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選評付き 短編小説新人賞 選評

【佳作】『うつくしい穴』

西東子

  • 編集G

    曖昧ではっきりしない微妙な気持ちを、そっと掬い上げて描いている作品です。自分でもどう表現したらいいのかわからないような、他人に対するほんとに微妙な感情って、誰しも持つことがありますよね。そういう繊細な感情をうっすらと浮かび上がらせるような描写が、とてもうまいなと思います。読んでいて非常に共感できました。
    女性である主人公の、女性である七瀬さんへの気持ちが描かれているのですが、私はこれは、恋愛感情ではないと思います。とても好ましい年上の女性に対する憧れのような気持ちであり、こういう感情を抱くことは普通にあると思う。主人公は、七瀬さんと同じように自分もピアスの穴をあけることによって、この「憧れの人」に少しでも近づけたらと思っているのだろうと思います。この主人公の感情は、私にはすごく響くものがありました。
    主人公の抱いている気持ちは、「憧れ」とか「好意」なんていう言葉で言い表すことができないほどの、微妙なものかもしれませんね。こういう非常につかみにくい感情を、曖昧なまま美しく描き出せているのは、とてもよかったと思う。私はイチ推しにしています。
    終盤で、「七瀬」が名字だったことが明かされていますが、この場面で、私はとてもハッとさせられました。それまで、「七瀬」は名前かと思って読んでいましたので。このクールで美しい年上の女性が、実は「るな」さんだと知ったとき、なんだか新鮮な驚きがありました。淡々とした物語なのに、時折こんなふうに読者の気持ちをトンと突く一瞬が仕込まれているのも、すごく良かったです。

  • 編集D

    えっと……すみません。僕はこの話、よくわからなかった。何を描いている作品なのか、全く読み取れなかったです。

  • 編集B

    すごい両極端な意見ですね(笑)。まあ、微妙な感情を扱っている作品ゆえに、受信できない人には受信できないだろうと思います。それがいいとか悪いとかの問題ではなくて。

  • 編集A

    これはほんとに、好みが大きく関わってきますよね。

  • 編集F

    作者が描きたいことは、私はすごく伝わってきたと思います。だから私もイチ推しにしてはいるのですが、ただ、ちょっと頭でっかちなところのある作品だとも思いましたね。中でも一番引っかかったのは「名前の数字」です。「三隅」「七瀬」「八田」と、名前に漢数字がある人ばかり集まり過ぎていて、ものすごく不自然です。彼氏が「三隅」だからピアスの穴を三つ開けて、別れたら自分が「七瀬」だから穴を七個に増やして。で、主人公は「自分が八田だから、七瀬さんに八個目の穴を開けられたらいいのに」と思うとか、いくらなんでも「作られた話」すぎますよね。そういう展開にするためのネーミングなんだなと、どうしても感じられる。こういう「作者都合」が見えすぎると、読者の気持ちが醒めてしまいます。

  • 編集B

    「七瀬」と「八田」だけなら、まだしも偶然ということにできたと思います。それなら「八個目の穴を私が開けられたら……」という気持ちの展開も、逆に「うまいな」と感じられたかもしれない。でも、「三隅」君まで登場してきちゃったので、途端に話が嘘っぽくなってしまいました。

  • 編集F

    恋人ができたらピアスの穴を三つ開けて、別れたらさらに四つ開けてというのも、ちょっと現実的な行動ではないような気がする。そんなにボコボコ開けちゃうものなのかな? まあ、「私の場合は自傷行為みたいなものだから」なんて言っているから、この七瀬さんというキャラクターにとっては「ついやりがち」な行為なのかもしれないけど、一般的にはちょっと考えにくい。だからやっぱり、「名前にかこつけた話」のように感じられてしまいました。どうにも観念的だし、「頭で作ったストーリー」という印象です。総合的には「微妙な感情を描いた、いい話だな」と思って読みましたが、多少引っかかる点があるのも確かだと思います。

