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選評付き 短編小説新人賞 選評

ホトケの阿部さん

深谷山昊

  • 編集G

    とても面白かったです。面倒事や損な役回りをしょっちゅう押し付けられるのに、嫌な顔一つせず引き受けて淡々とこなすホトケの阿部さん。「なんでそんなにいい人なの?」と思っていたんだけど、その阿部さんの意外な秘密を主人公は知ることになってしまって――という冒頭場面から、話に引き込まれました。「つかみはオッケー」で始まり、軽快なテンポでどんどん話が展開していって、というのは、短編の理想的な型の一つですよね。しかも、読み進むにつれて、ホトケであるはずの阿部さんの人間像がどんどん変化していく。何が本当なのか、真相はどうなのかと、すごく興味をそそられました。私はイチ推しにしています。メリハリの利いた展開がとても小気味よい感じで、最後までぐいぐいと読ませてくれました。

  • 編集D

    ホトケと呼ばれるほどおとなしい阿部さんが、ラストでついに爆発する場面では、やっぱりぐぐっと引き込まれますよね。面白かったです。

  • 編集E

    それまで、直接的には登場してこなかった阿部さん、主人公の目を通してしか描かれてこなかった阿部さんが、終盤で突然、本心を激しく吐露するんですよね。それも、600字を超える大演説です。でも、長いとは全く感じなかった。一気に読ませて、「そうだよね」と深くうなずかせてくれました。この演説の内容、私はすごく共感できます。

  • 編集B

    ただ、ラストの展開は非常に引っかかります。こんな「いい話風」にまとめるって、どうなの?

  • 編集F

    阿部さんは自分に合った世界へと旅立ち、そこで充実した日々を送っている。阿部さんのいなくなった会社は、みんなが罪悪感から仕事を頑張るようになり、一体感まで生じるようになった。あの事件があったお陰で、結果的に八方うまく収まり、いい方向へと変化した――という感じに締めくくられているけど、これはちょっと承服できないですよね。

  • 編集B

    作者は、主人公を含め、この会社の人たちをなんだかかばっていますよね。「彼らも反省しています。決して、根っからの悪人ではないんです」という感じ。でも、長いこと阿部さんをここまで都合よく利用しておいて、今さら「そんなに悪い人たちじゃないんです」は通らないでしょう。この同僚たち、みんなひどすぎると思う。許さなくていいよ、こんな人たち。ラストで救う必要なんかない。私はちょっと、怒りさえ感じています。阿部さんに、すごく入れ込んで読んでいましたので。

  • 編集F

    阿部さんが国際ボランティアになったというのがまた、とってつけたような展開に感じられてしまいます。確かに阿部さんの人の好さが活きる場所だとは思いますけど、ちょっと作り物感が強い。そこまでヒーローっぽくしなくても、バックパッカーになって旅をしているのをネットでちらりと見かける、くらいで良かったのでは?

  • 編集B

    あるいは、阿部さんはライバル会社に華麗なる転身をしても良かったんじゃないかな。そこではちゃんと実力が評価されて、大事にされるんです。一方の主人公の会社は、阿部さんがいなくなって一気に仕事が大変になって、みんなヒーヒー言っている。そういうオチの方が、まだしも読者の留飲は下がったはずだと思います。

  • 三浦

    それに、阿部さんの大演説は確かにもっともで、私も「阿部さん、よく言った!」って思ったんですけど、でもこの同僚たちは、こんな演説くらいで心を入れ替えるような殊勝な人たちではないですよね、阿部さんにちょっとガツンと言われたくらいで反省するような人たちだったら、そもそもこんなひどい職場になっていないでしょう。たとえしばらくは反省したようであっても、喉元過ぎればで、早晩今まで通りの感じに戻ってしまうと思います。あの事件以来みんなが責任感を持って働くようになり、それが今もずっと続いているという展開は、ちょっと説得力に欠けますよね。

  • 編集B

    全員をいい人にして終わろうとするから、嘘くさくなってしまうんですよね。

  • 三浦

    そのせいで、キャラクターの人物像が上っ面だけになってしまっているというか、描き方がやや戯画的になりすぎている感じで、惜しいと思います。

  • 編集B

    せっかくそれまで、面白いフィクションでありながらも、なかなかリアリティのある「職場の理不尽」が描けていたのに、ラストが取ってつけたようなオチになってしまっている。すごく残念でした。

  • 三浦

    そうですね。みなさんがおっしゃるとおり、ここまでいい話としてまとめなくてもよかったかなと私も感じました。阿部さんに説教されて、みんな数日は反省したみたいだったんだけど、すぐまた元の感じに戻ってしまった。でも主人公だけは、ふとした拍子に「ああ、あのときは阿部さんにひどいことしちゃったな。元気にしてるかな」と、ちょっと思いを馳せることもある。だけど、阿部さんが今どうしてるかは、もう誰もわからない――というくらいの匙加減で締めくくったほうがよかったのではと思います。
    それに、阿部さんの今後については、そんなに心配することないですよね。この会社に比べたら、他の職場のほうがずっとマシだと思う。阿部さんはちゃんとしたまともな人なのですから、次の職場でうまくやっていくだろうと思います。

