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選評付き 短編小説新人賞 選評

『食パンとかまぼこのマーチ』

仲田詩魚

  • 編集G

    主人公は、「一人」=「寂しいこと」とは感じていない中年女性です。一人で生きることの責任をちゃんと引き受けた上で、自由に気楽に暮らしてきました。長年独身だったのですが、縁あってアラフォーで結婚し、主婦になります。そして一年が経ったある日、夫が出張に出かけ、主人公は久々に一人だけで過ごす5日間を得るのだが……というお話です。
    さりげなくラブラブな新婚生活を送っていたので、見送りのときはすごく寂しかった主人公ですが、そこを過ぎたらあっさり気分が変わり、独身時代のように一人で過ごす生活を満喫し始める。どちらがより好きというわけではないんですね。夫婦二人の生活も楽しいし、一人でいるのも楽しい。主人公の、「ひとりでいることがちゃんと楽しいから、わたしはまだ、夫と一緒にいても大丈夫だ」という考え方が、とても新鮮で爽やかでした、その一点だけでも高評価に値すると思い、私はイチ推しにしています。

  • 編集A

    わかります。結婚しても夫にべったり依存したりしない主人公のありようが、非常に清々しいですよね。明るい空気感と軽やかな語り口で、とても楽しく読むことができました。それに何といっても、ディテール描写が圧倒的に上手ですよね。

  • 編集B

    描写力の高さは群を抜いています。例えばバイト仲間のニイナちゃんのことを、「よく焼いたコッペパンのようなうなじから、太陽の匂いがしてきそう」と表現していますが、これだけでもう、ニイナちゃんのことがありありとわかる。一発で伝わってきます。

  • 編集A

    ちらっとしか出てこないキャラクターなのにね。ちょっとした描写で、的確なイメージを喚起させるのが実にうまい。私はもう、1枚目の「ブラジャーを外したような解放感」のところで、「それ、すごくわかる!」と思いました(笑)。

  • 編集B

    ただ上手いだけではなくて、独特のセンスがあるのもすごいなと思います。結婚生活のことを、「柔らかくてほどよく重みのあるボールを、ぽん、ぽん、と投げ合うような生活」と言っていたり。

  • 編集A

    「引き受けた寂しさは、一滴ずつ胸の底に落ちてひんやりと溜まり、バランスを保つための重りとなった」とかね。

  • 編集B

    表現が秀逸で、なおかつ唯一無二のものになっています。

  • 編集F

    「どしゃぶりの七割くらいの雨」というのも、変な表現なんだけど分かりやすい。コーンウェルの「検視官シリーズ」について語っているところなど、同じ本好きとしてはニヤリとしてしまいます。

  • 編集A

    「主人公はいつもどおりイライラし、命を狙われて~」とかね(笑)。

  • 編集F

    ニイナちゃんとお茶をしている場面での、「そうか、運命なのか。逆に」なんて文章も、なんだか記憶に残る。

  • 編集A

    もう、いい表現をいちいち上げていたらきりがないくらいです。それくらい、あちこちで「うまいな」と思わされました。

  • 編集B

    人物描写もよかったですよね。私は主人公の旦那さんが好きです。現在の場面には直接登場してこないんだけど、ちょっとした描写から、彼の人となりや個性は十分伝わってきました。使い込んだバッグを斜め掛けしているとか、ありふれたキーホルダーをなぜか捨てられずにいるとか。

  • 編集A

    なのに、服や靴は新しいきれいなものを身に着けているんですよね。「お風呂で体中をごしごし洗ってそうな健全さ」がある。イケメンではないけれど、とても好感の持てる人物です。恋愛結婚したわけではない主人公のことを、何気にすごく大事にしてくれてますしね。

  • 編集C

    この旦那さんとのやり取りは、とてもかわいくて微笑ましかった。ちょっとした頼みごとをして、されて、お互い嬉しくなったりとか。自分の苦手な食材なのに、奥さんが好物を食べている様子を楽しそうに眺めているとか。

  • 編集H

    憧れますよね、この二人の関係性。素直に「いいなあ」って思えます。

  • 編集A

    私は主人公の妹さんが好き。ほんのわずかしか出てこないんだけど、妙に存在感があります。言ってることも面白いし。

  • 編集B

    結婚相談所のカリスマ・マダムの描写が、これまた上手かった。「かぶった猫から欲望が滲み出てるような女に、ああいう朴訥とした優良物件を持ってかれるの、絶対に嫌なの」とは、名台詞ですね。

