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選評付き 短編小説新人賞 選評

『子供』

二十一 七月

  • 編集D

    とても微妙な人間関係、人間心理を描いている作品です。
    ずっとシングルマザーとして働きながら娘二人を育て上げてきた豪快で気の強い母親が、歳をとって認知症になり、施設に入居している。話の主人公は、娘である二人姉妹の妹・たえのほう。彼女は働きながら足しげく施設に通い、母親の世話をして暮らしています。そこへ、不倫略奪再婚をして家を出て行った姉・美智子が姿を現す。このお姉さんは、昔からワガママでやりたい放題の人。「自分も支払いに協力するから」と言って母親に家を建てさせておきながら、数か月であっさり妊娠・結婚で家を出て、ローン返済には知らん顔。そのくせ、離婚したらすぐさま子供たちとともに転がり込んできて、母親の貯金を根こそぎ巻き上げ、また再婚して去っていく。

  • 編集F

    まとめて聞くと、ほんとにひどいですね(笑)。

  • 編集D

    その姉が、今また急に姿を現して、「お母さん、大丈夫?」なんて言いながら、優しい娘みたいな顔で手を握ったりしている。家を売ったり施設を探したりお金の工面に頭を悩ませたりといった大変なことは、全部主人公一人がやってきたというのに、今さら善人面して現れて、「お母さんを施設に入れるなんてひどいんじゃない?」なんて平気で口にする無神経さ。実はこの姉は二度目の離婚をしたらしく、お母さんの貯金額に探りを入れてきたりして、またしてもお母さんを食い物にしようとしている気配が濃厚です。

  • 編集C

    長年、姉へのモヤモヤした思いを抱えてきた主人公にしたら、とても許せない気持ちだろうし、読んでいるこっちだって、「このお姉さん、ひどいなあ」って思いますよね。

  • 編集D

    でも、散々迷惑をかけられたお母さんはなぜか、このお姉さんを嫌っていないんですよね。というかむしろ、真面目で健気な主人公より、このお姉さんのほうを好いているようにも見える。主人公の前では完全にボケてしまっているのに、お姉さんがやってきたら、急に以前のしゃんとしたお母さんに戻ったり。いや、そのこと自体は、好き嫌いの問題ではないかもしれない。しっかり者の「妹」の前では安心してボケていられるけど、奔放な「姉」に対しては「自分がしっかりしないと」という気持ちが働くからなのかもしれません。でも読んでいると、話のあちこちで、やっぱり「このお母さん、なんだかんだ、お姉ちゃんのわがままに甘いな」という気がしますよね。「美智子はほんとにもう……」と愚痴を言い続けながらも、結局は美智子さんの要望通り、家を建て、ローンを一人で払い、孫の子守りをし、預貯金を差し出し、離婚したと聞けば何度でも出戻りを許す。主人公である妹の立場で読むと、納得いかないし、不満がくすぶります。

  • 編集A

    そうですよね。主人公からしたら、「私のほうがよっぽどお母さんのことを考えてるのに」「お母さんのために尽くしてるのに」って思いますよね。「なんでお母さんは、頑張っていい子にしてる私を認めてもくれないで、自分勝手なお姉ちゃんの好き放題を許して言いなりになってるの」って。しかも、自分の前ではボケてるのに、姉の前では正気に戻るというのは、無意識の行動だからこそ、主人公としてはすごく傷つくと思います。「やっぱりお母さんは、私よりお姉ちゃんがいいのか」って。

  • 編集D

    はい。でも、こういうことって、実は現実にありがちなことだと思います。真面目に頑張っている人がなぜか今いち報われなかったりとか、好き勝手やってる人のほうがなぜか愛されていたりとか。このお母さんにしたって、一応娘たちを平等に愛しているつもりなのかもしれないけど、実は胸の奥で「……でも正直、真面目で辛気臭いたえより、あっけらかんとわがままな美智子のほうが、なんか可愛いのよね」って思ってるところ、あるのかもしれない。
    この後、美智子さんと暮らしたら、このお母さんはまた苦労しそうですよね。たぶん本人もそれは分かっている。それなのにまた、ワガママ娘の言いなりになろうとしている。読んでて「なんで?」って思うけど、でも同時に、「こういうこと、あるな」とも感じます。この作品には、そういう理屈で説明できない、微妙な関係や感情が描かれていて、すごくよかったと思います。

