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選評付き 短編小説新人賞 選評

『わたしは助かるから』

山口大

  • 編集A

    切り口が面白い作品ですよね。ありきたりな話ではないところはすごく良かった。

  • 編集B

    同感です。「自分より不幸な人がいるから救われた」というテーマを正面切って書くのは斬新だと思います。主人公の心理もよく描写されていて、読んでいて共感できました。スピード感あふれる展開にも引き込まれるものがありましたし、とにかくすごく面白く読めた。
    ただ、ラストがちょっとわかりにくいというか、解釈に迷うところがありますよね。赤信号に向かって歩いていく只野さんを見ながらも、「寛太のメールを打つ指の動きは止まらない。より一層速くなる」というのは、どういう意味なんでしょう? 「そのまま死んでしまえ」と思っているのか、「助けなきゃ」とは思いつつ体が動かないのか。あるいは、「この後どうなるんだろう?」と読者に思わせたまま話を終わらせ、余韻を残そうとしているのか。その辺りについては、もう少し明確に方向性を打ち出しても良かったのかなと思います。

  • 三浦

    確かにこのオチをどう受け止めるかは、人によってかなり異なってきそうな感じがしますね。皆さんどう解釈されました?

  • 編集B

    只野が不幸になればなるほど主人公は救われるわけだから、究極の不幸、「死」に向かって歩いていく只野を見て、「やったー!」って気持ちなんじゃないかな。「もっと不幸になれ。いっそ死んでしまえ」って。

  • 三浦

    期待と興奮で、メールを打つ指が速くなっていったということですね。

  • 編集B

    はい。「只野はもっと不幸になる。その分、俺はもっと幸せになれる」と。

  • 編集C

    でも、只野が死んだら契約成立が危うくなって、主人公が一番求めていたものが手に入らないのでは?

  • 三浦

    契約に関しては、新人の小松君が主に担当しているようですし、「十中八九、大丈夫」みたいな話になっていましたから、只野さんが死んでも影響はないんじゃないかな。少なくとも、主人公はそう判断しているのだろうと思います。で、拾った「退職届」の、お守りとしての効力を高めるために、只野を見殺しにしたというオチなのかなと、私も思いました。
    ただ、そこがちょっと曖昧で、「は? 意味わからん」と感じる読者もいるはずなので、作者の意図どおりの読み筋に絞るためにも、この場面での主人公の思いをもう少しだけ明確にしたほうがいいのかもしれません。しかし、まさかこんなブラックなオチが来るとはね……。

  • 編集B

    そこがいいんじゃないでしょうか。「うわあ、ひどい……」と感じるオチだからこそ、斬新な面白い話になっているのだろうと思います。

  • 三浦

    確かに。それに、直接の利害関係がない人間に対して、「こいつが死んだほうが、俺は幸せになれるのに」と思ってしまうくらい主人公が追い詰められている感じはすごく出ていましたから、ラストの展開にも違和感はない。うまいなと思います。

  • 編集D

    このブラックなラストに到達してしまうほどに、いかに主人公が追い詰められていったかということは、すごくよく描けていたと思います。主人公の苦しみに切実感があって、読んでいて共感できました。必死に頑張っているんだけど、日々どんどん精神的に追い立てられ、ついにこういうことにまでなってしまったという、このオチはとてもよかった。主人公が只野を助けるのか助けないのか、只野が死ぬのかどうなのかまでを、描かずにスパッと話を終えているのも、いい判断だったと思います。
    ただ、妻の描き方には、ちょっと引っかかりを感じました。主人公は、「女というのは、ステータスの高い男にしか身体を開かないものだ。低い男には見向きもしない」みたいなことを思っていますが、これは決めつけが過ぎると思います。そんなことありませんからね(笑)。

  • 編集E

    でも、「夫にマウンティングする妻」というものを、うまいぐあいに「嫌な奥さんだな。でも、実際にいそうだな」という感じに描けているとは思います。

  • 編集B

    リアル感は出てますよね。ただまあ、ここはできれば、精神的に追い詰められている主人公が被害妄想的に勝手にそう思いこんでいる、という描き方の方が、読者は受け取りやすいと思います。「妻に蔑まれている気がした」、くらいの感じで。

  • 編集D

    上司だって実は、さほどパワハラをしているわけではないかもしれないですよね。主人公が勝手に引け目を感じているだけなのかもしれない。ただ、仕事で成果を上げられない男性のいたたまれない心情は、すごくよくわかります。男性主人公の一人称作品として、心理描写はかなりうまくできていたと思う。

