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選評付き 短編小説新人賞 選評

『トマトケチャップ』

荻野なお

  • 編集A

    イチ推ししてる人が多い作品です。点数も高いですね。

  • 編集B

    小説を書くということの基本がしっかりと押さえられている作品でした。起承転結に従って物語が成り立っていますね。大好きな先生から頼まれ、トマトの世話をする(起)→そこへ、見知らぬ青年が登場(承)→彼から「先生には恋人がいる」と聞かされ、大ショック!(転)→気持ちが落ち着いたら、心境に変化が生まれ、新しい自分になれた(結)、という話。まとまりはいいですよね。真面目にちゃんと作られた作品だなと感じて、イチ推ししています。

  • 編集A

    トマトを収穫するってだけの内容で物語を一本作れるというのも、すごいなと思いました。終盤でトマトを煮込んだ鍋をぶちまけてしまうところとか、鮮やかなイメージで良かったですね。絵的な見せ場が作れていたと思います。

  • 編集B

    ビジュアルにも訴えかけ、話の流れにも無理がない。作者は、意図した物語をちゃんと書けているのだろうと思います。ただ、ちょっと優等生的作品になっているというか、予想外の面白さがある話ではないですね。

  • 三浦

    そうですね。普通の女子高生である主人公の、ある日の出来事を切り取った、最後に主人公がちょっとだけ前向きに変化しましたというお話。作品として全然悪くはないんですが、ありがちなつくりの話であることも否めないですね。良くも悪くも、堅実な作品という印象を受けました。

  • 編集B

    「トマト」という要素が喚起するイメージが、ビジュアルとして鮮やかなのは確かです。ただこれも、「夏」「暑い」「緑の葉」「赤いトマト」などと書かれたら、もうすでに一般的イメージはできあがっているので、読み手が反射的にビビッドな映像を脳裏に浮かべてしまうところはあると思います。ちょっと厳しい言い方で申し訳ないのですが、作者の手柄ではないということになる。「トマト」を使えば、「夏のある日の物語」は描きやすいけど、その分、ありがちな話にもなってしまう。そこは残念でした。アイテムの力に頼らず、作者が独自に作り上げた場面映像を印象的に描けていたらよかったのですが。

  • 三浦

    私は登場人物の描き方に、ちょっと引っかかりを感じました。その筆頭が、直接は登場してこない北村先生です。そもそもこの話の元凶って、「ティーチャー北村」ですよね。夏休みに生徒をタダ働きさせておきながら、自分は途中から「海外研修」とやらに行ってしまう。主人公は一人で放っておかれても、毎日真面目に作業を続けています。だってティーチャー北村が好きだから。好きな人に頼まれたことは、それが嫌なこと、苦手なことであっても、ちゃんとやり遂げたい。だから頑張っている。でも、ティーチャー北村は、主人公の自分への気持ちに、うすうす気づいているんじゃないのかな? とも読めます。主人公の恋心に気づかぬふりで、「ちょっと頼みがあるんだけど」と、トマトの世話を持ちかけたのではないでしょうか。主人公の好意を利用して、けっこう大変な仕事を無報酬で押し付けたのだとしたら、ティーチャー北村への疑念や批判が作中にもうちょっとあっていい気がします。これは私の勝手な想像ではありますが、彼が本当に海外研修に行っているかどうかも、実は怪しいんじゃないかと思う。ほんとはどこかの温泉にでも、彼女と遊びに行ってるんじゃないのか? そう読める余地があるのに、彼に鉄槌が下されないので、モヤモヤしました。すみません、私は「先生」という立場の人にはちゃんとしていてほしい気持ちが強いので、ついティーチャー北村に厳しい目を向けてしまうのですが。

  • 編集A

    家庭科の結城先生とティーチャー北村は、実際のところ、どういう仲なんでしょう? 「二人はラブラブ」というのは、結局、森本先輩の嘘だったわけですよね?

