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選評付き 短編小説新人賞 選評

『パッチワーク』

都の錦

  • 編集A

    上手いですよね。

  • 編集B

    上手いです。

  • 編集A

    もう「脱帽」って思うくらい、上手かったです。なにもかもずば抜けている。文章も、要素の使い方も、キャラクターの描き方も、すべてが上手い。上手すぎる。

  • 編集C

    私も、非常に素晴らしい出来栄えの作品だと思いました。「学校で目立つ存在である女の子と、秘密の交流をする主人公」という話自体は、わりとありがちなものかと思いますが、今作では、「環」のキャラクター造形が際立って優れていた。こういう人、実際にいるんだろうなと思わされました。描かれている人物が、生身の身体を持って息をしていることが感じられた。それくらい、確かな存在感がありました。文章にもきらめきがあって、すごくよかったです。でもとにかく私は、環の人物造形の素晴らしさに心を奪われ、最高点をつけました。文句なくイチ推しです。

  • 編集B

    飛び抜けた「言葉の力」を持った書き手だと思います。環の描き方は、私もすごいと思った。どういう顔立ちで、みたいなことはさほど描写されていないのに、環がどういう女の子であるかということは見事に伝わってきます。「稀代の油絵師が描いたような美少女ではなかった。彼女が持っていたのは、薄命の天才画家の鬼気迫るスケッチのような危うさだった。」とは、目を見張るような表現力ですよね。環は、見る者の心を妙にざわつかせるような何かがある少女なんだなということが、よくわかります。

  • 編集A

    「右の前歯がない」なんてことがさらりと書かれていて、でもそれ以上の説明は、そこではない。読者は、「彼女には、何か不穏な背景があるんだな」と感じて、どんどん環のことが気になってくる。だから、後に「日常的に殴られていた」とわかっても、驚かないです。逆に納得する。環は、美少女ではなくても何か人を強烈に惹きつけるものを持っている子で、でも割と社会の底辺あたりにいて、セックス依存症気味でもある。環という女の子のありようが、行を追うごとにどんどん姿を現してきますよね。立体的なキャラクターとして立ち上がってくる。細かい描写を一つひとつ積んでいって、これでもかというくらい環という人間を描き出している。だから、主人公と同じに、読者も環に惹かれていきます。なのに終盤でいきなり、彼女は去っていってしまう。読んでいる側も、取り残された気分になりますね。

  • 編集B

    人物描写が上手いだけでなく、心に残るエピソードもいろいろ散りばめられていました。例えば、豆知識ネタってありますよね。「こういうちょっとおもしろい話、知ってる?」みたいなやつ。今作では7枚目に、「万葉集と古今和歌集の違い」について語るくだりがあります。この二冊の古典の差を、「Fly me to the moon」という英語の歌で説明するというのが、意表を突いている。もしこの場面に、読者の多くが「ああ、その話知ってる」と思うようなネタを入れてきたら興醒めですが、このエピソードはすごくよかった。
    しかも、本ばかり読んでいる主人公は、この知識を知らなかったわけですよね。本など読んだことのない環のほうが、なぜかこんな気の利いた話を知っている。それは、かつて寝物語に男から聞き出した、その男が持っていた一等面白いネタだからです。このエピソードもまた秀逸ですよね。

  • 編集A

    素晴らしいの一言ですね。唸らされました。

  • 編集B

    漢字が読めない環は、ベッドを共にする男から面白い話を仕入れては、それを自分の中に点在する形で蓄積させている。さながらパッチワークのように。本からは決して知識を得ることのない子が、毎日図書館に来ては、脈絡のない、でも魅力的な知識をひけらかしつつ、本物のパッチワークをしているという構図が、背筋が震えるほどすごいと思いました。

  • 編集A

    「環とパッチワーク」について語られる、11枚目から始まる文章がありますね。2枚ほどの分量続きますが、ここはもう、一文一文が研ぎ澄まされている。長くなるので引用はしませんが、よくもこんな素晴らしい描写ができるものだなと感じ入りました。つぎはぎだらけの知識と、不安定で危うい女の子、パッチワークという要素を、巧みに絡み合わせていますよね。それも、きらめき感のある文章で。18枚目にはさらに、「もしも。環の脳の記憶をつかさどる領域を、よく研いだナイフか何かで解剖したら、彼らはひょっとしたら、肩をぶつけ合ってパッチワークを作っているかもしれない。自分の持ち寄った布が少しでも広い面積を占めるようにと、祈りながら。」なんて文章まで出てきて、これもまた上手い。いやもう、「上手い」以外の言葉が出てこないです(笑)。