  • 編集F

    僕は主人公と同性ですが、正直、共感はできなかったですね。というのも、この主人公は、もともとあまり性格が良くないのではと思える節があるからです。妻の成功を妬んだり、ひがみっぽかったり、部下にも慕われていない様子だし。

  • 編集G

    確かにね。出世頭の同期のことを、「たった一度のまぐれの成功だけで、社内ではヒーロー扱いされている」なんて思ってますからね。

  • 編集H

    食中毒の可能性に嘘をついてまで、契約を取ろうとしている場面もありましたね。あそこは完全にアウトだと思います。

  • 編集F

    ブラックなオチにするのであれば、主人公はもとは真っ当ないい人、という設定にした方がよかったのではないでしょうか。頑張って真面目に生きてるのに、周囲の人間はクズばかりで、追い詰められて、影響も受けて、最後には主人公もダークサイドに足を踏み入れてしまう、というような。

  • 三浦

    なるほど。物語の最初と最後で、大きく落差をつけるということですね。確かに、そのほうがより効果的にはなります。とはいえ30枚の短編なので、「以前はいい人だったかもしれないが、とにかくダークサイドに落ちて以降の主人公のありように焦点を絞って活写する」という現状の戦法も、アリだとは思いますが。

  • 編集G

    ただ、この物語の中心を成す「退職願」というアイテムの設定が曖昧なので、そもそもストーリーの流れは把握しにくいです。「他人が不幸になればなるほど、自分の運が上がる」というシステムらしいけど、そのことがエピソードの積み重ねで明確に示されているわけではないので。

  • 編集E

    主人公は最初、退職願の書き主は亡くなっていると思っていましたよね。中身を読んだら、まぎれもなく遺書だった。こいつはもう死んでいる。俺より不幸だ。俺よりも不幸な奴がここにいる。だから俺はまだ大丈夫だ――そう思えたからこそ、退職願を心の支えにして、頑張ることができた。でもある日、只野と出会ってしまって、「えっ、こいつまだ生きてる!」と動揺した。お守りの効力を上げるためには只野に死んでほしくて、ラストで見殺しにした。そういう話かと僕は思ったんです。
    でもよく考えてみたら、只野の生死に関係なく、主人公の状態はすでに上向いてますよね。大口の契約がほぼ確定しかけているんだから、今さら只野を見殺しにする理由はない。むしろ、只野が死ぬことは、契約が流れるリスクにつながりかねない。となると、このラストはどうにも腑に落ちないです。自分の幸せのためなら、他人を見殺しにもするぞという流れにするのなら、「運の総量は決まっていて、それを取り合う」「そのキーアイテムが退職願である」という設定が、あるいは少なくとも主人公はそう思いこんでいたのだということが、もっとはっきり示されていないといけないと思います。

  • 三浦

    私はこの「退職願」は、運の上げ下げをできるほどの力を持った不思議アイテムという設定ではないと思います。単なる他人の退職願なんだけど、溺れる者は藁をもつかむ的な感じで、主人公は一方的に勇気をもらっているのでしょう。ライナスの毛布みたいなもので、一種の精神安定剤なんです。本当に不思議なパワーがあるとまでは、主人公も作者も思っていないんじゃないでしょうか。

  • 編集A

    退職願を拾ってから急に主人公の運が上向き始めた、みたいなエピソードを入れた方が良かったのかな? 退職願の実際の効力はどうあれ、拾った直後に状況が好転することが続けば、主人公が「退職願のおかげだ」と思いこんでも無理はないわけですから。

  • 三浦

    いえ、物理的な好転エピソードを入れる必要はないと思います。現状のままでいいでしょう。退職願は気分的なお守りに過ぎず、実際は主人公自身が頑張ったから大口契約が取れそうなところまで来たわけです。で、それはそれとして、「只野さんって、ほんとに俺より不幸じゃないのかな?」と思っていたら、目の前で只野さんが死のうとしていたので、「やっぱりな! そうこなくちゃ!」と思って、興奮して成り行きを見つめている。このラストはそういうことではないかと思います。

  • 編集G

    うーん、でも、ただの精神安定剤なんだったら、もう契約もうまくいきそうなわけだし、只野に対して「死ね死ね」って感じになるのは、若干納得がいかない。必要もないのに他人の不幸や死を願うのは、ひどすぎませんか?

