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選評付き 短編小説新人賞 選評

忘れ得ぬ人

岩崎こはる

36

  • 編集A

    イチ推しの一番多い作品です。全体に、イメージが美しかったですよね。

  • 編集B

    丁寧に描かれた、とてもうまい作品だと思います。文学少女的な中二感があるのも、すごく魅力的でした。

  • 三浦

    なんといっても、文章がすごくいいですよね。表現がとても繊細で美しい。息の長い文章を書けているところもよかったです。ただ、情報提示のタイミングが今ひとつかなと思えるところがいくつもあって、気になりました。例えば10枚目。「勝手知ったるはずの音楽準備室」とあるのですが、音楽準備室って、普通そんなに馴染みはないですよね。音楽室は授業で使うけど、準備室にまで足を踏み入れることって、一般生徒はそれほどない。「なんで『勝手知ったる』なのかな?」と思っていたら、10行ほど後に、「合唱部員として慣れ親しんでいる」とあって、ようやく理由が分かる。これはやっぱり、書き方としてうまくない。「合唱部員」という情報は、もっと早く提示する必要があります。

  • 編集B

    しかも主人公は、ピアノを弾いていますね。合唱曲のピアノ伴奏を。

  • 編集C

    合唱には加わらないのかな? 合唱部に所属しているけど、ピアノ伴奏が専門、ということでしょうか? それとも、部活とは関係なく、個人的にピアノの練習をしているということなのかな。そういうあたりも、よくわからなかったですね。

  • 三浦

    そうですね。それから、13枚目。一行空きの後で、「あれ、今日は遅いじゃない」と、優奈が主人公に声をかけていますね。ここって、普通に読んだら、その前のシーンの続きに見えます。先生のことをあれこれ考えながらピアノを弾いていたせいで、教室に来るのがいつもより遅くなったんだなと、大概の読者は思うはずです。でも、違うんですね。場面が始まって6行目には「空は明朗と晴れ渡り、青く突き抜けていた。もうすっかり夏の色だ」とあります。ここで、「あれ? おかしいな」って思うわけです。天気が違うな、雨の季節のはずだったよなって。首をひねりながら先を読むと、次のページに「初めて音楽準備室で先生と遭遇してから、二ヶ月近く経っていた」と出てきて、ここで初めて「そんなに時間が経ってたのか」と気づきます。ここのあたりも書き方がうまくない。一行空けて場面転換した際、なるべく早く、「あれから二ヶ月が過ぎた」ことを、さりげなく入れるべきだと思います。情報をどのタイミングでどう出せば効果的で伝わりやすいかということを、もう少しよく考えてみてほしいですね。

  • 編集A

    読み手が混乱してしまいますからね。

  • 三浦

    そして、もう一つ大きく気になることがありました。それは、主人公がいつどのタイミングで「私は先生が好きなんだ」と自覚したのかということが、はっきりしないことです。むしろ、そのあたりの描き方は矛盾していると言っていい。これ、主人公はいつ先生のことを好きになったんだと思いますか?

  • 編集C

    いつというか、もう最初から好きですよね。

  • 編集B

    私も同じ考えです。冒頭で先生のことを長々描写していますが、それを語っているときの主人公は、もうとっくに先生に恋していると思う。

  • 三浦

    そうですよね。私もそう思います。というか、それはもう自明ですよね。先生の声は三月の雨のようだ、先生はこんな風な繊細な容姿をしている、先生は物思いに耽ることがある、先生は、先生は……って、ひたすら先生について思いのこもった描写を重ねているのですから、読者には最初から分かっているんです。「主人公は、この先生が好きなんだな」って。
    でも、主人公自身はどうでしょう? 主人公はいつ、「私は冬野先生が好きなんだ」と自覚したのでしょうか?

  • 編集D

    最後まで自覚してないような気がする。

  • 編集A

    でも、先生が好きだからこそ、最後、「私がやりました」って、嘘をついたわけでしょう?