  • 編集A

    主人公の気持ちは、本当にただの「憧れ」なのかな? 私は、恋愛感情だと思って読んだのですが。同性愛の話かと。

  • 編集C

    私もちょっとそっち寄りの解釈ですね。この「穴を開ける」というのは、男女の肉体関係の代替行為を意味しているのかなと思いました。

  • 編集E

    わかります。むしろ、直接的なキスとかより、もっとずっとディープな行為ですよね。「消えない穴を開ける」というのは。それでいて、ピアスを飾るための小さな穴ですから、繊細で美しいイメージもある。私もこれは、同性愛的感情を描いたものと受け取りました。

  • 編集H

    私もまさに代替行為だと思って読みました。主人公と七瀬さんは、うっすら淡い両想いなのかなと思います。あるいは、両片想いというか。そこに関しては、読み手それぞれに受け取り方が違ってくるかとは思うのですが、私は七瀬さんにも、主人公へ向かう想いがある気がする。

  • 編集D

    うーん、僕には七瀬さんが主人公に特別な感情を持っているようには感じられなかったですけど。

  • 編集H

    いや、本当に何の感情もなければ、自分の部屋に招き入れて、ピアス穴を開けてあげたりしないでしょう。

  • 編集B

    でも、この二人の関係を同性愛とは言えないんじゃないかな。恋愛感情を描こうとしたにしては、話に色気がなさすぎると思います。

  • 編集F

    私も同性愛とは思いませんが、それでも、普通の友情よりは、かなり親密度が高い気はしますね。

  • 編集A

    だからって、両想いとまでは言えないのでは?

  • 編集B

    七瀬さん側の気持ちは、ちょっと推し測れないですね。というのも、この七瀬さんという人物には、どうにも実体感がないというか、生身の人間らしさが感じられなかったです。彼女の感情は、作品からは伝わってこなかった。

  • 編集D

    同感です。七瀬さんは、立体的なキャラクターとしては描かれていない。観念的な美しい存在で、人間っぽさがないと思う。だから「七瀬さんも主人公が好き」とか「両片想い」とか言われても、頷けないです。

  • 編集A

    じゃあ、主人公の片想いということになるのかな?

  • 編集F

    その割には、主人公はラストで「付け替え用のピアスを買わなきゃ」みたいに思っています。七瀬さんがつけてくれたピアスを一生外すまいとまでは思っていない。だからやっぱりこれは、恋心というよりは、何かちょっと一段深い思い入れ、くらいの気持ちなのではと思います。それに、七瀬さんのほうも主人公のことを「いい子だな」「可愛いな」と思っているとは感じますが、二人の感情の強さには差があるでしょうね。ピアスの穴を開けてもらうというのは、主人公にとっては嬉しくて舞い上がってしまうくらいの出来事なんだろうけど、七瀬さんの感情はあんまり動いていないように見える。私はそこがいいところだとも思うんですけどね。単純な両想い展開ではないところが。

  • 編集B

    作者がどういうスタンスでこの話を書いているのかは、現状ではよくわからないですね。ピアス穴を開けることを通して二人の距離が少し近づいたことに、主人公は気持ちを高揚させているけど、七瀬さんはそれほどでもないのか。あるいは、顔には出さないけど七瀬さんのほうも実は気持ちが盛り上がっているのか。作者がどういう話として書いているのかは読み取れないです。もし七瀬さんの気持ちも密かに動いているという展開のつもりなら、それはうまく書けていないと思う。そして、七瀬さんは平常心のままで、主人公だけが勝手に気持ちを高ぶらせているという話を書きたいのだとしたら、話の展開は今のままでいいけど、もうちょっとディテールを詰める必要があると思います。主人公の気持ちの流れや盛り上がりを、描写を通じてもっとしっかりと読者に伝えたほうがいいですね。

  • 編集D

    主人公側の気持ちに関しても、僕はほんとによくわからなかった。恋愛感情というふうには、やっぱり感じられないです。本当に七瀬さんのことを好きなのであれば、七瀬さんの部屋を訪れたとき、もうちょっといろいろ感じるところがあっただろうにと思うのですが、そういうことはほぼ書かれてないですよね。例えば、歯ブラシが二本置いてあって婚約者の存在がチラ見えして、主人公は胸が痛むとか、そういう描写を少し入れておいてほしかったです。それなら、主人公の感情が読者に伝わりますから。

