編集B
一応、SF作品ですね。ただ、SFと言い切るには、SF設定に粗がありすぎる。そもそも、二つの対立する大国の間で最終核戦争が起こり――という物語の舞台設定自体、今どき珍しいほど古いですよね。昭和時代にこの手のSFを山ほど読んだ私からすると、こういう作品舞台を選んだことに、まず驚きと疑問を感じます。この時代に「核戦争後の世界」がテーマかと。
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第201回
君と、夕日を
二戸雪
31点
一応、SF作品ですね。ただ、SFと言い切るには、SF設定に粗がありすぎる。そもそも、二つの対立する大国の間で最終核戦争が起こり――という物語の舞台設定自体、今どき珍しいほど古いですよね。昭和時代にこの手のSFを山ほど読んだ私からすると、こういう作品舞台を選んだことに、まず驚きと疑問を感じます。この時代に「核戦争後の世界」がテーマかと。
こういう設定の作品、私も過去にいっぱい読みました(笑)。
ただ、作者はお若い方なので、若い人たちにとっては、「核戦争によって世界は一度滅び――」みたいな話が、三周回って逆に新しい、みたいなことなのかなとも思います。考えてみたら、今の10代20代なんて、東西冷戦を教科書でしか知らない人がほとんどでしょうからね。時代の流れを感じます(笑)。
でも、何度も読んできたタイプの物語だからこそ、私には作品の世界観やテーマがとても理解しやすかった。すんなりと話に入りこんで読み進むことができました。私はイチ推しにしています。お約束の、切ないラストもいい。ロボットをメイン要素にした話は、大概切ない物語になりますよね。
ロボットが自分を人間だと思いこんでいて――というのも、すごく古典的なネタですね。
古典的なネタや既視感のある設定で小説を書いてはいけない、ということでは決してないです。ただ、先行の名作がたくさんあるため、古典のよさをいかに踏まえるか、そのうえでどうやって新味を打ち出すかをよく考えて書かねばならず、ハードルが上がるのも事実かと。
Gさんがおっしゃった「古典的なネタ」のポイントは、「人間そっくりであるがゆえのロボットの悲哀」ですよね。そのロボットとかアンドロイドとかは、人間そっくりの外見で、人間そっくりの言動をし、あまつさえ感情らしきものもある。なのに、社会からは「人間以下」として扱われている。そこに悲哀があるわけです。「こんなに人間みたいなのに、人間とは認めてもらえないなんて……」というところに切なさが生まれるわけだし、そこからさらに、「じゃあ、人間とロボットの違いは何だろう?」「なにをもって『生きている』と定義づけられるんだろう」みたいな考察を深めていくこともできる。そういうあたりが、ロボット物の醍醐味ではないかと思います。
でも、本作のパフ君の場合、自分のことをずっと人間だと思っていて、最後もあくまで「人間として死んだ」ことになっている。先行作が築き上げてきた、ロボット物の萌えポイントみたいなものを、微妙に外しているように感じられます。自分を人間だと思いこんで暮らしていたんだけど、記憶を取り戻し、「あっ、僕はロボットだったんだ……!」と気づいて愕然とする。本来なら、そこに悲哀が生じて、読者もグッとくるわけですよね。でも、そういう衝撃と切なさがこの話にはほとんど描かれていない。なんだかもったいないなという気がします。
自分がロボットだと思い出しても、彼にはあまり動揺が見られない。そのまま静かに使命を全うするんですよね。
パフ君の自意識は人間のままなので、葛藤がほとんどないですよね。もう少し「僕はロボットだったのか……!」みたいに苦悩してくれたら、読者もキュンとできたのに。
同感です。それに、主人公ロボットが人類のために自らを犠牲にするラストは切ないものの、そもそもこの設定にはかなり無理があるように思います。せっかく除染が終わったというのに、パフ君はどうして死ななければならないの?
