編集E
マンガ的なノリの、すごく楽しい作品でした。ちょっと大げさだったり極端だったりするところはあるのですが、エンタメに振り切ったライトノベルとして、悪くないかなと思います。特に、会話のテンポが非常にいいですよね。読んでいて、とても面白かったです。例えば20枚目で、取っ組み合いの喧嘩をしている先輩が「僕は戸ノ本さんに告白した男だ!」と叫んだら、見物していた野次馬たちが「微妙に関係なくね?」と冷静なツッコミを入れていたり(笑)。
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第205回
『振り返るな奴がいる』
真山唯
マンガ的なノリの、すごく楽しい作品でした。ちょっと大げさだったり極端だったりするところはあるのですが、エンタメに振り切ったライトノベルとして、悪くないかなと思います。特に、会話のテンポが非常にいいですよね。読んでいて、とても面白かったです。例えば20枚目で、取っ組み合いの喧嘩をしている先輩が「僕は戸ノ本さんに告白した男だ!」と叫んだら、見物していた野次馬たちが「微妙に関係なくね?」と冷静なツッコミを入れていたり(笑)。
そこ、笑っちゃいますよねえ。10枚目の、「え、まさか僕にしか見えてない?」「いえ、見えてます。心霊写真とかじゃなくて」というやり取りなんかも、すごく面白い発想だなと噴きだしました。
ただ、設定や展開だけでなく、登場人物までもがマンガ的な描き方になってしまっているのは引っかかりました。特に、愛音と先輩という、主要な男性キャラが二人とも、人間的な部分が感じられない類型的な人物造形なのはすごく気になった。先輩はどうにも突っ走りすぎていて、読み手がその勢いにノリきれない。一人で盛り上がって大騒ぎしている感じで、読者はちょっとシラケてしまいます。一方の愛音はといえば、子供の頃に約束したからという理由で、高校生になってまでもストーカーじみた「見守り」を執拗に続けている。これもちょっと、「あり得ない」と感じられてしまう。
愛音は、亜緒を日々観察して、「亜緒ノート」なるものをつけてますよね。でもその具体的な中身は、「あくびの回数」だったりする。そんなもの記録したところで、亜緒ちゃんを守ることにはならない。いくら「亜緒ちゃんのお父さんの代わりに、亜緒ちゃんをずっと見守るんだ」という気持ちがベースにあるとしても、あまりにも子供っぽくて非現実的です。高校生男子が真剣に幼馴染の少女を見守ろうとするなら、もう少し違う行動になるはずだと思う。
「亜緒の両親が離婚している」ことも、終盤で唐突に出てきますよね。この情報提示も遅すぎる。
取ってつけた感がありますよね。もう少し前フリがほしい。
主人公の描き方にも疑問を感じました。愛音に対して、一度は「学校では話しかけないで」と言っておきながら、中学生になって「男友達がいるとステータスが上がる」と気づいたら、急にまた親しげに話をして自分の株を上げ、なおかつ「でも学校の外では話しかけないで」なんて都合のいい要求をしている。自分でも「愛音を利用した」と言っていますが、非常に狡猾で自分勝手ですよね。でもまあ、それ自体はいいんです。そういう面は誰にでもあると思いますから。ただ、冒頭シーンで主人公は、先輩からのLINEでのアプローチに困惑してますよね。先輩の好意にどう応えたらいいものかと。でも「愛音を利用した」やり口から考えると、この主人公はそんなことに殊勝に悩んだりしそうに思えない。決定的なことは何も言わず、適当にうまい返しをして、とりあえず先輩の気持ちをキープし続けるのではという気がします。
主人公のキャラクターが一定していない感じですよね。ラストで、先輩への返事を保留するのも、納得がいかなかった。この主人公の性格から考えると、きっぱり心を決める展開の方が合っていると思います。
作者が書きたい主人公の姿と、エピソードによって読者に伝わる人物像との間に、乖離があるように思えます。
この主人公を、先輩と愛音が激しく取り合うという展開も、説得力がない。この主人公のどこを、二人はそんなに好きなんだろう? 特に愛音なんて、「私に話しかけたら応じて」「でも学校外では親しくしないで」みたいな、理不尽な要求までされてるのに。
すごく疑問ですよね。それに、好きだのなんだの言ってる割りに、その「感情」はほとんど描かれていないです。そもそもこの作品において、登場人物たちは全員、非常に書き割りっぽい。主人公の友だちの女の子に至っては、ほぼ必要のないキャラクターです。
確かに友だちの女の子との会話は、「主人公が自問自答してるのか?」と思うぐらい歯ごたえがない気がしますね。お友だちがどんな性格なのか、明確に感じられないというか。
