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選評付き 短編小説新人賞 選評

『水辺の男の子』

若奈さちよ

  • 編集G

    ホラーっぽい作品で、面白かったです。ただ、モヤッとするところもいろいろありました。ここから先はネタバレを含みますので、未読の方は本編を先に読むことをおすすめします。
    結局この「水辺の男の子」の正体は幽霊だったわけですよね。殺されたあと身体を切り刻まれ、トイレと川から流された。主人公はこの男の子と、最初は海、次に川、さらに自宅近くの橋と三度出会っている。要するに男の子は、身体が流された先から、逆をたどって、最初の場所へ戻ってきたわけです。でも、トイレから流されたほうの身体は、下水を通って別の場所に行ったはずですよね。そっちはそっちで、別のルートをたどって戻ってくるはず。「自宅近くの橋」の次に、「自宅のトイレ」に出現するというのは、流れとしてちょっとおかしいんじゃないかな。まあもしかしたら、トイレに現れた少年は、「下水から流された先から戻って来たほう」なのかもしれないけど、読者がすんなり納得できる理屈にはなっていないように思います。
    しかも最後、犯人であるお兄さんが、いきなり主人公を殺そうとしますよね。これもちょっと変だと思う。主人公に疑われているわけでもないのに。ただ、この強引で唐突な終わり方がB級ホラーっぽくて、僕は割と気に入っています。枚数にはまだ余裕があるので、もうちょっと書いてもいいような気もするのですが、いきなりぶった切って終わるこのB級ホラー感、嫌いじゃないです(笑)。

  • 編集D

    わかります。「どういう真相かな?」と思いながら読めて、ラストで「おおっ」と驚かされますよね。読むことを楽しめる作品でした。男の子が海、川、橋と姿を現すのが、「流れをたどって戻ってきたから」だというのも、真相として面白かったと思います。

  • 編集G

    ただ、主人公のお兄さんは、男の子が見えていないんですよね。なのに、トイレ前の床に座り込んでいる弟を見るなり、「俺が殺したあの子の幽霊を見ているのだ」と気づいている。これはさすがに察しが良すぎると思います。話をさっさと展開させるための都合になってしまっている。

  • 編集C

    弟がなぜ大声を上げたのかなんて普通わからないでしょうに、いきなり「見たのか?」ってピンポイントで当ててますよね。だから私は、「お兄さんにも見えているんだな」と思ったのですが、どうやらそうではないみたい。こういうあたりも、ちょっと引っかかりました。

  • 三浦

    男の子は、ほんとはお兄さんの前にも姿を現していたのかもしれないけど、全然気づいてもらえないので、弟の前に出現する方針に切り変えたのかもしれないですね。「らちが明かん」と思って(笑)。

  • 編集A

    それにしてもこのお兄さんは、短絡的すぎますよね。「俺が犯人だとバレるかも。ヤバい」と思ったにしても、自宅で弟を絞殺なんて、一層困った事態に陥るだけだと思うんだけど。

  • 編集B

    小学生の遺体の処理にだって苦労したというのにね。

  • 編集A

    しかも、両親と同居してるんですよね? 今度こそバレると思う。

  • 三浦

    バレたら、両親も殺して川に流すのかもですね。ホラーからスプラッタ展開に突入することになりますが。そんな想像をさせてくれるのも、この小説のいいところです。

  • 編集G

    自転車でぶつかってしまったから子供を殺すというのが、また短絡的というか不可解です。

  • 編集A

    しかも遺体を切り刻むというのがあまりに残虐で、「自転車事故」という要素とそぐわない感じがしますよね。それに、ながらスマホの自転車で激突されたとして、「隠ぺいのためには、もう殺すしかない」とまで加害者が思うほどの重傷を負うものなのかな? 

  • 編集G

    いろいろと、無理を感じるところは多かったです。

  • 編集B

    もう少し、細部の積み上げがあったらよかったですね。例えば最初の辺りで、お兄さんが最近、なぜか小学生くらいの男の子を怖がっているような描写がチラッとあるとか。そうしたらラストの展開にも、「そういうことだったのか」と納得がいく。