  • 編集D

    主人公がそれほどまでに先生を好きだということが、そこに至るまでほとんど描かれていませんよね。だから僕は、ラストの展開はちょっとびっくりしたんです。展開に驚いたというより、その行動の動機がよくわからなかった。正直、「その場のノリでやったのかな?」と思いました。そんなことをするつもりは特になかったのに、気づいたら嘘の告白が口を突いて出ていたということかなと。

  • 編集B

    れ、一人称作品なんですけど、その割に、主人公の先生への想いが、あまりはっきり見えてきませんね。「なんとなく先生が気になるだけです」「べつに恋とかってわけじゃなくて」、みたいなテンションでずっと語られているので。

  • 三浦

    そうなんです。そのあたりがとても曖昧です。「私は先生が好き」という認識が、あるようにもないようにも見える。でも、実際は好きなんですよね。主人公は冒頭場面において、すでに先生に恋をしている。ただこの段階では、主人公自身はまだ、自分の恋心を認識していなかったのでしょう。でもその後、決定的な瞬間が訪れます。それが、12枚目の終わりのところ。「そのとき唐突に――先生への想いを綴る優奈の投稿に、『いいね』を押さない自分に気がついて、心がざわめいた」。主人公の心がざわめいたのはなぜかというと、「自分も先生が好きなんだ」ということに気づいたからではないかと思うんですよ。SNSでの優奈の恋する女子発言を「ほほえましい」と感じているはずなのに、主人公はなぜかずっと「いいね」が押せなかった。その理由が、ふいに自分で理解できた。「私も先生が好き」だから。そのことに気づいて、「心がざわめいた」んじゃないでしょうか。
    続く、「いっそ私も、SNSで言葉を発してみようか」というのは、「先生への想いを」ということですよね。優奈がしているように、誰への想いなのかは伏せたまま、自分の恋する気持ちを吐露してみようかと思った。
    その後の「切なくも荘厳な讃美歌の旋律が、雨音と先生の気配に溶け込もうと、私の指から流れていく」。ここでさらに決定的になっていますよね。だって、自分の奏でるピアノの旋律が、先生の気配に溶け込みたがっていると主人公は語っているんです。私はここは、非常に素晴らしい文章だなと思いました。先生を恋うる女の子の心情が、とても美しく描写されている。
    この三つの文章を読んで、私は「主人公はついに自分の恋心を自覚したんだな」と思いました。ところが、その先を読み進むと、優奈の「告白する」宣言に対して、「がんばってほしいと思う。私にとって、親友の恋と、冬野先生という存在とは、別物として存在していたのである」なんて語っている。私、びっくりしちゃって(笑)。思わず「ええっ!?」ってなりました。その後も主人公は、「優奈の想いをちゃんと応援しよう」なんて思ってたり、スマホに「友達の純粋な想いに感動! 私もいつか、そんな恋をする日がくるのかな? なんてね(笑)」なんて能天気な下書きを打ったりしている。極めつけは20枚目。「自分に他意がなくても、こんなことをしているのは優奈への裏切りになるかもしれない」と語っていますが、ええー、「他意がない」の? って、またびっくりした(笑)。二ヶ月も毎日、先生に会うためだけに朝早く登校してくるのに? それも、毎回会えるわけではないですよね。週に一、二度会えるかどうか、会えてもすぐに先生はその場を去ってしまったりするのに、それでもずっと主人公は続けているんです。なのに、それが「他意のない」行動だと、本気で思っているの? 「心がざわめいた」のに? 主人公はずいぶんぼんやりした子だな、と(笑)。
    主人公がいつまでも自身の恋心を認識せず、直視しないままなのは、この作品の構成上、ややまずい手だと思います。

  • 編集A

    確かに、主人公の心情の描き方には矛盾が感じられますね。音楽室の場面で一度は盛り上がったはずの恋心が、いつのまにかなかったことにされている。この作品は一人称ですから、地の文に「優奈を応援しよう」とか「他意はない」とか書かれていたら、それは本心ということになります。

  • 編集E

    もしかして作者は、音楽室のシーンを「恋を自覚した」場面とは考えていないのでは?

  • 三浦

    だとしたら、描き方の塩梅を間違えていると思います。あんなにリリカルで美しい独白を主人公にさせておきながら、「これが恋? 全然気づきませんでした」なんてことにするのは無理があります。

  • 編集C

    私は、主人公は自分にも本心を隠しているのかなと思いました。ほんとは、自分が先生を好きだという自覚はあるんだけど、それが意識にのぼろうとするたびに抑えつけて、自分に対しても嘘をついているということかなと。

  • 三浦

    「信頼できない語り手」ということですか?