  • 編集A

    「オパールのでっかい指輪をした魔女じみた手」、とかもいいですよね。いや、ほんとにきりがない。やめましょう。

  • 編集F

    とにかく、言葉選びの感性が素晴らしい。それも、すごく頑張っていい表現をひねり出している感じではないんですよね。もう息をするように自然に、さらさらと上手い描写をしているように思える。安定の描写力です。

  • 編集A

    ただそれだけに、いちいち上手な描写が、最初から最後まで随所に出てくるというのが、やや過剰にも感じられますね。

  • 編集H

    確かに。終盤のお料理パートも、筆がノッちゃったのか、かなり延々と続きます。私は個人的に大好きですけど、「もっと短くていい」と思う読者はいるかもしれないですね。

  • 編集A

    私はまさに「ちょっと長いな」と感じたクチです。かまぼこトーストを作って食べる場面はこの物語のクライマックスで、一番の見せ場ではあるんだけど、それにしてもやや冗長に感じられる。一挙手一投足をすべて書いていますが、ちょっとやりすぎですね。もう少しだけ短めにしたほうがいい。

  • 編集G

    描写が得意なタイプの書き手は、引き算も覚えたほうがいいですよね。「自分はついつい書き過ぎてしまうのだ」ということを自覚して、少し筆を抑え気味にすることを心がけるといいかなと思います。

  • 編集F

    ただ、これ以上短くすると、規定枚数に届かなくなってしまう恐れがある。今でさえ25枚と、下限ぎりぎりですよね。

  • 編集A

    実は、そこもちょっと気になるところです。もともとこの作品、短いんですよね。5枚も余裕があるなら、もっと何か書けばいいのに。これ以上書きたいことは何もなかったのかな?
    それに終盤の場面では、短い文章を改行して羅列しているところも多いです。「あ、かまぼこ。」「かまぼこがある。」、とかね。もちろん、楽しい空気感の演出としてこういう書き方をしているのでしょうけど、そのおかげで行数が伸びてなんとか25枚に届いた、というところはあると思います。もし描写に手を入れて刈り込んだりしたら、20数枚くらいの話になってしまう。

  • 編集C

    不要な描写を入れ込んで、場面は間延びしているのに、作品そのものは短いんですよね。話の内容がちょっと薄いのかなと感じます。

  • 編集A

    気持ちよく読めるほんわかした話なんだけど、小説としてやや物足りないかなと感じますね。主人公の心があんまり動いていない。最初から最後まで、「ひとりが好きな私」を描いているだけに終わっている。

  • 編集B

    心は動いていると思います。ものすごく微妙に、ではありますけど。

  • 編集G

    同感です。これは、主人公が出発点と着地点で変化する話ではなくて、最初から主人公が持っていたんだけどあんまり気づいていなかったものを再確認する、という話なんだと思います。その小さな心の動きは、私には響いてきましたけどね。

  • 編集A

    それもわからないではないですけど、ちょっとささやかすぎて、話らしい話のない小説にも見えてしまいます。せっかく描写が飛び抜けて上手いというのに、「結局、なんだか他愛のない話で終わっちゃったな」という印象があるのは否めないと思う。

  • 編集C

    私もそう思います。短編においては、何か一つ明確なテーマなり読ませどころなりがないと、読者に刺さる作品になりにくいですよね。

  • 編集B

    確かに。私個人としては、こういう楽しい語りがだらだらと続く話、すごく好きなんですけど、「何かが足りない」という意見もわかります。

  • 編集A

    もうひとひねり何かあってもいいと思いますね。べつに大事件は起きなくてもいいけど、もっとエピソードを盛り込むなどして、何かしら話に山を作ってほしい。

  • 編集G

    「一人を楽しめるからこそ、夫とも暮らしていける」という価値観を描けているのはすごくいいと思うので、ここをもう少し掘り下げたら、印象的なドラマになるんじゃないでしょうか。

  • 編集F

    そうですね。それがこの作品の中心テーマなのでしょうから、夫との関係性に関する主人公の思いなり考察なりエピソードなり、何かもう一つ、読者の心に響かせるものがほしい。それも、回想シーンとかではなく、現在と未来に関わるもので。

  • 編集A

    せっかく、高い描写力と独特の感性を持っているというのに、もったいないですよね。枚数にもかなりの余裕があるのですから、もう少し腕を奮ってほしかったです。

  • 編集B

    でも、温かくてユーモアのある、この作者独自のワールドは、今のままで充分魅力的だとも思いますけどね。

  • 編集A

    はい。それもわかります。だから後は、作者本人が何を書きたいのかですね。ドラマチックな話も含め、いろいろなジャンルの小説に挑戦したいのか。それとも、自分の得意分野を活かして、日常切り取り系の話をメインに書いていきたいのか。ご本人がどういう方向を目指しているかによって、アドバイスも違ってきます。方向性は今すぐ決めてしまう必要はありませんが、考えみてほしいですね。小説を書く基礎力は、すでに身についておられるように思いますので。

