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三原君がかわいそうでした(笑)。
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第209回
ミステリ小説を後ろから
茂木 つづり
三原君がかわいそうでした(笑)。
ですよね(笑)。
まあ、仕方ないんですけどね。たぶん三原君は、女の子と付き合うのは初めてなんでしょう。舞い上がって、勘違いしちゃって、「もう俺の彼女なんだから、そんなに気を遣わなくていいや」なんて思ってしまって、態度がちょっと尊大になる。経験が浅いうちは、こういう失敗もあります。
三原君は、若干、他人の気持ちに鈍いようなところがありますね。でも、キャラクターとしてすごく面白いです。告白したら、予想外にOKの返事をもらえてぽかんとしちゃって。「つまり、俺に彼女ができたってことでいいんだよね。じゃあ、帰るね」って(笑)。この反応は、とてもいい。
急に彼女持ちになって、頭がまだ状況に追いつけていないんですね。
で、今度フラれたシーンで、「つまり、俺に彼女はいないってことでいいんだよね。じゃあ、帰るね」って。ここ、最高におかしいですよね(笑)。
どっちの場面でも、あちこちぶつかりながら帰っていく(笑)。
もうほんとに笑って読みましたけど、でも、このリフレインの手法、実は秀逸ですよね。ものすごくセンスのある書き手だなと思います。
うまいですよね。「ミステリ小説を絶対に後ろから読まない」三原君から、「後ろから読むタイプ」の立崎君に乗り換えるという筋立ても、話の構成として非常にうまくキマっている。
乗り換えちゃうなんて残念でした。私は三原君のこと、大好きです。
「ラッコは、流されないように、昆布につかまって寝るんだよ」のくだりとか、すごくいいですよね。「栞に描く絵に、なぜにラッコ?」って思ってたところにこんな話をされたら、なんだかキュンとしちゃう。「そんなこと考えてるのか」って思って。
ほんと、これは好きになっちゃいますよね。私も、「三原君、いいな」と思いながら読んでいました。
「ニアピン山手線」のところも好きでした。三原君の台詞はどれも好き。面白いし、個性的ですよね。彼がどういう人で、どんなことを考えているのかということがよく伝わってきます。ディテールがものすごく詳細に描かれていて、固有のキャラクターとしてしっかり確立されていた。三原君の人物造形は本当に素晴らしいです。
ただ、三原君のキャラが立っているからこそ余計に、どうして主人公の気持ちが最後に立崎君に行ってしまうのか、よくわからなかったです。
後半で三原君があっさりフラれてしまうのなら、前半部分の三原君をあんまり好ましい感じに書き過ぎないでほしかった。この展開には、なんだか裏切られた感があります。
でも、この切り替えの早さとか、あっさり信条を変えちゃうところが、十代女子の「あるある」だと思うんですよ。「恋人にするなら、こうこうこういう人がいい。この条件は譲れない」とか「彼は私の理想通りの人だわ」なんて思っていたというのに、その条件からちょっと外れたら、「あーなんか違う。もう嫌だ」って一気に気持ちが醒めてしまう。なのに、すぐにまた「すてき!」って心が動いた相手は、今度は全然条件に合わない人で(笑)。「え? あんなにこだわっていたあなたの『理想』はどこに行ったの?」と思うんだけど、この臆面のなさがリアル十代っぽい。「だって好きになっちゃったんだもん」って感じですよね。
私も、主人公の身替わりの早さが、「そうだよね。十代ってこうだよね」って感じられて、すごくよかったと思います。
でも、「この主人公は、三原君以外の人にも、ふらっと傾いちゃうかもしれないな」という余地は、最初から少し用意していてほしかった。後半の主人公の手のひらの返しようには、すごく引っかかりを感じました。まさかこんな展開になって話が終わるとは思いもしなかったので、ラストはちょっと受け入れがたかったです。
でもこの話は、「理想の人」扱いだった三原君が、その位置からあっさり転がり落ちてしまうからこそ、意外性があって面白いんだと思います。
