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選評付き 短編小説新人賞 選評

白いポストと青い封筒の彼

塩治 優花

  • 編集A

    いじめモノとしては、けっこうひねりが利いていて、良かったと思います。いや、作者はこれを、「いじめモノ」として書いているつもりはないのかもしれないですけどね。辛い思いをしている者同士が、顔も知らないまま秘密のポストを通じて親交を深め、互いに心の支えになっていく、というのがこの作品の中心要素だし、それはちゃんと描けていると思います。謎の文通相手という設定には引き込まれますし、ラストで相手の意外な正体が明らかになったりもするし、作者は色々考えて、仕掛けのある物語を作っているのだなと感じました。
    でもまあ、主人公が現在形でいじめを受けているのですから、「いじめ」もこの話の重要な要素ではありますよね。普通いじめモノって、「どうやって主人公がいじめられている状況を脱するか」が描かれることがほとんどだろうと思います。自分から立ち向かっていったり、誰かが助けてくれたり、何らかの理由でいじめっ子が改心したり。でもこの作品には、そういう展開は全くない。暴力みたいな直接的なものではないにしても、緩慢ないじめは長期にわたって続いていて、主人公のメンタルに地味にダメージを蓄積させ続けています。助けの手も現れない。普通の作品なら、主人公の辛い心情とか、苦悩を深めていく様子が描かれるところだと思うんだけど、この話は違う。主人公は毎日遺書を書いては使われていないポストに投函し、「これで今日の私は死んだ。死んで生まれ変わったのだ」と思うことによって、辛い現状をやり過ごそうとする。この発想はとても面白いなと思います。

  • 編集B

    工夫がありますよね。いじめモノって、題材としてあまりにも多用されてきたから、こちらもつい辛口な視点で読んでしまうところがあるのですが、この話の展開には「おっ」と思わせられました。ひと味違うものを書けているという点は、高く評価できると思います。

  • 編集A

    ただ、肝心のいじめの内容が、ちょっと他愛ないというか、高校生にしては幼すぎるかなというのは気になりますね。

  • 編集C

    「遺書を書く」ほどまで追い詰められるにしては、主人公が受けているいじめはぬるすぎると思います。陰口を言われたり、落とした消しゴムを蹴られたりといった些細な出来事と、「遺書」というものが、レベル的に釣り合わない気がする。主人公の語りにも、切羽詰まったものは全然感じられないですし。

  • 編集A

    確かに。ただこの話は、「いじめ」が主眼なのではなくて、ちょっと傷ついていたり、生きづらいと思っている女の子と少年の心の交流の話だと思うので、具体的ないじめの内容が多少ぬるかったり子供っぽかったりするのも、まあギリギリセーフかなという気はします。
    それに、もし主人公が深刻ないじめを受けていたのだとしても、「いじめなんかで死にたくない。だから、遺書を書くことで精神的に自殺したことにして、辛い毎日をスルーする」というのは、対処法としてちょっと新鮮ですよね。「いじめ」そのものを解消しようとするのではなく、卒業してその場を離れることができればそれも一つの解決であるという、新しい考え方を出しているのがよかったなと思います。

  • 編集D

    私も、いじめ描写が大したことないのは、そんなに引っかからなかったです。だって、どんなにぬるいいじめであっても、傷つく人は傷つくわけですから。他者から見ると「それほどでもないいじめ」のようであっても、それを苦にして自殺する人は実際いると思う。だから、自殺する代わりに遺書日記みたいなものを書いて、今日受けた心の傷にケリをつけて明日に進むのだという発想は、新味があるなと思いました。誰も助けてくれない中で、傷ついた自分自身を守るために、主人公はよくこんな斬新な方法を思いついたものだなと感心しました。

  • 編集C

    うーん、主人公がそんなに傷ついているというふうには、僕には感じられなかったですけどね。

  • 編集E

    同感です。私は、いじめがぬるいこと自体はべつに気にならなかったのですが、主人公の辛い気持ち、傷ついた心というエモさみたいなところは、もう少しくっきりと描いたほうがよかったのではと思います。「いじめられて辛い」と地の文で語られてはいるのですが、どうにも言葉だけで、実感のある感情として読み手に迫ってこない。些細ないじめであっても、主人公がどれだけ傷ついたか、どんなに息苦しい思いをしているのかということが、もう少ししっかり読者に伝わってくると良かったのにと思います。

  • 編集D

    それは確かに。主人公だけじゃなく、例えば阿川君が、自分のちょっとした言動で主人公がずっといじめられ続けていることをどう思っているのかとか、そういうあたりもあまり明確には描かれていなかったですね。弟が間接的に語る事柄からだけでは、阿川君の真意はちょっとつかみにくかった。

