編集B
つきあいたての大学生カップルが、海へデートに行く話。ほんとにそれだけの話なんですが、青春感がとても素敵で、爽やかな作品でした。
小説を書いて応募したい方・入選した作品を読みたい方はこちら
第211回
『アザミと根ノ島、2020 夏。』
夏目ツナ
つきあいたての大学生カップルが、海へデートに行く話。ほんとにそれだけの話なんですが、青春感がとても素敵で、爽やかな作品でした。
ミュージックビデオ風ですよね。波と戯れて、砂浜に絵を描いて。すべてがキラキラしている。
映像が目に浮かびますね。
ただ、酒瓶のラベルの絵を、砂浜にリアルに描くというのは、さすがに無理があるのでは?
難しそうですよね(笑)。
指を使って砂に溝を掘って……なんてやり方で、アザミが感心するほど上手く描けたとは、ちょっと考えにくいですね。ここは作者が、頭で想像しただけで書いてしまった部分かなと思います。
でも、アザミが砂浜に、主人公が把握しきれないくらい巨大な絵を描き始めたシーンは、私はすごく好きです。
彼女の予測不能な動きがいいですよね。
魅力的な女の子ですよね。とても可愛いと思う。外見だけじゃなくて。
アザミというキャラクターは、輪郭がくっきりしてますよね。
でも、ちょっとステレオタイプかなという気もします。
確かにね。でも、アザミのことを「嫌い」と思う読者は、そんなに多くはないんじゃないかと思います。魅力を損なわないままで、アザミというキャラクターをなんとか最後まで描き切っている。そこは評価したいと思います。アザミが魅力的であるからこそ、主人公がアザミを好きな気持ちを読者は理解できるのですから。
そうですよね。こんな子が近くにいたら、主人公でなくても気になっちゃうと思う。存在感がありますから。
ただ、主人公の草食ぶりは、少々気になる。感染症の流行のお陰で、互いの距離を縮めない言い訳が立つことに、安堵感を覚えてますよね。これ、ほんとに付き合ってるって言えるのかな?
健康な大学生男子で、長いこと片想いしていて、少し前にやっと両想いになれたんですよね。そして今日は初デートの日。もう少し、「二人の仲をわずかでも進展させるぞ!」という意気込みがあってもいいような気がします。
もっと心を揺らしていてほしいですよね。手を繋ぎたい、でも繋げない。マスクを外したい、でも外せない。ああ、もどかしい……って悶々としてほしかった。恋する男の子として、そのほうが自然だと思うのですが。
いくら毎日LINEはしていても、直に会うのは四カ月ぶりなのですから、普通はもっと気がはやったりしそうですけどね。
今の若い人たちって、好きな人相手にこんなにおとなしいんでしょうか?
まあ、アザミのほうがぐいぐい迫るタイプなので、受け手の男の子はこのくらいの塩梅でいいのかなとも思いますけど。
でも、もうちょっとでいいから、「主人公はアザミに会いたいんだけど、会えなくて辛い思いをしている」ということが伝わる描写があったほうがいいように思います。例えば、LINEでやり取りするときに、「会いたい」という文字を打ち込んでは、悩んで消すのを繰り返すとか。
現状では、このままずっと長いこと会えなかったとしても、主人公は割合平気でいられそうですよね。家でDVD三昧できるなら、それでけっこう満足みたい。これでは、恋の温度が低すぎる。
主人公にはもうちょっと、「会いたいのに会えない」苦悩を抱えていてほしかったです。せっかく「感染症」という、明確な恋愛の障害が設定されているのですから、そこはもっと有効活用してほしい。
それで言うと、「マスク越しのキス」というのは、まさに今の社会情勢ならではですよね。
アザミちゃんが、ちゃんと病気に配慮しているところが良かった。好感度がぐっと上がりました。だってアザミの性格なら、もうガッとマスクを剥ぎ取って、ブチュッてやりそうじゃないですか?(笑)
まあ、実際問題としては、ここまで濃厚接触するのであれば、マスク一枚では大して意味はないと思いますけどね(笑)。
アザミは、途中から語調が変わりますよね。それまでは「海行くぞ」とか「おう、いいよ」とか、明確に男口調だったのに、デートの後半くらいから、なんだか女の子らしくなっている。イメージもかわいらしく変化しています。
それは私も、ちょっと思いました。人物の描き方が、ややブレているのかなと。