  • 三浦

    お守りの効力を本当に信じてるわけじゃなくても、ゴミ箱に捨てるのはなんとなくためらわれるから、初詣のついでに神社の「お焚き上げ箱」に入れにいこう、みたいな気持ちって、だれしもなんとなくありますよね? そういう感じなのかなと。お守りの効力がより高まるかもしれないチャンスだから、わざわざ只野さんを助けようとは思わない。ついそういう反応になってしまうくらい、主人公は追いつめられていた、ということなんだと思います。

  • 編集E

    でも、ラストの主人公は、心に余裕ができている状態ですよね。只野が今死ねば契約がどうなるのか、そこもまだ未知数です。それでもなお只野の死を願うのですから、やはり主人公は、退職願の効力に相当依存しているように感じます。主人公が、「もう俺は、これなしにはやっていけないんだ」というレベルになっていることを読者に伝えないと、あくまで見殺しにするというこのラストには説得力がないと思う。だから、退職願を拾ってから仕事がうまくいくようになり、妻との関係も修復された、みたいな展開があった方が、ラストの主人公の行動に納得しやすいと思います。

  • 編集A

    「お守りには効力があると寛太は思いこんでいる」説の人は、好転反応のエピソードが欲しいわけですね。一方、「あくまで精神安定剤レベルでしかない」説で読んでいる人は、そのエピソードがなくても気にならない。

  • 編集G

    作者がどういうつもりで書いているのかは、現状では読み取れません。作者の意図が読者に正確に伝わっていない時点で、ちょっとまだ、うまく書けているとは言い難い感じですね。

  • 三浦

    確かに、文章面では気になるところが多かったです。全体に、少々ぎこちないですよね。例えば、3枚目の「営業部は嫌が応にも~」の一文には、読点が一つもないですし、「を」が重なっていて係り結びも変でした。あと、拾った退職願について、「裏返してみたが宛名は書かれていない」とありますが、通常、退職願に宛名は書かないんじゃないかな。普通の手紙で宛名を書く場合でも、表側に書くものです。また7枚目で、「缶ビール」を開けたはずなのに、なぜか「鼻先にカシスオレンジの酸味を感じる」のも気になる。読んでいて、「ん?」って引っかかりますよね。

  • 編集H

    10枚目で主人公は「ジャケットを脱いで」いますが、実はその場面の始まる7枚目のところですでに「スウェットに着替え」ているんです。ここは矛盾していると思う。スウェットの上にジャケットを着ていたなら別ですが(笑)。あと、17枚目で志乃が「次に自分が担当する案件は格安航空会社のCMらしい」と言っているのですが、このCMが、その次の場面、23枚目ではもう公開されています。私は最初、この次の場面は翌日のことかと思って読んでいたので、ちょっとびっくりしてしまった。もしかしたら二つの場面の間にはそれなりに時間経過があるのかもしれないけど、それが読者にはっきり伝わるような描き方にはなっていない。

  • 編集C

    冒頭のシーンが「十一月上旬」。志乃が愚痴ったのをその数日後と考えても、その時点では「どこかの格安航空らしい」という曖昧な情報段階でしかなかったCMが、「十一月中旬」にはすでにできあがってオンエアされている。ちょっと日程に無理がある感じですね。

  • 三浦

    あと、主人公の会社では、上司が「秀平君」とか「寛太君」とか呼んでますが、下の名前で呼び合う習慣があるのかな? フレンドリーさを醸し出すためとか言って、実際にこういうことをしている会社もありそうで、なんかゾワッとしますよね(笑)。一般的に会社では名字で呼びあうと思うので、下の名前呼びについて、作中でさりげなく「変だよね」と触れるシーンがあってもよかった気がします。それから、端役の人物描写に逐一ピンポイントな年齢が書かれているのも、なんだか妙に感じられました。会社の同僚が「二十五歳の女性」だとか、19枚目にエレベーターから出てくる男性が「四十五歳くらい」だとかね。この男性なんて、ただの通りすがりの人なのですから、「中年」という情報だけで充分です。「保険会社の茶色いスーツ」というのも、よくわからない。エレベーターから降りてきたばかりの彼が「保険会社」勤務だと、なぜ主人公は察することができたのでしょうか。しかもこの男性、主人公に大声を浴びせると、またエレベーターの中に消えていくんですよ。君はなにをしにロビーまで下りてきたんだ? と疑問でした。

  • 編集H

    文章にも描写にも、整合性が取れていないのでは? と感じるところがけっこう多くて、没入して読むことができませんでした。もう少し、自分が書くものに対して気を遣ってほしいなと思います。

