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選評付き 短編小説新人賞 選評

駅で会いましょう

田中吉遠

  • 編集I

    文章が抜群にうまい作品です。話の盛り上げ方も心得ている感じだし、小さなどんでん返しもある。小説として非常に優れているなと思います。私はイチ推しにしました。女性同士が惹かれ合う話ですが、そこはメイン要素ではない。作者が焦点を当てているのは、あくまで「恋する気持ち」ですよね。性別には関係なく、人を好きになったときの繊細な心の機微がよく描けていたと思います。

  • 編集A

    文章の上手さ、そして、「小説を書く」ということの上手さは圧倒的と言っていいですね。

  • 三浦

    はい。作者はお若い方のようですが、よくこんなにも巧みに書けるものだなと感心しました。

  • 編集A

    ただそれがちょっと、「頭のいい人が、頭で考えて書いた小説」というふうに感じられなくもない。全体に知的な雰囲気で、それはラストまでしっかりと維持されている。それ自体はとてもいい。ただ、恋する気持ちに性別は関係ないとは思いますが、もしこの話を男女で描いたとしたら、ここまで鮮やかな作品にはならなかったんじゃないかな、とは思う。パブで絡まれているところに颯爽と登場して助けてくれたり、「実はずっと前から好きだった」と告白されて両想いになったりする展開は、男女の物語だとかなり都合よく感じられてしまいますよね。作者はそれもわかっていて、メインの二人をわざと女性同士にしたのではないでしょうか。まあ、そのあたりの嗅覚の鋭さがまた、「上手い」ということなのでしょうけど。

  • 三浦

    うーん、そこまで策略を巡らして書いているとは、私はあまり思わなかったですね。ただ、なまじっかとてもうまいだけに、読者によっては「まるで狙いすましているよう」と感じられてしまう部分もあるのかなとは思います。

  • 編集A

    確かに、書くことへの真剣さはすごく伝わってきます。そこはとてもいいですよね。うまいからこそ、一生懸命さがあざとく感じられてしまったのかもというのは、なるほど、納得がいきます。

  • 編集C

    作為ではなくて、背伸びなんでしょうね。私もどちらかというと、この「頭で考えた」感じは多少気になるのですが、とても頑張って書いているのが感じられるので、そこは好印象ですね。

  • 三浦

    いい意味で、すごく考えて話を作っておられるのは間違いないと思います。というのも、主人公が汐音さんに対して抱いている憧れの気持ちが、「友達になりたい」なのか「恋人になりたい」なのか、中盤までわかりませんよね。読者は「どっちかな?」と思いながら読み進み、11枚目で初めて、「主人公は女性を愛する女性である」ことが明かされる。そして、そこからまた話が展開していく。こういうあたりの書き方がすごくうまいなと思います。
    この話を男女で描いたとしたら、読者は最初から「主人公はこの男性が好きなんだろうな」と気づいてしまいますが、女性同士の話にすることで、やはり現状は少数派ですから、「友情? 恋愛? どうなるのかな?」と、主人公の心の動きに読者をより引きつけ、思い入れを抱かせることになります。そういう効果を狙ったところはあるのかなと思います。誰かのセクシャリティを小説の「効果」として扱っていいのかはまた別問題ですが、少なくとも本作においては、「他者に心惹かれていくさま」が丁寧に描かれていると思いました。

  • 編集A

    「しまもよう」の使い方も、よく考えられてますよね。「ストライプの服」というのは直球だけど、出会いの場面に、パブで助けてもらう場面、そしてラストシーンと、二人の距離が近づくここぞという場面で、ちゃんと小道具として使われている。映像的にきれいで、とても印象的なシーンになっていたと思います。ほんとに、文句のつけようがないくらい上手い。

  • 編集G

    ただ、恋愛感情を描くことに真剣に取り組んでいる作品にしては、主人公が「憧れの人」から恋人として選ばれた理由が、ちょっと弱いのではないかと思います。主人公のどこがそんなに魅力的だったのか、作品から今ひとつ伝わってこない。もちろん主人公はとても好ましい人物だとは思いますが、割とごく普通の女性ですよね。対する汐音さんは、美しくて品があって颯爽としていて、でも無邪気で朗らかな、ものすごく魅力的な女性に思える。その汐音さんが、ずっと以前から主人公に片思いしていたというのが、なんだか腑に落ちないです。

