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リアリティゼロのスパイものです。はっきり言ってかなりバカバカしい話ではあるんだけど、でも実は私、けっこう好きです。
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第208回
『スパイと三文芝居と結婚と』
アワシロ フユミ
リアリティゼロのスパイものです。はっきり言ってかなりバカバカしい話ではあるんだけど、でも実は私、けっこう好きです。
僕もです。書きたいものを遠慮なく思いっきりぶっこんでいるところに、逆に好感が持てる。
確かに面白くはありました。中学生のときに読んだらすごく興奮したかなと思うんですけど(笑)、でも、これはちょっと「小説」ではないかなという気がします。どちらかというと、映画の脚本みたいな感じですよね。作者の頭の中にはこういう映像があるのだ、ということは、すごく伝わってきました。でも、その映像を表現するだけで精一杯になっていて、それ以上のものを小説として描けてはいなかったように思います。それに、作者のスタンスもちょっとわからなかった。全力投球でスパイものを書いたら、結果としてバカバカしい話になったということなのでしょうか?
熱量はすごく感じるだけに、シリアスなのかコメディなのか、ちょっとわかりにくかったですよね。
いや、「ショアク=ノ=コンゲーン氏」とか「シュミワ=リィ=ナリキーン氏」とかが出てくるんだから、間違いなくコメディでしょう(笑)。
全力でふざけてますよね。いい意味で。
読者を楽しませようという気持ちが強く伝わってきますね。
サービス精神みたいなものはすごく感じました。ただ、その方向性がちょっとズレているような気はする。読者がミットを構えていない場所へ渾身の豪速球を投げ込んでいるというか(笑)。とても好感度の高い作品だとは思うのですけど。
コメディとしては、正直、ちょっとスベってますよね。ほんとに人を笑わせようとするなら、コメディであっても、真面目なところは真面目にやらないと面白くなくなってしまう。「ショアク=ノ=コンゲーン氏」みたいなふざけ方は逆効果だと思います。
ツッコミどころもたくさんありました。例えば、アイラ側のチームのリーダーが、話の途中で殺されてしまいますよね。なのにアイラは、リーダーを殺した相手と勝手に手を組んで、当初の作戦を続行しようとしている。確かに、アイラはコンゲーン氏を殺し、圭はナリキーン氏を殺すのが第一目的だから、利害の衝突はないにしても、リーダーが最初から味方チームを騙していたと知った段階で作戦は見直すべきではないでしょうか? 雇い主の意向も確認した方がいいでしょうし。
確かに。プロのスパイにしては、対応が適当すぎますよね(笑)。
そもそも、誰かを暗殺するのに、まずは全然関係ない人に近づいて誘惑して婚約者になって。それから、ある特定の日時に、とあるホテルの、とあるパーティー会場で結婚披露宴をするように働きかけ……なんて、あまりにも回りくどすぎます。こんなことをするために半年も費やしているなんて、この計画自体、どうかしている。
いくらコメディだとしても、ちょっとあり得ないですよね。設定に破たんがありすぎると思う。