はい。合いの手要員というか、テニスの壁打ち練習の「壁」みたいなものです。出す必要のない、何の個性もない人物。というか、この作品の登場人物全員が、実はほぼ個性はない。ストーリー展開のためのキャラ付けがされているだけで、生身の人間らしさ、生身の「その人らしさ」はほとんど感じられないです。私はそこが非常に引っかかりました。
わかります。終盤で出てくる「親の離婚」が、「遅すぎる情報提示」に思えるのは、そのせいもありますよね。たとえ「親の離婚」というはっきりとした言葉が示されていなくても、そこまでに描かれている主人公にそういう過去が窺える何かがあれば、読者はそれほど違和感は抱かないと思う。「親の離婚」を経験してきたこの主人公ならではの言動なり、考え方・感じ方というものは絶対にあるはずで、それはふとした瞬間に、隠しようもなく漏れ出るものだと思います。
そうですね。何かの拍子に、「お父さん、どうしてるかな」って思っちゃうとか。
大声で言い争っている先輩と愛音を見て、「こういうの、前にどこかで見たなあ。ああそうか、お父さんとお母さん、昔よくこんな喧嘩してたっけ」と思うとかね。あるいは、愛音くんの何げない言動が、ふとお父さんの姿とダブるとか。そういうちょっとした描写があるだけで、この「親の離婚」という、取ってつけたような要素も活きてきたのにと思います。今まで生きてきたバックグラウンドに影響されて出てくる、その人物特有の言葉とか感覚とかが、もうちょっと話の中に顔を出してほしかった。
人物の容姿の描写もほとんどありませんよね。文章が読みやすいから、読者はつい補完しながら読んでしまいますが、実は描かれていなかったりする。
自分の創ったキャラクターに、もう少し興味を持ってほしい。もっと登場人物を深く掘り下げてほしかったです。今のままでは、登場人物の気持ちや考えを、読者がつかみ取れない。主人公はどんな子なの? 何が好きで、何が嫌い? 何に対して感情が動くの? そういうことが、作品からほとんど伝わってこなかった。愛音くんに関しても同じです。ストーカーまがいのことまでしながら、何年も主人公を見守り続けている愛音くんの気持ちって、どういうものなんでしょう?
私が一番気になったのも、そこです。愛音くんは、「僕が、亜緒ちゃんのお父さんの代わりになる」と思って「見守り」を始めたんですよね。ということは、そこに恋心はないということになる。でも、毎日じとーっと観察し続けて、あくびの回数を記録するなんて、はっきり言って気持ち悪いし(笑)、それで本気で「見守っている」つもりになっているのだとしたら、愛音くんは相当不思議な人ですよね。その不思議さが愛音くんの魅力だとも言えるでしょうし、作者は楽しい話にしようとして、「あくび」などの明るくテンポのいいエピソードを書いているのだと思いますが、微妙に何かをごまかしている、という気もします。
愛音くんはほんとは、何年も亜緒ちゃんを見守り続けているうちに、「お父さん代わり」という気持ちではなく、一人の女の子として亜緒ちゃんを好きになっていったんじゃないかな? あるいは、長年の幼馴染だから「家族愛」みたいなものでありながら、その中に微妙に「それ以上の気持ち」が混ざってきている、ということなのかもしれない。そういう二人の心の機微というか、危うさみたいなものを描いたほうが、この作品はずっとスリリングで読み応えのあるものになったのではと思います。「お父さん代わり」という大義名分を振りかざしつつ、ちっとも「お父さん」じゃない感情や欲望が混入している。その事実に突き当たったときの愛音くんと亜緒ちゃんに、どういう気持ちの動きが生じるのか。私だったら、そこを「読ませどころ」にするけどな、と。
本来ならこういう話には、登場人物たちの微妙な心の揺らぎが多少なりとも入ってきてしまうものではないかと思うのですが、本作においてはそれが一切ないですよね。そのあたりを、なんだかぼやかしたまま終わらせているのが、ちょっと残念な気がしました。むしろそここそが、この物語の一番の掘り下げどころですよね。せっかく「ここを深く掘り下げたら、きっと面白い小説になるぞ」という芽が見えているというのに、なぜそれを素通りしてしまっているのか、すごく引っかかるし、もったいないなと感じました。
「人間」を描こうとしてない感じなんですよね。登場人物それぞれを、生きている人間として描こうとしたのなら、ここまで書き割りっぽくはならないと思う。でも、じゃあ人物以外に何を描こうとしたのかというと、それもよくわからない。「いったい何を描きたい作品なのか」が伝わってこなかったです。だから、読者の私の心も、あまり動かなかった。
