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選評付き 短編小説新人賞 選評

朱い道をなぞる先

花村はづき

38

  • 編集A

    高校二年生の女の子が主人公です。書道部の部長をしているのですが、部員はたった二人。自分と、一年生の女の子と。この一年生の子が、廃部寸前の書道部の「救世主」と呼ばれるほどの逸材で、先輩だから部長になっただけの主人公はひけ目を感じざるを得ない。劣等感に苛まれ続けて伸び悩み、悶々とした日々を送る主人公が、顧問の先生の厳しくも温かい指導に接して、進むべき方向を見つけるまでの物語です。ラストで主人公が、「他人と比べることには意味がない。自分自身の書の道を、ただ歩めばいいのだ。向き合うべきは自分だ」というような気付きにたどりつく展開には、胸を打たれるものがありました。

  • 編集G

    私は書道をやっていた経験があるので、この主人公の苦悩は、もう自分のことのように理解できる。当時の自分を思い出して、ものすごく共感を覚えました。とても真実味のある描き方ができていたと思います。私はイチ推しにしました。

  • 三浦

    確かに前半部分の、書道を一生懸命頑張っているんだけどどうしてもうまくいかなくて、みたいなところ、すごくいいですよね。描写も非常にうまかったと思います。

  • 編集A

    墨を含ませた筆の感触だとか、粘度の高い墨液のテカリ具合だとか、墨を吸った半紙の重量感といったものが、手に取るように伝わってきました。書道をやっている人にとっては当たり前の感覚なのかもしれないけど、書には全く造詣のない私ですら読んでいて実感できるような、手触りのある描写になっていたと思います。

  • 三浦

    墨の匂いが漂ってきそうでしたよね。描写だけでなく、心情表現もよかったと思います。

  • 編集A

    私は書道のことはよく分かりませんが、「実力がないのに部長にされちゃった」とか、「ポジションを取られてしまった」とか、「あの子が怪我したら私に役が回ってきて、それが嬉しい自分が嫌だ」とか、そういうところはすごく共感できました。

  • 三浦

    自分より優れている子を、勝手にライバル視して、空回っちゃったりとかね

  • 編集G

    そして、「ああ、やっぱりだめだ」って、一人で勝手に撃沈したり。誰も知らないところで、無駄に浮いたり沈んだりしてるんです。相手は自分のことなんて、全然気にしていないのに。眼中にも入ってなかったりするのに。

  • 編集H

    相手が後輩だからこそ余計にじりじりした思いが溢れてしまうってこと、ありますよね。たった一歳違いでしかないんだけど、学生時代には、学年の違いって大きいですから。

  • 編集A

    しかも、当の後輩の前では、そういう気持ちはひた隠しにしている。先輩としても部長としてもプライドがあるから、必死に何でもないような顔を装っているんです。

  • 編集G

    そして、そんな強がりに意味がないことも、どこかでわかっている。「どうせ棚ぼた部長だし……」なんて意識してるのは自分だけで、後輩は己の書の道を日々淡々と極めている。才能があるのに、謙虚で努力家。どうしたって敵わない。これはもう、ひがんでやさぐれたくもなりますよね。でも、諦めて降りてしまうのもまた、嫌だったりするんです。だから必死でじたばたしてる。諦めたら楽になれるのにという思いと、諦めたくない思いがせめぎあっている。こういうあたりの気持ちも、私はすごくよくわかります。

  • 編集A

    私もです。部活をやったことのある人なら、みんなわかると思う。いや、部活に限らないですね。ポジション争いだとか、才能の違いを目の当たりにして苦悩するとかってこと、誰だって経験があるだろうと思います。すごく普遍的なテーマですよね。

  • 編集G

    だから読者が、それぞれの経験を基に、勝手に共感してくれる。ある意味とてもお得というか、いいテーマを選んだなと思います。

  • 三浦

    読者それぞれに思い当たる部分があるからこそ、「普遍的な話」になり得る。その点、本作は、主人公の抱える劣等感だったり他者の才能への嫉妬だったりが細やかに描かれ、書道を知らないものにとっても、身につまされる話になっていましたね。そこへ、「道の先を歩く者」として先生が登場して、「勝負にこだわるな」「大事なものは他にあるんだ」みたいなことを言って、主人公はハッと大切なことに気づく。けっこうありがちというか、ものすごく型通りの展開ではあるんだけど、でもそれが悪いわけでは全くない。むしろ、そういう型に沿った話の中で、主人公の気持ちがすごくよく描けていると思います。

