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選評付き 短編小説新人賞 選評

『空蟬の春』

みな

  • 編集A

    すごく良い夢を見させてもらった、というのが読後の感想です。作品の8割が瀬美教授の一人語りで締められているのですが、この語りがいいですよね。自分の思い出を語りつつ、目の前の子供に優しく話しかけつつ、合間にはトリビアみたいな蟬の知識が挟まれていて、それも興味深く読める。この先生の、語り口の妙に引き込まれました。とても面白かったです。
    この話の主人公は、終盤で大学生になっている女の子のほうだと思うのですが、瀬美先生の一人語りの中に直接は登場してきませんよね。でも、瀬美先生の語りの中には、彼女がどんな応答をしたか、どんな反応を示したかということが合間合間にちゃんと書かれていて、それがすごくいいバランスだったと思います。瀬美先生の目の前にいる子供の存在だとか気配だとかが、文章からちゃんと伝わってきました。瀬美先生の語りは、聞いていると段々心地よくなってくる感じで、非常に好感を持って読むことができました。私はイチ推しにしています。

  • 編集B

    私も、とてもよかったと思います。先生の語りもいいけど、私が一番いいなと思ったのは、親子の在りようでした。自分が興味を持ったものにとことんのめり込んでいく子供と、それを陰からそっと見守っている母親。そのどちらもを、すごく応援したい気持ちになった。とても感情移入して読めました。

  • 編集A

    ただ、あまり高得点にもできなかった。というのも、最後、主人公が美しい女子大生になって瀬美教授の前に現れますね。しかも急に、「7年前からずっと、先生に恋してる」という展開になっている。瀬美教授も、ひと目主人公を見た瞬間に、恋に落ちたっぽいですよね。今まですごく気持ちの良い温かい夢を見ていたのに、ここでハッと現実に引き戻された感じでした。急に恋愛感情が絡んできたので、とても生々しいものを突きつけられたような気がしてしまった。ラストを「人への恋」にするんじゃなくて、あくまで「昆虫が好き」という気持ちの延長で、大事な思い出の人、瀬美先生に会いにきましたという話で良かったのにと思います。

  • 編集B

    同感です。読者に「少年」かと思わせていた主人公が、実は女の子だったというオチになっていましたが、その展開は本当に必要だったのかな? かなり疑問です。せっかく、自分が好きなことをとことん突き詰めていこうとする子供が、いじめっ子にも負けず成長していくという、心温まる話が描けていたのに、急に「二人は運命の恋人同士だったのでした」みたいな、ある意味ありがちな恋愛展開になってしまっていて、残念でした。恋愛ものだとは想像もしていなかったです。その意外性を狙ったのかもしれないけど、ちょっと無理やり感が強かったですね。ラストで強引に「運命的な恋」に話を寄せて、力技で綺麗に終わらせようとしたみたいに感じられてしまった。どうして急に方向転換したのでしょう? 主人公は男の子のままでよかったのに。尊敬と憧れを抱いている瀬美教授に会うために頑張って勉強して、レベルの高い大学に受かった。今日いよいよ教授と、7年ぶりに再会するのだ――という話でよかったのにと思います。

  • 編集C

    もしかしたら作者は、最初から「蟬が羽化するみたいに、美しく変身する女の子」というモチーフを使うつもりで、このストーリーを考えたのかもしれません。ただ、終盤に至るまでに恋愛感が全くなかったので、読者としては、ラストの展開に違和感を覚えてしまいますよね。

  • 編集D

    引っかかる点は、他にも多かったです。例えば、瀬美先生の語りは延々24枚以上続いていますが、一体何分間喋り続けていたのでしょう? いや、分じゃないですね、1~2時間くらいにはなっていると思う。ちょっと現実的ではないですよね。

