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選評付き 短編小説新人賞 選評

『黒い女たち』

北原こさめ

  • 編集A

    とても上手い作品ですよね。

  • 編集B

    はい。「色」を象徴的に使って、巧みに話を作っています。主人公は、中学生の女の子。京都のお茶屋さんの娘です。幼いころ、お母さんが自分を置いて駆け落ちしたので、「自分は捨てられた」「透明人間みたいに価値がない存在だ」と思い込んでしまった。長年、心の傷を抱えたまま暮らしているのですが、その胸の内は、唯一の家族である祖母にも明かしたことがない。でもある日、その祖母と衝突したことをきっかけに、主人公は自分が大切に慈しまれていることに改めて気づきます。そして、ずっと根無し草のような気持ちで生きてきたのだけれど、安心して成長していける基盤をすでに自分が持っていたことにも気づくんですよね。

  • 編集A

    いかにも京都らしい「着物の色」というモチーフを使って、主人公の苦悩や葛藤、そしてそれらが昇華していく様を、印象的に描き出せていたと思います。

  • 編集F

    ただ、その「色」の使い方が、かなり惜しかったと思います。あまり効果的に使えていなかった。

  • 編集B

    え、そうですか? よくできていたと思いますけど。「自分は透明だ」と思っていた主人公は、あれこれあって大泣きして、目が「赤く」なった。でも、それは自分に初めてついた色。苦しんだ末に、初めて手に入れた自分の色。ここから人生経験を積んで成長し、いつかは花街で凛と生きるおばあちゃんたちみたいな、深い「黒」の女になりたい││という話ですよね。

  • 編集A

    非常に上手い造りになっていると思いますが。

  • 編集F

    シンプルにそういう構図だったらよかったのですが、他にもさまざまな「色」が登場してくるので、なんだかごちゃごちゃしています。主人公がお通夜に着ていくのは、「レモンイエロー」の色無地でしたね。このレモンイエローは、着物の色以外でも何度か登場してきます。それから、置屋の姉さん方が着ている色無地の、藤色とピンク。祖母の着物は利休色。赤いヘアゴムに、真っ赤なかのこ。紫の袱紗。「桔梗屋」という屋号も、紫を連想させますよね。こんなにいろんな色が出てくると、ごちゃついてしまって、作者が話の中心に据えたかった色やその意味合いがはっきり見えてこない。

  • 編集C

    「色」をモチーフにした話だからと、色をいっぱい出し過ぎたせいで、重要なものがぼやけてしまっているんですね。

  • 編集F

    主人公は、母親に見捨てられたせいで、自分を「透明」だと感じているわけですよね。美しいものとしての「透明」ではなく、価値がないものという意味合いでの「透明」。この出発点はとてもよかったと思います。でも、その後主人公は、レモンイエローの色無地を着ることになる。主人公は何度も尻込みしたのに、おばあさんはなぜか、この色を執拗に着せようとしますね。だから何か意味があるのかなと思って読んでいたのですが、結局、主人公に初めてついた色は「赤」だということで話が終わる。これが唐突でよくわからない。だったら、レモンイエローの色無地のくだりは、何だったんだろう? 差し込む朝日とか、お母さんのイメージ色とかで、繰り返し出てくる「レモンイエロー」が印象的だっただけに、なぜこんな展開にしたのか、作者の真意が汲み取れないです。

  • 編集A

    確かにね。それに、作者が最終的に主人公につけた色が、なぜわざわざ「赤」なのかも、ちょっと腑に落ちない。というのも、この話の中で、「赤」は否定的な意味で扱われてますよね。おばあさんは、ヘアゴムの「赤」を決して許容しない。折りたたんだ懐紙を巻き付けて、完全に隠してしまいます。ラストでも、「安物の黒の着物は、まず赤く染めるのだ」という話をしていますよね。「赤+黒」で「安物」になるのだと。だったら、「透明」な状態から、主人公に初めてつく色が「赤」だというのは、全然いいことじゃないんじゃない? そのうえ、「赤」のついた主人公は、この先「黒」になろうとしていますよね。これでは、「安物の黒」へまっしぐらです。なんだか、このラストの「色」の選択が、テーマと矛盾しているように感じたのですが。

  • 編集F

    タイトルにも合っていない。「黒い」女になりたいはずなのに、「赤い」色がついたと喜んでいるなんて。

  • 編集B

    ラストの「赤」は、「安物」という意味だと思っていいんじゃないですか? 主人公は、「自分はまだ安物の女なのだ」と思っているんじゃないかな。今はまだスタート地点で、これからいろいろな「色」を身につけていって、いつかは「高級な黒」になろうと思っている。でも、今はとにかく透明な状態から抜け出して、安物かもしれないけど「赤い」色がついた。それが嬉しい、ここから始めよう、みたいなことかと解釈しました。