  • 編集A

    この後、阿部さんの演説が胸に響いた主人公が仕事を頑張り続けていると、今度は主人公が「ホトケの○○さん」って呼ばれるようになったりして。

  • 三浦

    いい案ですね(笑)。その場合、ラストは、「ずっと耐え続けてきたけれど、いよいよ私にも、ホトケの仮面を脱ぎ捨てるときが来たようだ」、みたいな感じになる、と。

  • 編集B

    今度は主人公がブチ切れるんですね(笑)。そういうのも面白そう。それにしてもこの主人公、阿部さんに恋愛感情があるわけでもないのに、何週間も観察し続けたり、延々尾行したり、ちょっと偏執的ではないですか?

  • 編集F

    それも、自分の好奇心を満たすためだけに、他人のプライバシーを暴こうとしている。

  • 編集B

    その上、どうやら不倫しているらしいと判断したら、勝手に幻滅して、「いい人のフリしたって、私は騙されないから」みたいなことを思っている。この主人公もけっこうひどいですよね。勝手に人の私生活を覗きこんで、勝手に決めつけて、勝手に嫌っている。まあもちろん、多田と課長はもっとひどいんですけど。この二人に至っては、「最低」としか言いようがない。やっぱりラストで救うべきではなかったと思う。もうほんと、成敗したい(笑)。

  • 三浦

    でも、こうやってすべての登場人物にちゃんと配慮して、「悪いだけの人間ではないんです」みたいに書いてあげるところが、作者のいいところだとも思うんです。「ひたすらこすっからいだけのやつなんかいない。誰しもに良心はあるはずだ」という、人間の多面性や希望を描こうとなさっているんだなと。ただ今作の場合、作者のそのホトケ心が、ちょっと裏目に出ている気がしないでもない。「いい話」っぽいラストにしたせいで作り物感が生じ、話の焦点がぼやけてしまっているように感じられます。阿部さんの爆発を、その後の展開に今ひとつ上手く結びつけられていないような印象があります。

  • 編集B

    せめて、前半部分のギスギス感をもうちょっと抑えてくれていれば、ホンワカしたラストにつなげやすかったかもしれないですね。前半の阿部さんがあまりにも虐げられた悲惨な状況にいるので、堪え切れずにキレて、辞職して終わりでは、阿部さんに救いがなさすぎる。

  • 三浦

    救いがなさすぎる、と作者も判断したからこそ、「阿部さんの演説がみんなに変化をもたらした」という展開にしたのだと思いますが、これまで述べてきたとおり、そこにいまいち説得力が感じられないのが惜しいです。「そんなことで心を入れ替えるようなやつらではないだろう」とどうしても思えてしまいます。前半のギスギス感も阿部さんの演説も現状のままでいいのですが、やはりラストは、どう着地させるか、塩梅を一考してみてもいいのではないかと思いました。

  • 編集D

    主人公は、阿部さんがひどい扱いを受けているのを知っているのに、何もしませんよね。ずっと、ただ傍観者でいるだけ。まあ、この作品においては、主人公は狂言回しの役なのでしょうけど、読んでいてちょっと引っかかりますね。

  • 三浦

    はい。「他人事感」が強いですよね。それもまた、「この主人公が、阿部さんがちょっとブチ切れただけで、ここまで罪悪感を抱えたり心を入れ替えたりするかな?」と感じられてしまう一因かもしれません。それとも主人公は、実は阿部さんのことが好きだったのかな? 恋心があったから、彼の大演説が胸に深く刺さったのでしょうか。

  • 編集D

    確かに、阿部さんのことを細かいところまで観察してますよね。「ファイルをキャビネットにしまい始めたら、帰宅するサインだ」とか。

  • 編集F

    でも、阿部さんと一緒にいる美女についての描写からは、嫉妬めいた感情はほとんど伝わってこない。恋愛感情が少しでもあったら、こんな反応にはならないと思います。割と淡々と、「ちょっと歳がいっている分、女性として減点よね」みたいな評価を下してますよね。

  • 編集B

    ひどくショックを受けた理由も、「阿部さんに彼女がいた」ことにではなく、「まじめな人だと思ったのに、不倫なんかして」という、中学生みたいな潔癖さによるものだから、やはり恋ではないと思います。

  • 編集D

    そもそも、主人公と阿部さんの立場や関係性については、最初から疑問を感じていました。一人称作品なのですが、地の文で阿部さんのことを「阿部」と呼び捨てにしていますね。

  • 三浦

    そこは私も気になりました。阿部さんの年齢も、社内でどれくらいの立場にいるのかとかも、よくわかりませんね。

  • 編集F

    「阿部さん」という表記ではないということは、主人公と同い年くらいなのかな?