  • 編集B

    私は、この作者のご飯ものの小説とか、読んでみたいです。食べ物を出すお店を舞台にした連作短編とかね。あらゆる方面で描写は上手いけど、終盤の料理シーンや食事シーンは特に魅力的に描けていると思います。

  • 編集A

    バタートーストがじゅわじゅわ焼けていく様子とか、本当においしそうでしたよね。

  • 編集F

    もっとも、「かまぼこトースト」自体は微妙でしたけどね。僕は、主人公の妹さんに一票です。食べたらまさに、「トーストとかまぼこを一緒に食べた味」がすると思う(笑)。でも、この作者はエッセイとかも上手いんじゃないかな。向いていそうな気がするのですが。

  • 編集B

    わかります。「食いしん坊日記」みたいなものを、可愛く面白く書いてくれそう。読者をひととき癒してくれるような、楽しい文章を書ける方だと思います。

  • 編集A

    一点気になったのは、結婚相談所のくだりです。「つき合って一年も経つ頃には」とありますが、結婚相談所のシステムとして、特定の相手と一年ものんびりつき合うなんてことは、ふつう許されないでしょう。もっと早くに決断を迫られるはずです。細かいことのようですが、ここは手直ししたほうがいいと思います。すぐ直せるでしょうしね。

  • 編集F

    あと、僕が引っかかったのは、作品中の時間感覚です。この作品は、夫が出張に行って留守をしている五日間を妻がどう過ごしたか、を描いてるんですよね。夫は月曜日に出かけ、金曜日に帰ってくる。その間妻は、バイトに行く以外、基本、家で一人で過ごす。でも、その中に回想シーンや過去シーンがいくつも挟まれているので、今読んでいる場面がいったいいつの話なのか、分かりにくいところがあります。エピソードがごちゃごちゃしていて、主人公が五日間を過ごした感じがあまり出ていない。もう少し主人公の気持ちに、変化をつけたほうが良かったんじゃないかな。例えば、一日ごとに少しずつ心境に変化が起こり、それに関連した過去シーンが語られるとか。それなら、今主人公が何曜日にいるかということもわかるし、主人公が一人で過ごしている「五日間」という時間の経過も読者に伝わると思うのですが。

  • 編集A

    確かに。一応、月曜にトマトソース作って、火曜、水曜とバイトに行って……みたいなことは書かれてはいるのですが、時間の経過感はうまく出ていないですね。時制が分かりにくいところがあるし、主人公が5日という日数を一人で過ごしているということが、あまり実感として伝わってこない。ここは、もうちょっと書き方を工夫したほうがいいかもしれないですね。

  • 編集H

    でも、5日も一人で過ごしているというのに、あまり心情に変化がなかったり、さほど寂しさが募っている様子ではないというところが、この主人公らしいとも思いますけどね。

  • 編集B

    主人公、生粋の一人上手ですからね(笑)。私は、主人公のそういうところ、すごく好きです。だから、現状の書き方のままでもいいように思います。

  • 編集A

    そうか……うーん、このあたりは、好みの範疇なのかもしれませんね。

  • 編集F

    あと、タイトルもちょっと引っかかるかな。「食パンとかまぼこ」まではいいのですが、「マーチ」までつけると、かわいらしすぎる気がする。

  • 編集H

    このかわいい感じが、いいんじゃないですか。私は好きです。

  • 編集E

    私もです。

  • 編集A

    これも、好き嫌いの問題かもしれませんね。

  • 編集F

    好き嫌いで言うなら、僕はこの作品そのものは好きですよ(笑)。

  • 編集A

    私もです。いろいろ指摘した点も、結局は細かい要望でしかない。描写は上手いし、明るく楽しい作風で、非常に好感が持てる。他の候補作の出来次第では、受賞したかもしれないレベルだと思います。たまたま今回は、非常にハイレベルな作品が集中していました。これはもう、不運だったとしか言いようがないですね。

  • 編集B

    でも、書くことを作者自身がすごく楽しんでいるのが、よく伝わってくる作品だと思います。そこもすごくよかった。本当にあと一歩だと思いますので、楽しみながらまた書いて、再挑戦していただきたいですね。

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