  • 編集A

    なるほど。安物の赤や安物の黒では終わらないぞという決意が込められているわけですね。それなら一応、筋は通るのかな。

  • 編集G

    私もそういう解釈で読みました。ただ、あんまりうまく書けているとは言い難いですね。結局、読者に疑問を感じさせてしまっているのですから。

  • 編集F

    タイトルも含め、もう少し書き方を工夫したほうがいいと思います。

  • 編集B

    発想はとても良かったのですが、ちょっとまだモチーフをうまく使いこなせていないですね。

  • 編集G

    モチーフに振り回されて、せっかくのテーマがぼやけてしまっているんですよね。すごくもったいないなと思います。この作者は常連投稿者さんですよね。確か以前、最終選考に残られたときの作品でも、同じことが指摘されていたと記憶しています。とても印象的な要素やモチーフを作品に投入しているのですが、それらに引きずられて、話に今ひとつ筋が通らなくなる傾向がある。おそらく、魅力的なモチーフをどんどん思いつけてしまう方なのでしょうね。せっかく思いついた素敵な要素だから削りたくなくて、活かそうとするあまり話が妙な方向に逸れてしまう。でも、それでは本末転倒です。要素やモチーフにあまりとらわれ過ぎず、あくまで、書きたい物語を書くための補助的なものとして使うのだということを意識してみてはどうかなと思います。

  • 編集B

    ただ、頭ではわかっていても、なかなか難しいことですよね。魅力的な要素を、自分で引き算するというのは。

  • 編集G

    はい。でも、それができるようになると逆に、飛躍的に作品の完成度や洗練度が上がると思います。素敵なモチーフとか魅力的なアイディアがひらめいても、「わー、これ使おう!」とすぐさま投入するのではなく、一歩引いたところから作品全体を眺め、冷静に検討してほしいですね。ただ、以前の作品よりは格段に読みやすくなっていると思います。前回の最終候補作は、素敵感のある要素はたくさん詰まっているものの、うまく整理できていなくてちぐはぐな流れになっていました。それと比べたら今回の作品は、出発点と着地点がきれいにつながって、まとまりのある話になっていたと思います。

  • 編集C

    私は、主人公のおばあちゃんのキャラクターが素敵だなと思いました。娘が孫を置いて男と逃げたなんて、いろいろ思うところもあるでしょうに、愚痴めいたことは一切口にしない。芯が強くて、小粋で、でも愛情深い。

  • 編集B

    ぽんぽん物を言うようでいて、実はすごく優しいんですよね。

  • 編集C

    主人公との距離感もすごくいいと思います。「母親が娘を捨てて出て行った」だなんて、下手をしたら、主人公が自分の境遇をひたすら憐れむだけの話になりそうな設定なのに、そうならずに済んでいるのは、主人公を育ててくれているのがこのおばあちゃんだからだと思います。こんなに魅力的なキャラクターを描き出せているのですから、「色」がどうのというところには、そんなにこだわらなくてもいいのではという気がする。主人公とおばあちゃんのありようをしっかりと描いてくれたら、それだけで充分深みのあるドラマになったと思います。

  • 編集A

    このおばあちゃんは、孫である主人公と、毎日しっかり向き合って暮らしている感じですよね。人間同士の、血の通ったやりとりがちゃんとある。

  • 編集B

    生の「人間」が描けていたと思います。

  • 編集A

    京都弁が、またいい雰囲気を出してるんですよね。むしろこれは、ちょっと狡いくらい(笑)。方言でのやりとりって、妙に引き込まれるものがありますよね。祇園の置屋とかお茶屋とかが舞台なのも良かった。内情を詳しく知っている読者は少ないでしょうから、興味深く読めるはずです。

  • 編集B

    知らない世界をのぞき見している感じで、楽しいですよね。

  • 編集A

    作者が実際に見聞きしたことを基にしているのか、何かで調べたことなのかは分かりませんが、ディテールや雰囲気がうまく描き出せていたと思います。

  • 編集C

    豆知識も面白い。ラストを読んで、「上等の黒い生地って、そんなふうに染めているのかー」って思いました。「いいことを教わった」感がある。

  • 編集B

    ヘアバンドの色を隠すテクニックもね。懐紙にそんな使い道があるとは知らなかった。

  • 編集A

    いろいろな描写も上手かったと思います。例えば暑さの描き方についても、蒸し蒸しして制服が体に張りつく感じとかがよく出ていました。夏の京都の蒸し暑さがちゃんと感じられた。お通夜で、母親の同級生と出くわすシーンなども、印象的に書けていたと思います。

  • 編集B

    自分の向こうに母親の姿を見ているのが、主人公にはわかるんですよね。それも、「特別な女」として、生々しく見つめている。そういうことを、思春期の少女特有の鋭さで敏感に感じ取っているのがよく伝わってきました。

  • 編集G

    萌えのある要素や高まり感のある設定で話を作るのが、いつも非常に上手いです。毎回、少しずつ進歩しているのも感じられる。本当に、あと一歩なんですよね。

  • 編集A

    この作品自体、決して悪い出来ではない。指摘された点も、割と直しやすいものばかりだと思います。本当に、賞にあと一歩のところまで来ていました。次回こそ、その「あと一歩」を飛び越えてくれると嬉しいですね。期待して待っています。

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