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選評付き 短編小説新人賞 選評

林ちゃん

佐久間泉

  • 編集A

    とにかくもう、あらゆる面で桁外れでした。桁外れの描写力・筆力という意味でもあるし、桁外れの超展開でもありました。本当に、思いもかけないところへ物語が転がっていった。誰もまったく予想ができなかった。

  • 編集D

    本当にすごかったです。ただただ引き込まれて読みました。

  • 編集E

    デビュー前の方の作品とは思えないほどですね。すべてにおいて素人離れしている。

  • 編集I

    確かにすごいんですけど、私はちょっと、よくわからなかった。あまりに話がぶっ飛んでいて、読んでいても、「え? あ……えっ? はい?」って、頭がぐるぐるしちゃった。正直、ついていけなかったです。

  • 編集A

    いや、これはもう、文学の域の作品だと思うんです。整合性とかをつついてもあんまり意味がないというか(笑)。だって普通に考えたら、アルバイトで暮らしているフリーター青年が、消えた同棲相手の中国人女性を追いかけて、二日後にはマカオに飛ぶとか、そんなことまずありえないですから。

  • 編集D

    そもそも、パスポート自体、そんなに早く取れませんよね。手続きに最低でも一週間くらいはかかるはず。

  • 編集A

    「明日出発で!」なんて、強引に急な予約を取ったのだとしたら、旅費だってバカ高いだろうし。

  • 編集C

    クレジットカードで支払ったのかな? 来月、とんでもない額の請求が来ますよね。主人公、エン君に大金貸したばかりで、貯金はほとんどないというのに。

  • 編集A

    ねえ。一体どうする気なんでしょうねえ? とは思うんだけど、そんな現実的なことは、この物語においては、ある意味どうでもいいことに思える。多少おかしなところはあっても、そこに引っかかって読めなくなるのではなくて、そんな引っかかりが気にならないくらいのパワーで、読者を引っぱっていってくれる作品でした。

  • 編集D

    物語は、横浜パートとマカオパートで構成されているんですが、なんといっても横浜パートでの描写や語りの巧みさは群を抜いていますね。

  • 編集A

    リアルですよね。ものすごく生々しい。登場人物の体温や息遣い、肌の感触まで、文章から直に伝わってきます。

  • 編集H

    キャラクターが生命を持ってますよね。作品内で、肉体を持って確実に生きている。生活している。

  • 編集A

    主人公はおそらく、古びた安普請のアパートにでも住んでいるのでしょう。生活感がよく出ていました。リンちゃんについての肉感的描写なども、本当に素晴らしい。彼女のむちむちした身体の感触や重量感が、読んでいるこちらの手にまで伝わってくる感じでした。

  • 編集E

    人間の生の肉体をまざまざと読者に感じさせる描写力は、もう、「すごい」のひと言です。

  • 編集H

    描写があまりに真に迫っているので、私は、主人公に似た境遇の書き手による作品なのだろうと思っていました。自分の体験とか自分の感覚とかを基に書いたんだろうなと推測したんです。ところが、一読してからプロフィールを見て、作者と主人公には何の共通点もないことに本当に驚きました。もちろん、実体験でこそないものの、ご自身が見聞きしたあれこれを参考にして書かれたのかもしれません。でも、それにしてもこの想像力はすごい。自分とはかけ離れた人物の、感情や感覚、思考などを、よくもここまでありありと描けるものだなと思います。まったく驚異的です。

  • 編集A

    このリンちゃんって、正体不明ですよね。確たる情報がほとんどない、謎多き人物。怪しくすらある。

  • 編集D

    でも、主人公は惚れ抜いているんですよね。彼女の細かい情報など、知らなくてもべつに気にならない。一緒にいられればそれでいい。抱きしめられる温かい身体があればそれでいい。惚れた女に骨抜きにされている男性のこういう感覚を、リアルに描けているのはすごいと思います。

  • 編集A

    しかもリンちゃんって、一般的な美人とか美少女とかじゃないみたいなんですよね。メイクもファッションも独特で、すごく太ってるんでしょう?