  • 編集A

    非常に共感しながら読めました。主人公の気持ちに、自分の気持ちを重ねて読める。

  • 三浦

    型を使いつつも、文章で読者を惹きつけることができているのもいいですね。場面描写は巧みだし、主人公の内面描写もいいし、なによりも、書道そのものの魅力が、読者に伝わるように描けているのもよかったです。

  • 編集A

    主人公が、迷いながら転びながら、それでも「書」の道を歩いていこうとする姿の描き方に、すごく説得力がありました。

  • 編集J

    ただ、ラストで先生が書いてくれた五つの漢字。それがどういう漢字なのかが、作中に書かれていませんね。これはよくないと思う。

  • 三浦

    同感です。そこはすごく引っかかりました。

  • 編集J

    その五文字の漢字は、この話を締めくくる、非常に重要な役割を持った文字ですよね。先生からの贈り物であり、主人公の心に深く刻まれる五文字。それは同時に、読者の心にも刻まれるものになったはずです。それが提示されてこそ、この話は感動的に完結する。なのに、それを書かないまま終わってしまっている。

  • 三浦

    どうして明らかにしなかったんでしょうね。もしかして、具体的になんの漢詩からの引用か、どんな五文字なのかは、作者も想定していないということでしょうか?

  • 編集J

    いえ、作者の中では、この五文字は一応決まっているんだろうと思います。演出として、「あえて出さなかった」ということじゃないかな。

  • 編集A

    おそらく、「わざと書かないでおいて、読者に想像させるラストにしよう。そのほうが余韻があって効果的だ」と考えたのではないでしょうか。

  • 編集J

    しかし、だとしたら、その判断は間違っていると思う。むしろ致命的とさえ言える欠点だと思います。読者としてはすごく興味をそそられるところですよね。なのに、こちらの気を引いておきながら、放り投げておしまいにしている。答えを教えてもらえないので、読者側はもやもやします。

  • 三浦

    読者にそんなふうに思われてしまっては、演出効果を上げるどころか、むしろ大損してますよね。一体どの漢詩からの、何という文字の引用だったんでしょう? 「春眠不覚暁」ぐらいしか思いつかない身としては、ものすごく気になります。

  • 編集E

    例えばそれが「書いたところで、知ってる人はあまりいないだろう」と思えるような、有名でない漢詩であったしても、とりあえずちゃんと出しておいてほしかったですよね。

  • 編集J

    書いてさえあれば、読者は「ああ、こういう文字なのね」と納得できるし、興味が湧いた人は自分でさらに調べることもできるわけですし。

  • 三浦

    この五文字は、絶対に出すべきでしたね。

  • 編集E

    せっかくいいお話が書けていたというのに、この五文字の漢字を伏せたことが、ラストシーンの感動に水を差している。非常に惜しいなと思います。

  • 三浦

    あと私は、猪吹先生の描き方にも引っかかりを感じました。なんだかちょっと、無駄にかっこいい感じがあるというか……(笑)。

  • 編集E

    確かに。一応設定では「ぼさぼさ髪にジャージの、冴えない三十男」ということになっていますが、女子高生が本心から「あいつキモ~い」と思うような人物では決してない。どころか、口も悪くて不健康そうなのに「意外と生徒には好かれている」んです。

  • 三浦

    やる気なさそうに見えて、実は生徒のことをちゃんと見ていてくれたりするんですよね。でも、彼に人気があるのは「生徒思いの先生だから」ってだけじゃなくて、「ちょっと危険な香りがする」面も垣間見えるからだと思います。

  • 編集A

    ちょっとやさぐれた感じがまた、いい男風なんだよね。

  • 編集G

    アウトロー的な魅力がありますよね。主人公も、「顔面が悪い」とか「意地悪だ」とか、なんのかんのと言いながら、この先生をどこか意識しているように見える。まじめな少女が不良に惹かれてしまうようなものです。陰りがあるから逆に、心惹かれる。