パフ君の生みの親である女性博士がそう設定したらしいですが、意味が分からないですね。
「あなたには一人で永遠に生きていくか、命と引き換えに人間を助けるかの二択しか与えてあげられない」と言っていますが、本当に意味不明です。どうやら、「人間と同じ姿かたちのロボットなんて人間から恐れられるか悪用されるかのどちらかよ。だから、あなたは人間と接触しないほうがいい」というのが理由らしいですが、これもさっぱり理解できない。だったら最初から、「人間に似ていない形の除染ロボット」を作ればよかったのでは? 実際、助手の男性も、「たかが除染ロボットに、わざわざ人間の形を与えるなんて」と非難していますね。
おそらくこの博士は、パフ君に愛情を持っているがゆえに、彼に人間と同じ姿かたちを与えたんですよね。パフ君を自分の子供のように大切に思っている。でもそれならなぜ、「死ぬか、人類を見殺しにするか、二つに一つだ。どちらかを選べ」なんて、辛い選択を強いるの? そのときパフ君が苦しむのはわかりきってるじゃないですか。
どちらを選んでも、パフ君は幸せではありませんよね。死ぬのも辛いけど、死なないほうを選んだら永遠に一人ぼっち。それも辛い。
「あなたが死ねば、世界中の冷凍装置のロックが解除され、人類がよみがえる仕組みになっている」だなんて、ほんとにひどい設定ですよね。これではパフ君は、生きている限り「僕のせいで人類は……」と苦悩し続けることになる。こんな思いをさせるくらいなら、助手の男性の考え通り、パフ君を感情のないただの機械にしておいたほうがよっぽど親切だったと思います。除染が完了したら自動的に機能停止する、ただのロボット。それならまだ、パフ君は悩んだり苦しんだりしないで済んだのに。
まあもっとも、助手の男性がパフ君の身体に手を加えようとしたのは、パフ君を苦しませないためではなく、「確実に自死を選べ」とプログラムするためだったのですが。
この助手の男性、初登場時にパフ君の身体をいじり回してますよね。この時点では、パフ君がロボットだということが明かされていないので、なんだかちょっと性犯罪者みたいに感じられてしまいました。ここはもう少し、書き方を工夫したほうがいいかもしれませんね。
この助手は、プログラムの書き換えに、一部成功したんじゃないでしょうか? だってパフ君は、「なぜだかわからないけど、死にたくてたまらない」気持ちになっていますから。
とにかく、博士の気持ちや思惑がさっぱり理解できないので、話の展開に納得がいかなかったです。「あなたは自分の好きなように生きて」とか優しいことを言いながら、やっていることは、ただ単にパフ君を苦しめているだけ。というか、切ないストーリー展開にするために、むしろ作者が主人公を辛い目に遭わせているように思えてしまいます。
「アイリが幸せに生きていくために、僕は死ななくては」という切ないラストにたどりつくための、無理感のある設定になっているということですね。
パフ君はアイリを冷凍睡眠から目覚めさせますよね。「除染が完了したら、最寄りの冷凍されている人間の元へと自然に導かれる」ように、博士がプログラミングしていたからです。でもこのプログラミングは、「パフ君は人間と接触しないほうがいい」という博士自身の考えと矛盾していますね。一人と接触してしまうなら、二人も三人も同じではないでしょうか。どうしても死ぬか生きるかを選ばせるのなら、最初の一人を起こす前に決断するよう、プログラムすべきだったんじゃないかな? でないと筋が通らないと思います。
もしかしたら、除染をして回っている間に、パフ君は放射能まみれになってしまっているのかもしれませんね。でもそれなら、アイリ一人とだって接触すべきではない。その意味でも、「最初の一人をパフ君が目覚めさせる」というプログラムは腑に落ちません。この博士のやることは、本当に意味がよく分からない。
あと、「核が充満する」とか「核は除染されていく」とかって台詞が出てきますが、充満したり除染されたりするのは、「核」ではなくて「放射性物質」あるいは「放射能汚染」です。核兵器を生み出した研究者たちがこんな言い間違いをするわけはないので、こういうところは気をつけてほしい。「ビスケット」を手に取ったはずなのに、なぜか「クッキー」を平らげている場面もありました。読み直せば気づけたのではと思えるミスがあちこちにありますので、もう少し推敲に力を入れてほしいですね。
気になるところは、他にもいろいろありました。例えば3枚目に、「中央の部屋には『冷凍保存装置』と書かれた二メートルほどのカプセルが置いてあった」とありますが、これ、ビジュアルを想像すると、ちょっとずっこける(笑)。本当にカプセルの側面に漢字で「冷凍保存装置」と書いてあるの?
続く描写によると、そのカプセルにはさらに、「生存」という漢字も点灯しているらしい。せっかくの近未来っぽい雰囲気が、やや残念なことになっていますね(笑)。
「アイリ」というのは、「みんなから愛されるように」という願いが込められた名前らしい。ということは、アイリは日本人ですよね? だからおそらく、舞台も日本なのでしょう。パフ君は今、かつて日本だった場所にいる、ということなのでしょうね。
でもパフ君は、書庫にある本の「どの文字も理解することができなかった」とあります。だったら、「冷凍保存装置」の文字も読めなかったはずではないでしょうか?