  • 編集B

    「ラブラブ」なのは嘘でも、結城先生のほうは北村先生を好きなんじゃないかな、という気がします。はっきり書かれてはいないけど、雰囲気的に。だって結城先生も、かつては今の主人公と同じく、北村先生の生徒だったわけですよね。しかもその後、母校に就職して、北村先生の同僚にまでなっている。まるで追いかけてきたみたい。主人公が北村先生を今好きであるように、高校生の頃の結城先生も、同じ想いで北村先生を見つめていたのではないでしょうか。そしてそれは現在進行形なのかもしれない。

  • 三浦

    ティーチャー北村は、なぜか老若男女にモテているらしい。生徒からの人気も高いし、ちょっとクセのある森本先輩ですら、北村先生をなにげに慕っている感じですしね。

  • 編集C

    ただ、この森本先輩が、なぜ「二人はラブラブなんだぜ」みたいな嘘を主人公についたのか、よく分からなかったです。

  • 編集A

    森本先輩は、結城先生を好きなんじゃないかな。と私は受け取りました。書かれてはいないけど、そんな気がする。でも、結城先生は北村先生が好きなんだろうから、自分には振り向いてくれない。だから若干自虐的な意味も込めて、「どうせあの二人はラブラブなんだろうよ」みたいなことをつい言ってしまったのでは。

  • 編集B

    しかも、主人公が北村先生を好きだということは、森本先輩から見たら丸わかりなわけですよね。「俺と同じく、どうせ片想いに終わるのに」という気持ちが入って、ちょっと意地悪なことを言ってしまったのだろうと思います。

  • 編集D

    これ、意地悪をしてるんでしょうか? 私は、「ちょっとからかってやろう」くらいの軽い気持ちとして読んだのですが。

  • 編集B

    もちろん、悪意のこもった「意地悪」ではないです。森本先輩からしたら、先生への淡い想いを秘めて黙々と頑張っている主人公がいじらしくて、ついイジってしまったのでしょうね。かわいいなと思ったからこそ、ちょっかいをかけてしまった。
    ただ、森本先輩のような存在感のある男性からぐいぐい絡んでこられるのは、女の子の読者からしたら、「それもまた素敵なこと」だと思います。主人公がこの先輩からからかわれるのは、実は主人公のモテエピソードだと思えなくもない。

  • 三浦

    私もそう受け取りました。それに、タダ働きとはいえ、主人公は北村先生から直々にトマトの世話を任されたんですよね。人気のあるティーチャー北村から特別に目をかけられているとも言えるわけで、これも一つのモテなのではと思います。まあ私は、「あんた、ずるっこい先生に恋心をいいように利用されてるよ」と主人公に忠告したい気持ちですけれども、作者の意図としては、主人公のモテというか、「いい子だからこそ、人気がある」ということを象徴するエピソードなのだろう、と解釈しました。

  • 編集D

    主人公は実は、あちこちでちょっとモテている。少女マンガ的というか、女の子の夢が入った設定ですね。

  • 編集A

    後半で登場してくる結城先生は、主人公に対して何ひとつ意地悪をしているわけではないんだけど、読者からするとなんだか嫌な人物のように感じられてしまう。これも、この話が主人公目線で描かれているせいなんでしょうね。

  • 三浦

    急に登場した恋敵ですからね。タイトスカートにヒールの靴を履いた、派手な印象の若い大人の女性。女子高生の自分では勝てそうにない相手だし、北村先生ともつながりがあるらしいし、つい反感を持ってしまう主人公の気持ちもよくわかる。心情がうまく描写されてましたよね。

  • 編集E

    ちょっとした描写で、リアルな人間関係を描けていましたね。読者に伝わる書き方ができていたと思います。

  • 編集A

    森本先輩も、それなりにキャラが立っていたと思います。まあ、関西弁のちょっと図々しい男というのは、かなり紋切り型ではありますけどね。

  • 編集E

    ただ、こういう「密かに主人公モテ」の話って、主人公の好感度とか共感度とかが非常に重要になってくると思うのですが、この作品の場合、そこは正直、微妙な気がします。むしろ私は、作者はわざと「ちょっと嫌な子」を描いているのかなとも思いました。この描き方が意図的なものなら、それはそれで評価したくもあるのですが。

  • 編集D

    私は、主人公を嫌な子とは思わなかったです。ただ、読者がすごく思い入れできる人物でもないような……言ってみれば、「普通」?

