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選評付き 短編小説新人賞 選評

妹の日記

江夏虎

  • 編集H

    主人公は妹の「わたし」なのですが、なんといっても「お兄ちゃん」のキャラクターに心をつかまれました。お兄ちゃんであるヒカル君は、あるとき突然高校を中退し、以来、近所のスーパーでアルバイトをしています。成績は優秀だったんでしょうね。お母さんはいまだに、「あんたなら余裕で合格できるから」と大学進学を進めてくるのですが、ヒカル君は即却下。不安定なバイト生活をやめる気は当分ないらしい。ここまでを読んだ段階では、将来に希望が持てそうにない、しがないフリーター青年みたいに思えます。でも、後半ぐっと印象が変わってくるんですよね。妹が思春期の悩みのあれこれに押し潰されそうになっているのを感じ取ったヒカル君は、さりげなく救いの手を伸ばしてくれます。それも、直接的に何かを解決しようとするのではなく、普段通りのなんでもない調子で、でも温かい思いやりをもって主人公に寄り添ってくれる。これがもう、人間としてすごくかっこいい。自分の考えや価値観を押し付けたりせず、でもつかず離れず妹の側にいてくれる感じが、とても素敵でした。

  • 三浦

    理想のお兄ちゃんですよね。

  • 編集H

    はい。終盤の、塩ラーメンを一緒に食べるシーンなんて、ものすごく胸にじんわりと沁みてくるものがありました。このお兄さん、私は大好きです。全体に、人間の描き方が非常に秀逸だったと思います。主人公と部員たちとの間の微妙だけどナシにはできない気持ちのズレだとか、高校中退の息子を持つお母さんを思いやって主人公は強く反発できないとか、人間関係の繊細な機微みたいなものが、とてもよく描き出せていました。主人公が抱えている悩みや違和感は、大人から見ればそれほどたいしたことではないのですが、本人にとっては大きな問題なんですよね。そういうのもよく伝わってくるし、お兄ちゃんが示してくれる優しさがわざとらしい大げさなものではないところが胸にグッとくるし、ラストの締め方も心憎い感じ。とにかく、すべてがいい塩梅で描けていたと思います。今回の候補作の中では、この作品を断然イチ推しにしたいです。

  • 編集C

    同じく、私もイチ推しです。今回の中で、一番素直に読むことができました。十代の生きづらさを抱えている主人公は、ある日黙って高校をやめたお兄さんに対して、どう接していいかわからないままちょっとイラついてもいたんだけど、実はお兄さん、いつのまにか優しくて頼もしい青年になっていて、いい距離感で主人公を支えてくれるんですよね。

  • 編集D

    ラストの締め方も良かったですね。それまではイマイチな余りものばかりもらってきていたのに、いつも通り何げなく差し出された袋の中味が、今日に限って、なぜか主人公の好きなものばかりになっている。

  • 編集C

    そう。言わないんですよね、お兄さんは。「買ってきてやったぞ」とは。今回は主人公がちゃんと気づきましたが、お兄さんの方は、気づいてもらおうなんて少しも考えていなかった。激励するとか相談に乗るとか、そういう直接的なことは一つもしないんだけど、そっと差し出されるこのさりげない優しさ、キュンときます。

  • 編集F

    今の自分にできる範囲で、妹を励まそうとしているのがいいですよね。地に足がついている感じ。自分なりに何かをやる、ということができています。

  • 三浦

    お兄さん、ちゃんと働いてますものね。まあ、家ではゴロゴロしてることもあるのかもしれませんが、職場においてはしっかりと仕事をこなしている。

  • 編集C

    日記形式になっているのも、よかったかなと思います。普通の書き方にするより、この話に合っていたんじゃないかな。筋道を通って話が進み、クライマックスでお兄ちゃんが主人公を励ましてくれるという通常の流れで書いたら、お兄ちゃんの思いやりが前面に出すぎて、押しつけがましくなりますよね。ブツ切りで話を並べている形なのが逆に、「実は素敵なお兄ちゃん」感をいい塩梅に生み出しているのではと思います。作者が「これが作品のテーマです」みたいなことを声高に言ってないからこそ、読者が素直に読めるのかなと。