  • 編集A

    見直しをすれば気づくレベルの間違いが多かったですね。もっと自分の作品を大切にしてほしい。

  • 編集G

    文章以外でも、気になるところは色々ありました。よその会社の、お茶出ししてくれた女性を「きっと総務だ」と決めつけた上、「只野さんは会社を辞めるんですか?」なんてプライベートなことまで尋ねるのも、かなり非常識な行動ですよね。あと、切羽詰まった主人公が飛び込み営業を始めたら、半月も経たないうちに大口契約が取れそうになるというのは、若干安易さのある展開ですよね。しかもそこで只野さんと遭遇するというのも、偶然が過ぎる印象です。こういう辺りを、もう少し必然的な感じでうまく描けていたら良かったのですが。

  • 三浦

    そうですね。そういう都合のいい展開を、「都合がいい」と読者に感じさせない書き方――、エピソードの連結だったり積み重ねだったりが、もう一歩たりないかなというところはありますね。文章と同じく、話運びも若干ぎこちない感じです。
    ただ、後半、追い詰められた主人公がなりふり構わず行動を開始することで、話がどんどん回り始め、テンポもどんどん上がっていきますよね。その流れに乗って、仕事がトントン拍子にうまくいって、奇跡的に只野さんにも出会って、その勢いが止まらずに、ついには破滅的とも言えるラストに至ってしまう。「都合のいい」展開の連なりが、本作のスピード感をいや増している面もあるとは思います。誰にも止めようのない運命の輪が回り始めてしまった。それは退職願を拾ったあのときから始まっていたのだ、みたいな雰囲気が、かなり醸し出されているようにも思いました。もちろん、ご都合主義を肯定するわけではないですが。

  • 編集A

    ちょっとまだ、書き慣れていない感じですよね。

  • 三浦

    タイトルも多少引っかかる。「わたし」というのは主人公のことでしょうけど、作品の中で主人公は、自分のことを「俺」と言っていますね。しかも、本作は一人称ではなく、三人称単一視点で語られています。なぜタイトルだけが一人称視点で、しかも作中の主人公の自称(「俺」)と異なるのか。タイトルと本文との視点人称のズレが気になります。

  • 編集D

    『俺は助かるから』でいいですよね。でも、ちょっと目を引くタイトルではあると思う。

  • 三浦

    いい話にはなりそうもないなという予感があって、そこがいいですよね。

  • 編集I

    「これはきっと、何らかの意味が込められた描写なんだろうな」と思えるところは、いろいろありました。例えば30枚目で、妻の志乃さんが作った「水を全く使わない洗濯機」のCMを見ながら、主人公は水を飲んで疲れを癒しているとか。

  • 編集D

    仕事から帰った志乃さんが、必ず1分かけて手を洗うとかね。なんだか意味ありげですよね。

  • 編集I

    その意味も、なんとなく分かる気はするんです。ただ、効果的な演出というレベルには届いていない。ほのめかしにもなり得ていない感じで、読んでいてモヤッとします。

  • 三浦

    そういう人物描写にまつわるあれこれの塩梅を調整して、有機的な伏線をうまく張りつつ、作者が意図する象徴性をもう少し読者にうまく伝えることができれば、より味わい深い小説になるだろうと思います。まだちょっと書き慣れていないから、作者自身が意図している通りには書けていないところが多いのでしょうね。それでも、「これを小説で書きたい」という思いはとても伝わってきました。

  • 編集D

    文章のリズムは、けっこういいと思います。短文と長文がちゃんと混じってるし、読みやすい。

  • 編集J

    情報の出し方が脚本のト書きっぽいのは、少し気をつけた方がいいですね。おそらくこの作者は、映像が頭に浮かぶタイプなんだろうなと思います。それ自体は構わないのですが、それをどう小説として出力するか、考えてほしい。

  • 三浦

    映像で表現するなら印象的にできるんだろうな、と思える場面は多かったですよね。頭に浮かんだ映像を文章に落としこむ勘所がわかってきたら、作品がぐっと良くなるんじゃないかな。主人公の追い詰められ感はよく出ていましたし、生々しい感情とかはうまく書けていたと思います。

  • 編集C

    主人公は決していい奴ではないんですけど、なんだかちょっと共感できるところも私にはありました。

  • 編集I

    自分にも身に覚えがある程度の小悪人感があるんですよね。

  • 三浦

    誰だって、善意100%ではないし、悪意100%でもない。人間てそんなものですよね。作者は「人間」というものを、よく見ているなと感じます。心情の機微が書けているのは非常に良かった。今回みたいな話だけではなく、明るく楽しい話も書ける方なのではないかなと思います。主人公の内心の独白の端々に、期せずしてユーモアが宿っているところがあるのも、私はすごく好きでした。

  • 編集D

    小説の中に、核となるものがきっちりとあるところはすごくよかった。次回作もぜひ読ませていただきたいですね。

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