編集A
ちょっと不思議なお話でした。主人公は、小学六年生の男の子、生野朝陽です。ある日朝陽は、少し前に転校してきていまだクラスに馴染めずにいる女の子・倉本莉羽から、「家においでよ」と誘われる。しかもその理由が、「卵を見に来て」。「うちにもうすぐ赤ちゃんが生まれる。妹か弟ができる。卵から生まれるの。信じないなら見に来て」ということなのですが、まあ、変な話。朝陽としても「はあ?」って感じですよね。
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第211回
『孵る』
島田夏瑚
ちょっと不思議なお話でした。主人公は、小学六年生の男の子、生野朝陽です。ある日朝陽は、少し前に転校してきていまだクラスに馴染めずにいる女の子・倉本莉羽から、「家においでよ」と誘われる。しかもその理由が、「卵を見に来て」。「うちにもうすぐ赤ちゃんが生まれる。妹か弟ができる。卵から生まれるの。信じないなら見に来て」ということなのですが、まあ、変な話。朝陽としても「はあ?」って感じですよね。
仕方なく訪ねて行ったら、本当に卵があるんですよね。
そこでびっくり仰天になるかというと、ならないんです。主人公は「へー、これがその卵かー」みたいに、割とすんなり受け入れている。こういう空気感が、私はすごくいいなと感じました。「ええっ、ほんとに卵から生まれるの!?」みたいに大げさな反応をしたりしないテンションで話が進むところが、逆に好きでした。
この「卵」の発想は面白いですよね。ただ、ほとんど話に活かされてないですけど(笑)。
僕は、「うちでは赤ちゃんは卵から生まれるんだ」みたいな要素に思いっきり食いついて読んだのですが(笑)、この卵に関する設定とか説明は、作品の中にほぼ出てこなかったですね。正直、がっかりしました。この卵は何なのか、卵から生まれるという莉羽の一族とは一体どういうものなのか、そういうあたりをもう少し描いてほしかった。
わかります。現代日本が舞台の小説の中に、「我が家はみんな、卵から生まれるんだ」なんて話が出てきたら、「えっ、どういうこと?」って読者は思いますよね。「そこが知りたい。そこを教えて」と思うんだけど、詳しい説明は何もないまま話が終わってしまう。
非常にモヤモヤしますし、読者としては欲求不満になりますよね。莉羽が「我が家ではみんな~」みたいなことを言っていますから、おそらく倉本の血筋は「卵から生まれる一族」ということなのでしょう。それって突然変異的なことなのか、特殊な生態を隠しながら転々と移り暮らしているのか、それともそもそも地球人ではないのか。いろいろ想像を逞しくしながらワクワクと読んでいたのに、結局肩透かしに終わってしまった。
せっかくすごくおいしいネタを持ってきたというのに、それを話にまったく活かさないというのは、非常にもったいないですよね。「卵から生まれる人間」というネタ自体は、昔からあるものです。それこそSFとかではいろんな作家が扱っているモチーフだし、有名な先行作品もあります。それほど、「卵から人間」というのは、読者の興味を引く魅力的な要素なのだと思います。そういうネタをわざわざ出しておきながら、まったく料理しなかったというのはあまりに残念過ぎる。
古来あるモチーフなので、その分期待値も上がりますよね。脳内補完して楽しむ気満々だった読者も多いと思います。使わずに終わるというのは、ちょっと考えられないですね。
ラストもイマイチだったと思います。どうにもオチが弱かった。私はこの作品をイチ推ししてはいるのですが、それでも、ラストはもうちょっとうまい納め方をして欲しかったなと思います。
そもそもこのラストでは、話がオチてないですよね。半年後に赤ちゃんを抱いている写真が届きました、というだけでは、読者としては「……で?」と思ってしまう。
しかも、写真を見た主人公は、「ああ、生まれたんだな」って、すぐさますんなり受け入れていますが、ここもちょっと引っかかりました。もしこれが、莉羽が転校していって間もなく、くらいのタイミングで写真が届いたのなら、「そうか、この間のあの卵が孵ったのか」という感想になるのはわかる。でも、実際は半年くらいブランクがあるんですよね。
しかもその間に、主人公は中学に進学したりしています。自分の生活で忙しくしているうちに、莉羽の記憶はだんだん薄れていったはずじゃないかな。時折思い出すことがあっても、「不思議な体験だったな。あれが本当の出来事だったのか、今ではもうよくわからないな……」と思うようになっていてもおかしくない。