  • 三浦

    しかもその間、主人公のお母さんはずっと、先生を変質者かもと疑って、木の棒を握りしめてトイレの脇から様子をうかがっていたらしいですしね(笑)。

  • 編集D

    学生たちとのフィールドワークの途中で、たまたま見かけた子供相手にこんなに長時間喋り続けるというのは、いくら昆虫オタクだからって、変態すぎます(笑)。怪しいです。

  • 編集E

    お母さんはもっと早く、割って入るべきでしたね(笑)。

  • 編集D

    語られる蟬の話のあれこれは、すごく面白くてよかったんですけどね。

  • 編集E

    わかります。僕も蟬は好きなので、蟬関係のうんちくとか、とても興味深く読めました。

  • 三浦

    ただまあそこは、本作の評価の対象としては、本筋ではないように思いますが……。蟬の生態に興味があるなら、岩波科学ライブラリーとか、お勧めですよ。

  • 編集D

    確かに(笑)。それに実は、瀬美先生の語りの中には、生物学者らしからぬところがあって、引っかかりました。例えば、「蟬の幼虫は、上へ上へと懸命に這い上がり、空蟬を脱いで羽化する。人間だって上を向いて頑張れば、素晴らしい何かを手に入れられるのではないか」みたいなことを語っていますが、これって、人間側に寄りすぎた考えですよね。蟬はただ本能に従って行動しているだけで、「懸命に上を向いて頑張ろう」みたいなことは特に考えていないと思う。仮にも学者さんなら、もっと理性的な目線で研究対象を見ているはずではないでしょうか。「暗い地中で何年も過ごし、やっと明るい光の中に出てきて、生まれ変わるんだ」とか「上を向いて懸命に生きているんだ」みたいな情緒的な捉え方ではなく、「天敵を避けるためだろう」とか「種の保存のためだな」みたいな方向に頭が働くのではと思います。

  • 編集C

    そうですね。蟬が「ファイヤーズ」と鳴くのは、「負けずに強く生きようと叫んでいるんだ」と考えるのは、人間側が勝手に美化した解釈ですよね。

  • 編集D

    蟬って、人間がつい感情移入してしまいやすいモチーフなのかもしれませんね。でも、そんなセンチメンタルな考え方に寄りがちな学者先生が、若くして優秀な論文を書き上げ、異例の速さで教授になったというのは、ちょっと腑に落ちないものがあります。

  • 編集E

    しかもこの瀬美教授、ラストで主人公を眩しそうに見て、「なんだか……蟬の羽化を見ているようだ」なんてポエミーなことを言っていますよね。切れ者の優秀な学者にはあまり感じられない。

  • 三浦

    あと私は、3枚目の、「日本人が残酷なのは、死んでも土に帰らず火葬してお墓に入るせいに違いない。アメリカ人みたいに土葬にして、優しい土に帰ればおおらかになれるのに」という文章に、すごく引っかかりを感じました。ちょっと決めつけが激しいというか、妙な理屈だと思います。日本でも場所によってはわりと最近まで土葬していましたけど、その頃そんなに心優しい人ばかりだったのでしょうか? 土葬する文化を持ったアメリカ人はみんなおおらかなんですか? ちょっとここは納得できないです。論理が破たんしていると思う。もちろん、あくまで先生が「子供のころ、そんなふうに思っていた」ということなのでしょうけど、でもこれも、瀬美先生のひととなりを読者に伝えるための描写の一つなわけですよね。なぜこんなエピソードをわざわざ入れたのでしょう? 私はどうも腑に落ちなかったですね。

  • 編集C

    「みんな実際は、正しいことばかり考えているわけじゃない。頭の中は自由でいい」というのはその通りだと思うけど、「土葬しないから日本人は残酷なんだ」と言われても、読者は頷けないですよね。そんな発言をする瀬美先生のことも、素敵だとは思えない。

  • 三浦

    さらに6枚目。「『せみが蟬を研究してる』と、クラスメイトに馬鹿にされた。だけど僕は賞を取り、馬鹿にしたみんなは賞をもらえなかった。クラスの評価なんてそんなもんだよ。」というところも引っかかりました。得意げに「見返してやった」みたいに語られてる気がしなくもないので、塩梅を一考したほうがいいかもしれません。賞もあくまでも一部の人からの評価に過ぎないわけで、「クラスメイトがどう思うかとか、賞をもらえるかとか、他人からの評価がものすごく気になる人なんだな」と、瀬美先生にいい印象を持てなかったです。言いたいことはわかるんですけど、その表現の仕方がちょっと裏目に出てる気がする。ほんとに蟬が好きで研究してるのかな、と疑問が湧いてきてしまうというか。

