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選評付き 短編小説新人賞 選評

ウェディング・ランナー

真白ゆい

  • 編集G

    嫌味のない作品で、読みやすくて、いいなと思いました。スピーディーでテンポも良く、中だるみもない。ラストも、希望の持てる明るい雰囲気で締めくくられていましたね。非常に気持ちよく読めたので、私はイチ推しにしています。
    それに、こういう架空の職業モノ、それも、日常生活で困っている人を助けてくれる架空のお仕事モノの話、私はとても好きです。閉塞感のある日常を打破してくれたり、困った状況から助け出してくれたりする展開には、すごく夢がありますよね。

  • 編集H

    確かに、「ウェディング・ランナー」という発想自体は面白いと思います。ただ、この「ウェディング・ランナー」というのは、職業名ではないですよね。「ランナー」なのは、「逃げたい」と相談をしに来るお客さんのほうです。相談を受けるプロの側は、言ってみれば「ウェディング・ランナー支援者」。これはちょっと、職業名としては収まりが悪いというか、ビシッと決まらない感じです。
    「ウェディング・ランナー」という造語は、「ウェディング・プランナー」から着想したものなのでは思います。だったら、同等に対比させる意味でも、「結婚前の逃がし屋」である「ウェディング・ランナー」という名の職業を設定したほうが良かったんじゃないかな。そのほうがわかりやすいですよね。私は、読んでいる途中で何度も、「あれ? 『ウェディング・ランナー』って、一体どっちを指しているんだったっけ?」と、こんがらがってしまいました。「ウェディング・ランナー」という言葉自体はキャッチーでいいと思うのですが、相談所を訪ねてくるお客さんに、こんな新しい名称をつける必要は特にないですよね。すんなりと頭に入ってくる小説にはなっていなくて、ちょっとまだ設定が練りきれていないのかなという印象でした。

  • 編集A

    確かに。「ウェディング・ランナー支援者」の仕事の内容も、具体的なことがよくわからなかったです。A・B・Cのプランの中から選択できるらしいけど、実際にはどういうことをするのか、もっとちゃんと教えてほしいですよね。単に「逃亡させます」とか「交渉します」とかって言われても、ぼんやりすぎてイメージしづらいです。

  • 編集C

    タイトルにもなっているメインの要素なのに、設定が甘くて、宙ぶらりんになっている。もっときちんと肉付けされていたら、この架空設定にもぐっとリアリティが生まれたと思います。

  • 編集A

    結局藤ヶ丘は、頼まれてもいないのに、主人公が「ウェディング・ランナー」になるのに協力したわけですよね。こっそりと、主人公と凌が鉢合わせるよう仕向けた。凌の傲慢さ、薄っぺらさにつくづく嫌気がさした主人公がブチ切れ、凌は恐れをなして逃げていった。これ、Cプランっぽくないですか? 凌は「あんな恐い女、こっちから願い下げだよ」と思っただろうし、めでたく破談です。主人公は不幸な結婚から逃げることができた。この結果にそれなりに納得して主人公はお金を払おうとしているのに、なぜ藤ヶ丘は受け取らないのでしょう?

  • 編集C

    まあ、受注してないのに勝手に仕事をしちゃったので、遠慮したのでは?

  • 編集A

    でも、プロなら報酬はきっちりもらわないと。客が「支払う」と言っているんだから、成功報酬として受け取ればいいと思います。仕事をして、お金をもらう。そうであればこそ、この作品内で「ウェディング・ランナー支援者」という職業が成立するわけですから。

  • 編集D

    そうですよね。むしろ、「ご本人自らが別れを突きつけるよう密かにご協力するのが、Dプランだったのでした」とかぬけぬけと言って、「毎度あり」って受け取ったほうが、話として面白いと思います。さらに、「2回目以降は、割引もあってお得ですよ!」とかセールスしてきたりね。親身で優しい態度を取っていても、藤ヶ丘側はあくまでもビジネスなのだということがちゃんと読者に見えたほうが、物語全体が引き締まったと思います。

  • 編集A

    この作品は言ってみれば、「面白そうな架空の仕事」の一発ネタですよね。だったら、その「架空の仕事」を本当に面白く描かないと、魅力的な話にならない。現状では、どうして藤ヶ丘が進んでタダ働きをするのか、よく分からない。これでは彼は、プロの仕事人ではなく、ただ気のいいお兄さんのように見えます。