  • 三浦

    わかります。私もこの作品、すごくいいなと思いました。「こういうこと、本当にあるだろうな」っていう、家族間の複雑な感情、どうしようもない嫌な感じみたいなものがとてもよく出ていますよね。感情の機微が、すごくうまく描かれていました。絶妙の生々しさがあります。読んでいい気持ちになれる小説ではないんだけど、こういう作品があってもいい、あってしかるべきだと思ったので、私はけっこう高く評価しました。

  • 編集G

    こういうざわざわした気分になる話、私はすごく好きですね。読んでいると、主人公はもちろんのこと、それぞれの登場人物の顔がしっかりと浮かび上がってきます。現実味のあるキャラクターをすごく上手に描けているなと思いました。

  • 編集C

    私もこの作品は、小説として優れていると感じました。作者が主人公の気持ちに寄り添って書いているので、語り手である主人公のやるせなさみたいなものが、読んでいてすごく響いてきますよね。読みやすいのに、ちゃんと読みごたえのある話になっていて、よかったです。ただ、なんだか曖昧というか、もやっとしているところも感じられるんですよね。もう少しすっきりした話になっていたらさらに良かったなと思うのですが。

  • 三浦

    確かに。例えば、主人公たちの現況は、読者からすると今ひとつつかめないですよね。ローン付きの家は予想以上の値段で売れたらしいけど、預貯金は美智子さんに巻き上げられたということだし、結局今、手元にいくらぐらいお金があるのかな? このお母さんには、年金とか介護保険金とかが入っていると思うのですが、施設の費用はそれで賄えているの? 少しは余るの? それとも、不足分を主人公が自分のお給料から補っているのでしょうか? そういう経済事情が、なんだかはっきりしない。

  • 編集C

    そういうあたりの情報って、けっこう重要ですよね。この主人公が、自分の稼ぎでお母さんを支えているのか、それとも、お母さんの年金とかで自分の生活を援助してもらっているのか、それによって話は変わってくる。

  • 三浦

    それに、美智子お姉さんは、二度目の結婚相手と何年ぐらい不倫を続けていたのでしょう? あと、お母さんが家を建てたのは、美智子がもう少しで高校を卒業しようという頃ですよね。そのときお母さんは、何歳だったのかな? そういうあたりの時系列がちょっとわかりにくくて、時間的な辻褄が合わないのではと、やや引っかかりを感じた部分がありました。

  • 編集E

    僕はラストが気になりました。作品自体は興味深く読めたのですが、結末をどう解釈したらいいのかわからない。物語が着地しているようには感じられないですよね。これは、不安を孕んだままのラストをあえて描いているのか、それとも、作者的にはちゃんと結末をつけているつもりなのか、どうにも読み取れなかった。「ラストの解釈は読者に委ねます」ということなのかもしれないけど、話の方向性は、もう少しわかりやすく書き手が示したほうがいいのではと思います。

  • 三浦

    そうですね。ラストは曖昧で、どうとでも取れる感じになっています。これは、作者がわざとこういうふうに書いているのだと思うのですが、言われてみれば確かに、もう少し明確にしてみてもいいのかなという気もしますね。一応私はこのラストは、主人公が気持ちを切り替えたということかなと解釈しました。もうお母さんのことはお姉さんに丸投げして、自分は新天地にでも行こうと思っているのかなと。皆さんは、どう受け止められましたか?

