編集A
これに関しては、評価がかなり分かれましたね。それも、小説としての出来がどうとかというより、感覚的に好き嫌いが分かれてしまうところのある作品かなと思います。
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第211回
『リラックスランドさくら湯』
山瀨こまき
これに関しては、評価がかなり分かれましたね。それも、小説としての出来がどうとかというより、感覚的に好き嫌いが分かれてしまうところのある作品かなと思います。
私は好きでした。イチ推ししています。ごく普通の人間が、普通に持っている暗い部分を描こうとしているところが、すごくいいなと思いました。人間の、あまり美しいとは言えない内面も、繕わずにありのまま書いているのがいい。
私は、正直ちょっと苦手でしたね。主人公がひたすら愚痴を言っているだけのように感じて。
私は高めの点数をつけているし、イチ推しもしています。ただ、この作品を好きかと聞かれたら、かなり微妙ですね。どの登場人物もあまり好きになれないし、作品内の空気も重く淀んでいる感じ。読んでいるこちらも、なんだかどんよりしてしまいます。でも、文章はすごく上手いなと思いました。
文章力は高いですね。ただ、小説の書き方としては、あまりうまいとは言えない。一行空きを挟んで、ひたすら各場面が羅列されています。話の流れとか演出とかを考えず、ブツ切りの場面をただ並べているだけになっている。こういう書き方はやめたほうがいいです。
でも、人間の描き方には妙な生々しさがあって、そこはすごく上手いなと思いました。
主人公が抱えている、「専業主婦特有の不満」に共感する読者は多いんじゃないでしょうか。夫に関するところなんて、特に。
「そうそう、わかるわ~」って思う読者は多そうですよね。親の世話を妻に任せっきりにしておきながら、やりたい仕事に挑戦する情熱も失い、生活のために就いた職を適当にこなしている夫。子供のことを相談しても、予定調和的な返事しかしてくれない。お互いもうとっくにトキメキなんてなくなっている。それでも妻のほうは夫の気持ちをあれこれ慮って、何くれとなく世話を焼いて、いろんな場面でたくさん我慢しながら家庭を維持してるんですよね。
ただ、これは主人公側から見た、一方的な描き方でしかない。客観的に見て、僕はこの夫がそんなに悪い人間のようには思えなかったです。
主人公の語りは、ちょっと独善的に感じられるところがありますね。
「多くの人が共感しそうな主婦の気持ち」ではあるのに、それを語っている主人公への共感度はあまり高くないように思います。だってこの主人公、最初からずっと不満しか言ってないですよね。「専業主婦はしんどい。暇だと思われて雑用を押しつけられてばかり。毎日毎日、家事に育児に親の世話。希望の仕事につけなかった夫は、心がくじけて情熱をなくしてしまっている。ふがいない。おとなしい娘はいじめられる一歩手前。姑は良妻賢母ぶりを見せつけて、ことあるごとに嫌味を言ってくる。ああ、面白くない。こんな私でも、結婚前はマスコミ関係の仕事をしていた。仕事がハードで辞めたけど、あの業種への未練はある。でも、今の私じゃ通用しないだろう。手が届くのはせいぜい、ろくに稼げないような最底辺の仕事だけ。八方塞がり。たまの息抜きにサウナに行けば、品の悪いおばさん連中が大声で人の悪口を言っている。ああ、嫌だいやだ」……ってもう、「いやいや、あなたこそずーっと文句言ってばかりですよ!?」って言いたくなってしまいました(笑)。
もし主婦の方がこの話を読んだら、「主婦が全員こうじゃないですから! 前向きに明るく頑張っている人もたくさんいます。誤解しないで!」って、思うかもしれませんね。
主婦である主人公の鬱屈を伝えようとするあまり、リアルな細かい不愉快描写を重ねすぎて、かえって共感度・好感度を下げてしまったところはあるのかなと思います。
うーん、作者は、主人公の気持ちに寄り沿いながらこの話を書いているのでしょうか? 私はそこがよくわからなかった。というのも、この話は三人称で書かれているのですが、地の文によく出てくる「小百合は(こうした)」「小百合は(こう思った)」みたいな書き方に、妙にキャラクターを突き放している雰囲気を感じます。
確かに。作者は、主人公に特別好意的というわけではないような気がします。この主人公って、どちらかというと嫌な人物のように描かれていますよね。