  • 編集E

    はい。そういう登場人物の内面に関して、もう少しエモーショナルに描いてもいいのにという気がしますね。

  • 編集D

    いじめモノをあまり陰鬱な空気感で描いていないのがいいところだとは思うのですが、もう少しキャラクターの感情が読者に伝わる方向に、塩梅を寄せてもよかったですね。主人公が辛い思いをしている状況を描くことは、書き手も多少なりともダメージを負うものだろうし、あまり描写したくはないことかもしれない。でも、そういう人たちを主役に据えた作品なのですから、そこはもう一歩踏み込んでほしかったですね。確かにこの話は、いじめはメイン要素ではなくて、心に傷を抱えている二人の人物の交流が主眼となっているのだろうと思います。そこは書けていると思うのですが、味わいとしてちょっと物足りない気がするのは、やっぱり内面の描き方が浅いところがあるせいかなと感じます。

  • 編集A

    葵くんの心情も、ちょっとわかりづらいところがありました。普通、小学生の男の子が、自分の兄がちょっとしたいじめをしたことがあるということくらいで、ここまで贖罪意識を持つものだろうか、とかね。
    あと、お兄さんの阿川君自身も、どこまで本気で反省しているのかよくわからない。最後まで阿川君になんら鉄槌が下されなかったのも、なんだか人物の扱い方が甘い気がします。読者としてはちょっとモヤッとしますよね。こんな終わり方でいいのかなって。まあ、主人公は「一生許さない」みたいに思っているから、それが彼への罰ということなのかもしれないけど。

  • 編集C

    終盤の下駄箱の場面で、絆創膏をくれる人物の名前が「赤川君」となっていますが、これは「阿川君」の間違いですよね?

  • 編集D

    そこは私もすごく気になりました。一瞬、「新キャラ登場か?」と思ったのですが、「久しぶりに見る顔」とか「これまでのことを許したわけではない」とかってあるから、やっぱりこれは阿川君のことだと思います。

  • 編集C

    「阿川」と「赤川」。単なるタイプミスだとは思いますけど、これは間違えてはいけない場面でしたね。

  • 編集D

    阿川君の罪悪感がチラ見えする大事なシーンですからね。「よりにもよって、ここで打ち間違えちゃったかー」と、すごく残念でした。書いている最中は、誤字脱字やタイプミスがあってもいいんです。でも、書き上がったら、必ず読み返してほしい。もし推敲や読み返しをしていたら、気づいて直せていたはずだと思います。

  • 編集F

    過去の選評で本当に何度も指摘していることですが、投稿者のみなさん、どうか見直しは必ずしてくださいね。

  • 編集E

    読んで、「見直しをしていないのでは……?」と感じられると、いい作品であっても評価が下がってしまいますからね。せっかく頑張って書いた自分の作品なのですから、愛情をこめて推敲してほしいなと思います。

  • 編集C

    あと、この話の重要アイテムである「ポスト」の形状がよくわからないのも気になりました。

  • 編集D

    私もです。「白いポスト」が出てきたとき、最初、現在普通にある郵便ポストと同じ形状で色が白いもの、をイメージしました。わざわざ「白いポスト」というからには、「本来赤いはずのポストの、色だけが白い」ということかなと。でも読み進むと、主人公は「ポストを開け」たりしているんですよね。だから、「ああ、違うな」と。

  • 編集A

    私は、百葉箱みたいな形状のものを、なんとなくイメージしてました。誰かが設置した、私設ポストみたいなものなのかなと。

  • 編集C

    でも、限られた人しか使えないのではなく、誰でも自由に開け閉めできるらしいですよね。それに、さほど大きそうなものにも感じられない。読み進むうちに僕は、アメリカの一軒家の庭先によくあるような、細い棒のてっぺんに箱がついている類のものを想像したりしたのですが……

  • 編集G

    鳥の巣箱くらいの大きさのものですね。前面に扉がついていて、開け閉めできるやつ。

  • 編集C

    でも、あれは「郵便受け」ですからね。「ポスト」と聞いて、読者がまっ先に脳裏に浮かべるものではない。

  • 編集E

    そうですね。私も最初は、普通に街角に立っているポストの、色が白いものをイメージしていました。読んでいる途中で「違うな」とは気づいたのですが、ではどんな形状かと考えても、思い描けない。文章からは読み取れませんでした。

  • 編集A

    タイトルにも使っているくらいなんだから、このポストのことは、もうちょっとしっかりと描写しておいてほしかったですね。

  • 編集C

    結局最後まで、「白いポスト」のビジュアルはよくわからなかった。姿かたちがよくわからない上に、誰が何の目的で設置しているのかもわからない。主人公が見つけて遺書の投函を始めるまでは、ずっと空だったわけですよね。そのくせ、「誰かが定期的に掃除をしているように綺麗だった」りする。いったいこのポストは何なのかというのがどうにも気になって気になって、僕は話に入り込むことができなかった。

  • 編集D

    戸外に設置された白いポストなんて、すぐホコリまみれになるでしょうから、誰かが掃除してるのは確かですよね。話に直接登場してこない第三者が存在して、主人公たちのことを見ているのかもと思うと、ちょっと気になるというか、怖いというか。

  • 編集E

    それに主人公は、「誰かが掃除している可能性がある」と認識しているわけですよね。なのに、そんなポストに、実名入りの「遺書」を投函してワクワクしているというのは、どうにも腑に落ちない。万が一、この遺書がクラスメイトの手にでも渡ったら、さらにいじめが悪化するでしょうに。