  • 編集A

    確かに、七瀬さんの部屋の様子はほとんどわからないですね。もう少し何かしら描かれていたらよかったのですが。TVはないのにDVDがたくさん積まれているとか、意外とお料理道具が充実してるとか、そういうちょっとした描写でいいんだけど。

  • 編集B

    そういうところから七瀬さんの人となりの一端が垣間見えてきますよね。そして、七瀬さんの部屋に行って、何が目につくのか、何を思うのかを書くことによって、主人公の気持ちも描くことができる。

  • 編集D

    最初にキャラクター設定表のようなものを作り、それを念頭に置いて書いてみてはどうかなと思います。その中の情報をすべて盛り込む必要はないですが、最初にきちんと決めておけば、人物のディテールというものは、書くときに自然と文章の中に現れてくるものだと思う。

  • 編集F

    細かい設定はもしかしたらあるのかもしれないけど、少なくとも、読者に伝わるように醸し出せてはいないですね。

  • 編集D

    全体にふわっとした話で、とらえどころがなかったです。

  • 編集A

    話に起伏がないですよね。小説的な作品だなと思うし、うまいなと思うところもいっぱいあるんだけど、なんだか物足りない。

  • 編集D

    主人公が、基本的に受け身ですよね。ピアスの穴を開けてもらえることになったのも、店長が七瀬さんに勧めてくれたからだし。主人公に主体性がないのが気になりました。

  • 編集F

    まあ、主人公の主体性のなさは、小説において決定的な欠点ではないとは思うけど、やっぱり大きなドラマは生じにくいでしょうね。それにこの主人公は、日々の生活にさして問題を抱えていないように見える。人づきあいが苦手でとても孤独だとか、得意なものが何もなくて自分に自信が持てないとか、そういう悩みみたいなものが特に感じられない。大学でもバイト先でも人間関係をうまくやれているようだし、入会した早々のサークルでポスター制作を任されるほど絵が上手いんですよね。大きな問題なく、ごく普通の毎日が送れている普通の人。それ自体は全然悪いことではないんだけど、ドラマチックな展開にはなりにくいですね。

  • 編集A

    タイトルが「うつくしい穴」だから、作者は意図的に「うつくしい」話を描こうとしているんだと思います。ただ、現状では「なんとなくうつくしいもの」をふわふわっと書いているみたいで、インパクトに欠けている。

  • 編集B

    ちょっと、綺麗で美しい世界観でまとめ過ぎてしまったかな。一ヶ所でもいいから、グッと踏み込んだ心情描写がなされていたら、もっと読者の心に残る話になったのではと思えて、惜しいと感じます。美しいものを描きたいという意図があるのはいいのですが、徹頭徹尾美しくするのではなくて、主人公の中に一瞬湧いた毒だとか、正直な醜い感情だとかもチラリと盛り込まれていれば、そういうものすべてを呑み込んだ上での「穴」ということで、話にぐっと奥行きが出たのではないでしょうか。

  • 編集D

    なんとなくの雰囲気小説になってしまっていて、残念でしたね。

  • 編集E

    ただ、この芯のないフワッとした話は、作者が意図して描いたものではないでしょうか。作者と主人公の間には、一定の距離感がちゃんとあるように感じます。作者は、「今回は、ふんわりと美しい話で」という意図の元に、この作品を書いたのかもしれない。だとしたら、「次はインパクトのある強い物語を書いて」と要望を出せば、それに応えてくれる書き手なのかもしれないとも思います。

  • 編集A

    確かに文章は上手いですよね。書き慣れていると感じます。ディテール描写も巧みでしたし。

  • 編集F

    文章に余計な力みが感じられないですよね。うまく力を抜いて、さらさらっと書いている感じ。

  • 編集E

    9枚目のスマホを検索する場面で、画面をタップする指の動きに「てつ、てつ」という擬音を当てているのとか、うまいなと感じます。あと26枚目の、ピアッシングされたばかりの耳が疼いて脈打っている様子を、「まるで小さな心臓でも埋められてしまったみたいだった」と書いているところなど、とても印象的できれいな表現だなと思いました。

