編集B
これはもう、説明の要らない作品ですよね。とても気楽に、楽しんで読めました。キャラクターは微笑ましいし、等身大のときめきもあるし、ユーモアもある。肩の凝らないエンターテインメントとして、とても優れていると思います。
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第203回
飛脚のおにいさん
真山 唯
これはもう、説明の要らない作品ですよね。とても気楽に、楽しんで読めました。キャラクターは微笑ましいし、等身大のときめきもあるし、ユーモアもある。肩の凝らないエンターテインメントとして、とても優れていると思います。
わかります。素直に、楽しく読める作品ですよね。私はこういう小説も、すごくいいなと思います。
ただ、展開もラストも、これでは安易すぎないですか? 作品のテイストには合っているのかもしれないけど、ちょっと都合が良すぎところが多いですよね。主人公が磯崎さんを好きになるのはよくわかります。爽やかな好青年だし、仕事も真面目に頑張っているし、危ないところを助けてくれたし。でも、磯崎さんはどうして主人公を好きになったのかな? 初対面のときの主人公は、寝起きでダルダルのTシャツにシワシワのハーフパンツ姿。お酒を飲んでそのまま寝たから、メークはドロドロで髪はボサボサ、顔はむくんでパンパン。きまりが悪いからぶっきらぼうな応対をして……と、およそ男子が惚れる要素があるようには思えないです。なのに、ラストではなぜか両想いっぽくなってますよね。理由が分からない。
確かに、この両想い展開には説得力がないですよね。
いやこれ、両想いかどうかはまだ分からないですよ。そんなにはっきりとは書かれていない。ただ、男性から見て主人公は「隙がある」と思える子だから、誘いやすいのは間違いないです。もちろん作品としては、「両想いになってハッピーエンドです」という雰囲気を漂わせてますけど、とりあえず今のところ磯崎さんは、「ちょっとご飯にでも行こうよ」くらいの感じなんじゃないかな。ただ、主人公目線の話ですから、主人公の「こうだったらいいな」補正がかかっているので、両想いっぽくなっているのでは。
でも、主人公の名前を把握してるし、ストーカー騒ぎの後、主人公がうっかり告白っぽく口を滑らせたら真っ赤になってますよね。これはかなり脈があるとしか思えない。この場面ですでに主人公を好きになっているのですから、それ以前の段階でもう心が動いていたはずですよね。
2回目の配達のとき、重いミネラルウォーターを運ばせて悪いことをしたなと思った主人公は、恐縮してすごく気遣っていました。それを見て、「いい子だな」と思ったんじゃないでしょうか。主人公がお水のペットボトルを差し出したら、磯崎さんは一瞬ぽかんとしますよね。これは、思いもかけない気遣いをしてもらって、虚をつかれたんだと思います。その後でにっこり笑っているから、すごく嬉しかったんでしょうね。
うーん、たったそれだけで? その程度の心遣いをしてくれるお客さんには、今までにも出会ったことがあるのではと思うんだけど……。
これはもう、「恋とはそういうもの」ということでいいんじゃないかな。理屈じゃないんです。
単にお互いタイプだったんでしょう。
でも小説なのですから、そこにもう少し納得感が欲しいです。一応恋愛モノのはずなのに、現状では、恋愛をちゃんと描けているとは感じられない。
気持ちは分かります。確かにいろいろ、主人公にとって都合がいい展開になっている。でもこれは、言ってみれば、「こんな出会いがあったらいいな小説」ですから。
言い得て妙(笑)。そうですよね。作者や読者の夢や願望を詰めこめるのが、小説のいいところでもありますからね。
だとしたら、後はもう、「評価は好み次第」ということになる。
僕は好きですね。イチ推ししています。ストレートで分かりやすい作品だし、変に深刻な要素がないので、気軽に楽しんで読めます。主人公もいい感じに力が抜けている。