  • 編集D

    でも、すごく急転直下なラストだったからこそ、びっくりさせられて面白かった、というところもあると思います。

  • 編集B

    はい、それも確かに。唐突だからこそ面白いというのはありますよね。だから、難しいところなんだけど。

  • 編集G

    登場したときは完全な脇役だったお兄さんが、ラストで急に重要な役になって、意表を突かれますよね。これは僕は、演出として効果的だったと思います。

  • 編集A

    でも、唐突なだけに、納得感はないですよね。やっぱり、もうほんの少しでいいから、ちょっとした伏線みたいなものが欲しかった。そうすれば、作品そのものにもっと説得力が生まれたと思います。

  • 編集D

    あと、私がものすごく気になったのは、海への旅行シーンに登場してくる民宿の女将さんです。

  • 編集A

    わかります。「熟女」のことですね?(笑)

  • 編集D

    はい(笑)。ものすごく存在感が強いので、どうしても気になってしまう。描き方も、なんだかすごくねっちりしているように思えます。

  • 編集A

    主人公が何度も「熟女」と内心で言っているし、描写にもすごく「おばさん感」が強調されていましたね。洗い髪のパジャマ姿で、タオルを首にかけて缶ビールを煽り、それを宿泊客に見られても動じる様子もない。動じるどころか、「せんべいでも食べる?」って菓子入れ持って追いかけてくる(笑)。この細かい描写には何か意味があるのかな、何かの伏線なのかなと思っていたのですが、結局何もなかった。ただの脇役なら、どうしてこうまで「熟女ぶり」を描き込んだのでしょう?

  • 編集D

    しかも、女将さんの「おばさん感」を、書き手が必要以上に強く押し出している感じがあります。大学生の主人公は内心で、「三五○ミリリットルのビールを一缶空けるのが毎日の楽しみってところか」「どうせなら美女と知り合いたかったのだが」、みたいなことを思ってますよね。この女将さんは、若い男性から見て、魅力的な女性と感じられる相手ではないのだということが繰り返し語られている。そこまでダメ押ししなくてもって、ちょっと思いますよね。

  • 編集A

    女将さん本人にも、「若い人は脂っこい歌舞伎揚げが好きよね。私くらいの歳になると、あっさりしたせんべいがいいんだけど」みたいなこと、わざわざ言わせています。確かに、キャラクターの雰囲気がよく伝わってくる、リアルでうまい台詞だとは思うけど、本筋には一切関係ないですよね。私は、この「女将さん」の印象が強すぎて気になって、肝心の物語があまり頭に入ってきませんでした(笑)。

  • 編集G

    確かに女将さんには妙に強い存在感があるけど、これは単に、作者が場面の雰囲気を出そうとしたということではないでしょうか。そこはかとない不穏さの演出なのだろうと思います。例えば映画なんかで、主人公が車で旅をしていると、たまたま立ち寄ったさびれたガソリンスタンドの店主が、タバコをくゆらせながら「……ここから先へは、行かねえほうがいいよ」とボソッと呟くシーンとかありますよね。そういう、ちょっと意味ありげな場面を作りたかったのかなと。

  • 編集B

    確かに、女将さんの台詞からもたらされる情報は、今後の展開において重要なのかどうか、一読して判断がつきませんね。それがモヤッとした雰囲気を醸し出している面はあると思う。

  • 編集A

    ただ、女将さんがねちっこく描写されている割に、同じく脇役の、主人公と一緒に海に来た友人たちに関しては、これといった描写はあまりない。ちょっとバランスが悪いですよね。そもそも主人公についてだって、大して描かれていないです。なのに、「ライフセイバーのバイトをしている」なんて情報が、急にポンと放り込まれたりしている。じゃあそのことが、のちのち話に絡んでくるのかと思えば、そうでもない。なんだか余計な情報は多くて、その割にあってもいい情報はなくて、どこに焦点を当てて読んでいいのか、今いちわからなかったです。だからちょっと、読みにくい印象がありました。

  • 三浦

    おっしゃることはわかります。ただこの作品は、ホラーの文法に則って書かれていますよね。話の展開の中心になっているのはあくまで、「繰り返し姿を現す男の子」の謎です。「え、この男の子、また出てきた。なんで? どういうこと?」という興味(恐怖)で読者を引っぱっていく。主人公の友人たちも女将さんも、謎や恐怖を引き立てるために、いい意味での「モブ」に徹しているんだと思うんです。ホラーにおけるモブというのは、「この人たち、襲われるのかな? 殺されるのかな?」と読者に期待させたり、不穏な雰囲気を盛り上げたりするための存在、という側面がある。特に、本作は短編ホラーなので、「主人公や脇役の心情と来歴を深く掘り下げて」といったようなことは、あまり必要ないんじゃないかと思います。にもかかわらず、女将さんが妙に生々しく描かれているのは、私は作者の筆力ゆえだと好意的に受け止めました。女将さんの存在感が突出しているので、なんかちょっと作品のバランスが崩れてしまっているのでは、と感じるかたがいらっしゃるのもわかるのですが。