  • 編集D

    私はこの環ちゃんのこと、すごく気になりました。現代の日本に暮らしていて、高校生で漢字が読めないって、一体どういうことなんだろう? 発達的にグレーなところがあるのかな? それとも、家庭環境のせいなのでしょうか。環がこの先漢字を習ったり、何かを系統立てて勉強したりということは、ちょっと考えにくいですよね。本人も諦めているようですし。彼女はこれからも、男たちの間を渡り歩くような生活を続けていくのかと思うと、ものすごく暗い気持ちになります。もっと早い段階で、誰かが手を差し伸べていればまた違ったかもしれないのに、誰一人助けてくれる人はいなかったのかな。でも、こういう境遇の子、きっと現実にもいるんだろうなと思います。そういう意味では、すごくリアルですよね。そして、すごく哀しい。

  • 編集B

    環が、他人を悪く思っていないのがまた、見ていて切ないですよね。周りの人間は、「あのあばずれ女」とか「あいつは怠けて学校に来ない」みたいに思っているのに、環は人を恨まない。自分をひどい目に遭わせている母親のことも、決して悪く言わない。

  • 編集E

    環は確かに勉強が苦手なのかもしれないけど、「私、阿呆やから」と、自分から受け入れてしまっているんですよね。それが痛々しい。

  • 編集B

    読んでいるこちらも、胸が痛みますよね。

  • 編集A

    環の母親が、娘の教育の機会を奪っているというのも、また辛い話。でも、お母さんの気持ちも、実はよくわかる。こういう親、実際いますよね。シングルマザーで、生活も苦しくて。「だから娘だけは幸せになってほしい」と思う母親もいるけど、「娘だけにいい思いをさせてたまるものか」と思う母親もいる。それが現実だと思います。しかもこの家庭は、三代に渡ってそういう状況が続いているんですよね。まさに負の連鎖です。

  • 編集C

    かわいそうな設定がてんこ盛りで、正直「もういいです……」って気分になりかけるんだけど、でも、環本人は自分を「かわいそう」とは思ってないんですよね。「私は、みんなが頭の中に持っている中で、一番いいものだけをもらってるのよ」って、むしろ得意げに語っている。「私は阿呆」と言いながらも、自分を卑下せず、辛い現状に囚われすぎないで、笑って軽やかに生きる術を持っている。そういうキャラクターとして描いているのが、すごいなと思いました。ここでバランスが取れているから、「かわいそう」なだけの話にはなっていない。

  • 編集B

    哀しい部分はありつつも、彼女が悲惨な境遇の中で身につけた不思議な力強さが、美しい光を放っていますよね。次から次へといろんな男に抱かれて……みたいな部分も、普通に考えたら「なんなんだ、この尻軽女は」って捉えられがちなことだと思うのですが、でもそういう生活の中で集めてきた「その人の一番素敵な何か」を、環は宝物のように大切に自分の中にしまっている。そのことを知っている読者は、決して彼女を「あばずれ」と蔑む気持ちにはなりませんよね。むしろ彼女は、きらきら輝いて見える。何人の男と寝ようとも、環がとても純粋で魅力的な女の子であることを、主人公も読者もわかっています。主人公が環に漢字を教えてあげる約束をする場面は、なんだかキュンとしてしまった。環が、目を輝かせて喜んでいますよね。これには主人公も、胸が弾んだはず。『マイ・フェア・レディ』的な展開って、いつの時代でも、やっぱりときめくものがあるなと思いました。

  • 編集A

    『マイ・フェア・レディ』は、男が低い位置にいる女を引き上げてやるという図式だけど、この話は少し違いますね。主人公には、「環の持つ知識への嫉妬」がある。「一番おいしい一口目だけを齧り取らせるなんて真似、してやるものか」なんて思ってもいる。ちょっと対抗意識があるんですね。一方で、主人公は環に惹かれてもいるので、環への憧れみたいなものもある。純粋な好意もある。環の中でパッチワークされている男たちと張り合うような気持ちもある。この作品を読んで、「同性愛の話か」と感じる読者もいるかもしれないけど、そんな単純に決めつけられる作品ではないと思います。すごく複雑で微妙なんです。