この主人公、私もすごく好きです。友だちになれたら楽しいだろうなと思います。磯崎さんの、爽やかな好青年ぶりもいいですよね。「こんな人が現実にいたらいいのに」って思えます。
私にはちょっと、このいかにもな爽やかさは「記号」に見えてしまった。
同感です。それに、「好み」を言っていいなら、私は「爽やかな男性」にはあまり心惹かれない(笑)。だから、磯崎さんにはさほど興味が持てなかった。個人的な嗜好で、本当に申し訳ないです。でも恋愛モノって、結局はキャラクターを好きになれるかどうかですからね。
それに、磯崎さんはあまりにも爽やかすぎるので、逆に胡散臭い感じがしてしまうんです。
わかります。「四分の一にカットしたオレンジみたいな口で笑う」人なんて、爽やかすぎて逆に怖い(笑)。私は実は、「磯崎さんは、主人公のストーカーなのかな?」とも思って読んでいました。だって、引っ越し先の近所のスーパーで、閉店間際にたまたま同じ弁当に手を伸ばすとか、そんな偶然、ありえます? 作者の意図とはちがうでしょうけれど、「このラストの先に、ホラー展開が待っているのかもしれないな」と想像して楽しむこともできました。
そういうひねりがあったなら、私も評価はぐっと上がったと思います。
確かに、作中においてひねりはほぼないですね。お題の使い方も、非常にストレートです。宅配便の会社の制服というだけですから。でもこの、佐川急便ならぬ佑川急便というネーミング、「安易すぎないか」とおもしろかったです。
ストーリーもキャラも文体も、お題のクリアの仕方まで、言っては悪いけど、すべてが安直です。でも、話のテイストには合っている。
統一感がありますよね。
確かに都合は良すぎるかもしれないけど、安直もここまで突き詰めると、いっそ清々しい。悪いことではないと思います。
ノベル大賞にも投稿されていた方なのですが、そのときの作品は、妙に深刻になって分かりにくいところがありました。今回の作品は、いい感じに肩の力が抜けていると思います。
作者が楽しんでのびのびと書いているのが伝わってきます。そこはとてもいいですよね。
それに、実は細部はすごくちゃんと描けていると思います。例えば、ストーカーと化した元カレのヒロトに襲われそうになるシーンで、彼がなぜかシャワーヘッドを握っているというのがすごい(笑)。「なんでシャワーヘッド?」「でも、そのわけの分からなさが怖い」っていうあたり、もう絶妙ですよね。笑えるんだけど、同時に、彼のアブなさが窺えて確かに怖い。とてもうまい描き方になっていると思います。
ラストの、お弁当のくだりも良かったです。よりによって「スタミナ弁当」に手を伸ばしてるのを見られて、後悔するんですよね。女子としては「五穀米と八種の野菜の甘酢あん弁当」にするべきだったって(笑)。この気持ち、よくわかります。「だって割引シールが貼られてなかったから」とか、こういうあたりの描き方も実にうまいですよね。
はい。具体的なメニューのチョイスがまた絶妙なんですよね。「ガーリックソースの若鶏スタミナ弁当(温玉つき)」なんて、ほんとにおいしそう。私も「甘酢あん」よりそっちを選んで後悔する派だわ、と思いましたもん。
冒頭シーンで主人公が、Tシャツを全部脱がないで、首にひっかけた状態でブラをつけている。これ、「女子あるある」ですよね。
はい。私もしょっちゅうやってます(笑)。
リアルな女子の生態や感覚の描き方は、非常に秀逸です。一見軽く見える作風だけど、意外によく考えて作られているのではと思います。
ストーリーだけを見るとたわいない話なんですが、このディテールの描写力は十分読者を獲得できる魅力になり得ると思います。
そうですよね。だからやっぱり、重要なのはプロットとかじゃないんだと思います。もちろんプロットも大事なんだけど、それをどう見せるか、どんな文章で読ませるか、登場人物をどう描くかが一番大事なんだなと。本作は、そういうことを見事に体現していると思います。私は、磯崎さんは好みの男性ではないけれど、本作そのものはとても好きです。