  • 編集G

    作者はこの物語のラストを、「ほっこりしたいい話」という雰囲気で終わらせたかったのではないでしょうか。協力してくれたのに、藤ヶ丘はお金を取らずに去って行った。作者にとっては、それが「いい話」なんだと思います。ただ、「お仕事モノ」としてはちょっと甘いし、うまくまとまっていない気がする。

  • 編集E

    仕事はきっちりやって、お金も受け取る。その上で、何かハッとするようなひと言を投げかけて、主人公の気持ちに収まりどころを作ってあげる、みたいな展開だったらよかったですね。それなら、「ウェディング・ランナー」という新しい要素と、架空の仕事と、登場人物の心情とがうまく絡んだ、味わいのある話になったかなと思います。

  • 編集D

    仕事である以上、報酬はすごく大事です。だってこれじゃあ藤ヶ丘さん、生活していけないですよね。たぶんこれ、土日あたりの話だと思うんです。社会人の主人公たちがお休みしてる日だから。なのに、一番稼ぎどきの週末に、3時間以上も客に付き合った案件が一銭にもならないなんて、仕事として成り立たないと思う。

  • 編集G

    もしかしたら、骨董品屋さん的な商売なのかな? 数か月に一件くらいの頻度で、ごくたまに大口の依頼が入ってきて、ドカッと稼いで、それでしばらく食べていけるような。

  • 編集A

    もしそうなら、さりげなく説明しておいてほしい。でないと読者にはわからないです。

  • 編集E

    あるいは、藤ヶ丘は実は大金持ちで、趣味でやっている仕事であるとかね。「面白ければ、お金は別にいらない」みたいな。

  • 編集A

    藤ヶ丘の能力値も、この作品だけでは判断できないです。この人、ダメダメな仕事人で、だから相談所も暇そうなの? それとも、ヘラヘラしてるようでいて、実はものすごい腕利きのプロなの?

  • 編集E

    頼りになるのかならないのか、よくわからないですね。

  • 編集C

    いや、頼りになりそうには、僕には思えないです。口調も態度も外見も軽すぎる。口を開けば、「○○っすよ」「○○っすねー」って(笑)。

  • 編集D

    この藤ヶ丘って、所長じゃないんじゃないかな。実は彼にはお兄さんがいて、そのお兄さんが所長なんです。今日はたまたまお兄さんには用事があり、弟の藤ヶ丘がアルバイトで留守番をしていた。そこへやってきたのが、この主人公だったんです。

  • 編集A

    なるほど。その設定はいいかも。それだとラストの場面には、そのお兄さんが登場してくるわけですね。「おまえ、俺のいない間に、勝手に仕事を受けたりするなよ」とか言いながら。

  • 編集D

    そうです。で、お兄ちゃんに「それで、ちゃんと料金は受け取ったんだろうな」って聞かれて、弟が頭をかきながら、「いや、取ってねっす」って(笑)。

  • 編集E

    で、「はあ!? 何やってんだおまえは!」って、頭をはたかれる(笑)。

  • 編集A

    二人の掛け合いが目に浮かびますね。敏腕所長の兄と、優しいけどちょっと抜けている弟のコンビで、「逃がし屋」をやる連作短編とか、面白そう。毎回登場するゲストキャラのお客さんの事情によって、コミカルにも人情モノにもできますよね。ぜひ読んでみたい。││いや、ごめんなさい。人の作品を、勝手に改変しかけてますね、私たち(笑)。

  • 編集E

    でも、アイディアを練るって、こういうことだと思います。今のはほんの一例ですけど、「ウェディング・ランナー」というものを思いついたときに、それをそのままタイトルと主人公にして物語を書き始めるというのは、早まりすぎです。浮かんだアイディアをもっと頭の中であれこれ転がして、想像を膨らませて、どうすればより面白い作品にできるかをじっくり考えていくことが大切だと思います。

  • 編集D

    アイディア自体はすごくいいですよね。いろいろ工夫したらさらに面白い話になると思うのに、それがまだちょっとできていない。掘り出した状態の原材料を、そのまま作品に放り込んでしまっている感じ。

