれませんね。
そして、「情報を入れられていない」ことに、作者自身がまだ気づいていないのかも。
名無しのままでは、キャラクターが単なる駒に見えてしまいますから、主人公と「クラスの中心人物」くらいは、ちゃんと名前を出したほうがいいと思います。あと、タイトルの「代価」とは何を指しているのでしょう? これもよくわからなかった。
確かにわからないですね。もしかして、「ロンゲを手放す代わりに、友だち(=主人公)を得た」ということでしょうか? 江場視点での意味づけになってしまいますけど。
でも、この話の視点人物は「私」なのですから、タイトルだけ江場視点にするのは妙ですよね。タイトルはとても重要ですから、もう少し内容とマッチしたものにしたほうがいいと思います。それと25枚目の、「自分の長い髪を愛していたんだけど、失恋したから切った」みたいな台詞も、よくわからなかった。これ、どういう意味なんでしょう? 「失恋」って、いったい誰に?
私もよくわからなかったけど、これは人に対する「失恋」ではなく、自分が「本当は髪を切りたいと思っていたこと」を指しているのかなと思います。「〝あいつってロンゲで気持ち悪い〟と思われているのは辛い」という思いは前から持っていて、今回ついに彼は髪を切ってしまった。愛していたはずのロンゲを、自分から捨ててしまったことを「失恋」と表現しているのかなと考えました。かなり無理やりな解釈ですが。
確かに、「罪の意識がある」らしきことが書かれてはいます。これは「ロンゲを愛しきれなかった」ことに対する罪の意識、ということなのかな? でもそれは「失恋」ではないですよね。それとも、江場君は自分自身の髪に本気で恋をしてたのかな? だとしたら、とんだド変態で「いいな」と思いますが、現状ではやっぱり、ちょっと意味が取り切れない。
ここに「失恋」という言葉を持ってくるのは的外れだし、何かもっと別のことを意味しているとしたら、それを読者に伝わるようには書けていないということですね。
あと、1枚目に「(私のクラスに)男の癖にロングヘアーの変わり者がいる」という文章が出てきます。一人称小説だから、地の文はあくまで主人公の個人的な考えではあるものの、ちょっと偏見の強すぎる言葉だなと思えて、気になりました。もう少し表現に、配慮と客観性を持たせてほしい。それと、台詞の最後に句点(。)がついているのもちょっと気になりました。こういう表記は、現代の普通の小説ではあまり見かけないですよね。
なんだか引っかかるところが、作品のあちこちにありますね。まだ小説を書き慣れてない感じがする。
確かに。全体に、文章が硬いですね。例えば1枚目の出だしの、「自室にて」。これなんて、中学生の女の子の語りにはそぐわない堅苦しさです。この言葉は省いて、「私はベッドに寝転がり」から始めればよかったですね。主人公の語りが進めば、「あ、主人公は今、自分の部屋にいるんだな」ということはだんだんわかってきます。無理に最初からきっちり場所を説明しなくても、描写していく中で自然に読者に伝えられれば、それでいいんです。
僕は、ゲーセン場面での描写が気になりました。「(周囲には)灰色の建物がひしめきあっており」では、まるで収容所棟の群れみたいに思えるし、「誰だか分からない人が次から次へと横切っていく」というのも、街中なんだから当たり前ですよね。当然のことを、こんなに重々しく説明する必要はない。
「このゲーセンは街のさなかにある」という文章も、ちょっと変ですよね。「ゲーセンから出たら、そこは道路で」というのも、なんだかぎくしゃくした言い方です。「このゲーセンは道に面して建っている」ことを説明しているんだろうけど、どうも文章が滑らかでない。
「灰色の建物」というのは、心象風景という意味合いもあるのでしょうけど、文章があまり練れていないのは確かですね。なんだかおかしな言い回しになっていると感じられるところが多かったです。あと、19枚目の「枕元に置いたそれ」というのは、江場君にゲーセンでとってもらったぬいぐるみのことですよね? そばに置いておくと「安心することができた」くらい、主人公にとって大事な品のはずなのですが、ずっと「それ」としか呼ばれていない。ここもちょっと引っかかりました。要素の扱い方が無機質な感じで、登場人物に名前がないことに通じるものがあるように思えます。こういったあたりにも、もう少し配慮があるといいですね。
この「それ」は、ぬいぐるみでさえないかもしれないですね。「ぬいぐるみ溜りから黄緑色の顔をつきだし、赤い舌をチョロッと出している」ものとしか書かれていない。人形かもしれないし、フィギュアかもしれないし、風船かも知れない。
どんな姿をしているのかもわからない。ワニ? ヘビ? カエル?