そうですよね。「三原君て面白いし、独特な感性を持ってて好きだな」と思いながら読んでいたら、付き合い始めるといきなり彼氏面しちゃうような青臭さを露呈したりもしてきて、「あらら」と思う。でも、そういうところも含めて、人物造形がしっかりしているなと思いました。
でも、「理想の人だ!」って勝手に思い込んでいた人に、勝手に幻滅して別れを突きつけて、すぐさま別の人を好きになっちゃう主人公って、ちょっと嫌な感じじゃありません? 節操なく彼氏を乗り換えているみたいで。
でも主人公は、立崎君とは付き合ったりしないんじゃないかな? この話は、「理想の恋人の条件というものに、自分で自分を縛りつけていた主人公が、その呪縛から解放された」ということを描いている作品だと思うんです。立崎君はそのきっかけを作ってくれた人ではあるんだけど、この後主人公が彼にぐいぐい迫ったり、なんてことはないと思う。「ひそかに微笑んで、そう問いかけるのをやめた」という文章で締めくくられていますから、「好き」の気持ちは胸に秘めたまま終わるんじゃないかな。
とはいえ、もし立崎君から告白されたら、主人公はまたしても食い気味にOKするだろうとは思いますけどね(笑)。しかも今度は、「遊園地行こうよ」と言われても、幻滅する理由は何もない。むしろ、喜び勇んで遊園地デートに出かけるんじゃないかな。
私はやっぱり、この二人は付き合いそうな気がしますね。作者はそういう雰囲気を醸して話を終えているように思います。
まあでも、もし付き合ったとしても、二ヶ月くらいで別れちゃうと思います。この二人が強力ラブラブカップルになる姿は、ちょっと想像しにくいですから。
付き合うかどうかについては、どちらでもいいと思う。この話の一番の肝は、「こういう人でなければ」と、好きになる人に条件をつけていた主人公が、そういう己を顧みるというところだと思いますので。
ただ、立崎君の描写はちょっと薄いから、そのせいで主人公が軽々しく乗り換えた印象が強くなっているんじゃないかな。三原君に匹敵するぐらい、立崎君のキャラクターも濃厚に肉付けされていたらよかったのではと思います。読者が、三原派と立崎派で二分するくらいに。
私は、立崎君については、現状のあっさりめの描写でいいんじゃないかと思います。今のままでも十分、十代男子感は出てますよね。というかこの作品、登場人物全員に「十代っぽさ」がちゃんと感じられる。三原君の鈍さも、手のひら返しをする主人公も、ちょっとカッコよさげな立崎君も、全部リアルだなと思えます。
確かにリアルですね。でも、ラストで立崎君に乗り換える展開については、私もちょっとどうなんだろうと疑問に思った部分はあります。
小説の出来として、こういう飛躍的な話の展開を「いい」と評価していいのかどうかは、判断をつけかねるところがありますね。
例えて言うなら、相撲を見ていたのに、なぜか決まり手が「ジャーマンスープレックス」だったみたいな(笑)。「あれ? 私プロレス見てたんだっけ?」って首をひねる感じ。でも、決まり手だけはものすごく鮮やかにキマってるから、「お見事!」って思うし、特に不満はないんだけど、でもやっぱり少しだけ「……あれ?」って思っちゃうんです。「悪くないんだけど、すごく面白いんだけど、これでいいんだっけ? んん?」って。
でも、予定調和に終わらず、話の着地も見事に決まっている。だから、ほんとにすごいなと思います。途中からなぜか別の競技が始まったことについては、べつにいいかなと思えるくらいに。
こういう感じの意外さで展開していくストーリーが、今っぽいのかもしれないですね。
新しい感じがしますよね。疑問は感じつつも、面白いなと思う。ただ、予想外の飛躍を見せる展開なら何でもいいわけじゃなくて、その話を面白く魅力的に読ませる手腕があってこそのことですけどね。