  • 編集B

    うーん、でもそれを言っちゃうと、小説を書く意味そのものがなくなってしまうんじゃないかな。やっぱり、「物語を通して何かを伝える」のが小説というものなのですから。

  • 編集D

    それに、日記形式であることは、この作品において、それほど効果を挙げていない気がします。学校のこと、お兄さんのこと、部活のこと、進路のことと、いろいろなことがたらたらと書かれてはブツッと切れて日が替わる。話の流れにまとまりがないですよね。終盤の心温まるエピソードによって、それなりに救いのある話にはなっているのですが、「結局何を描こうとした話なのか」ということは、あまり伝わってこなかった。

  • 編集E

    そもそも、タイトルに「日記」とついてはいますが、これ全然日記ではないですよね。それぞれの日にちの中に書かれているのは、あくまで小説です。

  • 三浦

    私もそこが一番引っかかりました。本作は日記形式を採っているにもかかわらず、それをまったく活かせていないと思う。「本物の日記ならこんなことは書かないだろう」というところがあちこちにあり、非常に気になります。例えば6枚目、ボランティアを頼まれたくだりで、「莉奈の言うボランティアとは部で毎年行っているもので~」という説明が入っていますが、日記としてあまりに不自然です。

  • 編集C

    これはつまり、読者へ説明しているんですよね。

  • 三浦

    はい。もちろん、日記形式で短編を書くこと自体は、何ら問題はありません。ただ、通常の小説のスタイルではなく、わざわざ日記形式で書くからには、そこにはなんらかの理由なり企みなりがあるはずですよね。しかしこの作品には、そういうものが感じられませんでしたし、先に例を挙げたとおり、きちんと「日記」の体をなしていないことが大きな問題だと思います。「ちっとも日記っぽくないな。じゃあどうして、通常の小説みたいに書かなかったんだろう」と読者に疑念を抱かせてはだめなのです。
    もしどうしても日記形式にしたいということであれば、日記特有の書き方にもっと気を配る必要があります。例えば日付。5枚目の「九月十七日」に、主人公は莉奈から「今週の日曜、ヒマ?」というメッセージを受け取ってますよね。「時間があるならボランティアに来てほしい」と。そして、「九月二十三日」には学校で莉奈から、「この前は、ボランティアのこと、本当に助かった」とお礼を言われています。ということは、主人公はボランティアに行ったわけですよね。でも、その場面は書かれていない。書かれていなくてもいいんだけど、いったいいつボランティアに行ったのか、どうにも引っかかる。「今週の日曜」という言い方をするからには、その日曜日は、十八日(ボランティアの話を持ちかけられた翌日)ではないでしょうし、「この前はありがとう」と言っているので、二十二日(お礼を言われたと日記に記した日の前日)でもないでしょう。二十二日には学校で授業を受けていますしね。では十九日~二十一日のどこかかと考えてみても、二十日には学校で三者面談をしているし、この間に土日が存在したようには思えない。

  • 編集B

    確かに。何日が何曜日なのかということが、あまりきちんと設定されていないように感じられますね。

  • 編集D

    書かれている日付が、適当につけたもののように思えてしまいます。時間の経過を読者に示すために、あまり深く考えずに日付をつけたという感じ。

  • 三浦

    そもそも、「九月二十三日」は大半の年、秋分の日でお休みです。具体的な日付を作品に盛り込む場合は、そういう年間行事的なことも考慮に入れ、きちんとカレンダーを見ながら書くべきです。そうしないと日記っぽくならないし、時間経過や曜日に矛盾が生じてしまうからです。
    あと主人公は、冒頭の「九月十二日」では風邪をひいているらしかったのに、次の項の「九月十五日」では、もうそんな気配は全くなくなっている。これは、数日で完治したってことでしょうか? それとも、風邪かと思ったけどそうではなかったということなのかな? とにかく、その日ごとにブツ切りになっている感じで、読んでいて引っかかります。「九月十五日 風邪は完全に治る。」といったように、日記っぽく、しかしさりげなく状況を説明して、前段からの連続性を意識させ、読者にストレスをかけないようにするのが、日記形式の小説に要求される「手数(てかず)」というものです。
    また、十五日のところでも、「兄が食卓で」と書いたすぐ後に、「お兄ちゃんはわたしに気づくと」とあって、呼び方が統一されていないですよね。普通、日記の中で「兄」と書くか「お兄ちゃん」と書くかは、そんなにコロコロ変わるものではないと思うのですが。呼称の問題とは別に、このあたりの書きぶりも通常の小説っぽくなってしまっていて、せっかくの日記形式を活かせていません。