そこへ不意にハガキが届いたりしたら、何らかの感情がもっと湧くはずですよね。「えっ、倉本!?」って驚いたり、すっかり忘れていたあの日のことが不意に鮮明によみがえってきたり。そしてその上で、「赤ちゃんを抱いている莉羽」を見て、また新たな感慨を抱くことになるのだろうと思います。その感慨は、そんなに深刻なものでなくていいんです。「結局、あの卵は一体何だったんだろうな……」程度のことでもいい。それだけでも、読者もまた「そうだね、何だったんだろうね」と、思いをはせながら読み終われます。現状では、主人公が半年も前の不思議な出来事を即座に受け止め過ぎていて、「卵」という要素の不思議さがスルーされてしまっている。そのせいで、読者からすると、話がまとまっていないような印象を受けやすいのではと思います。
確かに、この作品はまだ完成していないのかなという気はしますね。ただ、そもそもこの話は、よくできた上手い小説を目指してるわけではなくて、なんとなくの雰囲気優先で書かれたものではないでしょうか。少年と少女の淡い交流に、ちょっとした不思議要素が絡んだ、「ひと夏の思い出」的な話というか。
私もそう思います。小学生男子にとって、クラスメイトの女の子の家を一人で訪ねることは、もうそれだけでけっこうドキドキする体験ですよね。しかも、幼馴染みとかじゃないんです。さほど親しいわけでもない、ちょっと謎めいた美少女転校生。その子から強引に誘われ、大人っぽくもてなされ、「生野くんだけよ」「他の人には内緒よ」って特別扱いされる。恋心が芽生えてもおかしくない状況なんだけど、主人公はまだ小学生だから、明確にそこまでの展開にはならない。なんとも言えない、ほんのり甘酸っぱい雰囲気だけで話が終わるんだけど、私はそこがいいなと思いました。「思春期前の子供たちの秘めごと」というところが、とてもよかった。
この作品において「卵」というのは、ストーリー展開のための重要な要素というより、雰囲気づくりのためのアイテムなんでしょうね。
だから、べつに「卵」でなくても、「うちの犬が妊娠したの。見に来て」でも、「仔猫を拾って、こっそり飼ってるの。見に来て」とかでも成立する話なんだろうと思います。でもそれだと、すごくありきたりな物語になってしまいますよね。だから、「卵」を持ってきたこと自体は悪くなかったと思う。ただやっぱり、「不思議な転校生」と「卵」という魅力的な要素は、話の中でもっと活用してほしかったです。
「卵」もそうですが、私はストーリー的にも物足りなかったと思います。現状では、「ひと夏の思い出を描いた話」とも、ちょっと言い難いんじゃないかな。実際は、ある日の放課後の、わずか数時間の出来事でしかないですよね。この経験が主人公や莉羽ちゃんにどういう影響を及ぼしたのか、さっぱり読み取れない。もう少し、二人の気持ちの流れなり、盛り上がりなりが描かれたほうがよかったのではないでしょうか。主人公は小学生ですが、その年齢だからこそのものごとの捉え方、感情の動きといったものは、必ずあるはずだと思う。なんらかの感情の起伏や爆発みたいなものがあった上での、突然の別れ、というストーリーになっていたら、ラストのポストカードの場面でも、「ああ、無事に生まれたんだね。君も元気なんだね。良かった」みたいなほっこり感や爽やかさが生まれただろうし、読者もカタルシスを感じることができただろうと思います。今のままでは、あまりにエピソード不足だと感じる。
同感です。「クラスメイトの家に行って、卵を見せてもらいました。そしたらその子は急に転校しました」ってだけでは、一体何の話だったのかよく分からない。
例えば、一週間後にまた莉羽の家に行ってみたら、卵が少しだけ育っていたとか、そういう積み重ねがあったらよかったのかも。二人の間に強い絆ができたり、交流が深まったりした後で、「お母さんにバレちゃった! どうしよう!」って展開になるとか。
なるほど。確かにそのほうが盛り上がりますね。
うーん、そういうバージョンの話もアリかなとは思うんだけど、現状でも、これはこれで良さがあると思います。ほんのひとときの出来事だったからこそ、よかったんじゃないかな。
卵の成長を一か月見守ったりしたら、全然違う話になってしまうんじゃないかと思います。それに、「卵」の登場時間が長ければ長いほど、この卵の不思議さや魅力というものが半減してしまう気がする。でも現状のままでは、「卵」を扱いきれていないところがどうにも気になりますし……難しい問題ですね。
私は個人的に、「卵」に対する期待値がそんなに高くなかったので(笑)、そこはあんまり気にならなかったですね。小学生の男女が、二人で頬を寄せて卵を見つめたり、そっと触ったりしている。で、男の子のほうは、密かにちょっとだけ女の子にドキドキしている……っていう話の雰囲気が、とても好きでした。