ただ、作者が一番描きたかったのは、恋愛っぽい部分なのかなと思います。スパイの世界に生きている破天荒な男女が、敵対組織ではないにしても、別々のクライアントに雇われた殺し屋同士として偶然仮面カップルになり、互いの素性を知って戦うんだけれど、その渦中で思いがけず恋に落ちる。いや、主人公のほうは「恋に落ちる」までは行っていませんが、心は動いてますよね。「男なんて、ただ利用すればいいだけ」みたいに思っていたのが、「この人と本気の結婚? まあ、それも悪くないかもね」くらいには。作者はとにかく、「互角に強いスパイの男女が、死闘を繰り広げた後でカップルになる」というドラマチックな物語を書きたくて仕方なかったので、つい強引に話を展開させてしまったのかなと思います。
作者の書きたい思いは、すごく伝わってきます。でも、それにしてももう少し、なんとか話をこじつけられなかったものかと思いますね。
はい。もうちょっともっともらしさは欲しいですね。
芝居において、舞台装置はとても大事です。いくら役者が熱心に演じていても、舞台装置があまりにハリボテ感のあるものだったら、観客は作品世界に浸り込めないですよね。同様に、小説ならやっぱり物語の土台の部分はしっかり固めておかないと、読者が話に乗っていけないです。そこはもう少し、意識して整えてほしかったと思います。
あと、私は終盤の「整形」のくだりも引っかかりました。なんだか整形がさも「悪」であるかのような書かれ方をしていて、その上で、「そんな悪いことをしてまで美しさを手に入れている私、かっこいい」みたいに思っている感じがある。でも、そういう価値観は若干古いと思います。今の時代、整形はそこまで否定的に捉えられていないだろうと思うので、「ふふん、そこまでやってるのよ、私は」みたいに自慢げにされても、読者としてちょっと醒めてしまったところはありました。
その整形も、すごくチマチマやってるんですよね。コルシカマフィアの幹部暗殺で豊胸手術。ゲリラの残党集団を解体してフェイスライン修正。腕利きスパイの報酬としては、少額すぎるんじゃないかな。スーパーアサシンなら、一件の仕事でサクッと億は稼いでほしい。これではあまりに夢がない(笑)。
ゴージャスな感じがしないんですよね。
派手な設定の割に、正直大してかっこよくはないです。すごく強くて有能な女スパイが活躍する映画とかって、今はたくさんありますよね。「かっこいい女性」は流行りだと思うのですが、残念なことに、この主人公の描かれ方にはかっこよさを感じなかった。
終盤の「整形」のくだりは、あんまり必要なかったんじゃないかな。というか、やるならむしろ、仕事の依頼が来るごとに、ミッションに合わせて全身整形して、毎回違うタイプの美人に変身するとかね。それくらいのことをしてほしかった。「華やかなスパイの活躍物語」などというのは、現代ものであっても、ある意味ファンタジーですよね。どうせなら思いきり大きなハッタリをかまして、読者を壮大な嘘世界に引き込んでほしかった。小説なんて所詮フィクションなのですから、どうせつくなら魅力的な嘘をついてほしい。
ちょっと気になったのですが、アイラはもしかしたら、けっこう歳がいっているのでは? というのも、「旧ソ(連)時代の反政府ゲリラの残党集団を解体した」と言っていますよね。ということは、1990年くらいから、すでに第一線で暗殺者をやっていたのでしょうか?
そこからもう、30年くらいは経ってますよね。
当時20歳だったとしても、今はもう50歳くらいになるはず。もしかして、年齢をごまかすためもあって、全身整形に明け暮れているのかな?