  • 編集D

    ムッチムチらしいですね。主人公は、「そこがまたいい!」のでしょうけど。リンちゃんがいなくなったことの喪失感を、布団の中でまざまざと感じるくだりの描写が、また上手いですよね。体温の高い、熱い大きな身体がすぐ横にないと、寒くて寂しくて眠れない。大いびきが聞こえないのすら、辛いんです。

  • 編集A

    普通、主人公が好きになる女性って、「誰が見ても魅力的」な人物が設定されていることがほとんどだと思うのですが、この作品にはそういうステレオタイプなところが一切ない。リンちゃんは、ギットギトの厚化粧をして、「こんなの誰が着るんだ?」みたいな服を好んで着て、好き勝手に振る舞って堂々としている。確かに、周囲の目を気にしない言動で、逆に多くの支持を得ている人というのはいます。リンちゃん自身、人気講師らしいですしね。でも、そういうとんがった個性のキャラを、「主人公の想い人」に設定する作品はそうそうないと思う。こういうあたりにも、作者の並外れたセンスが光ってますね。

  • 編集E

    直接には登場してこない謎めいたキャラクターなのに、リンちゃんのことは不思議によく伝わってきたと思います。しかも、主人公の目を通して見えるリンちゃんと、ちょっと距離を取って客観的に見たときのリンちゃんの姿が、両方見える。主人公は、「もーたまらん! 好き好き!」って感じなんだろうけど、読者のほうは、「リンちゃんは主人公のこと何とも思ってないんだろうな。利用してるだけだよな」って冷静に見られます。これは、この作者が客観的な目を持って書いているからなのでしょうね。

  • 編集C

    うーん、僕はリンちゃんに関しては、ちょっとよくわからなかったです。最初、プレイメイト的なセクシー系の女性を想像してしまいましたので(笑)。読み進むうちに、どうやら一般的な美女タイプではないらしいとわかってきたのですが、イメージがうまく像を結ばないまま、最後まで行ってしまいました。だってやっぱり、そんな奇抜な恋人キャラがくるとは思わなかったものですから。それに、肉体感のある描写の割に、リンちゃんと主人公の関係には性的なものがほとんど感じられないですよね。

  • 編集A

    わかります。でも、だからこそ、「お尻が」「脚が」みたいな描写に、フェティッシュ感があって生々しいですよね。
    それに、主役クラス以外の人物の描き方も、非常に上手かったと思います。例えば中国人のエン君の、ちょっと狡いくらいに調子のいいところとか。中盤で「金貸して」ってなるところでは、「うわ、この展開来たか」って思いますよね。「絶対トンズラされるぞ。貸すなよ、貸すなよ」って思いながら読むんだけど、主人公は貸してしまうんですよ、もう(笑)。ここ、引き込まれますよね。

  • 編集E

    で、翌日エン君は行方をくらますのかと思いきや、意外とそうではなかったようですね。悪人キャラってわけではないらしい。

  • 編集H

    善人・悪人みたいな、単純なキャラ設定ではないんですよね。

  • 編集A

    まあそれでも、お金は戻ってはこないでしょうけどね。あと、アルバイト先の店長の感じとかも、すごくリアルでした。「こういう人、いそう」って思える。

  • 編集D

    エビのくだりとかね。

  • 編集A

    微妙に胡散臭いような。でも、不法なことをやっているってわけでもなさそう。アルバイトをこき使っている感じはしないし、むしろ働き者っぽいですしね。ここら辺の塩梅がまたリアルです。つくづく上手いなと思う。

