編集A
なんというか、もうとっても青臭い作品でした(笑)。「夢を追うのは素敵なことだ」という、ある意味「今さら」感のあるテーマに、真正面から取り組んでいる。僕みたいないい歳の大人からすると、もう読んでいて気恥ずかしさに悶えてしまうんだけど(笑)、作者はごく普通に、真面目に書いているんですよね。その純粋な若い感性がすごくいいなと思ったので、今回イチ推しにしています。
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第204回
フィルム
佐久間やよい
なんというか、もうとっても青臭い作品でした(笑)。「夢を追うのは素敵なことだ」という、ある意味「今さら」感のあるテーマに、真正面から取り組んでいる。僕みたいないい歳の大人からすると、もう読んでいて気恥ずかしさに悶えてしまうんだけど(笑)、作者はごく普通に、真面目に書いているんですよね。その純粋な若い感性がすごくいいなと思ったので、今回イチ推しにしています。
書きたいテーマを、本当に正面切って書いていますよね。私もこのストレートさはとてもいいなと思いました。
「夢があるなら、それを追おうよ」「夢を追う人は輝いているよ」みたいな話をまっすぐに描いている若さ、ひねりのなさが逆に新鮮で、僕には眩しかったです。
それに、ただ単純に「夢を追おうよ」と文章で書いているわけではないですよね。作者は終始、「写真」とか「カメラ」とかいった要素を絡めながら話を展開させています。主人公は最初、スマホのカメラで撮った自分を、盛り盛りに加工していた。でも、そういう小細工ができないインスタントカメラで写真を撮る宿題を出され、何を撮ったらいいのだろうと悩んでいた。そこへ、カメラマン志望の「お兄ちゃん」が本格的な高級カメラを持って登場してきて――と、いろいろなカメラを小道具としてうまく使い分けています。それぞれのカメラの特性を、登場人物たちの状況にちゃんとリンクさせていますよね。「カメラで現状を切り取る」ということと、「人生」というものを、うまく絡み合わせて話を作ることができていました。ストレートな小説ではありつつも、この辺りは意外に巧みだなと感じます。
あと、描写に「音」を混ぜていたりするのも、うまいなと思いました。例えば8枚目で、主人公とお母さんが「(春馬君は)元々カメラマンになりたかったんでしょう?」「ふーん」みたいな会話をしているバックに、テレビのお笑い番組がかかっているとか。また21枚目で、主人公が嫌々学校へ行く支度をしている部屋の外で、うるさいほどミンミン蝉が鳴いているとか。
「お兄ちゃん」が思いきって夢を打ち明けて、一瞬しんとした場面の中で、「小学生がきゃーきゃー笑いあう声」や「チュンチュン鳴く雀」の声が聞こえてたりね。
こういった「雑音」の入れ方に、センスのようなものを感じました。その場の雰囲気が、すごくよく伝わってきます。
それこそが「描写」というものですよね。うまいなと思いました。
主人公が、あまり深刻ぶったところのない、お気楽な性格の女子高生であるのもいいですよね。一人称の語り口のテンポが良くて、すいすい読めました。ただ、ちょっと文章が飛びがちというか、説明が足りないところがあるのは気になります。例えばラストで主人公が、「今回はそんな夢を追っている人たちを撮りました」と言っていますが、急に「人たち」と複数形になっていて、読み手としては戸惑います。「お兄ちゃん」以外に誰を撮ったの? 話の中には出てきませんよね。
おそらく探したんでしょうね。夢を語る春馬お兄ちゃんに触発され、「夢を追う人をテーマにして撮ろう」と決意し、お兄ちゃん以外にも何人かの夢追い人を探し出して写真を撮った――ということなのでしょうけど、その部分は書かれていないから、確かに読者は一瞬「えっ?」と思ってしまいますよね。
他にも、24枚目に急に「美術委員の私」と出てきますが、この情報提示は遅すぎると思う。それに、美術委員なのだったら、美術の宿題が出ていることを知らなかったというのは不自然ですよね。そうでなくても主人公は、美術の古閑先生とはタメ口をきくほど親しいのに。