それが話のオチだったら、逆にすごく面白かったかも。ラストで、「ところで私、今年で68歳になるの」って言って、にっこり笑うとか。
このアクションシーンを演じているのが60代の女スパイだったなら、確かにすごくかっこいいですね。でも、たぶん作者は、そこまでのオチを用意して「旧ソ(連)の反政府ゲリラ」とかを出したわけではないように思います。
おそらく、「スパイ感」を盛り上げようとしてそれらしいワードを、深く考えたり調べたりすることなしに入れてしまったのでしょうね。
これは「戦うスパイたち」という非日常の、ある意味嘘っぽい世界の話を書いている作品ですよね。荒唐無稽な嘘をつくからには、ディテールを本物にする必要があると思います。ディテールがしっかりと作り込まれていたなら、この「スパイ合戦の果てにラブコメ展開」みたいな、ちょっとバカバカしいお話も、すごくノッて読めたと思う。
現状では、この作品のノリに、うまく乗れない人のほうが多いのではと思います。私は冒頭の、「うわぁ! 愛ちゃんかわいい! 僕死にそう!」みたいな台詞の軽薄さにぎょっとして、そこで気持ちが醒めてしまいました。のっけからつまづいてしまったので、作品世界に入り込むことが難しかったです。
「国民総右翼みたいな国」とか、言葉の使い方がちょっとキツかったり、乱暴に感じられるところはありますね。面白さを出すために、あえて振り切った表現にしているのかなとは思いますが、読んでいて気になりました。また、婚約者の男を内心でバカにしている描写がこれでもかというくらい頻繁に出てきます。ストレートに「男という生き物には実に馬鹿が多い」なんて語っているところもある。読んでいてさすがに、ここまで男性をバカにしなくてもいいのにと思います。
たぶん、より読者にわかってもらおうとか、ノリや勢いを伝えようという思いがあって、あえて強い言葉や表現を選んでいるのだろうと思います。ただ、ちょっとやりすぎかなという気はする。そのせいで、ラストにも唐突感がありました。アイラは今まで散々男をバカにし続けていた割に、あっさり圭の求愛に乗ってますよね。まあ、「ハニートラップ込みで仕事は続けるわよ」って、あくまで自分は見失っていないにしても、今までこれほど「男なんてバカばっかり」と思ってきた女スパイが気持ちを変えるのですから、その気持ちの変化をもう少し読者が納得できるように書く必要があったと思います。
主人公の饒舌な語りは、実はさほど意味はないというか、本人もあまりよく考えないで喋ってるんじゃないかな。言っては悪いけど、アイラはあんまり後先考えてない、ノリで生きてるようなところのある人ですよね。だから、口任せにガンガン男をクサしてるんだけど、外見が好みの男にググッと迫ってこられたら割合簡単によろめいちゃうというのは、ありうることだろうなと思います。
ただ、作者は恐らく、このラブ展開を、この作品において外せない要素として書いているわけですよね。だったら、今まで男を手玉に取ってきた気の強い女スパイが、どうしてこの圭にだけ陥落したのかというところを、もう少ししっかり描くべきだと思います。例えば、主人公がガンガン強い言葉を放っていたら、その隙をついて、逆にポンと軽く、ピンポイントでアイラのハートのツボに刺さる台詞を投げ返してきたとか。あるいは逆に、アイラがガンガン攻め込んでいくと、それをはるかに凌駕するくらいのパワーで押し返され、圧倒されたあまり恋に落ちるとか。恋愛展開で話を締めるなら、ここは重要なところだと思いますので、何らかの形で分かりやすく読者に提示してほしい。
作者の、「かっこいい女スパイを描きたい!」という気持ちが強すぎて、相手役の男性をうまく描けていないですね。
作者は、アイラのことはものすごくあれこれ描写しているのですが、圭に関してはさほどでもない。
確かに。現状では、圭のイケメン感は、あまり伝わってこない。もっと、読者もメロメロになるような、色気のある男性にしてほしかった。
男性に関しては「いろんなフレンドと楽しんでる」人生に満足していた主人公が、その価値観を変えるほどの相手なのですから、圭についてはもっと筆を費やして、魅力的に描くべきだったと思います。