  • 編集C

    ホラー系の作品って、「何もかもが怪しく感じられる」のがいいところですよね。この人も怪しい、あの情報も伏線っぽい、もしかしたらこういう展開になるのでは……? と思いながら読んでいくのが楽しい。

  • 編集D

    話が一直線に解決に向かうのでは味気ないですからね。なんでもない会話とかに、「重要な情報かも」と振り回されるのは、私は嫌ではないです。描写がうまくいってさえいれば、無駄足を踏まされるのもまた楽しいものです。

  • 編集A

    ただこの作品では、他の登場人物の描かれ方がみんな薄い中で、「熟女」の描写だけが際立って濃く、悪目立ちしてしまっている感じがある。私はどうにも、この人物ばかりが頭に残ってしまいました。肝心の「水辺の男の子」に意識が行かなかった。

  • 編集B

    確かに、女将さんの登場シーンだけが妙に意味深ですよね。しかも、この場面で語られる情報は、結局話の本筋には全く関係がなかった。その割に、けっこうな枚数が費やされています。

  • 編集A

    それに作者としては、この女将さんがここまで読者に強い印象を与えるとは思わずに描いているんじゃないかな。だとしたら、ちょっと意図通りにはうまく書けていないということになる。

  • 編集B

    全体に、ホラーの割に、実はあんまり怖くないですよね。もう少し、「何か起こるぞ。今にも起こるぞ」という、「怖さへの期待」を味わいたかった。

  • 編集G

    確かに怖くない。僕はむしろ、「いい話として着地するのかな?」と思っていたくらいです。

  • 編集B

    そもそも主人公自身が、幽霊を見ても怖がってないですしね。幽霊だと認識しているなら、もう少し動揺してもいいのにと思うのですが。

  • 編集G

    この男の子はおどろおどろしい幽霊じゃないから、それで主人公も怖がっていないのかも。

  • 編集D

    恨みを抱いている感じは全くありませんね。それどころか、「僕も悪かったんだ」みたいなことさえ言っている。

  • 編集F

    この男の子については、もう少し描写の仕方を考えたほうがいいように思います。あまりにも存在感が薄いので、話が盛り上がっていかないですよね。だから「熟女」とかのほうに気持ちが持っていかれちゃう(笑)。もっともっと、「この男の子、なんなの!?」という興味を掻き立ててほしかったです。そうしたら、「真相はああかな? こうかな?」と思いめぐらしながら読み進み、ラストで「犯人はお兄さんだったのか!」ってびっくりできたのですが。話の真相自体は面白かっただけに、すごく残念です。

  • 三浦

    そうですね。この作品において直すべき一番のポイントは恐らく、主人公がいつ、どの段階で、「この男の子は幽霊である」ことを確信したのかを、もっとはっきりさせることでしょう。というのも、最初の海のシーンでは、「あの子は幽霊だったのかな? 違うのかな? どっちかなあ」みたいな描かれ方でしたよね。で、次にキャンプ場で会ったときにも、主人公は最初、生きている普通の男の子かと思っていた。でもよく見たら、以前海で見かけた子であると。しかも、そのときと同じ服を着たままであると。てことは、生身の男の子ではあり得ないわけですが、そこの認識の変化というものが全く描かれていない。生身か幽霊か、主人公が男の子をどう思っているのか、どっちつかずのまま話は進み、ふと気づいたら、いつのまにか主人公は男の子を「幽霊だ」とはっきり認識していることになっている。読者としては引っかかりますよね。「あれれ? 主人公はいつからそう思ってたの? 読んでて気づかなかったよ」って。
    私は、主人公のありよう自体は、すごくいいなと思っています。非常にフラットな感覚を持っていますよね。相手の男の子が、生身だろうと幽霊だろうと、あんまり気にしていない。冷淡なわけじゃなく、とにかく男の子の命を救わなきゃと海や川に飛び込みもするし、幽霊なのかなと気づいてからも、何かしてあげられることはないかと気にかけている。相手が生身でも幽霊でも接する態度が変わらないところに、主人公の人柄の良さが窺えて、とてもいいなと思いました。だから男の子も、主人公の前に出現するんだなと説得力があります。ホラーの主人公は、より多くの読者が自分を重ねて読めるように、あえて平凡というか無難なキャラに設定されていることが多いと思うのですが、この作品もちゃんとそれを踏襲しているし、そこに加えて、「主人公、いい人だな」と思える描写にもなっているのが、すごくよかったと思います。
    でも、「この男の子は、この世のものじゃないんだろうな」と主人公が明確に悟る瞬間みたいなものは、やっぱり欲しいですよね。読者にも明示すべきだと思います。その瞬間があってこそ、主人公は、「この男の子には、何があったんだろう? どうしてオレの前に現れるんだろう?」と考え始めることになる。つまり、「幽霊だ」と悟った瞬間から、謎が持つ牽引力がより強まるはずですし、読者もまた、「どういうことなんだろう」と考える主人公の気持ちに、よりいっそう寄り添いながら読むことができるはずです。そのきっかけを逃しているのが、惜しいなと感じます。