  • 編集E

    まあ、まったく何も知らないで、空想だけでここまでの人物造形はできないでしょうから、作者は何かで情報は得ているのだろうとは思います。中華街で働いた経験があるのか、知り合いにそういう人がいるのか、あるいは本とかネットとかで見聞きしたことなのか、それはわからない。しかしいずれにせよ、得た情報を再構築して、ここまで実体感のある人物を描き出せているというのは、ほんとにすごいことですよね。

  • 編集A

    ただ、話がマカオパートに移ると、描写のリアル度が格段に下がってしまいました。

  • 編集G

    街の匂いとか喧騒とかが感じられないんですよね。横浜パートでは濃厚に出ていた、生々しい息吹みたいなものが伝わってこない。

  • 編集H

    なんだかぼんやりしてしまってますね。ディテールの描写が甘く、生っぽい空気感をうまく出せていない。横浜パートの描写が非常にリアルだった分、余計に差を感じます。

  • 編集A

    作者は、まだマカオに行ったことがないんじゃないかな。だから、描写が急にたどたどしくなっているのでしょう。むちゃくちゃ低レベルってわけではないんだけど、「すごく頑張って書いている」感がある。特に、カジノのシーンはどうにも今ひとつでした。

  • 編集C

    カジノのルーレット台って、身体が当たったくらいで揺れたり、ボールが後戻りしたりはしないと思います。

  • 編集A

    「ベネチアン・マカオが、マカオ一豪華なホテルだ」というのも引っかかる。まあ、「リンちゃんがそう言っていた」という伝聞で書かれているので、事実と相違していても間違いとまでは言えないのですが。

  • 編集H

    むしろこれは、上手いごまかし方だと思います。ごまかすというのは言葉が悪いですけど。

  • 編集A

    でもまあ、マカオパートの低調ぶりが、もし本当に、単純に「行ったことがない」のが原因なら、一度行ってみるだけで問題は解決です。この作者の力量なら、きっとそれだけで書けるようになると思う。

  • 編集H

    ただ、そもそも「マカオに行く」という飛躍した展開は、必要だったのでしょうか?

  • 編集A

    確かに、ちょっとそこは気になりますね。うまい着地が思いつかなくて、思いきったトンデモ展開にしたのかな?

  • 編集D

    話がいきなりワープしますよね。でも、それ込みで面白かったから、私はいいと思います。

  • 編集I

    私は、展開が劇的すぎて取り残されてしまいました。引き込まれるという感じではなかった。はっきり言って、わけがわからなかったです。

  • 編集C

    僕もです。もっとも、マカオパートについては、僕は積極的に残しておいてほしいと思ってはいるんですけどね。これがあることで、主人公のリンちゃんへの執着が常軌を逸しているのが、よく伝わってきますから。ただ作品全体を眺めると、すごくちぐはぐな話だなという印象が強いです。よくわからないところも多いし、のめりこんでは読めなかった。

  • 編集G

    私もです。大絶賛されている中で非常に申し上げにくいのですが、正直に言って、まったくピンとこなかった。何を描いた話なのかも、さっぱりわからなかったです。匂い立つような文章が書けているというのはもちろんわかるのですが、これが「小説」として魅力的なものであるとは、あまり思えなかった。やっぱり私は、もう少しストーリーのある物語を読みたいです。

  • 編集A

    確かにね。ストーリー的には、同棲相手が急に帰国したってだけですからね。で、唐突にマカオ編が始まって、読者はポカンとさせられる(笑)。「ついていけない」という意見もわかるし、高評価している私も、疑問を感じないではないです。でも、それでもやっぱりこの作品は、投稿作の中で別格だと思う。

  • 編集D

    私はむしろ、本作は魅力に満ちていると思います。もちろんストーリーがあるに越したことはないけど、ここまで生っぽい人物を描けていたら、もう筋立てがどうのという点は気にならなかった。

  • 編集E

    この作者の人物造形力は、飛び抜けているというか、もう別次元レベルですね。それくらいすごいと思う。

  • 編集D

    それに、ストーリーはなくても、読み手が想像を膨らませる楽しみの大きい作品だと思います。私は、ラストで主人公が追いかけているのは、リンちゃんではないんじゃないかと思いました。主人公はあまりに思い詰め過ぎていて、よく似た「脚」がリンちゃんに見えてしまったのでは?