予想外の展開を見せる話ではありますが、その実、構成はすごくよく考えられているんじゃないかと思います。前半では、三原君という男の子のことを、異常なほど詳細に描写してますよね。そのすべてに、主人公は「そういうとこ好き。すてき」と感じています。だから三原君は、作者自身の好みのタイプなのかなと思っていたんです。自身の好きな男の子を描いているから、「素敵ポイント」が妙に具体的なのかなと。でも、後半三原君は、あっさり「素敵な男の子」の地位から陥落してしまう。主人公が新たに好きになるのは、それまで自分が「ありえない」「好みじゃない」と否定してきた条件の男の子。好きなタイプが真逆になってますね。こういう描き方ができるというのは、作者とキャラクターの間に、きちんと距離が置かれているからだなと思います。この作者が描いているのは、自分を託した主人公が、自分の好みの男の子と結ばれるような物語ではない。架空のキャラであっても、ちゃんと独立したオリジナルの人物を造り上げ、そのキャラたち独自の物語を描いているところが良かったなと思います。
キャラの立ち位置が変化しているのは、本当にすごいと思います。私も最初、「この三原君、いいな。好きだな」と思って読んでいたのですが、「俺に彼女ができたってことでいいんだよね」の台詞とか、「彼女に対しては気を遣わなくていい」発言とかには、思わず「キモッ」って思ってしまいました(笑)。女の子と付き合ったことのない十代男子の感じがすごくリアルに出ていてうまいんだけど、読んだ瞬間の私の正直な反応は「キモッ!」だったんです。たぶん主人公と同じに。主人公も、ついこの間まで「好き好き」って思ってたくせに、ちょっとした彼の言動に、「うわ、キモイ! 醒めた」ってなりましたよね。でも、同じことを思ってしまった身としては、主人公のこの「急に嫌になっちゃった」感覚はすごくわかる。そういう、瞬時に180度気持ちが変わってしまう人物を違和感なく描けているというのは、作者がキャラクターとちゃんと距離を取って、客観的な目で見ることができているからだろうなと思います。
描き方にブレがないですよね。
はい。だから終盤の展開も、主人公が軽々しく彼氏を乗り換えたとかではなく、三原君を「キモッ」と感じてしまった反動で、立原君が余計に魅力的に見えた部分もあったかと思います。
ただ私、「僕に彼女ができたってことで~」の台詞、すごく好きですけどね。これを「キモい」とは思わなかった。付き合うと若干偉そうになっちゃうというのも、幻滅するほどではなかったです。それよりむしろ、「デートするなら遊園地でしょ」みたいなズレたことを言い出したのが気になりました。だってほんとなら、三原君のほうから図書館デートを提案しそうじゃない?
こういうところも、十代男子の「あるある」じゃないですか? 彼女ができた途端に舞い上がっちゃって、自分らしくない方向に行ってしまう。
そうか。「デートするなら遊園地に行かねばならん」みたいなステレオタイプな思い込みが、つい頭をもたげてしまったんですね。
まだまだ青いんですよ。
こういう視野狭窄な感じも、ほんとにリアルだと思います。
いや、でも、いろんな面を含めて三原君の良さをわかってくれる女の子は、きっといると信じてますけどね(笑)。もうとにかく私は、この三原君というキャラクターを創出できた作者の力量に感服しました。
ただ、作者は一ヶ所、致命的な誤字をしてしまっていますね。とても大事な場面、ラストのページの中でです。「三原くんは素直にその本を受けとって」のところの「三原くん」は、「立崎くん」の間違いですよね。
これは痛恨のミスですね。
せっかく、主人公と立崎君とがいい雰囲気になりかけているラストシーンだというのに、よりにもよってここで名前を書き間違えるというのは、本当に残念としか言いようがない。これ、推敲したら気づけたはずのミスだと思うんです。投稿作品において、誤字脱字があるというのは、評価がガクンと下がりかねないポイントでもあります。どうしても、「見直していないのかな?」「作品をより良いものにしようという熱意がないのかな?」と感じられてしまいますので。
本当にね、これはすごくもったいないことをしちゃってるなと思います。
投稿作品には〆切がないのですから、焦ったり急いだりする必要はない。もっと自分の作品を大事に、充分な時間と手間をかけて推敲し尽くしてから投稿していただきたいなと思います。
手直しする余地はまだあるということですね。でも総合的には、そういう欠点を補っても余りあるくらい、魅力的な作品だったと思います。なんといっても、人物造形の巧みさは圧倒的でした。次の作品も期待したいですね。