  • 編集D

    引っかかるところが、ちょこちょこ目につきました。それも、「日記ならこうは書かないだろう」という疑問が生じる箇所がとても多い。「日記」という体裁にしたことが、全くいい効果を生んでいなかったですね。

  • 編集B

    日付ごとに出来事を並べているだけでは、どうしてもブツ切り感が強い。もう少し各場面、各エピソードをつなげていかないと、言いっぱなしで放り投げているように感じられます。これでは読者が、「……で?」と思ってしまう。実際はストーリーはちゃんとつながっているのに、とてももったいないことをしてますよね。

  • 編集A

    日付を取って、つなぎの部分を足すだけで、ちゃんと小説になるのではないでしょうか。日付の中身は既に小説になっているのですから。

  • 三浦

    そうですね。この作品の場合、日記形式にしないほうが、ずっといい小説になったと思います。
    ただ、「日付を取って、つなぎの部分を足せば、全体を一つの物語に仕上げられる」というのは、言うほど簡単にできるものではないと思います。たぶん作者は、通常の小説形式にするのが難しかったため、日記形式を採ったんじゃないかな。それも、「エピソードのつなぎ部分をうまく書けないから、日記形式にしよう」と意図的に選択したことではなくて、書きやすい方法で書いたら、なんとなく日記形式になったということではないでしょうか。作品を読んでいて、文章を書くという意味での体力が、まだあまり培われていないのかなという印象を受けました。
    エピソードとエピソードをうまくつないで、30枚の一息の小説にする筋力みたいなものがないので、つい、ブツ切りのエピソードの羅列という楽な方向に、無意識的に流れてしまったのかなと。

  • 編集D

    だから日付に関しても、深く考えた上での設定になっていなくて、「あれ? 日曜日はいつだったの?」みたいな疑問が生じる結果になったのでしょうね。

  • 三浦

    日記形式の小説を書くって、実はすごく難しくて技がいるんですよ。先ほども話に出ましたが、日記は普通、「自分以外は読まない」のが大前提ですから、書いている当人が知っていることは説明されない。でも、書かなければ、その部分を読者は知りようがない。そこをどうやって、不自然ではない形で、うまく情報提示していくかというのが、日記モノの醍醐味の一つであり、作者の腕の見せどころなのです。

  • 編集D

    単に日付を並べて書けば自動的に日記になるわけではない、ということですよね。

  • 三浦

    はい。日記の特質を踏まえた上で工夫したり、企みを盛り込んだり、ということであればいいのですが、本作にはそういう戦略が感じられませんでした。日記形式の小説を書きたいのであれば、もう少し、「日記とは何か」「たいがいの人はどんな風に日記を書くか」について考え、日記形式を採った既成の小説も読んで、研究してから書くことをお勧めします。小説はただでさえ人工的な語りの構造を持っているものなのです。そこにさらに、「日記」という特徴的な形式(語り手にとって自明な事柄は説明されない)が枷として加わるのですから、日記小説を書くためには、さまざまな工夫や手数が必要になってきます。そういうことをきちんと自覚して取り組めば、絶対にうまくなるし、すごくいいものが書けるようになると思います。
    とはいえ本作は、ストーリーとか、書かれている内容とかはすごくよかった。登場人物たちのひととなりがとてもよく伝わってくるし、文章や心情描写も上手いし、エピソードも魅力的でした。終盤の塩ラーメンを食べるところなんて、本当にいいシーンになっている。

  • 編集H

    さりげないながらも、心に残る名場面だと思います。

  • 三浦

    だからこそ、日記形式で話をブツ切りで提示してしまったことが悔やまれます。簡単でないのは分かりますが、本作の場合、エピソードをつないで、通常の小説形式で物語ったほうが効果的だったと思います。
    それに、そういうつなぎの部分を書いていけば、枚数ももう少し増えますよね。現在の枚数は、規定の下限である25枚。規定内だから問題はないし、不必要なことを入れ込んで枚数や行数を水増しするのもよくないですが、あと5枚もあるなら、もう少し描写やエピソードを盛り込んだり、滑らかなつなぎ部分を作ったりということができたんじゃないかな。そういう点でも、すごく惜しいなと思いますし、文章を書く体力がやや不足気味のように感じられました。でも、書き慣れていけば、こうした体力は自然についてきますから、まずはどんどん書いていってほしいですね。文章の肺活量と言いますか、息つぎと息つぎの間を徐々に長くしていけるよう心がければ、通常の小説形式でも、日記形式でも、自在に書けるようになるはずです。

  • 編集A

    あと僕は、タイトルが「妹の日記」という、兄視点のタイトルになっているのが引っかかりました。主人公は妹で、兄はあくまで脇役なのに、どうしてタイトルだけ兄視点になっているの?