  • 編集C

    同感です。これは、女性同士の恋愛感情を描きましたという話ではないと思う。

  • 編集A

    終盤で、主人公が「私と二人なら、いつか本物のアユタヤにだって行けるよ」みたいなことを言ったら、環が激しく言い返しますね。「私が行ったのも本物のアユタヤや!」って。この場面も引き込まれました。自分の中にパッチワークされているあれこれが、環にとってどれほど大切なものなのかということが、よく伝わってきます。彼女にとっては本当に宝物なんですよね。環を救いたくて、主人公はちょっと考えなしの言葉を放ってしまった。主人公の気持ちもよくわかるのですが、環だってカッとしますよね。大切なものを踏みにじられた気がして。

  • 編集C

    言ってみれば、主人公が差し伸べかけた手を、環がピシッとはねつけるわけですね。ここはすごく良かった。もともと環は、「一人からは一つだけしかもらわない」と決めている、凛としたところのある女の子ですから。

  • 編集A

    主人公もそういうところに惹かれたのだと思います。なのに主人公は、高校を卒業して町を出て行った後は、環のことはほとんど忘れている。

  • 編集B

    あんなに濃密な時間を過ごしたというのにね。

  • 編集A

    でも、それもリアルだなと思います。「環のことを思い出すこともほとんどない」というのは、これはこれで、すごくリアル。二人が女の子同士だからこそ、こういう展開にできたのだと思います。もしこれが男女の話だったら、「俺が連れ出してやるよ」って流れになってしまう。「結婚して、二人でこの町を出て行こう」ってことに。

  • 編集F

    主人公を男にして書いたとしたら、この話はどうしても性愛的になってしまう。だから女性同士で描かなければならなかったんですね。

  • 編集C

    登場人物の性別に、ちゃんと理由がありました。

  • 編集A

    それに、「『町』に囚われて、そこから抜け出せない」という設定も、女の子なら「さもありなん」と思えます。男の子だったら、高校卒業したらどこでも飛び出していけばいいだけの話なので。

  • 編集F

    若くしてシングルマザーになって貧困の連鎖が……というのも、女性キャラを持ってこないと成立しないですし。

  • 編集B

    キャラ設定に必然性がある。そういう点でも巧みだったということですね。ただラストシーンには、いくつかわかりにくいところがありました。30枚目に「町を出てから最初の引っ越しを控え」とありますが、これ、大学へ通いながらまた新たに引越しをしているということ?

  • 編集A

    確かにここはわからない。進学で町を出たのですから、そのときに一度引っ越しをしているはずですよね。どうしてまた引っ越すんだろう。それともこれ、大学をもう卒業したという時点の話なのかな?

  • 編集E

    時系列がよくわからないですよね。主人公は、「数年とたたず、進学を理由に/とっととあの土地を出た」後、19歳になったときも20歳になったときも町には帰らなかった。でもべつの箇所に、「数年前、初めて環の目を正面から見たとき」ともあります。そのとき主人公は17歳だったのですから、そこから数年弱経って町を出て、さらに数年間町には帰らず、でもその時点から振り返ると17歳は数年前で……うーん、なんだかよくわからない。

  • 編集A

    なんでこんな文章を書いてしまったのかな? ここまで非の打ちどころがなかっただけに、「どうしてこんな何でもないところでつまづいてるんだろう?」と不思議でした。

  • 編集C

    私は、話の締めくくり方も今ひとつかなと思いました。急に「アユタヤへ行こう! 行かなければ!」という展開になるのが、ちょっと取ってつけたように感じられる。ここは例えば、せっかくあのつまらない土地から脱出したのに、結局主人公はつまらない男と結婚することになってしまったとかにすればどうでしょう。明日はもう結婚式だという夜に、環のことがふいに思い起こされ、居ても立ってもいられなくなり、何もかもを放り投げて「アユタヤへ!」、みたいな流れだったら、まだ納得しやすかったかなと思います。