  • 編集B

    また違った雰囲気で描かれてはいるけど、これも今回の最終候補作のひとつである『飛脚のおにいさん』と同じく、「こんな出会いがあったらいいな小説」なんですよ。

  • 編集A

    ただこの作品では、二人が会って話をして、少しずつ互いを知り合っていく様子が、割と丁寧に描かれています。時間とエピソードの積み重ねがちゃんとあるから、私はそれほど引っかからなかったですね。まあ確かに、この二人が偶然どちらも同性が好きな女性で、というのは、やや都合がいいとは思うけど。

  • 編集G

    でも、そうやって少しずつ知り合っていくずっと前から、汐音さんの方は主人公に恋していたわけですよね。

  • 編集A

    一目惚れだったのかもしれない。

  • 三浦

    それに、恋に理由は要らないんじゃないかな。

  • 編集G

    理由は要らないですけど、納得はさせてほしい。汐音さんが主人公のどういうところを見て恋に落ちたのか、そのあたりがもう少しわかれば、もっとすんなりこの展開を受け入れられたのにと思います。それがないから、「憧れの人は、実は以前から私に恋していたらしい」という真相が、都合よく感じられてしまうのではないかと。

  • 編集E

    ただ、ちょっと難しいですよね。これ、一人称作品ですから、自分で「私はこんなに魅力的なのよ」って言うわけにはいかないでしょうし。

  • 編集B

    確かにね。汐音さんに関しては、読者が「すてき」と思える描写がたくさんあるけど、主人公のことはあまりわからない。読む限りにおいては、割と地味な印象ですよね。

  • 編集A

    でも主人公は、汐音さんからお勧めされたバンドのCDを、その日のうちにレンタル屋に借りに行って、一晩で聴き込んだりしている。こういうの、汐音さんにとってはすごく嬉しいと思います。「自分に興味を持ってくれたんだな」って思えるから。読者から見ても、「主人公は誠実ないい人だな」って思えますよね。

  • 編集B

    それに、「何のとりえもない私が、素敵な人に恋される」みたいな話は、やっぱり大きく需要がありますよね。そういう話をこの作品は、それなりに説得力のある形で書けていたんじゃないかなと思います。それにしても汐音さん、「ずっと前から好きだった」ということなら、冒頭シーンで定期券を落としたのは、もしかしてわざとだったのでは?

  • 編集E

    わざとなんでしょう。今までにも何度も落としてたんじゃないかな(笑)。

  • 編集A

    じゃあ、主人公に気づいてもらえなかったときは、自分で取りに戻ってたのかな(笑)。

  • 三浦

    主人公がパブで絡まれてるときその場にいたのも、後をつけてたってことなんでしょうか。偶然とは考えにくい感じですものね。なんだか汐音さん、ストーカーみたいになっちゃってるな(笑)。でもまあ、しょうがないのです。恋に落ちたら、そういうことをしてしまう時期もあるということでしょう。

  • 編集E

    恋愛に関することって、当事者以外から見れば、変態行為みたいなこと多いですからね。

  • 編集C

    ストーキングが犯罪になるかどうかは、合意があるかどうかですから、されている側が迷惑に感じなければ問題にはならない。

  • 編集A

    汐音さんは知的な感じだし、もともと二人は惹かれ合っているのだから、パブでの救出シーンはちょっとときめく場面になってますよね。

  • 三浦

    主人公が汐音さんをひと目見て心惹かれたのと同じように、汐音さんにも、主人公を見て心が動いた瞬間があったんでしょうね。書かれてはいないけど、「そういうことなんだろうな」と私は充分に納得できたし、汐音さんの気持ちを想像することもできました。

  • 編集E

    たぶん、「文庫本」じゃないかな。電車の中で本を読んでいる主人公を見かけて「すてき」と感じたのではと、私は思っています。

  • 編集D

    ただ、拾った定期券を渡すとき、「忘れてますよ」と言うのはおかしい。ここは、「落としましたよ」のほうが自然だと思います。

  • 三浦

    そうですね。私が一番引っかかったというか、唯一この話でがっかりしたのは、ラストの部分です。汐音さんが「電車の路線が変わるんです」と言ったのは、結局嘘だったんですよね。「路線が変わるから、ホームも変わる。明日からもう会えなくなる」ということになったとき、主人公が自分を追って来てくれるのかどうか、試したわけです。はっきり申しますと、私は誰かの気持ちを試すような人が大嫌いなので、「汐音さん、ひどくない!?」と、ものすごく落胆しました。