  • 編集C

    私も同じような感じです。主人公は、なんだかもう愛想が尽きたというか、諦めがついたということかなと。結局お母さんはお姉さんの言うことばかり聞くし、お姉さんがお母さんにたかって生きていくのは止めようがないし。主人公のほうも、お姉さんにばかり甘いお母さんのことを、実はそれほど好きではないんじゃないかな。もう持ち家はないわけだし、さしたる資産もないし、このまま毎日、仕事と施設通いを続けながら細々暮らすより、きれいさっぱり手を放して新しい土地でやり直そう、みたいなことかなと解釈しました。ただ、「……そんな結末でいいのかな?」という疑問はちょっと感じましたね。

  • 編集G

    私も同じく、「新天地へ行こう」的なラストだと解釈しましたが、もう少し明るい感じで受け止めましたね。今までモヤモヤしていた姉と母に対する感情をきれいさっぱり流して、人生の次のステージに行こうという前向きな気持ちになれたということかなと。
    ただ、先ほども指摘されていたように、いろいろと情報不足ですよね。経済状態とか、主人公の暮らしの様子とか。カツカツの生活を送っているらしいのは分かりますし、わびしい食事風景などは細かく描写されているのですが、その割に、今ひとつ見えてこないところも多い。例えば4枚目に、「わたしはフル稼働で働く」とありますよね。これは「フルタイムで働く」ということなのかなと思うのですが、主人公が具体的にどういう仕事をしているのかさっぱりわからないし、一日の大半をどこかで働いて過ごしているというのも、実感としてあまり伝わってこない。美智子さんが、社会人になる直前に急に「家を建てて」とねだり倒した理由も、最後まで分かりませんでした。そういう辺りのことが、もう少し読み手に伝わるように描けていたらよかったのにと思います。
    それに、主人公の気持ちの起伏があまりなくて、やや物足りないですよね。終盤で姉と母に対する主人公の感情がとうとう爆発する、というような場面があったなら、もっと理解しやすいラストになったのではという気がします。

  • 編集H

    私はちょっと、どういうふうにも解釈できなかったですね。このラストをどう読んでいいのか、本当にわからなかった。まあおそらくは、「もういい。私は私で生きていこう」という方向に主人公が気を取り直したということなのだろうと思います。ただそれは、前向きな気持ちなのか、暗い淀んだ思いなのか、あるいはすべてを手放した無の境地なのか。主人公の気持ちが、ラストの文章からはどうにも伝わってこない。正直、スッキリしなかったです。やはり情報不足が原因かなと思います。

  • 編集A

    私はこのラストは、「次の新しい人生に行くぞ」みたいなことではなくて、もっと脱力した感じかなと受け取りました。今までお母さんは、なんだかいつもお姉さんには甘い感じで、主人公はやりきれない思いを抱えていましたよね。でも今回、そのお姉さんが最初はいなかったので、主人公は「お母さんのことは私だけの肩にかかっているんだから、しっかりやらなきゃ」という思いで、また頑張ったんだと思います。そしてようやく、貧しいながらも生活が安定してきて、明るい光が見え始めていた。それなのに、お姉さんが現れた途端、お母さんはすぐまたお姉さんに気を移してしまった。せっかく入居できた施設も出て、二人で一緒に暮らすという。主人公にしてみたら、「あーあ、なんだかなー」って思いますよね。「ここまでのわたしの苦労は一体なんだったんだよぅ……」って。私はこれは、「はぁ~~あ、もう気ぃ抜けたわ~……」みたいな感じのエンディングだと捉えました。「さ! 次に行こう!」みたいなガツガツしたものではないんじゃないかな。そして、むしろそういうところが、私には好印象だったのですが。

  • 三浦

    なるほど。言われてみればそのご意見、よくわかります。主人公がこの後、本当にこの町から出ていくのかとか、そういうことは分からない。でも、そういうふうに「気が抜けちゃった」ことで、今までのあれこれを呑み込めたというか、すとんと諦めがついて、主人公の中で何かが一段落したということなのかもしれませんね。

  • 編集C

    ただやっぱり、そこがはっきり読み取れないのは、気になりますね。せっかく読みごたえのある話が書けているというのに、読み終えた読者に、「ん? で、結局これ、どういう話?」と思わせてしまうのはもったいない。