「主人公は美術委員」という設定を、作者はちゃんと作ってはいたのに終盤まで説明し忘れていたのか、それとも、「主人公に宿題を提出に行かせる」という流れの中で急に思いついて入れ込んだのか、判断がつきかねますね。情報提示については他にも少々気になるところがあって、例えば「お兄ちゃん」との再会シーンや、8枚目のお母さんとのやり取りに関しては、かなり妙だなと感じます。主人公と春馬お兄ちゃんは幼馴染みなんですよね。だとすると、お兄ちゃんがカメラを好きだということは、主人公も主人公のお母さんも、昔からよく知っているはずです。であれば、主人公が久しぶりにお兄ちゃんに会ったとき、首にカメラをぶら下げているのを目にしたら、「ああ、相変わらず写真を撮るのが好きなんだな」と思うのが普通ではないでしょうか。でも現状の描き方では、そういう雰囲気があまり感じられない。
「おや、お兄ちゃんが首から何か下げているぞ。へえ、カメラだ」みたいな感じですよね。まるで、お兄ちゃんが「カメラ好き」であることを知らないみたい。本当の兄妹のように育ってきたにしては、この反応は不自然だと思います。
「元々カメラマンになりたかったんでしょう?」「ふーん」という主人公と母親のやり取りも、春馬君のカメラ好きを両者が知っている上での会話なのか否かということが、すごく曖昧ですよね。どちらかといえば、主人公は「知らなかった」ように感じられる。でも、もしもこの場面以前に、「お兄ちゃんは昔からカメラが好きだった」という情報が提示されていたら、台詞は全く同じであっても、読者は「『お兄ちゃんはカメラ好き』ということは、この二人の間では自明のことなんだな」と感じながら読むことができただろうと思います。そういうあたりにもっと気をつけながら書いたら、設定や要素が有機的につながるというか、それぞれの人物像がよりはっきりするんじゃないかな。情報の出し方やタイミングに、もう少し気を配ったほうがいいですね。
読者に無用な疑問を抱かせないよう、注意を払ってほしいですね。
ただ、書き過ぎていないのは、長所でもあると思います。例えば5枚目に、「こういうの意外と咲とか真剣にやるタイプだから家族の写真とか撮ってそう。私はなんだか寂しい気持ちになってしまって、外に出ることにした」とありますね。ここは非常にいいなと思いました。この「なんだか寂しくなった」という気持ち、私はとてもよくわかります。「うん、そうだよね」って、読んですごく納得できました。さらに、続く「真夏といえども、夜は少し涼しい。私は何を考えるもなく、近場の繁華街に足を運ぶ」という文章を読んで、「主人公はお母さんと二人暮らしなのかな?」と思いました。お母さんはパートで働いているということですが、けっこう帰りが遅いのかもしれない。高校生の主人公は、夜に一人で繁華街へ行ったりすることが割にあるっぽいんだけど、それを咎める人が誰もいないみたいですね。「主人公は、夜を一人で過ごすことが多いのかな」と、読み手にさりげなく感じさせる描写ができていると思います。説明臭くなく自然で、抑制がちゃんと利いている書きぶりが、すごくいいなと思いましたね。
ただ、春馬お兄ちゃんの描き方は、ちょっと中途半端に感じます。
わかります。人物像が今ひとつはっきりしないですよね。具体的な描写やエピソードが不足していると思います。例えば、春馬君は写真好きが高じて、自宅の押し入れを改造して暗室にしている、みたいな話が盛り込まれていてもよかったかなと思います。主人公は最初、インスタントカメラで適当に写真を撮り、軽い気持ちでお兄ちゃんに現像を頼む。でも、一緒に暗室に入り、自分が撮った写真を眺めているうちに、「何か違うな」と物足りなさを覚えた。同時に、お兄ちゃんが現像してくれる過程、フィルムから写真が生まれてくる様はとても興味深く、美しいものに感じた。そして、そんな技を持っているお兄ちゃんや、彼の写真への真剣な思いにも感銘を受け、「もう一度、ちゃんと写真を撮ろう。それも、お兄ちゃんみたいな夢を追う人を撮りたい」と思った――みたいな展開にすれば、ストーリーがうまく流れていったのではないかと思います。とにかくもう少し、話の展開にお兄ちゃんを絡ませたほうがいいように思いますね。