せっかく生き生きとした楽しい会話とかが書けるのに、それだけに終わってしまっていて、少々物足りないきらいはありますね。もちろん、こういう楽しい作品を書きたいというのはいいことなのですが、長編をこのノリのみで押し通すのはちょっとむずかしいかなと思います。やはりもうちょっと、各登場人物の性格、心情、感情の変化などをじっくり考え、丁寧に描写したほうがいい気がする。小説はそういう内面を描くときに、一番強みを発揮する表現方法だと言えるので、そこを取り入れて損はないと思います。
以前にも最終選考に残られたことのある方です。そのときの作品も、思い切りよくエンタメに振り切った、楽しいお話でしたね。そういう作品を書くのがお得意なのだろうと思います。安直だろうが何だろうが、面白くなりそうなものはポンポン入れ込んじゃうぞという、フットワークの軽さは悪くないと思う。文章はすごくちゃんとしているし、エピソードの作り方もいい。何より、ディテールの描き方が抜群に上手いです。ただやっぱり前回の作品も、「これが描きたい」という小説の核になるものが見えてこなくて、心に響く作品にはなっていなかった。
場面の映像が浮かびやすい書き手さんなのかなと思います。それはそれで、貴重な才能だと思う。ただ、その思い浮かんだ場面をそのまま使っているというか、その断片の場面映像を活かすために、話のつじつまを合わせているように感じられました。登場人物たちも、そのつじつま合わせに沿って動かされている感じ。「そのキャラクターがこう感じて、こう行動したから、話がこう展開した」とかではないように思える。
確かに。シチュエーション先行で作られた話、という印象がありますね。キャラクターに対して、こだわりが感じられない。人物が記号っぽいというか。
もう少し、人間先行でドラマを作った方がいいかなという気がします。まず登場人物の心が動いて、それによって話が展開していく、というほうが自然ですよね。
そう。それでこそ、人間を描くことになるわけですからね。
事件はいっぱい起こって、ドタバタ派手に展開はするんですけど、どのキャラクターにも今ひとつ共感しづらくて、あまり引き込まれて読めませんでした。楽しく読めるエンタメ作品であっても、ある程度の共感は重要かなと思います。
没入力が弱いのでしょうか? 作者が、自分の描いているキャラクターに、深く思い入れている感じがあまりしない。だからキャラクターが記号っぽいんです。作品の中に、もう少し情念のようなものを感じられたら、読んでいてグッと引き込まれるのではと思うのですが。
人物同士の心情の絡み合いみたいなものが、もっと描かれていてほしいですよね。ただ、作者の情念や没入力が弱いとは思わなかったです。むしろ、とても奥ゆかしく含羞のあるかただからこそ、登場人物の感情に踏み込むことへの躊躇や照れがあるんだろう、と推察しました。その含羞のありよう、すごく好ましいのですが、小説の中では作者の照れはかなぐり捨てて、登場人物にもっと寄り添い、底まで掘り下げていいと思います。
創作する際の作者なりのこだわりは、実はあるんじゃないかなと私は思っていて、それは「喧嘩をやめて。私のために争わないで」ではないかと(笑)。というのも、前回最終に残られた作品も、そういう要素のある話でしたので。おそらくそこが、作者の萌えポイントなのではないでしょうか。作者自身が意識しているかどうかはわかりませんが、それこそ、隠しようもなくにじみ出ちゃっているのではないかと、私は勝手に想像しているのですが。
なるほど。言われてみれば納得です。前回の作品も、主人公をめぐって、二人の男性があわや取っ組み合いになりかける場面がありましたね。
でも、「私のために争わないで」が作者の萌えポイントだとしても、それを作品の中で効果的に描けてはいませんね。ドタバタ劇の中に紛れて、ステキ感が薄れてしまっている。
たぶん、作者の中にまだ「恥ずかしい」という気持ちがあって、つい茶化して書いてしまっているんじゃないかな。
自分の萌えを正直に晒すのが気恥ずかしいという気持ちは、私もよくわかります。言えないよ、実は「両片思い」が大好物だなんて! ……言っちゃったけど(笑)。とにかく、「萌えがある」というのは、小説を書くにおいて非常に重要なことですから、そこは否定しないで大事にしてほしいですし、「自分の萌えはなんなのか」を分析/把握してみてください。
それに、作者と作品は別です。何を書こうと、「いや、これは私のことではありません。あくまで創作です」と言えば済むことですから、勇気を出して、思いきって書いてみてほしいです。