  • 編集C

    このポストは実在の物体ではなく、「誰にも言えない辛い思いを抱えている人の前にだけ現れる」みたいな、ファンタジーな設定でもよかったですよね。ラストで主人公は、ポストの前で葵くんと直接会い、しっかりと心も通い合う。で、次の日たまたまその場所を通りかかったら、もうポストは影も形もなかった……例えばそんな展開だったら、話のオチもうまくついたかと思うのですが。

  • 編集A

    まさに私は、そういうファンタジー落ちになるのかと思って読んでいました。だから、ポストの形状がよくわからなくても、「まあいいか」とスルーしていたんです。でも、このポストが作中で実在するのなら、やっぱりきちんとした描写や説明が必要になってくると思う。ちょっと設定がふんわりしすぎているので、そこは気をつけてほしいですね。

  • 編集D

    ラストの、それまで大人っぽく振る舞っていた葵くんが「あなたのままで生きていいんだよ」と言われてワンワン泣いたり、それを見て主人公も一緒に泣いたりという場面は、感情の解放とか苦悩の昇華とかが感じられて、良かったと思います。ただ、その後で焼き芋をするというエピソードは必要だったのかな? 私はちょっと、そこがよくわからなかったのですが。

  • 編集B

    確かに。話のトーンが違い過ぎますよね。「苦悩」と「焼き芋」では(笑)。

  • 編集D

    明るい方向へ話を切り替えるために、わざと「焼き芋」を登場させたのかもしれないけど、ちょっとずっこける感じもするのが、なんだか気になりました。

  • 編集A

    まあ、最後に「遺書」を焼く展開にしたかったんでしょうね。暗い気持ちの昇華ということを象徴的に描きたかったのでしょう。

  • 編集E

    長い間抱えていた苦しい思いから解放された二人が、泣き腫らした顔で笑いながら焼き芋をほおばる、というシーンを作者は描きたかったのかなと思います。それも悪くはない。ただ、せっかく「白いポストと青い封筒の彼」という爽やかなビジュアルイメージのタイトルがついているのですから、ラストにもうちょっと素敵感があっても良かったですね。

  • 編集F

    あと、リアルなことを言わせていただくと、手紙の束を焼いたくらいの火力では、焼き芋は焼けないです。

  • 編集C

    確かに(笑)。それに、図書館の裏でたき火なんてしてたら、通報されて、おまわりさんがやってきちゃいます。

  • 編集A

    エピソードに現実味がないですよね。だからやっぱり、いろいろふんわりしてるんです。そういうあたりの描き方は、もう少し緻密にやってほしかった。でも私は、「最後にポストを掃除して、また真っ白にピカピカにした」というくだりは、とてもいいなと思います。

  • 編集G

    同感です。この白いポストは、また新たに別の、傷ついている誰かを救うかもしれないわけですからね。

  • 編集A

    ただ、主人公の「Sさん」の名が「杉原静香」、「Aくん」の名前が「阿川葵」、そのお兄さんは「阿川青」ーーというのは、いくらなんでもやり過ぎだと思う。こうまでイニシャルの揃いをダメ押しすると、過剰すぎて、ものすごく作り物感があります。しかも、「葵」や「青」は、「青い封筒」にまで意味がかけられているわけですよね。作者がすごく企んで話を作っているのは分かるのですが、あまりに強調され過ぎていて、仕掛けた要素がノイズになってしまっている。もう少し力を抜いて、さりげなくやったほうがいいと思います。せっかくいろいろ考えて話を作っているというのに、逆効果になってしまってもったいないなと感じました。

  • 編集E

    その仕掛けや企みも、ところどころ中途半端でした。例えば、次男の「葵」くんの名には、「偉人になれ」という期待が込められているんですよね。それなら長男には、その何倍もの強烈な期待を込めた名をつけるはずだろうと思うのに、それが「青」というのは、どうにもピンとこない。

  • 編集D

    いろいろこだわって作っている割に、詰めが甘いところが感じられますよね。見直しが足りないことも含めて、ちょっと残念なところが多かった。でも、今まで読んできたいじめモノの作品の中では、トップクラスの出来だったと思います。

  • 編集E

    「交換遺書」というアイディアは秀逸でしたね。

  • 編集A

    「いじめられて辛い」というありきたりないじめモノではなく、圧倒的に前向きな解決法を、最初から主人公が提示しているところが新しかったです。理不尽な現実に真正面からぶつかるのではなく、「やり過ごして、なるべく傷つかない」方向にエネルギーを向けている。非常に目の付けどころが良くて、レベルが高いと思います。

  • 編集B

    文章も悪くなかったですよね。見直しは必要ですが、丁寧に作られた作品だと感じました。

  • 編集A

    よく考えた上で、企みのある話を読みやすく書けていました。この作者なら、選評を読めば、修正点は理解していただけるのではと思います。次なる作品に期待したいですね。

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