作者にとってこの主人公は、「今回の話の中心人物」というだけの存在なんじゃないかな。深く感情移入して書いているようには思えないです。主人公目線で話を進めながらも、どこか客観的というか、冷静な書きぶりだと感じる。それでいて、「主婦ってだいたいこんなものでしょ」みたいな、小馬鹿にしている感じでもない。あくまで中立というか。
わかります。私は最初、冒頭の「これだからババアは嫌なんだよ」のところで、「あ、これは『嫌な主人公』の話なのかな」と思ったんです。が、読み進むとそうではないことがわかってきました。主人公は主人公なりに、今の自分が置かれた環境の中で己の役目を果たさんと、日々奮闘している。頑張っているんです。とはいえ、主人公に共感しながら読むことも難しい。一体どういう話として読めばいいのか、最後までわからなくて悩みました。
作者は読者に、主人公のことをどう思ってほしかったのでしょう? 主人公を好きになって、肯定してほしかったのでしょうか? それとも、一つのサンプルとして提示しているだけなのかな? そういうあたりが、読んでいて見えてこないですね。
そうなんです。ところが、作者が主人公に入れ込んで書いている風ではない割に、描写はすごく真に迫っているんです。エピソードの精度が高くて、読んでいて何度も「あるある」って思えました。書きようによっては、「この主人公の気持ち、よくわかる。他人事とは思えない」って読者に応援してもらうことも十分できたはずです。なぜ、そういうふうに書かなかったんだろう? それとも、作者としては書いているつもりなのかな? どうにもモヤモヤします。
もし、主人公に共感してもらいたい意図があったのなら、一人称にして、もっと主人公にのめり込んで描いたほうが、この話は伝わりやすかったかなと思います。そのほうが読者も主人公に寄り添いやすいですから。
私は、作者が主人公に温かい視線を送っているようには、あまり感じられなかった。だから、読者の共感を誘おうという意図はないのかなと思います。ただ、どちらにせよ、「専業主婦は辛いことばかり」みたいなこの話のスタンスは、ちょっと偏り過ぎていると感じます。主人公は、「環境が、状況がこうだから、私は不幸」みたいに思っている節がありますが、それは主人公の勝手な思い込みですよね。
私はむしろ、主人公の担っている役目はとても尊いものだと思う。夫と子供の世話をして、親の面倒も見て、学校や町内の雑用もこなす。こういう人がいるから、社会は回っているんだと思います。でも、そういう考え方は、この話には全く登場してこないですよね。ちょっと残念でした。
一応、ちゃんとテーマはある作品なんですよね。終盤で娘の詩穂ちゃんが、「嫌いなものばかり食べてると、すぐ死んじゃうよ」「もっと良くないのは、好きか嫌いかもわからなくなることだよ」みたいなことを言うのを聞いて、主人公はハッとします。これは要するに、「好きなものを我慢してばかりだと、心が死ぬ。いつしか、自分の好きなものさえわからなくなってしまう。自分の心が望んでいるものを大切にして生きよう」、ということでしょうね。このテーマはすごくよかったと思います。
確かにいいテーマだと思います。ただ、話に活かされてはいないですよね。というのも、そういう気づきを得たはずの主人公が、ラストでしていることと言えば、「明日は紐つきのホタテを買おう」と決心することだけ(笑)。これではあまりにあっけなさすぎる。
主人公は今まで我慢を重ねすぎていて、まさに「自分が何を好きかわからない」という最悪の状態に陥ってしまっていたんです。だから、好きな食材を買うことだけでも、わずかな進歩なんだと思います。
それにしたって、散々不満を言い募って、ついには家を出ようとまでしていたのに、収まりどころが「紐付きホタテ」では、どうにも納得できない。そんなんでいいの? あなたが自分の人生に抱えていた鬱屈は、そんな程度のことで解消できるの? って、どうしても思ってしまいます。
たぶん、このラストが新しいスタート地点なんです。ここから段々に生き方を変えていく。その最初の一歩が、「我慢していた好きなものを食べる」ということなのでしょう。
でも、「明日こそホタテを」なんて言っている主人公が、今後、マスコミ業界でバリバリ働くようには思えないですよね。そのうちまた、「業界の仕事したい。でも今の私では……」なんてグズグズ言い始めるのではと思います。夫の亮介に対してだって、ほぼ愛想をつかしていたというのに、それはもういいの? また夫婦をやっていける気になったの?