ただ、「取り合いシチュエーション」が本当に作者の萌えポイントなのだとしたら、そのシチュエーションを支える男性二人のキャラクター造形にはもう少し力を入れてほしい。「男性たちに取り合いされる私」を描きたいなら、「どんな素敵な男性たちに取り合われるのか」も重要ですよね。こういう話ならもっと、「先輩かっこいい。でも、愛音くんの愛情深さにもキュンとくる」、みたいに読者に思わせる必要があったと思う。
女性読者の多くは、「本当に愛する人はただ一人」という物語を求める傾向にあるのかな、という気がします。女性向けの恋愛小説や少女マンガのセオリーとして、主人公の女性はどんなにモテようとも、ほぼ必ずと言っていいほど、一人の男性を好きであるものですよね。主人公本人が自分の気持ちに気づいているかどうかは別としても、です。どんなハーレム状態であっても、読者から見れば「本命はあいつだな」とわかる。そこをあえてひっくり返す作品もなくはないけれど、でもその場合でも、「もしかして本命は○○なのでは……?」と読者に思わせる、作者の目配せは必ずあります。例を挙げると、『花より男子』や『ベルサイユのばら』ですね。読者の心をがっちりつかんだ名作は、主人公の運命の相手がだれなのか、読者が早い段階で気づけるような構造を持っている。ゆえに、「いやタイトルからして、花沢類じゃなく道明寺だよ!」とか、「ちがうちがう、フェルゼンじゃなくアンドレだから! オスカル、早く気づいて!」とか、よりいっそう主人公に思い入れて応援することができるのです。
でも本作では、ラストになってもまだ、亜緒ちゃんは答えを出しませんよね。というか、この段階で答えが出ないようなら、亜緒ちゃんにとって、先輩も愛音くんも本命ではないということになる。
そうですね。先輩にはさほど興味がなさそうだし、愛音くんについても「いずれ自分から離れていくだろう」と淡々と思っている。主人公の恋心を示す矢印が見当たらない。
「今はまだだけど、もう少し未来で恋が始まりそう」という雰囲気で終わるのなら、それでもいいんです。ただ、その場合においても、読者が「ふふ、なるほど、○○が本命なのね」と思える何かは欲しい。
それがないから、作者の萌えを今ひとつキャッチしにくいんですよね。本来なら、いくら作者が出さないようにしたとしても、主人公が好きな人へ向ける目線の中には、ついつい想いが滲み出てしまうものだと思います。でも、この作品にはそれがない。
ないですよね。だから読者によっては、若干情念が薄いというか、心情があまり書けていないなと感じてしまうのだと思います。
作者は恋愛物を書いたつもりはなく、ひたすらコメディを目指されたのかもしれませんが、しかし本作は、構造としては「三角関係」ですよね。だとすると、先述したような「恋愛物の三角関係」がどんなセオリー、構造を持っているのかをちゃんと把握し、踏まえたうえで、そこからずらす、という発想をしないと、狙った効果が最大限に発揮されません。その第一歩として、やっぱりもう少し登場人物を掘り下げて、「どういう人なのか」ということを想像してから書いたほうがいいかなと思います。そうしたらきっと、作品そのものがレベルアップすると思う。
筆力はすごくあるんですよね。だから、これといった心情描写のない話でも、つい楽しく読まされてしまう。ただ読み終わってからふと、「いったい何が言いたい話だったのかな?」と思えてしまう。やはり、萌えポイントなり心情の掘り下げなりという、物語の核となるものは重要だなと思います。
作者には、構成をきちんと立ててから書いてみることをおすすめしたいですね。その際よすがにするのは、細かいエピソードや、あるシーンの映像ではなく、登場人物の心の動きです。この人はこういう人で、こういう人生を今まで歩んできていて、この登場人物との間にはこういう感情の交錯がある、みたいなことを考えて、そこから構成を立てるというやり方を、一度試してほしいです。
もしかしたら、そのやり方では全然書けないかもしれない。それはそれでいいんです。「このやり方は自分には向いてない」ということがはっきりするわけだから。で、「じゃあ今まで通りの、シチュエーション先行の書き方に戻そう」となったときに、「そのシチュエーションの裏には、人物たちのどういう感情があるのかな?」ということを、少しでも考えられるようになっていたら、できあがる作品がまた変わってくると思います。今まで通りの書き方でありながら、プラスアルファとして、人物の心の動きを考えて展開を発想していく。それができるようになれば、もっとグッと読者に思い入れてもらえる作品が書ける気がしますね。
テンポの良い会話だとか、軽妙洒脱な味わいとか、いいところはいっぱいあるので、そこは大事にしながら、より読み応えのある作品になるよう、書き方や発想法のひとつとして、「登場人物の心情をまず考えてみる」というバリエーションも加えていってほしいなと思います。