そうですね。この作品はパフ君の一人称ですから、読めない文字が文中に出てくることはありえない。それに、「『パフ』とは、英語でスケベという意味だ」とアイリが言っていますね。ということは、彼らは今、日本語で会話しているのだろうと思います。でも、日本語を読めないパフ君に、日本語がしゃべれるのかな? こういうあたりも、矛盾が生じています。描き方や文章に、まだあまり神経が行き届いていない感じですね。
人類を救う除染ロボットがたった一台しかないというのも、ちょっと現実味に欠ける設定のように思います。
何百年も故障せず動き続けるなんて、動力源は何なのでしょう? そういうあたりも気になります。
SF設定に加え、時間的あるいは距離的なスケール感の描き方とかも、まだちょっとうまくいってないですね。あと、「花が咲いているのを見て、除染が完了したと気づいた」みたいなことが書かれていますが、放射能汚染がある中でも、花は咲きます。「除染完了」の目印にはならないと思う。
「核」を重要モチーフとして使うのなら、もう少し色々調べて知識を得てから、作品に取りかかってほしかったですね。例えばパフ君は、何百年もずっと世界を除染して回っているらしいですが、そもそも放射能というのは、時間経過と共に自然に減っていきます。何百年も経ったのなら、何もしなくてもかなり減衰している。もちろんゼロにはならないし、半減期がとても長い物質とかもあります。でもこの作品ではまるで、放射線や放射性物質というのはいつまでも空気中を漂っているものであり、それをパフ君が地道に回収して除染しているような描かれ方をしている。だからこそ、世界中をくまなくきれいにするのに何百年もかかったわけですよね。まあパフ君は、自分が除染ロボットだということはついこの間まで知らなかったのですから、意識的な除染作業は何もしていない。おそらくは彼の身体に、汚染物質を吸着するような構造が組み込まれているのでしょう。地球上をただひたすら歩き回ることで、世界中に漂っている汚染物質を自分の身体に取り込んでいく、という除染方法なのだろうと思います。でもこの設定からして、「放射能汚染は、物理的に取り除かなければいつまでもなくならない」というイメージに基づいているように感じられる。そこはものすごく引っかかりました。
確かにプルトニウムとか、半減期が何万年もある物質もあります。でもそういうものに関しては、一台の除染ロボットがてくてく歩き回ることでどうにかできるわけもないですからね。
「放射能汚染された世界」は、この物語の重要な基本設定なのに、読者が「無理がある」と感じてしまうのは困りますよね。どうしたらいいのかな?
一番簡単な方法は、単純に、「放射性物質」という要素を別のものに代えることでしょうね。人間に害をなす架空の化学物質の設定を作り、それを吸着して除染するロボットとしてパフ君を登場させればいい。
なるほど。実在する「放射性物質」という要素を使わないようにする、と。
もちろん、核戦争とか放射能汚染とかのことを詳しく調べて、無理や矛盾のないように作品に活かせるならそれでもいいのですが、難しいようであれば、自分独自の設定を作ってしまうのも手だと思います。
設定関係の問題はちょっと脇に置くとして、私がこの作品で一番気になったのは、クライマックス・シーンを冒頭で描くという構成です。確かに、一番インパクトのある場面を冒頭に持ってくることで読者の興味を引きつけておいて――という書き方は定番の一つですが、この作品においては、使わないほうが良かったんじゃないかな。
長編ならもちろんアリです。静かに始まって淡々とした展開が長く続くと、読者は「つまらない」と放り出しかねない。最初にドンとインパクトを与えておいて、なぜそんなことが起こったのかまでをさかのぼって描くというのは、長編では有効だと思います。エピソードを丁寧に描くだけの尺もありますから。
でも短編でそれをやると、冒頭シーンの後の部分が、全部説明になってしまいかねない。じっくりと物語るだけの枚数がないので、説明的になりやすいという危険があります。
でも私は、この冒頭シーンはとてもいいなと思います。すごくドラマチックですよね。なんだかよくわからないけれど、こうなるに至る経緯なり事情なりがあるんだな、それは一体どういうことかなと興味を惹かれました。切ない物語の予感がするところにも、ぐっと心をつかまれた。私はイチ推しにしています。撃たれるところのスローモーション感とかは、映像が目に浮かぶ感じで、とても魅力的だと思いました。
そうか……なるほど。ということは、掴みとしての効果はちゃんとあったということですね。確かに、引き込まれる場面ではあります。