私も、作品の出来自体はいいと思います。ただ、あまりにひねりなく話が終わってしまったので、正直物足りない。磯崎さんは結局、ただ爽やかなだけの男性だったし。
でも、あまりに爽やかすぎる故に、「もしかしてストーカーかも」という疑念を私は持ったわけです。作者は意図していないかもしれないけど、そういう風にも読める余地があるのはいいことだと思います。読み手によって違う解釈が生まれるくらいに、ちゃんと人物を描けているからだと思うんですよね。
まあ、作者はほんとに意図していないとは思いますけど(笑)。これは、「こんなことが起こったらステキよね~」という、ほんわかしたコメディタッチの世界観のお話ですから。ただ、そういう世界観の中で、元カレのヒロトの描かれ方はちょっと浮いていると思う。職場の先輩から鬱になる程いじめられて……というのは、かなりヘビーな要素ですよね。
作品世界のテイストにやや合ってないですよね。それに、「職場でいじめられて」という理由づけは、「このひどい元カレにも同情すべき余地があるんです」と読者に言い訳しているように感じられてしまいます。
「ヒロトだって、根っからのワルじゃないんです」と言いたいんだろうけど、「職場のいじめ」という便利な記号を使って簡単に説明を済ませているようで、引っかかります。男友達が主人公に、「お前が気に病むことじゃないからな」と言っているけど、こんな言われ方をされては、ヒロトもちょっとかわいそう。彼に「ストーカーになって襲撃」なんてことまでさせなくても、「新しい彼女に振られて、主人公のところに戻ってこようとして揉める」くらいの事件設定でよかったんじゃないかな。
主人公の、「ヒロトがいつか、いい恋に出会えますように」というのも要らないと思う。ちょっといい子になりすぎだと感じます。
同感です。「根っからの悪人は登場させる必要がない」と判断された作者の意図やお気持ちはわかりますが、主人公がおためごかしを言ってるっぽいというか、微妙に上から目線にも感じられてしまい、「ちょっと綺麗事に過ぎるかな」と感じました。
気になるところはいくつかありましたね。ただそれらは、作品自体の価値を下げるほどの瑕疵ではないと思う。私はイチ推ししています。全体にコミカルというか、軽いノリで楽しく読ませようとしていますが、それは作者が意図的にやっていることだと思います。最後のまとめ方だって、都合のいい感じになっているということは、おそらく作者自身わかっていますよね。だって、「その笑顔のお届け先は、これからずっと、私だけであってほしい」って言ってるんですよ?(笑) 「宅配便屋さん」と恋に落ちる女の子の話として、ベタなオチまできっちりつけている。私はむしろ、非常に手慣れていると感じます。
実は、この作品内には「しまもよう」という単語は出てこないんです。でも、安直な方法なんだけど、お題を楽々クリアしているのは誰の目にも明らかですよね。こういうあたりも、書き方がこなれていると感じる。
一見、するする読めて毒にも薬にもならない、ただ単純に楽しい、みたいな作品に見えるんだけど、実は細かい部分で、すごくよくできていますよね。それは、伏線やオチがうまいという意味だけではありません。読者は決して、そういう仕掛けの巧みさばかりを求めているのではないと思うんですよね。小説というのは、文章の読み口や味わい、リズム、ディテール描写などによっても、読者を楽しませることができる。そういうものが充分読みどころになり得るのだということを、本作はちゃんと体現しています。そこがすごくいいと思いました。
読者に見せないだけで、作為はちゃんとあるんですよね。その上で、うまく力を抜いて書いている。でもそれ故に、評価は人によって違ってきますよね。「大嫌い」とまで思う人は少ないでしょうけど、「大好き!」と感じるか、「それほどでも……」と感じるか、人によって分かれてしまうのは致しかたないかなと思います。
あと、こういう世界観だけのお話で長編を何作も書くというのは、難しい面もあるかもしれない。そこをどう工夫していくかということも、今後は考えてみてほしいですね。