  • 編集C

    はい。水面下ではすごく葛藤しているんだけど、気づかないふりをしているから、一人称の語りにその心情が現れてこない。まあ、私の勝手な想像ではあるんですけど(笑)。このラストシーンは、その抑えつけていた想いがとうとう溢れ出てしまったということなのかなと、一応解釈しました。

  • 三浦

    でもその想いの迸り方は、あまりに唐突ですよね。読者が十全に納得のいく展開になっていないと思います。

  • 編集B

    唐突だからこそ、読者を驚かせるオチになっているというところは、多少あると思います。でもやっぱり、ちょっと呑み込みにくいですよね。私も、「そこまでの行動をとるんだ!? そんなに好きだったの?」って、びっくりしました。

  • 三浦

    たとえ「本心を語らない一人称」だったとしても、その本心を読者にさりげなく伝えるやり方はいくらでもあります。もし本当に主人公が「自分の気持ちを知ってて押し殺している」ということなら、やっぱりそこはもう少し匂わせる必要がある。先生への想いが意識に上ろうとするたび、「だめだめ、こんなこと考えちゃいけない」とか「優奈に気づかれないようにしなきゃ」みたいに思っていることは、何らかの方法で表現するべきでしょう。
    でも、現状の書き方から判断すると、どうも主人公は、心から「優奈を応援しよう」「私の気持ちは恋じゃない」と思っているように見えます。それだと、心情の流れがラストの展開にスムーズに繋がらないですね。「先生を好き」だからこそ、爪痕を残そうとしたのに。

  • 編集A

    「忘れられるくらいなら、憎まれていたい」なんて、尋常ではない執着ですよね。主人公は、実はものすごい熱量で先生のことを想っていたということになる。

  • 三浦

    はい。でもその熱量は、文章からはほぼ伝わってこない。だから、ラストの展開が唐突に感じるんです。もし、主人公が「優奈を応援しようと思った」のが、その時点においては嘘でなかったということなら、そこからラストの場面との間に、主人公が「私は先生を好きなんだ……!」と強く自覚する場面が必要だと思います。でもそれが見当たらない。

  • 編集B

    寝ている先生に遭遇する場面がそれっぽくもあるけど……でもやっぱり違いますね。「自分でも説明できないこの感情」と言っている。ということは、自覚していない。

  • 三浦

    それに、その場面の後でも、主人公の語りには何の変化も起きていませんよね。先生を想っている様子は特になく、むしろ「最近優奈は元気がない」「最近優奈は先生の話をしない」なんてことのほうを気にしている。先生が学校をやめると聞いても、ショックを受けているのは優奈で、主人公はほとんど心を乱していない。これは、恋する女の子の反応ではないと思います。だって、一度「私はあの人が好き」と自覚したら、その自覚はもう取り消せないじゃないですか。いったん自覚したのなら、その後は、「自覚した」ということ前提での心情描写にならなければいけません。
    もちろん、「好き」と自覚した後でも、「ほんとに好きなのかな? やっぱり違うのかも」という揺れ動きはあっていいし、「優奈を応援しなきゃ。ああでもやっぱりできない」みたいな揺れ動きもあっていい。むしろ、そういうものがあるほうが自然だと思います。でも、あるときは恋心を自覚している人のような振る舞いであり、またあるときは全然自覚できてない人のような振る舞いであるというブレが生じるのはよくない。主人公の「先生を好き」という認識がどうなっているのか、はっきり定まっていない描き方なのは、非常に引っかかりました。

  • 編集D

    主人公の気持ちの流れがつかめないまま唐突なラストシーンへと突入するから、どうにも盛り上がりに欠けますよね。

  • 三浦

    はい。せっかくいいオチを思いついたというのに、うまく活かせていない。とてももったいないと思います。ラストの場面の、主人公の行動自体は唐突であっていいんです。むしろ、淡々と描かれてきた物語に、突然の爆発が起こることで、非常に印象的なラストシーンになったはず。でも、そこへ来るまでに、主人公の恋の自覚が示されていなければ、どんなに思いきった行動を取らせたところで、盛り上がりは生じきらない。描かれていない以上、主人公の恋心の高まりを読者は知らないわけですから、「え、そんなことするほど好きだったの?」という戸惑いのほうが強くなってしまう。

  • 編集B

    うまく使えれば、オチとして大きな効果を発揮しただろうにと思うと、非常に惜しいなと感じます。ものすごく損してますよね。

  • 三浦

    そうなんです。こういうオチにするなら、主人公が恋心を自覚する場面は絶対に必要だし、私はそれは、ちゃんと描かれていたと思います。例の音楽室のシーンですね。描くタイミングも、描写の塩梅も、今のままでちょうどいい。とてもうまく書けていたんです。なのに、そこから先がまた、「自覚していません」という話の流れになっているのが、どうにも理解できなかった。主人公の心情の流れについて、作者がどういう組み立てをしているのかは、結局よくわからなかったです。でも、読者がここまで腑に落ちないものを感じている以上、ちょっとまだ、その辺りの計算が行き届いていないように思いますね。