これは意識的な振る舞いかもしれないですね。普段はガサツに見える子だけど、ここぞというところでは女っぽさも見せる。主人公も、ますます惚れこんじゃってますし(笑)。
主人公と直接会って過ごすうちに、アザミも「恋する女の子」のトーンに変わっていったのかもしれない。ただ、乱暴な口調で喋るかわいい女の子というのは、割とありがちなキャラ造形だし、「〇〇越しのキス」というのも、純愛モノでは珍しくないシーンです。出てくる要素が割とありがちで、「この作者にしか書けない何か」というものが、あまり感じられなかった。アザミのキャラに関しても、「大胆な言動をする、天才肌の女の子」という、よくあるパターンの一つなので、今ひとつ立体的に浮かび上がってこない。この話における「アザミ」という固有の人物像は、私にはあまり伝わってこなかったです。
ちょっと薄味なのは否めないところですね。私は好きですけど。
あとこれは、「コロナ下の恋人たち」の話ですよね。長期間自粛生活が続くというのはかなり特殊な状況で、でも、現実において現在進行形でもあるわけです。今実際にそういう日常を送っている中で、いろいろ思うところもあるはずでしょうに、この小説では、良くも悪くも表面的な要素しか取り上げていない。せっかくジャストのタイミングで舞台設定に使っているのに、「コロナ下の恋人たち」の描写が、真に迫るものになっていなかったです。そこがすごく残念だなと思いました。
確かに。本当に恋していて、会いたいのに会えないことに苦しんでいたら、こうじゃないだろうという感じはありますね。長い抑圧状態から「海辺で初デート」となったら、もっと解放的になってもいいはずなのに。
全体に心情がフラットなんですよね。
もっと盛り上げていい。気持ちも、描写も。主人公の高まる気持ちに呼応するような海のきらめきとか、そこではしゃぐアザミのまぶしさ、美しさみたいなものが、もっと描かれていてほしかった。惜しいですね。
文章的にも、直せるところはいろいろあります。まず、3枚目の、「紹介が遅れた。僕の名前は立花景太、電話の相手は木原薊。」という書き方はやめてほしい。登場人物は作品世界の中にいるのですから、画面を突き破って読者に話しかけたりはしないでください。
役を演じていたはずの俳優が、急にカメラに向かって、視聴者に説明を始めるようなものですね。
小説としては、洗練されていない。こういう書き方はお勧めできないです。
「なるべく早い段階で、フルネームを読者に知らせなければ」って思っちゃったんでしょうかね。
読者にわかりやすく書こうとしたんでしょうね。実際、主人公たちがどこへ行こうとしてるかとか、どんな電車に乗っているかとかは、わかりやすい。映像がちゃんと浮かびます。ただ、自己紹介を手早く済まそうとしたのは、やりすぎでしたね。
情報提示は大事ですが、それをストレートに「情報」として書くのではなく、描写の中で伝えてほしいですね。
それに、せっかくMV的なきらめき感のある小説なのですから、途中で急に「僕は景太です」ってやっちゃうのは、かっこよくない。
そういう人物紹介の仕方をしている小説は実際ありますし、それが作品にマッチしているケースもあるんだろうけど、本作には不向きですね。雰囲気が壊れてしまう。
無理にフルネームを出さなくても、女の子が「アザミ」なんだから、主人公はカタカナの「ケイタ」だけでも良かったかもしれないですね。
あと、コロナを「モロハ」、江ノ島を「根の島」とわざわざ名称を変えていますが、これもやめたほうがいいと思う。すごく違和感があります。このネーミングのせいで、私はこの話に入りにくかった。
病名も地名も、そのまま使えばよかったのにね。
「実際の名前を小説に出すの、良くないかな?」と心配になっちゃったのかな? 大丈夫ですからね。安心して使ってください。
まあ、そのあたりはすぐに直せることですから、欠点というほどでもないですね。ただ、本作は点数は高めだったのですが、今ひとつ票が伸びなかったのが残念でした。爽やかで魅力的な作品ですし、イチ推しの人もいたのですが、インパクトがやや弱かったかなという印象です。
完成度は割と高いんだけど、ちょっと小粒な感じでしたね。
こういう系統の話が好きな読者は一定数いますから、無理に作風を変える必要はないとは思いますが、もう少し熱量は上げてもいいんじゃないかな。もっと思い切って書いていいです。
キャラクターはすごく良かったと思います。私は、アザミちゃんのこと、大好きですよ。次回作も期待しています。