そこは確かに、描き方が弱いなと感じます。主人公の気持ちに明らかな変化があったのなら、ちゃんと読者に示してほしかった。「亮介にはこんないいところもある」と改めて気づくとかね。
いや、「自分の本心から、もう目をそらすまい」という段階に来たところで終わっているのですから、夫への気持ちが戻るかは不明です。よく考えた後、結局別れるのかもしれない。
私は、夫のことはどうでもいいです。大人同士なんだから、好きにすればいい。でも主人公は、娘を置いて家を出ようとしていましたよね。ここはすごく引っかかる。「(私が出て行っても)優しい子だから、亮介の前では泣かないだろう」なんてひどいこと、よく平然と考えられるなと思います。最終的に主人公は、「お母さん、好きなもの食べた方がいいよ」という優しい言葉に胸を衝かれ、思いとどまるのですが、よみがえった娘への愛情が主人公を家族に繋ぎとめたのであれば、そのあたりはもうちょっと描写しておいてほしかった。でないと、主人公の変化に説得力がない。「不倫はもうしなくてよくなったの? ホタテ食べられればそれで気が済むの?」とは、私も正直思いました(笑)。
水嶋というキャラの扱いも、ちょっと中途半端ですよね。話の途中で唐突に登場してきて、結局、直接には姿を現さない。長いこと会ってもいないというのに、主人公が勝手に駆け落ち気分になっているのも不思議です。水嶋のほうは、主人公に気がない感じなのに。そもそも主人公だって、水嶋が普通の男ならとっくに忘れていたはず。気になっているのは、彼が業界でそれなりに成功しているからですよね。結局「イケてる男」だから近づきたいんです。
純粋な恋愛感情じゃないんですよね。本気で好きなわけじゃない。だからラストで、あっさり会うのを中止できた。
夫のことは好きじゃない、水嶋にも本気じゃない、娘への愛情だって置き去りにできる程度。マスコミ業界にだって、どうしても復帰したいわけじゃない。だったら、ホタテ以外で「主人公が心から好きなもの」って、いったい何? そこがわからない。それこそがテーマの作品である以上、「これから見つけます」で終わるのでは弱すぎると思う。今後主人公がどういう方向に向かうのかは、ラストでもう少し明確にする必要があるし、そうでなければ、この話は終わったことにならないと思う。あるいは百歩譲って、主人公は「これから見つけよう」でもいいけれど、少なくとも作者にははっきりわかっていてほしいです。書きはしなくても作者は把握していてほしい。そして、把握できているなら、それは作品の中におのずと滲み出てくるものだろうと思います。残念ながら、この作品にはそれが感じられなかった。だから余計に、主人公が愚痴ばっかりの人間に見えるんです。彼女の変化や選択が見えてこないから。
確かに。もったいないですよね。筆力はものすごく高いのに、なぜだか物語力が弱い。どうにもバランスが悪いです。
冒頭、いきなり「オクヤマヒデコが失踪した」で始まりますよね。すごく惹きつけられる出だしなのですが、この「オクヤマヒデコ」も、話の中であんまり活かされていなかった。これもまた、もったいないなと思います。
「オクヤマヒデコ」は、地味な中年女性なのに、駆け落ちして失踪した。そのことで主人公に刺激を与えている。しかもラストで、彼女が子供たちに「自分の好きなものを食べることはすごく大切」と教えていたエピソードも出てきます。オクヤマヒデコは、主人公よりよっぽど、この作品のテーマに沿って生きている。なのに、肝心の主人公は、「明日はホタテを買おう」ってところまでしか踏み出せていない。ごめんなさい、やっぱり私は、この主人公の在りようとか描き方に物足りなさを感じます。