そうやってエピソードに厚みを加えられれば、作品の青臭さを少し軽減できるかもしれませんね。より説得力のある物語になる気がする。
現状では、主人公が「夢を追う人を撮ろう」と思うようになる展開が、けっこう唐突ですからね。
はい。ただ、その急転直下な展開が、若さゆえの勢いに感じられて魅力的だというところもあります。先ほど私が提案した、「お兄ちゃんが暗室で現像してくれて~」という展開は、物語としてちょっと理屈っぽすぎるかもしれないですね。女子高生である主人公が、直感的に「これだ!」と感じて、「夢を追う人を撮るぞ!」と心境を変化させる鮮やかさみたいなものが、やや薄れてしまうかなとも、今思いました。
でもまあ、せっかく「フィルム」というタイトルなんだから、やっぱりもう少し、「フィルム写真」を話に絡めてほしい。だから、「現像シーンを入れる」というのは、すごくいい案ではないかと思います。
実際は、春馬お兄ちゃんが使っている高価そうなカメラはデジカメですよね。
そうですね。10枚目で、過去に撮った写真を、カメラを起動して主人公に見せていますから。まあ最近はとても性能のいいデジカメもたくさんあるのでしょうけど、写真専攻の大学にまで行っていた「プロカメラマン志望」なのですから、やはり春馬君には本格的なフィルムカメラを愛用していてほしかったですね。タイトルにもつながりますし。
それにしても、春馬お兄ちゃんが秘かに抱いている夢が「結婚式専門のカメラマンになること」だというのは、正直拍子抜けですよね。
主人公は「素敵な夢だ」と思っているらしいですが、ちょっと生活感がありすぎるというか、地に足がつき過ぎだと感じます。もっと壮大な夢を描いてもいいのに。
例えば、「サバンナの動物たちを撮りたい」とかね。
海外を飛び回って世界遺産を撮りたい、とかでもいい。
口にするのが恥ずかしいくらい非現実的な夢の方が良かったですよね。その方がこの作品のテーマにも合っていたはず。どうしてこんな、身の丈感のある夢にしちゃったんでしょう?
作者が、「職業として暮らしが成り立つカメラマン」として思いついたのが、「結婚式」だったのかもしれませんね。ただ、結婚式専門のカメラマン一本で果たして食べていけるのか、少々疑問には思います。それに、結婚式のカメラマンって、実はものすごく過酷な仕事だと聞いたことがあります。結婚式って、生涯にただ一度と言ってもいいくらいの一大イベントですよね。当然、絶対に失敗できない、やり直しがきかないというプレッシャーが重くのしかかる。でも、趣向を凝らした演出に合わせて、ライティングやセットは次々変わり、衣装やメイクも変わってしまうから、そんな完璧にベストショットばかりは撮れない。どう頑張っても、後から不満を言われるんです。そういう現実を、作者はあまり知らないまま書いているのかなと感じました。
もちろん、結婚式のカメラマンをされている方は現実にいらっしゃるし、その仕事にやりがいを感じてもおられるのだろうと思います。ただ、プロへの道を歩みかけていた春馬お兄ちゃんが新たに抱く夢としては、描かれている職業イメージがふんわりしすぎている気がする。作品内に要素として盛り込むのであれば、もう少しいろいろ調べてからにしてほしい。ちょっとまだ、取材不足かなと感じますね。
春馬君が「結婚式のカメラマンになりたい」と思うようになった理由づけがあったら、まだしも良かったのかな。例えば、両親の結婚写真がとても素敵で、子供の頃から結婚式カメラマンに憧れていたとか……うーん、でもこれもちょっと理屈っぽすぎますかね。この作品が描こうとしているテーマから、話がズレてしまうかもしれない。
そもそも、「春馬お兄ちゃんは結婚式を撮るカメラマンになるのが夢」というエピソードが、「夢を追いかける人は素敵だ」というこの作品のテーマにふさわしかったのかどうか、やや疑問ですね。ささやかすぎる感じが引っかかる。