  • 編集A

    これといったものが特にないですよね。

  • 三浦

    私はむしろ、トマトを煮込んだ鍋を引っくり返した点で、大きくマイナス評価ですね。食べ物を粗末にするのはよくないと思う。

  • 編集A

    実際は、引っくり返すところまではいってませんけどね。鍋の取り合いをしていて、勢い余って中身が少し溢れたということらしい。「鍋には、まだたくさんのケチャップが生き残っていた」とありますし。

  • 三浦

    でも、それは単に結果であって、主人公としては外に全部ぶちまけるつもりでいたわけですよね。大事なことなので繰り返しますが、食べ物を大切にしないのは、本当によくない。いくらトマトが嫌いでも、いくら先輩にからかわれてイラッとしていたとしてもです。いろんな人が丹精込めて育ててようやく収穫にこぎつけたトマトを、先輩が手間暇かけてケチャップに仕上げた。それを、一時の怒りに任せて台無しにしようとするなんて、主人公はけっこう自分勝手だと思う。話の盛り上がりを作りたかったのかもしれませんが、私はこの行動一つだけでも、主人公を「いい子」とは思えなかったです。

  • 編集C

    確かに。それに、この「捨ててやる!」という行動は、ちょっと唐突でもありましたしね。

  • 三浦

    あと、長時間ぐつぐつ煮込んだ大鍋を取り合いするなんて、かなり危ないですよね。こういうことをするのもやめたほうがいいと思うのと同時に、描写もちょっと変だと感じました。「長い間火にかかっていた鍋は、取っ手の部分までもが熱い。でも、そんなことかまっていられなかった」とありますから、要するに取っ手は今すごく熱いわけですよね。カーッとなって鍋を持ち上げた瞬間は平気だったかもしれないけど、その後もしばらく先輩と「放せ」「放さない」的なことをやっている。いい加減、辛抱できなくなりそうなものですが、主人公は割と平気で取っ手を握りしめています。なのに、手首に鍋が触れた途端、「熱っ!」って放り出してる。ちょっとおかしな描写だなと思います。そもそも、大鍋自体がものすごく熱くなっていて、湯気がもうもうと立っているような状態だったはず。でも、鍋の取り合いをしているときには、そういうものを感じさせる描写はありませんよね。なのに鍋を取り落とすときだけ、「鍋はすごく熱い」ということになっている。

  • 編集A

    頭で段取りを考えたような描写になってしまってますよね。

  • 三浦

    それに、中身がたくさん入った大鍋を、取り合いの勢いのままに床に落としたというのに、揺れてしずくがほとばしっただけで鍋は転がらず、中身は大量に残ったままだったというのは、かなり都合の良い展開のような気がします。普通ならこれ、鍋がひっくり返って中身が全部こぼれて、そこらじゅう煮立ったケチャップで汚れまくるわ、火傷もするわで、大惨事になってると思う。

  • 編集D

    もう、目も当てられませんよね(笑)。

  • 三浦

    結果は事なきを得ましたけど、大事故になりかねないようなことをしたという時点で、私はやっぱり、この主人公にはちょっと好感を持ちにくかったです。それに主人公は、最初から最後まで、ずっと不機嫌で文句ばかり言ってますよね。「暑い」「しんどい」「トマト青臭い」から始まって、「何? この変なOB」「手伝いめんどくさい」「煮込むとさらにトマトくっさ!」「結城先生ムカつく!」ってのが加わって、ついには「めっちゃ腹立つ!」って(笑)。正直でいいなとも思いますが、鍋をぶちまけようとするところも兼ね合わせて考えると、なんかヒステリックな感じがする子だな、という印象も否めない。