  • 編集C

    「ははっ、ざまぁみろ」とか、ちょっと怖いですよね。人間の正直な気持ちだとしても、見知らぬ子供相手に語ることではないように思う。

  • 三浦

    同様に、主人公の描き方についても、かなり気になるところがありました。終盤で、おそらくは美しく成長して大学生となった主人公は、テニスサークルに入会していますね。歓迎会の席で、「恋愛話に花を咲かせる男女を見ながら、人間も生殖活動に必死な生物だなと思った。」とありますが、ちょっとこれは上から目線すぎるように思えます。だったらテニサーなんか入らなきゃいいのに、と思うのは、テニスサークルへの私の偏見かもしれませんが(笑)、なぜかサークルメンバーと自分との間に線を引いているみたいに感じられる。自分だって恋をしているはずなのに、どうして恋愛に興味がある人たちをこんな醒めた目で眺めているのでしょう?

  • 編集C

    新入生だというのに、せっかく入ったサークルに馴染もうという気持ちもあまりうかがえませんね。

  • 三浦

    しかも、教授が男の子を待っていると聞いたら、主人公はすぐさま「それは自分のことだ」と思っています。でも、その根拠は? 瀬美先生は、虫かごを持った子供に出会ったら嬉々としてうんちく話をするような虫オタクですよ? あっちこっちの公園で、しょっちゅう子供と長話してるに決まってるじゃないですか。「私にとっては先生との思い出は大切なものだけど、先生は別の男の子を待ってるんだなあ」と普通は思うのではないか、という気がするのですが。また、そうしたほうが、実は先生が待っていたのは主人公である、と判明した時のカタルシスが強まるとも思います。

  • 編集C

    出会い以来、7年間もまったく交流がなかったのにね。7年の間には、大人の男性である先生にはそれなりに色恋があったかもしれないのに、主人公はその可能性は全く考えていない。

  • 三浦

    それに、先生も先生です。7年も経っているのですから、相手がいつまでも小学生じゃないことくらい、いくら虫オタクの変人先生であってもわかるでしょう。いつまでも駄菓子を用意して、「あの日の小学生が訪ねて来るのを待っている」というのは、おかしな話だと思います。全体的に、登場人物の思いこみが激しいというか、やや視野狭窄気味に見えてしまって、作品にとって損だと思いました。

  • 編集E

    そんな人が学者として優秀とは、ますます考えにくいですよね。

  • 三浦

    主人公の語りの中にある、「超難関大学に入学できた」とか、「私は彼にいじめられていたわけではない。実はあのあと告白された」みたいなところも、書き方にもう少し注意したほうがいいように思います。今のままでは、なんだか自慢しているみたいに思われかねないですから。

  • 編集F

    一人称なのですから、なおさら気をつけてほしいです。「あ、そういうこと、自分で言っちゃうんだ」、って感じる読者はいるでしょうから。

  • 三浦

    ちょっとした書き方の匙加減で、読者の受ける印象は大きく変わりますから、こういうあたりは細心の注意が必要かなと思います。作者の意図と違う受け取り方をされてしまったら、やっぱりもったいないですからね。
    先生の話も長すぎるように思います。構成として、あまりうまくいってないんじゃないかな。蟬の話が長すぎて、構成のバランスがやや悪いので、ラストで「実は相思相愛っぽいです」と明かされる展開が、驚きとして万全に効いていないきらいがあります。「序破急」が短編の構成の基本だとすると、本作は「序」が長く、「破」がなくて、いきなり「急」が来ている感じです。構成を「序急」としてしまうと、「急(ラスト)」の部分が取って付けたように思えて、読者の気持ちがついていきにくい傾向があります。それを避けるためにも、「序」と「急」をブリッジしつつ、思いがけない展開へとうまく導くためのもうワンエピソード(=破)があったほうがいい。本作の場合は、やはり「破」部分を設けたほうがよかったのではないかと思います。