  • 三浦

    そこは私も非常に気になりました。「妹の~」となっている以上、それはやはり、相手を「妹」と認識している誰かの視点ですよね。本作において、その「誰か」とは、当然お兄さんのヒカル君です。だからこの日記は、お兄さんが読んでいるものということになる。でも本編を読む限り、そうなってはいないですよね。こういうタイトルのつけ方は良くないと思います。この辺りからも、作者があまり深く考えずに小説を書いてしまっているように見受けられます。やはりまだ書き慣れていないということでしょうね。

  • 編集A

    『妹の日記』って、なんだかすごくドキドキするタイトルなのに、期待するものと中身が違って、少々がっかりさせられました(笑)。

  • 編集C

    いろいろ想像しちゃったんですね(笑)。

  • 三浦

    わかります(笑)。私も、「お兄ちゃんはいつ、妹の日記を盗み読むのかな?」って思っていたんだけど、そんな展開にはならなかったですね。ラストにひと言、「兄からの返信」が書かれているとか、そういうこともなかったし。そもそも、本当の意味での日記小説になりきれていないきらいがありました。この作品のタイトルとしては、「妹の」も「日記」もふさわしいとは思えないので、ぜひ再考してみてほしいです。
    でも、人物の描き方とかは、本当によかったと思います。

  • 編集B

    お兄ちゃんは素敵な人だし、主人公の友だちの描き方もうまかった。「部活やめちゃうの? 心配してるんだよ」とか言いながら、同時に「部費とラケット代、未払いなんだけど」みたいなことを言うあたり、すごくリアルだなと思います。でも、じゃあ「心配してる」っていうのが、全くの嘘かと言うと、そうではないんじゃないかという気もするんですよね。

  • 三浦

    確かに。そういうことってありますよね。

  • 編集B

    そういう心の機微みたいなものが、すごくうまく描けていたと思います。ただ、主人公がどうして部をやめたいのかというのは、実は私もあんまりよくはわからなかったです。べつに部員や顧問に何かをされたというわけでもないみたいだし、どうにも曖昧ですよね。

  • 三浦

    いや、そういう「なんとなく」みたいなの、あると思いますよ。

  • 編集D

    「なんとなく」だからこそ、説明し難いんですよね。これという理由はないというか、うまく言えないから。なんだか肌に合わなくて、なんだか気まずくてみたいなニュアンスは、ちゃんと出ていたと思います。

  • 三浦

    17枚目の、胃が痛くて早く家に帰りたいんだけど、クラスメイトとすれ違う可能性を考えて回り道をするところなんて、「この気持ち、すごくわかる」と思いました。

  • 編集D

    うまいですよね。で、フリーターのお兄ちゃん、それまでダメな奴っぽく描かれていたのが、終盤でにわかに魅力的になって、主人公にほんわかとした救いをもたらしてくれました。高校中退したのも、何か理由があってのことなんだろうなと想像できます。そういう奥行きがあるのもいいですよね。お母さんとのやり取りとかもリアルだし。

  • 編集C

    でもこのお母さん、フルタイムで働きながら家事までしているのに、食事を作っては味つけに文句を言われ、夜中だというのに洗濯をせかされている。ここはお兄ちゃん、ちょっとひどいですよね。

  • 編集D

    そうですね。でも、そういう面があるのもまた、リアルだと思います。完全無欠なキャラじゃないところが、逆にいいと思う。

  • 編集B

    人物描写はほんとによかったと思います。作者の持っている感性自体はすごくいいと思うので、まずは書き慣れていってほしいですね。

  • 三浦

    はい。同時に、色々な小説をもっと研究したほうがいいかもしれない。現状では、思いついた話をなんとなく書いてしまっているような印象がありますので、話の見せ方というものに関して、もう少し自覚的、戦略的になったほうがいいように思います。

  • 編集F

    今回指摘された点を意識するだけでも、ずっと良くなるんじゃないかなと思います。いいところがたくさんある書き手だと思いますので、ぜひがんばってほしいですね。

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