  • 編集E

    だから、好感度という点において今ひとつなんですよね。

  • 編集F

    ただ、このトマトを煮込んだ大鍋というのは、一つの象徴だったのではないでしょうか。好きだけどどうにもならない北村先生だったり、北村先生と親しそうな結城先生だったり、馴れ馴れしく絡んでくる森本先輩だったり、そういう全てのものが入っているのがこの鍋なんだろうと思うのですが。

  • 三浦

    なるほど。そしてさらには、ネガティブに凝縮した主人公自身の気持ちも入って、ドロドロぐちゃぐちゃになっているというわけですね。だから衝動的に、それを全部捨ててしまいたくなったと。その解釈は、納得できます。
    でもいろいろ考えていくと、主人公をここまで思い詰めさせた北村先生が一番悪いのではと、やっぱり私は思ってしまいますね(笑)。それに、なぜこの先生が「ティーチャー北村」という呼ばれ方をしているのかも、結局よくわからなかった。英語の先生ということならまだしも、専門は地学ですよね?

  • 編集F

    それに、北村先生の愛称が「ティーチャー北村」なのだということが明確にされているのが17枚目。これは情報提示として遅すぎると思います。1枚目からやたら「ティーチャー」「ティーチャー」と出てくるんだけど、何のことかわかりにくくて、読者は戸惑ってしまう。どうせ説明するのなら、もっと早い段階ですべきだったと思います。

  • 編集C

    「地学はロマンだ」みたいな台詞も、ちょっとありがちかなという気がします。もう少しオリジナルなキャラ付けがほしかった。

  • 編集A

    作品全体を見渡しても、ちょっと個性が弱いような気がします。悪くはないんだけど、突出したものも感じられない。

  • 編集B

    すごくまじめに頑張って書いたという感じだし、意図した物語を意図通りに作れている気はする。構成をきちんと考えて、エピソードを積んで、ちゃんと作品にできています。努力賞は差し上げたい。ただ、そこからもう一歩、歩みを進めてほしいとは思います。

  • 編集D

    同感です。素直に読める作品で、そこは良かったんだけど、何かちょっと物足りない気がする。

  • 三浦

    パンチに欠けるということですよね。私もこの作品は嫌いじゃないんですけど、もう一押し何か欲しいという感想は、すごくわかります。タイトルも直球すぎるので、これはぜひ再考してほしい。でも、「ティーチャー北村」なんていう引っかかりのある人物を書けているところを見ると、裏のありそうな面白い登場人物を描ける力を持っていらっしゃるように思えます。

  • 編集A

    「トマト」という要素も、確かにありきたりかもしれないけど、私はやはり色彩的に鮮やかだし、作品の魅力につながっているように思います。それも単なる「赤」一色ではなく、収穫後の宝石みたいなツヤツヤ感から、煮込んでいったときの色合いや状態の変化まで、バリエーション豊かに細かく描写されていましたよね。鍋底から大きな泡がボコリと浮かんでくるのを「さながら血の池地獄のようだ」と語っているところなど、すごく印象的でした。

  • 編集D

    トマトの青臭い匂いとかも、よく伝わってきましたよね。

  • 編集A

    はい。五感に訴えかける描写は、ちゃんとできていたと思います。ラストで、鍋から跳ねたケチャップが洋服にピピピと点になって付いたシーンも、映像が目に浮かぶ感じで、よかったと思います。

  • 三浦

    なめてみたら意外なほど甘かったという展開も、主人公の気持ちの変化に無理なく繋がっていて、いいですよね。場面が基本的に家庭科室から動かないというのも、短編のつくりとして適していたと思います。いろいろ考えられているし、ちゃんと書けている。それだけに、全体的なインパクトが弱いというのは、かなりもったいないなと思います。

  • 編集C

    「悪くはないんだけど……」「ちゃんと書けてはいるんだけど……」という批評が、何度も出てきましたよね。結局ポイントはそこかなと思います。もう少し思い切って、書きたいものを自由に書いてみてもいいんじゃないでしょうか。頭で考えすぎないで。

  • 編集B

    基礎力はお持ちだと思いますので、読者の感情を揺り動かす何かがプラスされれば、評価はぐっと上がると思います。ぜひまた挑戦していただきたいですね。

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