  • 編集F

    読者もまた、「少年の死の真相はこうなんじゃないか、ああなんじゃないか」って、想像しながら読むことができますよね。そのほうが読んでいて気持ちが盛り上がりますし、のめり込んで読めればこそ、ラストでより驚かされます。私は、このラスト自体はいいと思っています。B級ホラーっぽい不条理感は、すごく好きです。だからこそ、途中をもっと盛り上げてほしかったですね。

  • 三浦

    男の子が、三つの場所に出現しますよね。海、キャンプ場、橋と。出現回数が重なるにつれて、どんどん怖さも積み重なっていくみたいな仕掛けも、何かあったほうがいいのかもしれない。

  • 編集A

    遺体をバラバラにして流したんだから、戻って来るときは、それがだんだん元通りになっていくとかね。最初は上半身しかなかったけど、次に会ったときには腰まで見えて、最後に会ったときには足まで揃って、すっかり完全体になっているとか。

  • 編集D

    ただ、それだと説明的になりますよね。真相の予想がついちゃう。私は現状の、すべてが淡々と描かれたあげくの、ラストの唐突なオチ、という流れがすごくいいなと思っているのですが。

  • 三浦

    それもわかります。ただ、やっぱりホラー小説は、もう少し怖がりながら読みたくもありますね。

  • 編集A

    「だんだん近づいてくる怪異」には心惹かれますよね。ゾクゾクします。せっかくそういう話にできそうなストーリーだったのに、怖さが盛り上がっていないのはとても残念でした。

  • 三浦

    とはいえ、そもそも作者はホラー小説を書いているつもりはないのかも、という気もしてきました。唐突なラストには驚かされましたが、練りに練った上でこういう構成にした感じはあまりないですね。

  • 編集G

    確かに、ホラー小説を読み慣れているとか、読み込んで研究しているようには感じられない。本気で「怖がらせよう、驚かせよう」と思って書いているのなら、もっとひねった展開にするだろうと思います。

  • 編集C

    思いついた話を書いていったら、たまたまホラーっぽい物語になったのかもですね。そこが逆に、ホラー過ぎないホラーという、不思議な読み味になっているところはあるんだけど。

  • 三浦

    雰囲気はホラーなのに、あんまり冷酷な感じがしないのはいいですね。書き手が登場人物との距離をちゃんと取りつつも、冷たすぎない。こういうあたりはすごく好感が持てます。サスペンス風味の読み筋で読者を引っぱろうとしているのも、良かったと思います。そこは作者の意図通りに書けているんじゃないでしょうか。

  • 編集A

    「熟女」がどうにも気にかかるのも、読み手の心に引っかかるキャラクターを描けているということではありますしね。ただ、これが映画作品ならこのままでいいのかもしれないけど、小説として読ませるには、人物や要素の描き方やその塩梅に、もう少し工夫が必要かなと思います。現状では、話の本筋が今ひとつ、読者にくっきりと迫ってこないので。

  • 三浦

    文章自体はとてもうまいと思います。特に描写力は高いですよね。ひなびた民宿の様子も、そこを経営する女将さんの立ち居振る舞いも、「こういうの、現実にありそう」ってすごく思えました。ただ、「ホラー作品に思えるのに、ホラーっぽくない」というところが、ちょっと読者を戸惑わせてしまったのかもしれない。次は、全くホラー感のない作品に挑戦してみるのもいいかもしれないですね。

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