「結婚式のカメラマン」には、頑張ればなれるんじゃないかな。実現可能な夢だと思います。というか、ほんとは春馬君は、もっとプロフェッショナルなカメラマンになりたかったのに、学友たちのずば抜けた才能に圧倒されて自信をなくし、より現実的な方向へと夢を修正したんですよね。大きな夢を諦めて、手の届きそうな夢に切り変えたわけです。このエピソードは、今ひとつ作品のテーマにそぐわないような気がするのですが。
でも、春馬君としては、これでも自分なりに大きな夢を描いているつもりなんじゃないかな。
そうですね。今の若い人の現状って、こんなものかもしれませんね。
昨今、スケールの大きな夢は描きにくくなっているのかもしれないな、とは感じました。でも、そういう意味においては、今の時代の空気感がよく出ている作品なのかなと思います。
リアル感という点では、女子高生たちの会話は雰囲気がすごくよく出ていて、良かったと思います。加工しまくった自分の写真を見ながら「あー。マジでこんな顔になりてえわ」って言うところとか、現実の女子高生の感じが本当にリアルに伝わってきました。全体に、文章も悪くないですよね。
はい。読んでいてハッとするような描写に出会えました。筆を抑え気味にしているからこそ、「こういうことなのかな?」と読み手に想像させる何かが行間から滲んでいたりするんですよね。うまい切り取り方ができていると思いました。
ただ、「写真」がメイン要素になっている話にしては、具体的な写真のビジュアルが文章から見えてこない。
駄菓子屋のベンチに置かれたサイダーなんて、確かにエモい写真になりそうなのに、描写されていなかったですね。あと、輝く川の水面を撮った写真に関しては、あまり心に響く描写になっていなかった。それにラストの場面で、主人公が最終的に提出したのがいったいどんな写真だったのかも、もっと具体的に描写して読者に見せてほしかったです。
そこは私も、とても残念に思いました。主人公が最終的に提出した作品がどんな写真だったのか、ぜひ教えてほしかった。あるいは、お兄ちゃん以外の夢を追う人を主人公が撮影しているシーンを、最後に少し描いてもよかったですね。そういうものがあれば、主人公が変化したということを、よりくっきりと読者に見せることができたと思います。
でも、このデジタルなご時世に、「フィルムカメラ」という一世代前のアイテムを使って話を作ったのは、すごくいいアイディアだったなと思います。
しかも、「インスタントカメラって、人生みたいだ」みたいに、ちゃんとアイテムをテーマに絡める形で、うまく使っている。考えを練りながら作品を作っていることが窺えて、とても好印象でした。
それだけに、「写真」や「カメラ」周りの知識がやや不足している感じが、残念でしたね。まあ、いろいろ調べたからと言って、その知識をひけらかすような書き方にならないようには注意すべきですが、「知った上で書く」ことができていたら、もっと納得感のある作品になったのではないかと思います。
それに、知ることによって、ストーリーのアイディアが湧くってこともありますからね。自分と自分の作品のためになることですから、下調べには力を入れてみてください。
色々な面でちょっと不足感があるというか、全力を出し切っていない感じで、もったいないなと思いました。枚数も、4枚近く余裕がありますし。
それだけあったら、もっといろいろ書けましたよね。特にラストの、主人公が撮った写真については、ぜひ描写してほしかったです。不必要に話を引き伸ばすのはよくないですが、せっかく30枚書けるというのに、それを有効に使い切らないのはすごくもったいない。今作に関しては、描くべきものがまだあったのに、それを書き切る前に力尽きてしまったのかなという印象がありました。もう一息がんばってほしかったですね。
とはいえ、明確に「ここをもうちょっと書いたほうがいい」という部分があるというのは、良くなる余地がたくさんあるということでもありますからね。漠然と「なにかがたりない……」という場合は、ブラッシュアップするのが難しいですが。
指摘された改善点を、ぜひ次作へとつなげていってほしいと思います。