作者はこの話を、あんまり物語的にしないで、現実味のある作品にしたかったんじゃないでしょうか。その分まとまりが悪くて、納得感の薄い話になったのかもしれない。
もう少し明確なオチとか盛り上がりを入れてみてもよかったんじゃないかな。例えば、オクヤマヒデコが変死体で見つかるとか。
それはまた、急にぶっ飛んだ展開にしましたね(笑)。面白そうだけど。
多少無理やりでもこじつけでもいいから、そういう爆発的な展開があったほうが、やっぱり読者は引き込まれますよね。そんな大きな出来事があったなら、主人公にもまたいろいろと思うところが出てくるだろうし。現状では、エピソードはたくさん盛り込まれているのに、出来事の羅列にしかなっていない。文章的には上手いんだけど、素材をポンとそのまま出してしまっているように思えます。物語としての加工が施されていなくて、小説以前にとどまっている感じ。筆力があるだけに、すごく惜しいと思います。
その高い筆力で、読者にどういう感情を喚起させたいのか、今一度自分に問いかけてみてほしいですね。そこが定まっていないから、「上手いのに、面白いに、今ひとつのめりこめない」作品になっているのではと思います。さしあたってまず試してほしいのは、ジャンルを先に決めてから書いてみることですね。ミステリーにするとかサスペンスにするとか、最初に決めてから書き始める。小説のジャンルがあらかじめ定まっていれば、もう少し読み筋のはっきりとした物語ができあがるのではと思います。
週刊誌によく載っている「嫁姑バトル!」的な下世話な話としては、現状でも僕は、とても面白く読みましたけどね(笑)。でも、それが作者の意図とは違うのであれば、もう少し方向性は明確にしたほうがいい。
これ、ラストシーンを、冒頭と同じサウナにしてみてはどうでしょう? そこには冒頭と同じおばちゃんたちがいて、こんな会話をしているんです。「最近、小百合さんって人来ないね」「知らないの? いなくなったの」「引っ越したのかい」「違う。か、け、お、ち」って。
なるほど、それはいいですね。
その前のシーンで、「明日は紐付きホタテを買おう」って展開になってて、読者も「ああ、そういう方向のオチか」と思っていたら、次の場面ではもう、主人公は姿を消してしまっている。
読者は驚きますね。主人公が、噂を聞く立場から、噂される立場に変化しているのも面白い。それに、テーマもぐっと迫ってきます。おばちゃんたちは「びっくりねえ」「あんな地味な人がねえ」とかって笑っていても、読者には「ああ、主人公は『本当に好きなもの』に向かって踏み出したんだな」とわかる。
出発点と着地点が繋がりますし、すごく小説的な話の締め方になるかと思います。タイトルもストレートに活きてきますしね。
まあ、作者としてはもう少し「いい話」方向でまとめたい気持ちがあるのかもしれませんが、展開の一例として参考にしていただければ嬉しいですね。文章力はお持ちなのですから、小説の書き方のコツさえつかめれば、今後のレベルアップは十分可能かと思います。
イヤミスとか書いてくれないかな。この作者の客観力、中立力が活きるような気がするのですが。
また読みたいと思わせてくれる書き手さんですよね。期待して、次作を待ちたいと思います。