  • 編集A

    キャラが立っていて、悪くないと思いますけど。

  • 三浦

    悪くはないんです。普段は冴えないテキトーな人に見えるのに、実は深い愛情と真剣な思いを内側に秘めていて、みたいなキャラの描き方って、多くの読者が好感を抱くものだと思います。ただこの作品においては、「男性として魅力的な人」は必要なかった気がする。だってこれは、主人公が「自分の書の道を見つける」ことに主眼がある話なのですから。

  • 編集G

    主人公の成長を描く話に、ちょっと恋愛感を混ぜ込んだりするのもまた、よくあるテンプレートですよね。

  • 編集I

    終盤の、先生が主人公を後ろから半抱きにするような格好で書を教えるシーンとかは、明らかに読者のドキドキ感を誘ってますよね。先生が「セクハラとか言うなよ」みたいなこと言うから、余計に意識しちゃう。

  • 三浦

    はい。猪吹先生の言動には、ちょっと思わせぶりなところがありますよね。先生がそういう態度をとるから、主人公もドキッとさせられちゃう。ただ私は、「先生」が生徒に色めいた視線や行動を少しでも見せることに、ものすごく厳しいんですよ(笑)。創作物に関しても、若干その基準が働いてしまうところがあって、だから猪吹先生が主人公の背後から手を握った段階で、もう「ピピーッ! アウト!」って思っちゃった(笑)。ま、これはあくまでも個人的な好みの問題なんですけど。主人公と先生には、ひたすら書の世界に没頭していてほしかった。その中で繋がる二人の絆、という描き方のほうがよかったかなと思います。

  • 編集G

    純粋な「師匠と弟子」の関係、ということですよね。

  • 三浦

    はい。それならラストの場面も、師匠が弟子に最終奥義を伝授するような盛り上がりになったと思います。「ついに老師が秘儀を明かした!」みたいな(笑)。現状でも、そういう雰囲気はあるとは思うのですが。

  • 編集A

    実際私は、そういう話だと思って読みました。頭の中でごちゃごちゃ考えてばかりいた主人公が、先生に手を取られて、最終奥義ではないにしても(笑)、とても大事なことを体得した瞬間を描いているのかなと。だから、先生の武骨な手にドキッとしたりする描写はやや脱線ではあっても、身体感覚が描けているという点ではすごくいいなと思います。「とても重要なことを、体感を通して教わった」「教えが深く身体に染み込んだ」という感動的なシーンになっていたと思う。それに実は私、この先生の「なんだかかっこいい」感じ、好きなんです。

  • 編集H

    私もです。先生の語る書道論は、素敵だなと思いました。こういう先生についていきたい。だから私は、「手を握られたい派」です(笑)。

  • 編集I

    確かにこれ、この先生が性的な匂いの全くしない好々爺みたいな人物だったら、やや成立しない話ですね。

  • 三浦

    はい、それもわかります。先生が実は魅力的な男性で、その先生に追いつこうとして女の子が頑張るわけですよね。作者はそういう、ときめき感のある成長物語を書こうとしているのだろうし、この先生のかっこよさに惹かれる読者が大勢いることもわかるんです。ただ私としては、先生が無駄な色気を振りまくせいで(笑)、なんかちょっと、崇高な書の道を汚されたような気がしたんですよね。「生徒を性的にドギマギさせるなんて、けしからん教師だ」と。あと、考えすぎかもしれませんが、「恋愛相手としても素敵かも、という年上の男性に導かれ、一歩ステージを上がることのできた若い女性」という構図になってしまっているようにも思えて、ちょっと古くさくないかなという懸念も生じます。

  • 編集E

    私も、この先生は苦手でした。「おまえは俺の手本だけ見て書けばいい」みたいな俺様な台詞を言ってたりして、ちょっと抵抗を感じました。

  • 三浦

    ただ、そういう描写にキュンと来る読者がいることも、よくわかります。だからこのあたりはもう、個人的な好みによりけり、ということでしょうね。

  • 編集A

    まあ、この話の一番大きなテーマは、恋愛ではなく「書」であることは間違いない。恋愛感が滲んでいるのがやや残念と感じる読者もいるのでしょうけど、「書」の道に迷う主人公の苦悩を深く掘り下げている点は、私は高く評価できると思います。先生をかっこいいつもりで描くかどうかは、もう作者の好みと判断ということでいいんじゃないかな。

