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選評付き 短編小説新人賞 選評

『形代の恋』

東雲 めめ子

  • 編集A

    気になる箇所が多く、高得点はつけられなかった。それでもイチ推しにしてしまいました。ごめんなさい。

  • 三浦

    そんな、謝らなくてもいいと思う(笑)。私も今回、この作品がイチ推しです。点数も高めにつけました。

  • 編集A

    先に粗から言っちゃいますね。まず、一行空きが一切ないです。場面転換がわかりにくいし、ダラダラと話が続くのでちょっと読みにくい。それから、世界観の構築が甘すぎます。「Z国」「A国」と出てくるから架空世界の話かと思いきや、急に「ロシア」とか「チェコ」とかが登場してくる。これは未来の地球? それとも架空の地球? そのあたりもわかりませんでした。

  • 編集E

    人間と寸分たがわぬアンドロイドを作れる技術があるのですから、未来世界なのだろうと思って読んでいたら、突然「大学生協」が出てきたりして、ずっこけちゃいますよね(笑)。「国務長官」「政務官」「大使」といった面々が出てくる話の中に、いきなり「生協」が顔を出して虚を衝かれます。作品の世界観にそぐわないと思う。

  • 編集A

    国家同士の距離感もおかしいと思う。ニチカが「あなた」と呼ぶ青年は、A国の政務官なんですよね。多忙で重責を担う高官です。それが、恋人が事故に遭ったと聞くとすぐさま、他国であるZ国の国務長官の私宅に単身駆けつけている。これもありえないですよね。距離的にも立場的にも、国家間の移動ってこんなに簡単ではないと思う。
    「人間を分子レベルに分解し、新しいボディに接続して作り上げるアンドロイド」というものも、どういう仕組みなのか今ひとつわからない。とんでもなく高額なのは間違いないでしょう。娘が死んで、すぐさま娘のアンドロイドを作れるZ国の国務長官は、権力があるのと同時に大富豪でもあるんでしょうね。でもその割に、その家のお嬢様であるニチカは、独身時代、雨漏りのするアパートに住んでいたらしい。結婚した今も、美術館の研究員としてのお給料で、生活を賄っている様子です。ワンピース一枚買うのも、慎重に考えてから。こういうあたりも腑に落ちない。
    さらに言うなら、ニチカと「あなた」の結婚は、政略結婚でもあったんですよね。人間のニチカと「あなた」は本当に恋仲だったけど、ニチカの父親は政略結婚のつもりだったし、周りもそう扱った。だから「ロイヤルウェディングのようにカメラのフラッシュに囲まれた」わけです。それがたった三年で離婚って、そんなこと許されるのかな? ニチカの父親は反対しなかったの? というか、結婚した途端、ニチカと実家はほとんど縁がなくなってしまったように見える。ならそもそもこれ、政略結婚と言えるのでしょうか? この二人の関係が政治に影響しそうには全く思えないのですが。
    また、終盤にはZ国のアンドロイド研究機関が出てきますね。ニチカはA国で暮らしているように思うのですが、結婚記念の食事をした夜、タクシーに乗ってここを訪れています。他国なのにタクシーで? それに、ラストで人間の「あなた」はあっさり殺されてしまっています。アンドロイドを完璧なものにするという、一市民の個人的都合のために。A国の政務官を務める高官が、です(笑)。
    もう、挙げていったらキリがないほど、おかしなところだらけ。ツッコミどころはほんとにいっぱいあるんです。でも面白かった。すごく深いテーマを扱っているし、作者が描こうとしていることが、ビッシビシに伝わってきました。「この話、いい!」と思えたので、思い切ってイチ推しです。

  • 三浦

    なるほど。だからAさんは、点数は低めでも高評価なんですね。一方で、点数が低くて評価も低い方も一定数います。

  • 編集G

    さっきAさんがおっしゃった山ほどの粗の部分が、私は気になって気になって、どうにも入り込んで読めませんでした。「粗はあるけど、いい」ではなく、「テーマはいいけど、まだまだ小説として粗すぎる」と感じました。