  • 編集C

    私もそこで「ええー!?」ってなりました。嘘は良くないですよね。本当に路線が変わるという展開でよかったのに、と思います。

  • 編集B

    だからこそ主人公も、勇気を奮い起こして追いかけて行ったわけですし。

  • 三浦

    はい。で、汐音さんのほうも密かに「来てくれないかな」と思っていて、願掛けの意味で出会いのときのストライプのスカートを履いてきた、ということでいいと思うんです。「願いが叶った。このスカートのおかげかな。来てくれてありがとう。とても嬉しい」で、ハッピーエンドでいいじゃないですか。路線は別々になっても、駅は同じだし、これからお付き合いも始まるんだから、いくらでも一緒にいられますよね。汐音さんに嘘をつかせる必要はないと思います。
    最後にどんでん返しをと考えたのかもしれないけど、せっかくの繊細で美しい恋物語が、ここで台無しになってしまっているように思えて、すごく惜しい気持ちになりました。

  • 編集A

    作者としては、胸キュン展開のつもりだったのではないでしょうか。主人公も「惚れ直しました」と言っていますし。「そんな策を弄してまで、私のことを強く求めてくれていたのね」と、ときめきを感じるシーンとして描いたのかなと思います。

  • 三浦

    うーん、好みの問題ですけれど、私だったら、こんなことをされたらドン引きです。「なんであたしを試すんだ!」と、百年の恋も冷めますね。

  • 編集A

    まあ確かに、これを男女の話に置き換えて想像してみたら、キュンとはしないかな。自分だったら嫌ですね。

  • 三浦

    そうでしょう? 自分が秘かに恋していて、親しくなりかけている相手から、「明日からもう会えなくなるんです」と告げられ、たまらずに追いかけて行ったら、「実は嘘でしたー。そう言ったら追いかけてきてくれるかなと思って」って言われたと想像してみてください。「追ってきてくれて嬉しい。さあ付き合おう」なんて言われて、OKできます?

  • 編集F

    今ちょっと想像してみて……結構傷つきました(笑)。

  • 編集B

    主人公が恋愛感情で汐音さんを好きなことを、読者は分かっているけど、汐音さんは知りませんよね。現状、やっぱり同性を好きな人は少数派だし、汐音さんとしては、「私は恋なんだけど、相手は友情でしかないのかもしれない」と思って、ちょっと確かめたかったのではないでしょうか。

  • 三浦

    でも自分が「恋」なんだったら、もう告白すればいいじゃありませんか。もし振られて気まずくなったなら、そのときは車両を変えればいいだけのことです。

  • 編集A

    恋愛相手として振られる可能性については覚悟できたとしても、せっかくここまで築き上げた友情めいたものまで失いたくなかったのでは? 実際そう書いてありますよね。「来てくれなかったら諦めようと思ってたんです」って。

  • 三浦

    だからと言って嘘をついたのでは、信頼関係そのものが壊れてしまいます。それに、「友情関係が壊れるくらいなら、告白しないわ」という程度の想いなんだったら、そもそも相手を試す必要がない。ずっと今のまま、友達でいればいいのですから。この騙し方はやっぱりひどいと思う。

  • 編集C

    どう考えても狡いですよね。それに、それまでに描かれている汐音さんのイメージとも合わないです。主人公の目に映る汐音さんは、背筋を伸ばし、凜として前を向いている女性ですよね。しっかりと自分を持って、いつも颯爽としている。「卑劣なことは嫌いです。好きになったら堂々と告白します」とでも言いそうな感じ。好意を持っている相手を平然と騙すようには思えないです。

  • 編集E

    「そういえば、思い出したから言うんですけど」って路線が変わる話を急に切り出すところ、わざとらしくて不自然でしたよね。主人公の反応を観察しながら、笑顔でこんな嘘をついているのかと考えたら、汐音さんの素敵さがダウンしてしまう。