  • 編集A

    なるほどね。確かにラストは取ってつけた感が強いので、手を入れたほうがいいかもしれない。

  • 編集C

    まあ、理屈じゃなく「アユタヤへ!」という締め方も、エモいといえばエモいのかもしれないですけど。

  • 編集E

    主人公が本当にアユタヤに行ったとは思えないですから、「とにかくいますぐ行かなきゃ!」という、何らかの衝動に衝き動かされたということを表現したかったのでしょうね。

  • 編集B

    そうですね。べつに主人公は、本物のアユタヤにそんなに憧れがあるわけじゃないし。

  • 編集A

    「アユタヤ」に象徴されている、環の何か、を求めているんですよね。

  • 編集G

    彼女と共に過ごしたあの日々、あの特別な時間、みたいなものを全部ひっくるめての「アユタヤ」。

  • 編集C

    はい。そこはわからないでもないです。ただもうちょっと別の書きようがあったんじゃないかなとは思います。でも、「アユタヤにそれがなければ、始祖鳥の飛ぶ太古に、スーパーノヴァが見える宇宙に、探しに行けばいい」という文章は、めちゃくちゃかっこいいです。ラストの、「環が訪れた全ての地を目指して。」、もです。痺れますね。

  • 編集A

    基本的には、絶賛してる人が多いですね。良い点ばかりではなく、何か気になったことはありますか? ちなみに、枚数は2枚オーバーしています。が、これはまあ許容範囲内かなと思いますので、それ以外のところで。

  • 編集E

    漢字の使い方を、少し見直してほしいですね。読みにくい漢字をそのままにしているところがけっこう多かった。「窓を跨ぎ」とか「鼻を啜る」とか「轟く」とか「逸る」とか。

  • 編集A

    確かに。もう少しひらいたほうがいいですね。

  • 編集F

    あと、12枚目の「点在する日向子の知識」のところの、「日向子」って誰ですか?

  • 編集C

    これは「環」の書き間違いだと思います。もしかしたら作者は、最初は環に「日向子」という名前を付けていたのかもしれない。

  • 編集A

    14枚目の「放たれる京子の言葉」の「京子」も、「環」の間違いです。それから、21枚目の「やはり左の前歯がなかった」のところは、「右」の間違いですね。磨き抜いたような文章を書いている割に、こういう雑さが目につくのは、ちょっと気になるというか、もったいないことをしているなと思います。見直しはもう少し丁寧にしてほしかった。

  • 編集F

    今さらなのですが、すみません、僕はちょっとこの話、そもそもあまりピンとこなかった。多少、評価が好みに左右されるところのある作品かなと思います。それでも、描写力や文章力は群を抜いているなと感じました。だから、受賞は納得しています。

  • 編集A

    私は、この作品自体がどうこうではなく、前回受賞された『林ちゃん』と今作が似ていると受け取られないかなということが、少し気にかかっています。

  • 編集C

    似てますかね? 『林ちゃん』は、社会の片隅で生きている青年の、妄執とも言える愛の話。こちらは十代の女の子の繊細な感情を描いた、美しくも切ない話。それほど似てるようには思わないですけど……

  • 編集A

    でも、大きな枠組みとしては共通点も多いです。純文学的な作風で、ディテール描写を積み重ねて巧みに人物を描き出している。どちらもラストで急に国外へ飛んでいっちゃうという、突拍子もない行動を取っているし(笑)。

  • 編集D

    投稿者さんたちに、「意味不明なほどの超展開のラストにすればいいんだな」と思われては、確かに困りますね。

  • 編集G

    でも、ある作品が受賞したら、似通った作風の投稿作が増えるというのは、いつの時代も避けられないことだと思います。我々から見ると、得策とは全く思えないのですが。

  • 編集B

    結局、作品そのものが優れていないと、高評価を受けることはできないですからね。

  • 編集A

    はっきり申し上げますが、ジャンルや作風、モチーフなどに、「傾向と対策」は存在しません。どうか皆さん惑わされることなく、ご自分の情熱の赴くままに、「心から書きたい話」を全力で書いてください。そういう作品を、こちらも全力で読ませていただきたいと思っています。

関連サイト

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