  • 編集D

    刺さる人には刺さる、エモい話なんだろうなとは思います。でも、私にはピンとこなかった。

  • 編集A

    そうなの? だって、「愛とは?」とか「本物とは?」とかを掘り下げてるロボットものだよ? 人格や記憶を完全に移植した「存在」は本人と言えるのか否か、という問題提起をしている作品ですよ。
    アンドロイド・ニチカ自身は、「私は、人間のニチカを完璧に移植されているのだから、ニチカ本人だわ」と思っているのに、故ニチカの恋人からは「偽物」としか扱われず、深く傷つきます。で、それならということで、彼と寸分たがわぬアンドロイドを作って、相思相愛になろうとする。ところが、どんなに愛されても優しくされても、アンドロイド・ニチカの心は満たされない。「この人は本物ではない」という気持ちが募るばかりで、鬱陶しさすら感じてしまう。まさに、自分を傷つけた恋人と同じことを、今度は自分がしているわけです。しかも、アンドロイドである自分が、アンドロイドの恋人を「偽物だ」と思っている。皮肉なものですよね。ところが、その「偽物でしかない」恋人が、ある日、「本物を殺す」という思いもかけない行動に出る。それも、ニチカに愛されたいあまりにです。運命のしっぺ返しを食らうかのように、ニチカは唯一無二の愛する人を失った。でも同時に、「本物を移植すれば、今度こそアンドロイドの恋人は本物になるのでは?」というおぞましい期待も抱いてしまう――因果応報のさらに上を行くというか、皮肉なうえに皮肉なオチ、深く考えさせられる結末になっています。この話、心を抉られない?

  • 編集D

    面白いとは思います。特にラストの、「おまえの最愛の男を殺してやったぜ」みたいなところとか。アンドロイドが、「本物を殺して、その分子を僕の中に入れる、そうしたら君は僕を愛するようになる」なんて考えて実行しちゃうというのは、アイディアとしては面白いと思うんだけど、作品として実際読んだら、それほどには心を惹かれなかった。切なさのある設定だし、問いかけてくるテーマがあるのもわかるんだけど、やっぱりちょっと観念的すぎる話かなと思います。胸に迫る、という感じではなかったですね。

  • 編集E

    私も、概念の話に終始しているなと感じて、引き込まれませんでした。作者が描こうとしているテーマはすごく分かるんですけど、ニチカと「あなた」が、そのテーマを説明するために設定されたキャラクターにしか見えなかった。「本物だと心から思えるか?」「心から愛せるか?」みたいなことを描こうとするなら、登場人物たちの感情描写が重要になってくると思うんだけど、ニチカと「あなた」は観念的存在でしかないので、彼らならではの心情というものがあまり感じられなかったです。
    ものすごく精巧なアンドロイドなら人間はそれを「人間同然」として受け入れられるのかというのは、割と近い将来、現実に突きつけられる問題かもしれない。そこは面白いと思います。ただ、「本物とは」みたいな大きなテーマがあるからこそ、描かれる「愛」が観念的になってしまったのでしょうね。恋愛感情を扱っている割に、生の感情が迫ってこなかった。「作られた話」という印象が強かったです。だから、入り込んで読めませんでした。

  • 編集C

    確かに。私はイチ推ししてるんですが、でも、「話の骨子は面白いけど、キャラクターにエモさを感じない」という指摘はわかります。

  • 三浦

    確かに、登場人物それぞれが持っている固有の何か、みたいなものは感じられないですね。ただ、主人公たちの個性があんまり詳しく描写されていなくて、「なんとなく、見た目が素敵な人物」くらいのイメージに留められているのは、本作に関しては効果的だと私は思いました。私がこの小説を読んで思ったのは、「私だったら、素敵な芸能人とかのアンドロイドなら、俄然愛せるな」ということです(笑)。もしかしたら、生身の人間以上に愛せるかもしれない。本当に素敵に完コピしてくれてあるならね。「そっか、私はやっぱり根本的な部分で、あんまり人間の男性を愛せないんだな」と再確認させられた思いです(笑)。

  • 編集A

    三浦さんは、「アンドロイドは偽物だ」なんてところには、あまりこだわりがないんですね(笑)。でも作中の「あなた」は違う。彼は、オリジナルのニチカ以外は、ニチカとは認められない。だから、アンドロイド・ニチカを徹底的に拒否している。その気持ちもわかります。人格や記憶だけではなく、彼がともに時間を過ごしたオリジナルの肉体も込みで、その全部がそろってこそ「僕が愛したニチカ」なのだという気持ちも、すごく理解できます。

  • 三浦

    はい。でもその一方で、「肉体だって、分子レベルから一致してるのよ。その上で記憶や人格も完璧に同じ。私と本物と、一体何が違うというの?」というアンドロイド・ニチカの言い分もよくわかる。

  • 編集A

    そうですよね。刺したら血が出るような、人間と同じと言っていい肉体。そして、記憶や人格も同じ。「何が違う?」と聞かれたら、返事に詰まります。「アンドロイドとして作られた」ということを明かさなければ、誰も気づかないレベルの差異なのですから。

  • 編集C

    もしもこっそり入れ替わっていたら、彼は気づかなかったかもしれないですよね。変わらず愛し続けていたかもしれない。

  • 三浦

    そうそう。なのに、アンドロイドだと知った途端、「君は偽物だから愛せない」と言う。でもそれなら、もし元々のニチカもアンドロイドだったとしたら、ある日それを知ったとき、彼はどうしていたのかな? 「人間じゃないから」ってことで、急に拒否するのでしょうか? ニチカと初めて会ったとき、彼は「この人は本物の人間かな?」なんてことは考えなかったと思います。それはなぜ? 可能性はなくはないわけですよね。日頃から、何をもって彼は、目の前の人物を「人間」だと判断しているのでしょう? 