作者もおそらく、この冒頭シーン、そして同じ場面であるラストシーンが、一番描きたかったのだろうと思います。この作品は、そのシーンにたどりつくための物語なのではないでしょうか。ただ、だからこそ、中間部分にはドラマがあまりないですよね。淡々とした場面描写と、回想を使った真相説明だけになってしまっている。
はい。現状の構成が決定的な欠点だとまでは言いませんが、私だったらこういう書き方にはしなかっただろうと思います。主人公とアイリとの出会いから始まって時系列順に書いていって、二人がどういう風に交流したかというのを、もっとエピソードを重ねて描きます。「世界に二人きり」という状況ですから、キュンキュンしたりハラハラしたりするエピソードを色々入れられると思います。そして、そういう日々の中でパフ君が、だんだんと「僕は人間ではなかった」「僕は死ななければならない」ということを思い出していく、という展開にするんです。すると今度は、アイリ側にも葛藤が生じますよね。パフ君を失いたくないけれど、人類の未来を左右する役を担った彼の苦悩もわかるから、じゃあ自分はどうしたらいいのか――みたいなところに、大きなドラマが生じるはずです。
でも現状では、二人が最終的にどういう選択をするのかが最初から明かされてしまっているので、サスペンスの度合いというか、物語の駆動力が弱くなっているような気がする。博士や助手とのあれこれも、全部回想で語るほかないので、キャラクターにアクションがほとんど生じていないですよね。しかもそれが、淡々とした場面の中で、「あ……思い出した」みたいな感じで描かれている。だからなんだか、説明チックに感じられてしまうのだと思います。真相や背景事情を、人物の心情の動きや言動といったドラマを通してではなく、説明によって読者に伝えているように見えてしまう。
やはりこれは、構成があまり良くなかったということではないでしょうか。アイリが主人公を撃つという、最もインパクトのあるシーンを冒頭に持ってきたために、全体のドラマチックさが薄れてしまったんじゃないかな。こういう話であれば、クライマックスとなるシーンは、ラストに持ってきたほうがいいように思います。二人が出会い、心が通じ合って強い結びつきが生まれたのに、気持ちが盛り上がった頂点で「死ななければならない」「殺さなければならない」という展開になる。そういう流れのほうがずっと、切ない物語になるのではと個人的には思います。
それにそもそも、世界観がまだわからない冒頭の段階で銃で撃たれるシーンが出てきても、ちょっと思い入れがしづらいですよね。その世界において「銃で撃つ」ことが、どのくらい日常なのか非日常なのかということが、読者にはわからないので。
確かにそうかもしれませんね。構成に関して、作品にとってのベストを探るべく、もう一度考えてみてはいかがでしょうか。もちろんその結果、「やっぱりこれがベストだ」ということでもいいと思います。
せっかく一人称で書かれた話なのですから、すべてが終わった後、別人物の視点で、「パフ君は実は、人の形はしていなかった」ことが明かされる展開になったりしても、話が一段深まったと思います。
それはいいですね。「自分は人間だ」と思いこみ、人類のために死を選んだパフ君が、実はドラム缶みたいな外見をしていたとか、そういう真相だったら読者は一層キュンとしますよね。
あるいは、『アルジャーノンに花束を』みたいに、「元に戻る」展開でもいいと思います。ラストでパフ君はもう「人間らしさ」をすべて失ってしまい、「ガガガ、ピー」みたいな音を発するだけの機械になり果てているとかね。ラストの盛り上げ方、切なさのたたみかけ方はいくらでもあったのにと思うと、なんだかもったいないですよね。
でも、「こういう世界観の話を書きたいんだ」という情熱は、すごく伝わってきました。そこはよかったと思う。作者が一番書きたかったのであろう、物語の核となる部分は、私はとても好きでした。
私もです。ディストピアみたいな、一度崩壊した世界の中で出会う、ピュアな心を持った少年と少女。せっかく強い絆で結ばれたというのに、二人を引き裂く哀しい運命が待ち受けていて……と、萌え心をキュンキュン刺激されました。
わかります。作者が描こうとしている世界観は、非常に魅力的ですよね。
ただ、それを描き切るには、まだちょっと筆が追いついていない。先行作品が山ほどあるジャンルなので、こういう傾向の物語が書きたいのであれば、まずは既成作品に沢山触れてほしい。マンガや映画だと、たとえ設定が曖昧でも雰囲気でなんとなく呑み込めてしまったりするので、ぜひ小説で読むことをお勧めします。
その際は、「いいなあ。素敵だなあ」と思って読むだけにとどまらず、どういう設定になっているか、どういうところに自分は感動したのかということを考えながら読んでみてください。創作の参考になると思います。