作者の中には何らかのイメージがあるんだろうけど、それを読者にわかるように描写できていないですね。
ただ、UFOキャッチャーに小銭を入れる場面の、「縦に小さく裂かれた投入口」というのは、なんだかよかった。なかなかない表現だなと思います。
はい。文章はまだ洗練されていないし、意味がわかりにくいところもあったりするんだけど、時折「いいな」と思える表現もあって、目を引かれますよね。
独特のセンスみたいなものを感じます。
ありきたりな感じではないんですよね。なんといっても、終盤の展開には意表を突かれました。すごく面白かった。前日には「ロンゲ愛」を長々語っていた江場君が、なぜか翌日にバッサリ髪を切ってきちゃって、主人公は呆然としてしまう。彼の確固とした「ロンゲ愛」に感銘を受けていたところだったのに。そのうえ、クラスのボス的な子に対して「江場君は髪を切りませんよ」と彼をかばいさえしたのに、ぜんぶ台無し。驚きの後には怒りが来て、「なんで切ったの!?」と詰め寄らずにはいられない。とどめの「愛してるって言ったくせに」のところでは、思わず大笑いしてしまった。
いや、これは笑う場面じゃないです。作者はすごく真剣に書いているんだと思う。
はい。後から考えてみると、そうなんでしょうね。申し訳ないことをしました。でも私みたいな大人からすると、中学生が真剣に「あなた、あんなに愛してるって言ったじゃない!」なんていう場面は、気恥ずかしくもあり、微笑ましくもありで、つい口元がゆるんでしまったんです。それに、「髪切るの、絶対嫌」って言ってたくせに翌日切ってきて「おい!」っていう、ツッコミ感のある展開はすごく面白いと思えた。最初読んだときは、ユーモアとして受け取りました。
確かにこの展開は、すごく斬新で面白いですよね。ただやはり作者は、シリアスでドラマティックな盛り上がりとして、終盤のシーンを描いているんだと思います。江場君がずっと大事にしてきた長い髪の毛は、自分自身に対する呪縛みたいなものだったのではないでしょうか。そして江場君は、「俺もそろそろ変わろう」と思って、その呪縛である髪を切り落とした。それを見て主人公はがっかりもするんだけど、でも同時に、彼によって変わりつつある自分を感じてもいる。理不尽な命令をしてくる人に「NO」と言えたりして、閉じた嫌な世界から一歩外へ出ようという気持ちになりつつある。そういうことを描いている作品なのかなと思います。ただちょっと、それが描き切れていない部分があって、惜しいですね。
話の構図が分かりにくいですよね。江場と出会い、彼のブレない信念に感化されて、主人公は「立ち向かう勇気」を得た、という話かなと思うんだけど、そこがはっきり伝わってくる展開に、あまりなっていない。
ラストで主人公は江場君を見直しているというか、気持ちがまた彼へ傾いているように感じます。でも、どうしてそんなふうに心情が変化したのか、今ひとつ読み解けなかったです。
ロンゲにこだわっていた江場君がなぜ急に髪を切ったのかも、実はよく分からないですよね。台詞では説明されているんだけど、実感として読者が納得するようには書けていない。登場人物の気持ちの流れがよくわからないのは気になります。小説ではそこが重要なんだけど。
やっぱり、江場君の抱えている葛藤とか躊躇みたいなものを、もうちょっと描くべきだったかなと思います。「愛していた髪を切る」ということの象徴性が、この小説の中でうまく活かしきれていないような気がする。そのせいで、一度は失望したはずの主人公がもう一度江場君に心惹かれていくという気持ちの流れが、ストーリーの流れにうまく乗っていかないのだと思います。もともとこの話には、二つのストーリーが入ってますよね。主人公が江場君に出会い心惹かれていくという、ちょっと恋愛絡みのストーリーラインと、ロンゲを愛していたはずなのにあっさり切るに至った江場君の心の動きを、主人公から見て描くというストーリーラインと。この二つの話が、今ひとつ絡み合っていない。相互に引き立て合うよう、うまく機能していないんです。だから、主人公の心の流れや江場君の事情が読者に伝わってきにくい。
やっぱり書き慣れていないということでしょうか。文章もそうだったけど、構成も今ひとつうまく作られていない。
そうですね。加えて、象徴性を活用することを、もう少し意識したほうがいいかなと思います。短編においては、エピソードや要素に、どういうことを象徴させるかがとても重要になってきます。長々と書けない分、ちょっとしたエピソードや登場アイテムに、さりげない形でうまく象徴性を持たせてストーリーに絡めないと、話がぼやけてしまいがちです。例えばこの話には、「赤い紙に包まれたお菓子」が出てきますね。最初江場君は一人でそれを食べていたけど、ラストでは主人公にも分けてくれます。これは、二人の心が近づいたことを表しているのだろうとは思うのですが、今の書き方では、それがあまり伝わってこない。
主人公は、もらった後も食べないんですよね。描写もしない。依然、「赤い紙に包まれたお菓子」のまま。甘い系のお菓子らしいけど、チョコレートなのか、飴なのか、クッキーなのか、それさえも読者にはわからない。こういうところも描き方がぼやけています。
江場君が一人で食べている場面では「正体不明のお菓子」でもいいんです。でも、ラストでは主人公もそれを食べて、その味なり食感なりを描写してほしかったですね。彼がくれた、彼が好んで食べているらしいお菓子を味わいながら、本降りの雨の中を帰るというラストにすればよかったのにと思います。そうすればその「赤いお菓子」というアイテムに、主人公の想いだったり、江場君の想いだったりをちょっと託すこともできましたよね。象徴性というのはそういうことです。
改善点がたくさん出てきましたね。独特の感性を持った方だなと思うのですが、それだけに、ちょっとわかりにくかったり、読み取り切れなかったところが多かったように思います。
でも、何かしらいいセンスを持っているのは強く感じます。そこは失わずに磨いていってほしいですね。
そうですね。作品にのめり込んで真剣に向き合っているところは、すごくいいと思います。今はまだそれが、少し空回っているところもあるんだけど、書き慣れて文章がこなれてきたら、いろいろいいものが書けるのではないかと思います。
着眼点は面白いし、伸びしろはすごくありそうですよね。基礎力にはまだちょっと不安を感じるので、まずは、いろいろなジャンルの作品をたくさん読むことをおすすめしたいです。