  • 編集A

    分子レベルから一致している存在なのに、人間だと思っていたときは愛せる、アンドロイドと知った途端愛せなくなるというのは、「じゃあ一体、あなたはニチカの何を愛していたの?」ということになる。

  • 三浦

    そう、この作品が突きつけてくるのは、まさにそこだと思うのです。相手の丸ごとを受け止め、理解し、愛することの、絶対的な不可能性は、現実においても同じことです。相手の財力や地位や外見や知性をまったく勘案せず、恋愛や結婚をするというのは、あり得ないし、「あり得る」と思うひとは、ご自身のなかに欺瞞がないか点検したほうがいいと個人的には思います。
    本作のラストで、アンドロイドの「あなた」が、「本物を殺して分子レベルで取り込むから、僕は本物と変わらなくなる。それなら君は、僕を心から愛してくれるね?」みたいなことを言っている。でも、その答えはもう、一応出ているんです。本物の「あなた」はアンドロイド・ニチカを愛さなかったし、アンドロイド・ニチカもまた、アンドロイドの「あなた」には違和感を抱いていた。「本物ではない」と感じて、どうしても愛することができなかった。つまり、相手の丸ごと、「ありのまま」を受け入れ、理解し、愛することは不可能なのだ、という残酷な真実が提示されているのです。でも、そうであってもなお、ラストでニチカは期待を捨てきれずにいる。本物の「あなた」を取り込んだら、今度こそ目の前のアンドロイドは、「本物」になるのではないか、と……。これほど切なく不毛なことってあるでしょうか。そして、ここに描かれているのは、私たちが現実においてしばしば直面する、愛の不毛そのものだと思うのです。
    というように私は本作を読みまして、最高にエモい小説だなと感じました。もちろん作者は、提示したテーマに対して、作中で明確な結論を押しつけようとはしていません。読者それぞれ、いろんな読みかたができるように書かれていて、そこもすごくいいなと思いました。

  • 編集A

    答えは一つではない。作中にもいろいろな考えが示されているし、読者もまた、作品から「どう思う?」と問われてますよね。思考実験を提示した作品として、とても読みごたえがあったと思う。

  • 編集C

    考えさせられますよね。「存在」というものを突き詰めると、それはどこに行きつくのか。

  • 編集A

    記憶や人格が一緒でも、肉体が分子レベルで同一でさえあっても、再構成した途端、それは別人となるのか。あるいは、同じ肉体に「そっくりだけど別」の思考体が宿った場合、それは別人ということになるのか。

  • 編集C

    何をもって「本物」とみなすのか。個体性か、時間的な蓄積なのか、魂の問題なのかとかね。

  • 編集E

    あの、根本的なところでちょっと疑問に思ったのですが、この世界には「死」はないんでしょうか? 「人間同然のアンドロイドに自分を移せば、それは本人と同じ」ということは、アンドロイドに自分を何度も移し換えていけば、永遠に生きられるってこと?

  • 編集F

    でも、高性能の継続型アンドロイドを作れる人は、ごく一部の権力者に限られてますからね。

  • 編集E

    とはいえ、それを作れる立場にいる人間にとっては、「死」は存在しないってことでしょうか?

  • 三浦

    そうなんでしょうね。ただ、仮に80歳で死んで、その身体の分子を注ぎ込んでアンドロイドを作ったら、そのアンドロイドも細胞は80歳になってしまうのではと思うけど。

  • 編集E

    じゃあ、若いうちから積極的に、自分をアンドロイド化したほうがいいってことですかね?

  • 三浦

    でも、若いときにはまだ権力を手にできてないことが多いだろうし……どういう仕組みなんだろな。そのへんは設定がふんわりしてますよね。

  • 編集B

    もし、ニチカと「あなた」が離婚しなかった場合、夫は老けていくけど、ニチカは歳を取らないままなのでしょうか?