私もです。その場面を想像すると、絵柄的にすごくいいなあと思います。もしこれが、「うわっ、この卵はいったい何なんだ!?」みたいな展開だったら、「ああ、〝不思議な卵〟系の話か」と思っただろうけど、そこをあんまり取り上げないで、何でもない調子で話が進むからこそ、知らない間に作品世界に入り込まされたところはあると思います。「この卵、不思議でしょ? 知りたいでしょ?」という興味を押しつけてこないところが、個人的に好みでした。
小学生男子の一人称小説なのですが、ちゃんと小学生目線になっているのも良かったと思います。
描写は割とうまかったと思います。主人公がタワーマンションに行って、その豪華さにちょっとまごつく感じとか、雰囲気がよく出てましたよね。
場違いなところへ来た小学生男子の反応が、微笑ましいですよね。
想像すると、ちょっと可愛い。でも実は、私がこの作品をいいなと思う一番の理由は、莉羽が妙にエロいからです(笑)。
わかります(笑)。痩せっぽちの小学生だというのに、なんだかエロスを感じるんですよね。
手足がすっと長くて、ビー玉みたいな目をした美少女。人間離れした不思議な雰囲気をまとっている。こんな女の子がクラスにいたら、そりゃあ気になりますよね。その子から、「うちに来ない?」って誘われる。これはもうドキドキですよ。しかも、ただ「遊びに来て」ってわけじゃない。「今日、親がいないの。二人だけで、こっそり卵を見ましょう」ってことですからね。
しかも、赤ん坊の入っている卵を、ですよね。その上、二人でそっと触って、「あったかいね……」みたいなことを言っている。
そうなんです。こういう一連の描写に、私は「エロい……」と思ってしまって(笑)。とにかく、倉本莉羽のぞわぞわした感じには、すごく惹かれました。
この卵って、莉羽の母親じゃなくて、莉羽自身が産んだんじゃないかなって、ちょっと思ったりしたのですが。
そう! 私もまさにそう思いました。
ひょっとしたら、無精卵の状態で産んだ卵に、男の子が何かしら関与すると、受精卵に変化するとか。
そうなんです。莉羽が主人公を家に呼んだのは、そういう意図があったからなのかもしれない。「生野くんなら、この子の父親にふさわしいわ」って。
じゃあ、ラストで送られてきた写真は、「見て。あなたの子が、無事に生まれたわよ」ってことだったりして……(笑)
そこまでいくと、ちょっと怖い(笑)。ホラーめいてきちゃいますね。
でも、そういう何かしらの「真相」があったほうが、オチがちゃんとつくんじゃないでしょうか。例えば、ラストで送られてきた写真には莉羽の家族も一緒に写っているんだけど、その全員が同じ顔だったとか。それなら、「単性生殖している一族である」みたいなものを匂わせることができますし。
なるほど。そういう展開だったら、「卵」の設定をあれこれ語らなくても、真相を読者になんとなく想像してもらうことができますね。
ただまあ、作者はそういう物語のつもりでは書いていないんじゃないかな。そういう真相を匂わせる書き方には、現状ではなっていないわけですから。
「真相」が本当はあるのに書き切れていないのか、それとも、「卵」の設定とかは本当に何も用意していなかったのか、そのあたりはよくわからないです。
僕の希望としては、やっぱりもっと「卵」を突き詰めていてほしかったですね。せっかく読者の興味を掻き立てる話として始まったのに、尻すぼみに終わってしまって、残念でした。
話に「卵」を持ってきたセンスは良かったのですが、要素としての扱いが雑過ぎてモヤモヤしてしまいました。
冒頭部分の書き方も、ちょっと雑になっていました。「俺、生野朝陽は~」という、読者への安易な自己紹介は止めたほうがいいと思う。
あまりにも洗練されていないですからね。こんなことを書かなくても、1行目の莉羽の台詞に、「ねえ朝陽くん」という呼びかけを入れておけば、それだけで主人公の名前は伝えられます。直すのはそんなに難しくないですから、ブラッシュアップをもう少し緻密にやってほしかった。
でも、いい表現もありました。例えば29枚目で、莉羽にうまく言葉をかけられなかったのを後悔していることを、「そのことが胸の中で溶けない砂糖のようにザラリと残って」と書いていますが、これなど、とてもうまいなと思いました。心の中に消化できない違和感がいつまでも残っているんだけど、それは決して不快なだけのものではなくて、甘い恋の気配も含んでいる、というようなことが感じられる表現になっています。
小学生の男の子視点で語られる、「ちょっと気になる女の子と、秘密の交流をして……」という話の基本ラインは、とても魅力的だったと思います。「卵」の扱いだけは、本当に惜しかったですね。もうちょっとだけでも話に絡められていたら、評価はずっと高くなっていたと思います。
私は個人的には、今のままでもこの作品が大好きなのですが、より多くの読者を獲得するためにも、もう一息がんばっていただけたらなと思います。