  • 編集E

    作者が、自分の思いつきの中に秘められている可能性に、まだあまり気づいていないんですよね。すごくもったいないことをしているなと思います。

  • 編集A

    ただ、ここまで散々「仕事の部分をちゃんと書いて」と言ってきましたが、そもそも作者は、これを「お仕事モノ」として書いている気はないのかなとも思いますね。

  • 編集E

    それは確かに。作者の気持ちとエネルギーのほとんどは、主人公の女性に注がれているように見えます。

  • 編集A

    なんとなく付き合ってきた男性と、流れのまま結婚しようとしている主人公。でも、モヤモヤとくすぶっていた不満点をちょっとつついてみたら、そこから一気にすべてが崩れ、今まで見て見ぬふりをしてきたものが露呈してしまった。でもそのおかげで主人公は、真剣に愛されてもいないし真剣に愛してもいないという現実を、やっと正面から受け止めることができたんですね。

  • 編集E

    全編を通して、主人公は「自分の幸せ」について考え続けている。だから、作者にとってこの物語のメインの部分は、やはりそこなのだろうなと思います。

  • 編集A

    なんとなく付き合って、そのまま……という流れで結婚へと向かう女性は、現実にも多いだろうと思います。そういう読者には、刺さる話かもしれませんね。

  • 編集H

    ただ、主人公は結婚に対してふわふわした甘い夢を見過ぎじゃないかな。ロマンチックな式を挙げて、とにかく結婚したい。結婚しさえすれば、いろいろあっても結局は幸せになれるはず、と思い込んでいる。二十八歳の女性の考えとしては、やや幼い気がします。今回の件を通して、本当に何かが骨身に沁みたようにも、あまり思えない。また同じ失敗を繰り返してしまいそうで、なんだか心配です。

  • 編集E

    わかります。今回のことで彼女の視点が広がったようには、あまり感じられないんですよね。それに、この主人公の描かれ方はかなりステレオタイプだと思います。「結婚に憧れる普通の女性」として、それなりに共感度はあると思うのですが、この人物ならではという個性が感じられない。何かちょっとしたことでいいので、「新田真子さんらしさ」をもう少し描いてほしかった。

  • 編集G

    同様に、凌の描き方もステレオタイプでしたよね。その辺によくいそうな、無神経で鈍感な男、という役どころでしかない。もう少し登場人物を掘り下げてほしかった。

  • 編集D

    「さようなら」と言われた後、凌はなぜか奇声をあげて、虫のようにあとずさりして逃げていく。なんだかマンガチックですよね(笑)。リアリティのある人物には感じられなかったです。「嫌な男」「悪い男」みたいな、書き割りのキャラクターになってしまっている。

  • 編集E

    悪い奴をバシッと成敗して終わり、みたいな展開になっているのも引っかかりました。二年も付き合って、結婚しようとまで思った相手なのですから、もう少し何か思うところがあるはずじゃないのかな。

  • 編集D

    「なんでこんな男と今日まで付き合ってきたんだろう、私」と、自分の愚かさに血の気が引くとか、「それでも、幸せなときだってあった」と思い出がよぎっていくとかね。凌への気持ちが急激に醒めるのだとしても、現状のような「殴り飛ばして、ハイさようなら」ではなく、もう少し複雑な心情の変化があったはずだろうと思います。そこを描いてほしかった。

  • 編集H

    ラストの締めくくり方も、今ひとつな感じがします。「とびきり素敵なスカートと、ヒールの高い靴を買いに行こう」というのは、主人公が自分の心からの「幸せ」に目を向けるようになったエピソードとして、あまり適切ではないように思う。主人公にとっての「幸せ」って、そんな程度のことなの? と思えてしまって。

  • 編集D

    それに、家族の話なんてほとんど出てこなかったのに、ラストで急に「家族にケーキを買って帰ろう。一緒に食べよう。それが私の『幸せ』だ」なんて思っています。これもちょっと、取ってつけたようですよね。