  • 三浦

    「どうやら素の彼女は、好感度の高いだけの人ではないらしい」みたいなことが書かれていますが、新たに立ち現れた汐音さんの一面が、「騙して人を試すこともありますよ」ということでは、がっかりです。「惚れ直しました」と言っている主人公の気持ちは、私には理解できない。
    ライトなラブコメなら、「えへへー、ちょっと嘘ついちゃった。ごめんね」というのもアリかもしれないけど、本作のテイストにはそぐわない気がします。

  • 編集C

    好きな相手だからこそ気持ちを探りたいという思いは、すごく理解できるんですけど、やっぱりもう少し別な描き方があったのではという気がします。

  • 三浦

    それに、二人が両想いになるラストの展開が、終始汐音さんにリードされっぱなしというのも気になります。主人公の恋を一人称で描いた話なのですから、告白も主人公からさせるべきだったと思う。人任せでいたらいつの間にか両想いになってめでたしめでたしというのは、やっぱり主人公が楽をし過ぎだし、「都合のよすぎる展開だな」と読者に感じさせてしまう一因になっていると思います。
    さらに言うなら、汐音さんが主人公をずっと前から好きだったという設定も、実のところ要らないのではないか、という気もしなくもありません。この話を両想いになることで締める必然性はなかったんじゃないかと。「路線が変わってもう会えなくなるなんて嫌だ」と思った主人公が、汐音さんを追いかけて告白する。それに対して、本当に路線が変わることになる汐音さんが、答えを迷ってくれるなら、もうそれでいいんじゃないですか? 汐音さんを明確に同性愛者だと自認している女性だと設定せずとも、「これまで女性と付き合う可能性を考えたことがなかったけれど、あなたとは気が合うから、私もお別れはしたくない。とりあえず今度、どこかに遊びにでも行きましょう」とでも言ってもらえたら、この話は十分まとまると思います。

  • 編集G

    まずは友達からでいいですよね。結果ではなく、「初めて自分からちゃんと告白できた」ことで、恋に臆病だった主人公が一歩踏み出せたことになるのですから。

  • 三浦

    踏み出すことで、確実にその先へと発展していきますからね。恋が始まるのかもしれないし、恋愛関係にはなれなかったとしても、友情が深まるのかもしれない。それはわからない。わからなくていいと思う。同性愛者だろうと異性愛者だろうと、なんら変わるところはない、「勇気を出して恋心を相手に告げ、その結果として両者の関係性がちょっと変化しはじめるさま」を描けると思います。

  • 編集C

    ラストの展開は、実にもったいなかったですね。せっかくそれまで描写とエピソードを重ねて、主人公の心の動きを丁寧に描き出せていたというのに。

  • 三浦

    あと、余計な心配かもしれませんが、汐音さんが大ファンであるアーティストは、「オアシス」で良かったのかな? というのも、オアシスって、あんまりお行儀良くないというか、人を罵るとき「このオ×マ野郎!」みたいなこと言っちゃう人たちというイメージがあって……。同性を好きになる汐音さんが好みそうにないような気がするのですが。

  • 編集D

    それは僕も思いました。まあでも、メロウ系の曲もありますから、ギリギリ合わないこともないのかなと。

  • 三浦

    メロウな曲でも歌詞はアレなのが多いけど(笑)、まあ、切ない曲調が合っていると言えばその通りですね。私は、ラストの展開以外は、非常にいい作品だなと思いました。何よりも文章が素晴らしい。例えば17枚目の「私も楽しかった、そう答えて良いんだろうか? それを言う私の口ぶりに、何もにじみ出ないことなどあるだろうか?」のところなんて、すごいなと思います。

  • 編集A

    高まる恋心とそれゆえの迷いがよく出てますよね。私は、ハイボールを飲む場面の、「ウイスキーの苦みと炭酸が喉を通り、私の中の細胞を少しだけ入れ替える」なんて描写も、すごくうまいと思いました。

  • 三浦

    私はお小遣いを与えられた子供のように、与えられた幸せをぎゅっと握りしめた」とか、「海に沈んでいたものが引き上げられていくように、私の中の何かが彼女の手によって持ち上げられていく」なんてところもいい。素晴らしい描写が全編にわたってたくさんあります。恋に落ちたときの高揚感と切なさだとか、大事な人だからこそ慎重に間合いを測って親しくなっていこうとする感じとか、普遍的な人間心理がとても丁寧に描かれていました。

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