  • 編集A

    リンちゃんは、マカオでも引きこもっていそうですよね。どぎつい格好をして。

  • 編集F

    日本でリンちゃんが外出を避けていたのは、不法滞在者だったからではないでしょうか。あるいは、何か後ろ暗い仕事に手を染めているとか。急に帰国したのも、そのあたりの事情が絡んでいるのかも。

  • 編集A

    年齢不詳で、正体不明のリンちゃん。すごく気になりますよね(笑)。

  • 編集D

    主人公の年齢もよくわからないです。大学生くらいかと思ったのですが、三年もフリーターをやっているなら、二十代にはなっているのかな?

  • 編集G

    私は三十過ぎくらいかと思いました。

  • 編集F

    どちらでもアリだと思います。というか、通常、こういう設定がきちんと提示されていないと、必ず「ちゃんと書いてください」という指摘が入ると思うのですが、今作に関してはそういう意見が出てこないですよね。同様に、ストーリー展開に納得がいかなかったりすると、「物語の型について勉強してください」といった指摘もよく出ると思います。さらに言えば、「主人公に成長や変化が欲しい」とかね。でも今作は、そういう物語の常道・王道を何ひとつ踏襲していないのに、そういった指摘がまるでなかった。それぐらい、リアルな登場人物たちに強制的に気持ちを持っていかれたということだと思います。実際私は、もう夢中になって読んでしまいました。本当に、不思議な力がある作品だと思います。

  • 編集D

    作品の問題点を分析している時点で、あんまり楽しんで読んでいないということですよね。本作に関しては、もう分析することなど忘れて、没頭して読みました。

  • 編集E

    小説を書くにおいて、ストーリーはもちろん大事ですが、そこは後からでも伸ばせる分野かなと思います。とにかく、「人間」を描くことができているというのは、ものすごく大きな強みです。

  • 編集H

    面白いストーリーというのは、映画とかドラマとかでも描くことができる。でも文学は、文章でしか描けないものを目指すべきですよね。その点、今作は「文章」の魅力が突出していたと思います。

  • 編集A

    特に20枚目、リンちゃんの別れの手紙を見つけた場面で、主人公が「奇妙な音」を聞きますよね。「目の口から漏れ出ている」音。「あ、あああああ、えああ、えあ、いあ、いや、いやいやいやいや、いや」って。この文章は本当にすごい。

  • 編集D

    ほとばしる擬声語で感情を表現なんて、なんというオリジナルさ。

  • 編集A

    このひらがなの羅列に、主人公の激しい慟哭が見事に表現されています。まさにこれこそが、「文章でしかできないこと」ですよね。

  • 編集D

    自分とはかけ離れた人物を描ける想像力に加えて、言葉のセンスも飛び抜けているということですね。しかも文章には、「すごいものを書いてやろう」という気負いのようなものは感じられない。さらさらっと力を抜いて、楽に自然に書いているように思えます。

  • 編集H

    小説を書くときってつい、美形キャラを出したり、悲劇的なストーリーにしたりと、分かりやすい派手な魅力を盛り込みがちですよね。でもこの作者は、どこにでもいそうな、社会の端っこで細々と暮らしている人間をあえて主役に持ってきている。そして、そういうキャラクターの生の感情・感覚に焦点を当てている。そういったチョイスだけでも非凡なのに、その話を見事に魅力的なものに書き上げてもいるんです。本当に、ただ者ではないなと思います。

  • 編集A

    今はもう、この作者の別の作品が読みたくて仕方がない。次はぜひ、中・長編部門で思いきり腕を振るってみてほしいですね。大いに期待しています。

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