  • 編集A

    終盤で、主人公が藤ヶ丘に、「あなたにとっての幸せって何?」と尋ねるシーンがありますね。この作品の中心軸に関わる重要な質問なのに、それへの答えが「わかんないっす」。これはあまりに肩透かしです。「わからない」なら、このやり取りを書く意味はない。読者にとって藤ヶ丘は、ストーリーを転がす役目の人物でしかないですよね。彼自身の幸せが何かなんて、はっきり言ってどうでもいいことです。彼の「でも、(俺は)今は幸せです」という、意味の取りづらい台詞に、主人公は何かを感じ取ったかのような雰囲気で書かれていますが、その感慨は読者には響いてこない。ここの会話は別のものに替えるか、いっそ省いたほうがいいと思います。

  • 編集D

    意図がよくわからなかったり、何だか違和感があったりという書き方をしているところは、けっこう多かったと思います。例えば事務所で藤ヶ丘は、「白い色の液体」を涼しげに、後には苦そうに飲んでいます。この飲み物が一体何なのか、どういう意図でこういう描写を入れているのか、よくわからなかった。普通にコーヒーを飲むのではだめなのかな? あと、コーヒーに入れるミルクについて「一つ」という数え方をしていますが、これもちょっと不自然ですよね。まあ、ポーションの数を言っているのかもしれませんが、微妙に気になりました。コーヒーが「もくもくと」湯気を立てているのも表現として変だし、「大学生くらいに見える幼い顔」というのも、引っかかります。大学生といっても色々ですから、老け顔の人だっていますよね。一つひとつは小さなことなのですが、本筋とは関係ないところで読者が「ん?」と疑問を持ちかねないので、言葉の遣い方にもう少し細かい目配りが必要かなと思います。

  • 編集A

    1枚目の、場面転換後の1行目に、「真子はその銀の取っ手に手をかけた」とありますが、これも状況が伝わりにくい。新たな場面がどういうところなのか読者はまだ知らないのですから、いきなり「その銀の取っ手」と言われても、なんのことかよくわからないです。状況は、4、5行読んでもわからないですね。

  • 編集D

    実は私、ワインセラーか何かの描写かと思って読んでいました(笑)。単純に「ドアノブ」と書けばよかったですね。

  • 編集H

    「男は/スーツから小さな紙を取り出した」というのも、状況を誤解させかねない文章です。単に、「名刺を取り出した」でいい。

  • 編集C

    2枚目に、「銀の取っ手を手前に引くと、それは強い力で、急速に手元から離れていった」とありますが、これも状況がよくわからなかった。手前に引いた扉が、勢いよく自分の胸元に迫ってきたということ?

  • 編集A

    いや、たぶんこれ、事務所の内側に向かって開くタイプのドアなんです。主人公は押し開けて中を覗いて、「やっぱり帰ろう」と思って引いて閉めようとした。そうしたら、中にいた藤ヶ丘がぐいっと内側に扉を引いたので、ドアノブが「急速に手元から離れていった」んです。

  • 編集D

    ここもストレートに、「閉めようとしたら、強い力で、内側からドアを引かれた」、みたいに書けばよかったですね。文章表現を凝りすぎてるのかな? もっとシンプルに、分かりやすく書くことを心がけてほしいです。

  • 編集H

    伝わりにくい文章になっていることに、作者自身は気づいていないのではと思います。誰かに読んでもらって、指摘してもらうのが一番いいのですが、それが無理なら、書き上がった原稿を二ヶ月くらい寝かせておいてみてはどうでしょう? 自分でも内容を忘れかけた頃に読み直せば、読者視点でどこが分かりづらいか、見えてくるかもしれないので。

  • 編集D

    それはいい案ですね。寝かせている間は、別の作品を書いていればいいのですから。時間が経ってから読み直して、修正して、を繰り返しているうちに、描写の勘所もわかってくるのではと思います。

  • 編集E

    全体に、難点を指摘されたところがけっこう多かったですが、逆に言えば、それらを直せば評価はずっと高くなるということです。明確な伸びしろがあるということなので、ぜひ評をよく読んで、ぐんぐん文章力を伸ばしていってほしいですね。

  • 編集D

    アイディアそのものはとてもよかったです。だから、そういう思いつきをもっと大事にしてほしい。今後はぜひ、充分な時間をかけて話を練り込んで、アイディアを存分に活かしてほしいですね。

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