  • 編集D

    ラストで「実は女の子でした」という展開にすること自体は、私はべつにかまわないと思うのですが、恋愛に無理やり持っていかなくていいのに、とはやはり思いました。しかも、すぐさま両想いになるっぽいですよね。せっかく7年もの長い期間を経てようやく再会できた二人なのですから、易々と男女になってほしくないなという気がします。

  • 編集C

    最後にどんでん返し展開を入れたかったのでしょうね。ただ、「本当は女の子でした」という真相には、そんなに驚かされなかった。というか、実は私は、この瀬美先生って、シリアルキラーか何かじゃないかと思っていたのですが。

  • 三浦

    わかります。確かにこの先生の語りには、ひどく不穏なものがありますよね。

  • 編集C

    この先生はきっと、話相手になっている子供を殺すんだろうなと思いながら読みました。だって2枚目で先生は、「土は生き物の死骸や排泄物が積み重なってできている」とか「僕は土の匂いが好きなんだ」とか「死んだら土に帰るべきだ」とか言ってますよね。先生の一人語りは尋常じゃない長さだし、昆虫についての知識から自分のプライベートな過去まで、初対面の子供に滔々と語っています。これがなんだか、獲物を前にして嬉しくなっちゃった犯罪者みたいに感じられる。もう「殺す」と決めている相手にだからこそ、つい饒舌になって、ねっとりと優しく話しかけているのかなと。子供の台詞が直接出てこないのも、さらに不穏な空気を感じさせます。「この子、絶対殺されるぞ」と思って、ワクワクして読んでたんだけど……全然違った(笑)。逆の意味で予想を裏切られました。正直、満足感のあるラストではなかったですね。私は、黒い展開を待ち構えていましたので。ほんと、殺して埋めてほしかった(笑)。

  • 編集G

    私はまあ、「殺して埋めろ」とまでは思わなかったですが(笑)、でも、確かにちょっと物足りなくはありますね。こういう不穏な独白ものって、「最後にどうなるんだろう?」って期待させますから。現状でも一応どんでん返しではあるのでしょうけど、ちょっと、こちらが期待した方向ではないなと思ってしまったところはあります。

  • 三浦

    タイトルからしても、作者は最初から恋愛ものを書こうと期しておられたのだろうと思うのですが、ちょっとうまくいってないですよね。やはり、構成を見直したほうがいいのではと思います。あと、人物の描き方と。

  • 編集D

    なんだか、すごくもったいないですよね。「家族」とか「親子」とかが描かれた場面には、とてもいい描写が多かったと思うのですが。月明かりの中で、カーテンにとまらせた蟬の幼虫の羽化を、家族全員で滝汗を流しながら何時間も見続けたり。子供をいじめっ子から守りたいけど、それを子供に気づかれたくはないお母さんが、「私も蟬取りがしたいから、付き合いなさい」と嘘をついて、子供を連れ出したり。印象的で、胸に残る描写ができていたと思います。

  • 三浦

    はい。いい描写がいろいろありました。山奥の旅館に泊まったとき、「売店には漬物とキャラクターのキーホルダーがあるだけだった」のところなんて、雰囲気がよく出てますよね。その山奥への旅行も、おそらくは瀬美少年のお父さんとお母さんが、「子供を喜ばせてあげたい」と思ってのことだったのでしょう。書かれていないけど、ちゃんと伝わってきます。うまいですよね。うまいからこそ、先ほど申し上げた、登場人物たちへの共感度を下げてしまうようなエピソードの選び方や描写の匙加減といったものが、非常に気になりました。

  • 編集A

    構成や展開も、ちょっと企みすぎちゃったかなというところはありますね。でも私は、そういう挑戦的なことをやっている点は、むしろ評価したいと思っています。情景描写が鮮やかでよかったし、すごく引き込まれて読めましたので、あれこれ指摘された点を差し引いても、とてもいい作品だったなと思います。

  • 編集C

    読ませる力はすごくありますよね。私は蟬には特に興味はないんだけど、それでもぐいぐい読み進むことができました。

  • 編集D

    面白かったですよね。いろいろ申し上げはしましたが、実は私、イチ推ししてました。基礎力は高い書き手さんだと思いますので、あともう一歩、頑張ってみていただきたいですね。

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