  • 編集D

    お母さんの「あんたも子供を産めば分かる」という言葉も、どういう意味なのか、よくわからないですね。わかりそうで、わからない。「結局親というものは、子供を完全に突き放すことはできないのよ」ってことでしょうか? それとも、「出来の悪い子のほうが可愛い」みたいなことなのかな? それとも、「子供に迷惑かけられるくらいのほうが、親は親でいられる」ってことなのでしょうか? タイトルになっているくらいだから、重要なテーマなのだと思うのですが、今ひとつ読み取れない。

  • 編集F

    この作者さんは、「しまもよう」の回のとき、最終選考に残られた方ですね。そのときの作品も、話の主題がとらえにくかったし、ラストの締めくくり方もよくわからない感じでした。

  • 編集D

    話を着地させることに、あまり関心がないのかな? もしかしたら、「ラストを読者に委ねたい」書き手なのかもしれませんね。そういうスタイルの話が好みというか。

  • 三浦

    そうですね。この、はっきり答えを示さないラストは、意図的なものだろうと思います。結末を読者に委ねるタイプの小説を書きたい方なのではというのは、同感です。そういう結末のつけ方自体は悪くないのですが、その書き方での効果を上げるためにも、もう少しさりげなく読者に読み筋を誘導するような書き方をしたほうがいいように思います。「読み筋を一つに絞る誘導」という意味ではなく、「こういうふうにも取れるし、ああいうふうにも取れる」という解釈の多様性へと読者を確実に導く、という意味です。現状だと、そこがふんわりしすぎていて、「どう解釈すればいいかまったくわからない」という人が出てきてしまっている。それだとまずいわけです。
    やはりポイントとなるのは、情報の盛り込み方ですかね。先ほど出た「経済事情」もそうですけど、「主人公の気持ち」に関しても、一人称の割に、描き込み方がちょっと弱い気がする。
    主人公には、自分がお姉さんほどには可愛がられなかった自覚があると思います。なのに、すごく懸命にお母さんの世話をしていますよね。それは世間体からなのか、「子供は親の介護をするものだ」みたいな思い込みがあるからなのか、それとも、「あたしがお母さんをちゃんと介護してみせる」というお姉さんへの対抗心、意地みたいな気持ちによるものだったのか。もちろん、その全部ということもあるでしょう。でも、そういうあたりをもうちょっと踏み込んで書いたほうが、ラストを読んだ読者の脳裏に具体的な像が結ばれやすい。主人公の輪郭、そして話の輪郭がよりくっきりしますよね。「こういうこと、ありそう」って、より思ってもらいやすかっただろうなと思います。
    明確な答えは出さなくていいんだけど、情報の盛り込み方にもう少し気を配ると、作者が志そうとしている、ラストをあまり確定し過ぎないという書き方が、より活きてくるだろうと思います。

  • 編集C

    ストーリーラインはこのままでいいので、主人公の心情とかを、もう少し明確に表現していてほしかった。惜しかったですね。

  • 編集D

    でも、いい感じにユーモアの混ざった書き方になっていて、そこはよかったと思います。「そんなもん、どこに置くんじゃボケ!」とまで言いつつ手に入れたエレクトーンなのに、最終的にやっぱり「どでかい電話置き」になってしまったとか。お姉さんに余計な情報を漏らした人物に対して、主人公が心の中で「絶対にしばく」「禿げろ」とか思っていたり(笑)。

  • 三浦

    面白いですよね(笑)。それに、「めくれるページに流されるように廊下へと向かう」とか、ハッとするようないい表現もいろいろありました。ただ、誤字脱字もけっこう多くて、そこは残念でしたね。主人公にすごく思い入れして書いてらっしゃる感じが伝わってくるので、若干、視野狭窄になってしまったところがあるのかもしれません。一呼吸おいて落ち着いてから、冷静な見直しをしたほうがいいかと思います。
    でも、前回の作品より、すごくうまくなってらして、素晴らしいなと思いました。

  • 編集F

    はい、格段にレベルアップしています。それに私は、文章を読んですぐ、「『しまもようの中身』を書かれた方だ」とわかりました。文章や作品の雰囲気に、独特なものがありますよね。人間のすごく微妙な感情を扱っているのもいい。ぜひ、次の作品も読ませていただきたいですね。

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