特定の男に固執しない主人公について、くしくも作中に「まるで007のジェームズ・ボンドが作品のたびに女を替えるように」とありますよね。ラストでゴールインしてはいるものの、アイラにとって圭はまだ「運命の相手」というほどの存在ではない。この先の展開によっては、あっさり別れるのかもしれない。でも、007シリーズに入れ替わり立ち替わり登場するボンド・ガールたちは、それぞれの作品の中では、ボンドの相手役を務めるに足る魅力的な女性として描かれています。本作の中では、圭がその立ち位置にいるのですから、主役のアイラと並ぶくらいに、圭のことも最大限魅力的な人物に描く必要があったと思います。
あと、ちょっとあけすけで品の悪い描写や台詞が多いというか、下ネタ方向に振れ過ぎているのも気になりました。読者サービスのつもりなのかもしれませんが、やややり過ぎ感が強い。「あんなに気持ちよさそうにアンアン喘いでノリノリで腰振ってたのは誰だよ?」という台詞は、丸々いらないです。アイラが蹴り上げた足を寸止めしている場面でも、「……いい眺めだな」で終わっていたらよかった。「股の開いているエロ下着だったら更によかったのに」は余計な一言です。この一言で一気に、圭が下品な男になってしまっている。スタイリッシュなスパイのかっこよさが台無しです。
描写のわずかな匙加減で、作品の印象は全く変わってきますから、注意が必要ですね。
つい筆が滑ってしまったんでしょうね。でも、その書きたい気持ちをグッと抑えて、腹八分目くらいで止めてほしい。
ただ、作者は軽妙な掛け合いとかがすごく好きなんじゃないのかな。そのせいで、台詞が過剰になっているのではと思います。そここそが書きたいところだから。
小粋な会話の応酬が魅力的な映画とか、ありますよね。作者はそういうものがすごく好きなのかもしれません。ただ、本作はまだその域には達していない。さらなるセンスアップが必要かなと思います。
でも、作者の「私はこういうものを描きたいんだ!」っていう気持ちは、溢れんばかりに伝わってきましたよね。楽しんでノリノリで書いているのも伝わってくる。
ただ、ごめんなさい、作者はかっこいいつもりで書いているのかもしれないところが、読み手からするとなんだか面白さの方が勝ってしまっている(笑)。主役の二人は有能なスパイのはずなんだけど、どうにもおバカな印象だし。
「任務でバカなふりをしていた」という設定なんだけど、お互いの素性を明かしてからも、それほど賢そうに見えないんですよね。なのに、かっこつけた仕草や台詞を繰り出してはドヤ顔をしている(笑)。
私だったら、この人たちに仕事は頼みたくない(笑)。でも、だからこそ、すごく可愛げのあるキャラクターになっていて、物語を生き生きさせている。好感度はとても高いと思う。
ラストで、主役二人がボロボロの姿で悠然と結婚式場に現れる場面のビジュアルは、僕はすごく好きです。
私もです。
何かの映画で見たシーンのようにも感じますが、作者の脳内に場面映像がくっきりと見えているのは確かでしょうね。その脳内の映像から文章を起こしているのだろうと思います。そして、それ自体はすごく上手い。読者にも、映像がくっきり見えますよね。
アクションシーンの描写も、とてもうまかったと思います。スピード感があるし、キャラクターの動きが見えるようでした。
アイラが愚鈍な婚約者をひたすらバカにしているところも、描写そのものはうまかったと思う。「脳みそが陶器を包む緩衝材で出来ていそうだ」とか、面白いですよね。比喩が巧みだし、文章そのものは悪くない。
ただ、作者が楽しく書くことも重要だけど、もう少し作品と距離を取って、自分が書いているものを冷静に眺める目も持ってほしい。ちょっと、作者自らが作品世界にどっぷり浸かり過ぎかなという気がします。だから、作者が書いているつもりのものと、読者が受け取っているものの間に乖離があるのだと思う。
もう少し下調べとかもして欲しいですね。なんとなくの雰囲気と中途半端な知識でスパイものを書いているので、コメディにしても嘘っぽくなってしまっている。
こういう系統の話が好きなら、映画でも小説でも、秀逸な先行作品が多数ありますから、いろいろ研究してみてほしいですね。でも、ここまで思いきった荒唐無稽な作品を送ってきてくれたことは、僕は本当に嬉しいです。最近、ちょっと投稿作に真面目過ぎるものが多いなと感じてきていましたので。
派手で、動きがあって、テンポよく展開する。話の先が読めないのも面白かったです。何より、読者を楽しませようという意気込みが感じられるのがとてもいい。その意気込みを失くさないで、どんどん書き続けていってほしいですね。