  • 編集B

    寝ている先生に触れようとして触れられなくて……という定番の萌えシーンも、もっとドキドキさせてくれてよかったのに、何だか中途半端な盛り上がりのままで終わっちゃってましたね。そこももったいなかった。

  • 編集A

    この主人公はここまで先生のことを日々気にし続け、考え続けているというのに、友達の優奈が「先生を好き」とわかると、すんなり「応援しよう」となるのはどうにも不自然ですよね。たとえ自分の恋心を自覚していなかったとしても、反射的に「嫌だ」と感じるのが普通じゃないかな。

  • 三浦

    そうですね。大した葛藤もなく「応援しよう」となるのは、ちょっといい子ちゃん過ぎるように感じますね。

  • 編集A

    これは作者が、「主人公をいい子にしよう」と思っているせいなのかなと感じます。「友達を思いやる、優しい子」に描こうとしているのかなと。

  • 三浦

    同感です。作者が主人公に思い入れるあまり、主人公と自分を同一視しているようなところがある気がする。だから、主人公の生々しい部分、醜い部分をくっきりと描き出せていないんじゃないかなと。この作者に限らず、書くときにいかにして登場人物と適正な距離を置くか、ということを考えるのは、とても大切です。

  • 編集A

    それに、「優奈の為に」と思って行動するほど、主人公が優奈を好きなようには、あまり感じられないですよね。むしろちょっと醒めた目で見ているような気もする。「筋金入りの面食いである」とか言っているし(笑)

  • 編集B

    それは優菜も同様です。主人公と友達になった理由が「マウンティングとかしないから一緒にいて楽」だなんて、ちょっとひどい。二人の間に、あまり友情感がないですね。

  • 編集C

    主人公は、先生が早朝、音楽室にいることをずっと秘密にしてますよね。優菜のことが本当に大事なら、当然教えると思う。だからやっぱり、主人公には先生への秘めた想いが強くあるはずなんだけど、それがうまく描けていなかった。

  • 編集B

    せっかく主人公は、アップしないSNSの下書きを山ほど溜めこんでいるんだから、そこに本心を書けばよかったのに。

  • 三浦

    そうですね。一人称の語りでは「応援しよう」と言っていても、SNSの下書きにドロッとした本音を吐露していれば、読者にも主人公の本心が伝わります。そういう描き方だったら、主人公の心情の流れをうまく読者に見せられたかもしれません。もしかしたら作者は、主人公の嫌な面を描いたら、読者に嫌われると思っているのかもしれない。でも、それはむしろ逆です。人間なんだから、嫌な部分、弱い部分はあって当たり前ですから。

  • 編集A

    むしろ読者は、そういうところをこそ読みたいと思ってますよね。もう少し悪意とか毒とかが滲んでいるほうが、読んでいて納得感がある。

  • 編集C

    本当なら、応援なんかできませんよね。主人公からしたら、「優奈より私のほうが、ずっと先生を好き」、が本音だと思う。

  • 編集B

    私、5枚目の「せっかく、先生は『美形』にならないように、顔のつくりを少しずらして、ひっそりと雨のような声を降らせているのに」のところ、すごく好きでした。「せっかく」という言葉が効いてますよね。主人公の想いがにじみ出ていると思う。「私のほうが好きなのに」「私だけの先生だったのに」って。

  • 三浦

    冒頭の先生の描写も、すごくよかった。人物造形は、とてもうまくできていると思います。

  • 編集B

    罪悪感に動揺している優奈に、「どっちにしろ、先生は辞めてたと思う」と言ったら、「目の奥を緩ませたまま、微かに頬を緩めたのを、私は見逃さなかった」とかね。こういうあたり、本当に上手だなと思います。

  • 編集A

    ディテールの作り方が達者なんですよね。フェティッシュな描写もうまかった。ラストも、「先生が好きです」って告白するんじゃなくて、「私があなたを陥れました」って嘘をつく展開にしたのは、斬新でした。

  • 三浦

    発想も描写もとてもいいですよね。そこまでして自分を先生に刻み付けたいという思いがあるというのはすごくいい。ただ、そのクライマックスを盛り上げるための、そこに至るまでの心情のうねりが、うまく効いていなかった。アイディアが良かっただけに、非常に残念です。タイトルもちょっと、説明的でしたね。小説を書く勉強のためにも、「恋心の自覚をどこに持ってくるか」を再考し、もう一度練り直してみてもいいかもしれません。きっと、もっと作品がよくなるはずです。とにかく、とても魅力のある作品でしたね。改善点はあるものの、文章は素晴らしいし、小説としてのレベルは高いと思います。今後が非常に楽しみですね。

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