  • 編集F

    書道に関する描写には、すごく熱がこもってましたよね。読んでいて引き込まれました。しっかりと文章で表現ができているところはすごくよかった。

  • 編集D

    ただ、僕は正直、この話の展開にはピンと来ないところもありました。何人ものチームメイトの中で切磋琢磨し合うというなら、話は分かります。でもこの作品では、ライバルとなる他部員は後輩たった一人で、その一人にさえ明確に負けてるわけですよね。とっくに決着がついている状況と、「迷わず進め」みたいなラストが、なんだかしっくりこない気がしたのですが。

  • 三浦

    ふむ。その読みは、Dさんが男性だということと、もしかしたら関係あるかもしれませんね。この作品は、主人公が「書の道」を歩む姿を描く話でありつつ、実は「女の子(主人公)が承認される話」でもあると思うんですよ。女の子って、なぜか自己評価が非常に低い子が多くて、いつも不安で、誰かに認めてもらえたらなと思っている。少女マンガに、「君は君のままでいいんだよ」論法が炸裂する作品がとても多いのは、そのあたりが理由なのかなと私は思っています。
    実際、本作も、「あの子のほうが私より可愛い」みたいな言葉から始まってますよね。意図的かどうかは分かりませんが、非常に象徴的だと思います。主人公は強い劣等感に囚われている。そこへ先生が現れて、周囲の目なんて気にしなくていいんだよ、君は君の道を行けばいいんだよと言ってくれて、主人公は救われたし、前を向くことができた。先生から承認されることによって、主人公はやっと自分自身を承認することができたんです。
    これこそが、この作品が真に語りたかったことなんだろうと思います。もしかしたら作者には、そういう意識は特になかったかもしれない。でも昔から女性は、小説でもマンガでも、「君は君のままでいい」という話を綿々と創り続けてきたし、求めてきました。この作品もその系譜にあるのだと思います。
    ただし、例外ももちろんあります。たとえば、山岸凉子先生の傑作マンガ『アラベスク』は、師であり恋愛的な相手でもある男性が、「君は君のままじゃだめだ」と言い、両者は最終的には、単純な「導く/導かれる」という関係を脱却していく構造を持っています。かなり革新的かつ先進的な作品で、私はもろに影響を受けたため、「君は君のままでいい」と言う先生的立場の男性に厳しいのかもしれません。「そんな甘言で若い女の子をいいように丸めこもうとしてるんじゃないか?」と(笑)。
    とにかく、「あいつに勝った」とか「レギュラーを取れた」みたいなことは、大半の女の子にとっては、あんまり重要じゃないんじゃないでしょうか。だから、呉さんという後輩との勝ち負けは、この話において、実は本当の意味で大きな問題ではない。他の子のほうが可愛い、他の子のほうが字が上手い、それでも先生は「おまえは、おまえのまま進めばいい」と「私」を認めてくれた。だからこそ主人公は感極まっているのだし、この先生にキュンとなっているんです。一番欲しい「承認」を与えてくれたから。女の子は、こういう話が大好きだし、切実に必要としているのだと思います。

  • 編集D

    なるほど。確かに僕には、そういう読み取り方はできなかったですね。

  • 三浦

    根拠なき自信にあふれてるのが、おおかたの男性ですからね(笑)。そして、根拠なき卑下にあふれてるのが、おおかたの女性なのです。

  • 編集G

    この作品は、女性読者のツボにうまくハマる話になっていたわけですね。私も、先生の描き方の匙加減とか、ラストの五文字がない致命傷とかに多少引っかかりを感じながらも、主人公に強く感情移入して読むことができました。

  • 三浦

    「書道」と主人公の内面にくっきりと焦点が当たっていて、とても密度の高い作品になっていたと思います。三十枚によくまとまっていて、完成度も高いですよね。

  • 編集G

    以前最終に残られたときの作品と比べたら、驚くほど成長されています。主人公同様、作者にも、このまま自分の道をさらに進んでいってほしいですね。

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