  • 編集F

    歳は取ると思います。子供も産めるらしいし、肉体的には人間同然なのですから。

  • 編集B

    じゃあ、この作品の中のアンドロイドは、ほんとに人間と全く変わらない有機体ということなんですね?

  • 編集E

    そのあたりが、ちょっと私にはよく呑み込めない。記憶や人格をそっくり移せて、元の人間と分子レベルで同一の存在って、いったいどういうものなの?

  • 編集A

    オリジナルの人物の細胞か何かを元にして、控えのボディを後から作り出せるってことじゃないかな。

  • 編集G

    それなら、アンドロイドではなく、クローンですね。

  • 三浦

    でもクローンだと、記憶を全く同じにはできないのでは?

  • 編集B

    脳まで人間と同じだとすると、そんな都合よく記憶を移植とかはできないでしょうね。

  • 編集G

    「クローン」だと、本質的に本人と変わらない感じだから、「あなた」が受け入れてしまいそう。そうするとこの話が成り立たないですよね。「アンドロイド」なら、なんだか機械っぽいから、彼が生理的に受け入れられないのもわかる。

  • 編集A

    だから「アンドロイド」という設定にしたのでしょうか? 「全てが同じであっても、作り物の人間は人間と言えるのか?」という問いを成立させるために。

  • 編集C

    だったら、記憶や人格が本物そっくりのアンドロイドと、記憶はないけど本人の細胞を使っているクローンと、「あなた」はどちらを選ぶのかという展開にしても、面白かったでしょうね。

  • 三浦

    こうやってどんどん話が広がっていくのですから、この作品が読者を刺激する小説たり得ているのは確かだと思います。いきなり私的感慨を述べて恐縮ですが、私は電車とかに乗っているとよく、「今この場にいるのは、全員人間なんだなあ」と思って、すごく不思議な気持ちになることがあるんですよ。いや、ハエとかが勝手に無賃乗車してることもありますけど(笑)。同時に、「私も人間のつもりでいるけど、でも一体何をもってそう思っているのかな?」なんて考えるんです。「あの人も人間なの?」「私も人間なの?」「どうして?」「なんで人間って思えるの?」って。この作品を読んでいたら、そういう不思議な気持ちというか感覚が、またしても湧き起こってきましたね。

  • 編集A

    人間を人間たらしめているのは何かという、根源的問いですね。

  • 編集C

    私も、昨日の自分と今日の自分は本当に同じなのかとか、考えたりします。

  • 三浦

    はい。そういう「自称人間」である私たちの認識問題とかも含めて、ほんとにいろいろ考えさせられる作品でした。90年代初頭ぐらいには、こういうテーマのマンガがけっこうありましたよね。

  • 編集A

    マンガだったら、諸々の粗は気にならなかったかも知れないですね。

  • 編集C

    そうですね。細かいあれこれについては、絵と雰囲気で読者をそれなりに納得させられたかもしれないですし、そこを脳内補完できる読み手なら、今のままでも気にならないのかもしれない。でも、小説としてより多くの読者に読んでもらうことを考えるなら、現状ではちょっと洗練度が足りないと思います。

  • 三浦

    そうか……。でもまあ、設定面などにおける粗の部分は、後から修正することも可能ですよね。私はこの作品、何よりも文章にキレときらめきがあるのがすごくいいなと思いました。「神聖な墓を暴かれた気がした?おあいにくさま、あなたのニチカの墓場は私よ」のところなんて最高です。この作者は、高まりのある文章を書けるかただと思いますね。もうキレッキレで、素晴らしい。私はすごく好きです。

  • 編集F

    私もです。作品の雰囲気も素敵でした。ちょっと薄暗い、東欧っぽい架空の国。レトロな街並みの未来都市。作品世界の構築に未熟な点がいろいろあるのは確かですが、それらに目をつぶってもいいかと思えるほどの魅力がありました。

  • 三浦

    大仰で芝居がかった語り口も、本作においては、世界観にマッチしていますよね。話の着眼点もいい。

  • 編集A

    このテーマには深く引き込まれました。

  • 三浦

    作品の設定や完成度に難点があって気になるという意見もわかりますが、小説の技術的な部分は、作者がきちんと自覚し、研鑽と工夫を積み重ねれば、後からいくらでも伸ばしていけます。多くの読者が「そこそこいい」と感じる小説より、たとえ一部の読者であっても、「この話にはハマった!」と強く支持される小説を、私は推したいです。本作はもちろん、点数的にも一推しする人の数的にも、受賞にふさわしいですが。けれど、作者はそこに甘んじることなく、今後さらに広く深く読者に思いを伝えるために、設定を緻密に練ることなどを、より心がけてみていただければと願っています。

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