  • 編集C

    ただ一ヶ所、17枚目で、いよいよピアス穴を開けてくれようとして七瀬さんが身を乗り出したとき、主人公は「光を乗せたつややかな髪で視界がいっぱいになった」「つむじが見えた」と語っている。ここがよくわからない。主人公の耳にピアス穴を開けようとしている七瀬さんの頭のてっぺんが、どうして主人公の目の下の位置に来るのかな? 文章も心情描写もとてもうまいと思ったのですが、この場面の二人の体勢だけはよくわかりませんでした。

  • 編集A

    あと、主人公は「幸子」という自分の名前があまり好きではないんですよね。でも、その理由が作品の中で明かされていない。そこはすごく気になりました。

  • 編集E

    「古風な名前だ」ということが、何度か話に出てきますから、それが理由ではないでしょうか。

  • 編集A

    はい。そう推測はできる。ただ、明確にはされていないですよね。そもそも、主人公が「自分の名前を好きではない」と、はっきり語るのが25枚目。これでは遅すぎて、印象的なエピソードとして機能しない。出すならもっと早く出しておいて、最後にその理由が明らかになる、という展開にしたほうがよかったように思います。

  • 編集B

    しかも、七瀬さんは「るな」という、一種キラキラネームですよね。「幸子」の主人公からしたら、「ステキ」「憧れる」となるだろうし、作者もそのつもりでネーミングしているのだろうと思います。だったらもっと早い段階で、この二人の名前の対比を話に盛り込んでおいたほうがいいと思う。

  • 編集A

    全体に文章は上手いし、小説らしい作品が作れているわりに、伏線の散りばめ方や回収がうまくできていないと感じます。いろんな要素やアイテムが宙に浮いたままになっている。「ポスター」もそうだと思います。主人公が一生懸命描いたポスターだし、七瀬さんが実はとても気に入って、大事に飾り続けてくれていたということがラストで明かされてますよね。主人公と七瀬さんを繋ぐ、非常に重要なアイテムです。でも、そのポスターがどんな絵柄、どんなデザインだったのかということが、ビジュアルとして全く描写されていない。だから読者も思い描けないです。これは非常にもったいないと思う。アイテムや要素が有機的に絡んでいれば、それだけでも、話に起伏や盛り上がりが生まれます。これほど繊細な話を書ける方なのですから、伏線回収ももうちょっと緻密にやってほしかった。

  • 編集C

    淡々とした美しい世界観で、抑制が利いているところが魅力的な作品だとは思うのですが、ちょっとすべてが抑制され過ぎていて、書くべきものまで書かないで終わってしまったかなと思います。もう少し読者が理解しやすい描き方にしたほうがよかったですね。

  • 編集F

    全部を書きすぎない書き方が、小説としてうまくもあるんだけど、心持ちやりすぎですね。もう一歩だけ、読者にわかりやすく伝えるということを意識してみてほしいです。

  • 編集A

    構成は良かったと思います。ラスト手前までずっと、七瀬さんの部屋の中だけで話が進みますね。過去のあれこれも、回想や思い出として、途中にうまく挟み込んでいる。で、ラストで場面転換した後は、七瀬さんはもういなくなっていた。この演出はすごく効果的だったと思います。ずっとワンシチューションで話を進め、ポンと場面が移ったら、もうすべてが終わった後だったというのは、物語の構成のテクニックとして非常に上手いなと感じました。

  • 編集F

    あんなに憧れていて、しかもちょっと親密になれた七瀬さんにお別れも言えなかったというのに、主人公は深追いはしない。一言LINEを送るくらいは簡単なことなのに、あえて何もしないんです。このラストはリアリティがあるし、余韻も感じられてよかったと思います。

  • 編集A

    だから、やっぱりすごくうまいんですよね。今のままでも、「心に残る作品」と思う人はたくさんいると思う。好みかどうかが評価を大きく左右する作品だなと思いました。ただ、修正したほうがいい点は色々あったと思いますので、そこに気を付けつつ、新たな物語を書いていってほしいですね。次はぜひ、まったくカラーの違う作品に挑戦してみてほしいです。

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