  • 三浦

    おじさんかと思って読んでいたのですが、意外に若い設定なのかもしれないですね。

  • 編集B

    主人公にタメ口をきいている多田君が、学生時代から三年付き合った彼女にこないだ振られたんだから、今25歳くらいかな? おそらく主人公も、同じくらいなのでしょうね。

  • 三浦

    それか、主人公が多田君より少し年上か。多田君って先輩に対しても、平気でタメ口使ってきそうですし。

  • 編集B

    でも、阿部さんの落ち着きぶりを見るに、多田や主人公よりは、やはり少し年上に思えます。アラサーくらいでしょうか。

  • 編集D

    いずれにせよ、主人公にとっては先輩社員ですよね。どうして呼び捨てなのかな? 阿部さんについても、疑問だらけです。どのくらいの年齢で、どのくらいの立場の人が、社内でこうも都合よく使われてしまうのか。どうにも実感が伝わってこなかった。

  • 編集B

    外見描写もほとんどないですよね。主人公に関しても同様です。ちょっとこれでは、イメージが湧きにくい。

  • 三浦

    登場人物たちの年齢や互いの上下関係といったものは、特にこの話の場合わりと重要だと思うので、小説の最初あたりでさりげなく提示しておいたほうがいいですね。

  • 編集C

    でも、キャラクターの描き方は、けっこうリアルだったような気もします。多田君みたいな人、実際にいそうですよね。自分勝手でお調子者でデリカシーがなくて。でも、悪人というほどのワルでもない。

  • 三浦

    その無神経さが、一番たちが悪いんですけどね(笑)。確かに、「こういう人、いそうだなー」と感じられる登場人物たちですよね。今思ったのですが、これ、尾行を思いついたのは多田君だったという話にしてはどうでしょう? 多田君が、「阿部さんが美女とホテルに行くとこ、見ちゃったんだよねー。今日あたりまた行くかも。一緒に後をつけようぜ」って主人公を巻き込む。もちろん主人公は「嫌だよ、そんなこと」って断るんだけど、そんなの聞いちゃいない多田が主人公をぐいぐい引きずって、強引につき合わせるんです。

  • 編集B

    なるほど。そのほうが自然で、納得のいく展開になりますね。いいように利用されている阿部さんの状況を、見て見ぬふりをしている主人公の嫌さ加減も、かなり軽減される。

  • 三浦

    主人公の傍観者度をさらに上げることによって、逆に、「冷淡な他人事感」を下げるわけです。狂言回しである主人公を、より奥に引っ込ませる。こういうやり方も一つの手なので、参考にしてみていただければと思います。
    あと、時系列がわかりにくいところがあるのも、ちょっと気になりました。主人公がいつ阿部さんと美女を見かけて、それから何日後に尾行したのかとかが、今ひとつすっきり理解できない。こういう辺りも、もう少し書き方を工夫したほうがいいですね。

  • 編集F

    作者の好みではないかもしれませんが、主人公は阿部さんのことが好きだったという設定は、私はアリではないかと思います。それなら、尾行してまで真相を探ろうとするのも十分納得できますし。

  • 編集D

    あるいは主人公を、ものすごく好奇心旺盛でミーハーな性格に設定してもいい。謎多き阿部さんに興味津々で、尾行するときもドキドキワクワクしている、みたいに振り切って描くなら、前半部分も読者を楽しませることができたかもしれないですね。

  • 三浦

    楽しいテイストを増やすのは、作者の持ち味に合っているかもしれませんね。全体に、文章は悪くないと思います。テンポがいいし、ユーモラスな表現もあちこちにある。軽快な台詞回しとかがすごくうまいですよね。

  • 編集B

    場面の空気感がよく出ています。体育会系同士の同僚の会話を、「ライオンの子どものじゃれ合いみたいな応報」なんて表現しているのも、とてもうまいと思う。なんだかんだ言いながら、結局のところ、すごく楽しく読みました。オチのつけ方に強く不満を感じたのも、それだけ阿部さんに思い入れて読まされたということですから。

  • 編集D

    低得点をつけた人は一人もいないです。それほど皆、基本的には面白く読んだということですね。序盤で話に引き込み、読者の興味を維持しつつ、終盤で派手に盛り上げて最後はオチで締めるという、物語作りの基本がしっかりと押さえられていました。ただ、詰めの甘いところもいくつかあって、作品の足を引っ張っていたように思います。そこはとてももったいなかった。基礎力は十分お持ちだと感じますので、指摘された点を踏まえた上で、ぜひまた、新しい作品を読ませていただきたいですね。

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